Fate/WizarDragonknight 作:カラス レヴィナ
今日も、鏡に映る自分に違和感がある。
何だろうか、この感覚は。
全身が重くて、動くのがしんどい。
「はあ……今日バイト休もうかな……?」
歯を磨いていたら、薄っすらそんな考えさえ過ってしまった。
前の世界だろうがこの世界だろうが、真司のお財布事情は一行に良くならない。どうせ生まれ変わるんだったら、日銭の心配がいらない状況になってほしいものだ。
その時、耳に飛び込んできた音に飛び上がった。
「びっくりした……雨か」
なんだ、ただ音に驚いただけか。
今、友奈はいない。カーテンを閉めた真司は、そのまま洗面台に戻る。
「ん?」
鏡を見つめる自分の姿が、だんだん不自然なものに変わっていく。
肉体に黒い影が重なっていく。気付いたときには、自分の右半身がすでに黒い何かに変化していた。
「え?」
その姿は、あまりにも龍騎に似ている、と思う頃には、すでに鏡の向こうの相手が、別の動きをし始めた。
拳を握り、こちらへ手を伸ばしてきた。
「っ!」
焦った真司がデッキに手を伸ばそうとするが、もう遅い。
すでに黒い手が鏡から伸びて、その首を掴んでいたのだ。
「ぐあっ!?」
息つく暇もなく、黒い腕が真司を鏡に引きずり込む。
そうして、鏡の中に引き込まれた真司は、地面を転がった。
そして、なんということだろう。今いる場所は、ミラーワールドのアパートではなく、どこかの廃墟か工事現場の中だ。
「あれ? 変身している……」
カードデッキを使った記憶もないのに、いつの間にか龍騎になっている。
どうなっている、と考える暇もない。
目の前には、すでにいたのだから。
「お前……何なんだ? 俺と……同じ姿?」
だが、相手は全く耳を貸さない。
そのまま、容赦のない拳を叩きこんでいく。
「っ!」
カードを使う暇もない。
龍騎はただ、防戦一方でその拳を防ぐ他なかった。
「一体何なんだ!? お前!」
龍騎の叫び声も、この黒い相手には届かない。
「何で俺に、そんな似ているんだ!?」
一切の容赦もない。この黒い龍騎は、達人のような動きで一気に龍騎を追い詰めていく。
「いい加減に……話を聞け!」
怒鳴った龍騎の反撃。拳が、黒の鎧に炸裂した。
「はあっ!」
もう一撃、二撃。さらに、もう一度力を込めた蹴りが、この黒い相手を大きく吹き飛ばした。
地面を転がった相手は、そのまま動かない。
やりすぎたか、もしくは気絶させたか?
だが、それはあまりにも楽観的すぎた。黒い龍騎は全く呼吸音を感じさせないような動きで起き上がったのだ。
そしてその手には、カードが握られていた。黒い、龍が描かれたカードが。
「まさか……!」
龍騎が予感するのもつかの間、相手はそれを左手の機械___それは、ドラグバイザーにこの上なく似ている___に装填した。
『アドベント』
だが、その音声は龍騎が知るミラーワールドの仮面ライダーのそれとは全く異なる。低く、くぐもった音声だった。
そして、アドベント。それが意味することはすなわち。
「やっぱりか!」
契約モンスターの召喚。
黒い龍騎の足元に、同じくらい黒い闇が出現し、その中から彼の契約モンスターが姿を現す。
彼が龍騎の鏡写しだと思うほど似ているように、そのモンスターもまた、ドラグレッダーに驚くほど瓜二つだった。
こちらに対し、敵意を向ける黒い龍。
「ドラグレッダー!」
助けに来てくれたのか、それとも敵意を感じ取ったのかは分からない。
ドラグレッダーはただ、目の前の自分と同じ姿をした相手へ食らい付いていく。だが、黒い炎を纏った龍は、それすらも簡単にいなし、ドラグレッダーの頭部に牙を立てる。
「ぐっ!」
龍騎は急いで、黒い自分へ掴みかかる。だが、すぐさま相手はそれを振りほどき、蹴りで応戦。
そのまま、永遠に続くとさえ錯覚する殴り合いになる。
だが。
黒い拳が、龍騎の鎧を貫通し、肉体にもっともな痛みを与えた。
「ぐおっ!?」
さらに連撃。
一撃一撃が重く、それは龍騎を奥の壁ごと吹き飛ばした。
無数の瓦礫とともに地面を転がる龍騎。さらに、ドラグレッダーもまた同じように黒龍に敗北し、龍騎の背後に突き落されていた。
そして、黒い龍騎はカードデッキからまた抜き取っていた。
相手が纏う雰囲気。まさか、と龍騎は危機を感知。
そして。
『ファイナルベント』
この音声もまた、龍騎が知るものとは違う。
黒い龍が、仮面ライダーの周囲を回る。龍騎の場合は舞を行うところだが、あの仮面ライダーには不要なようで、ただふわりと浮かび上がっていくだけだ。
そして放たれる、ドラゴンライダーキック。ただ一点、色以外は全てが龍騎のそれと同じもの。
まだふらついている中、黒い炎の蹴りが、龍騎の視界を埋めつくし___
「真司さん!」
「うわああああああああああっ!」
「あ痛っ!」
ごちんと頭に星が浮かんだ。
痛い、と頭を抑えていると、目の前に同じく痛がっている友奈の姿があった。
「ひどいよ、真司さん……」
「友奈ちゃん。あれ? 俺……」
「朝だよ。真司さん、すごいうなされていたから起こそうとしたんだけど……」
真司は改めて、周囲に何があるのかを見渡す。そこには、寝間着の友奈と、見慣れたアパートの室内が広がっていた。
「……夢……だったのか?」
「何が?」
「うおっ!?」
友奈が顔を近づけてきた。
驚いた真司はそのまますってんころりんと転がってしまう。
「あれ? 真司さん、どうしたの?」
足を天井に向ける真司に対して、全く悪びれない友奈がのぞきこんできた。
「……友奈ちゃん。たまには距離感ってものを考えないと、お兄さん少し心配になっちまうなあ」
「何が?」
あまりにも無防備すぎる。
といえば、彼女はきっと武闘家として「大丈夫! 護身術も大体覚えているから!」とか言うんだろうなあ。
真司は抵抗することを諦めて起き上がる。
「何でもないよ。それより、今日なんかあったっけ? 俺は……うん、バイト休みだな」
よかった。
先日の市役所戦では気付いたら何日か経過しているわ、色々落ち着いたと思ったらお金持ちのお嬢様から接触されて頭が追いつかないわで、いい加減体を休めたいと思っていたところだ。
「あ、真司さんもお休みなんだ!」
「あれ? 友奈ちゃんも?」
そういえば、朝のこの時間帯になっても彼女がいるのは珍しい。新聞配達をしている友奈にとっては、今が一番忙しかったと記憶している。
「今日はわたしもお休みだよ!」
「あ、そうだったっけ」
頭が働かない。記憶が全く繋がらない。この前からずっとこの調子だ。
「ねえ! だったらさ、今日は一緒に出掛けようよ! もうここのところずっと気を張っていたから、少しは気分転換も必要だって!」
「お、おう……」
肩を遠慮なく揺らされながら、真司は心の中でずっと思っていた。
友奈ちゃん、やっぱり無防備すぎるって!
「真司さん、そっち!」
「分かってるって!」
人通りの多いショッピングモールを、城戸真司は両手に紙袋を抱えながら歩いていた。
その数歩先で、友奈が振り返り、手を振っている。
「早く早く!」
「ちょっと待てって! 何で俺だけこんなに持ってるんだよ!」
「真司さんが持つって言ったんじゃん」
「一袋くらいだと思ってたんだよ!」
右手に二つ。
左手にも二つ。
中身は食料品、洗剤、その他、二人で暮らすための日用品。
サーヴァントとして見滝原に召喚されてから随分経つ。
最初は戦うためだけに存在しているような気さえしていたが、今ではすっかり、この世界での生活というものが出来上がっていた。
その中でも。
「これ、安かったね!」
友奈が自分の抱える袋を持ち上げる。
「卵?」
「うん! 今日はオムライスにしよっか」
「お、いいな!」
「真司さん作れる?」
「……」
「作れないんだ」
「いや、作れる!」
「今の間は何?」
「作ったことないだけだ!」
「それ作れないって言うんじゃない?」
「大丈夫だって。卵焼いてご飯包めばいいんだろ?」
「絶対破れるよ」
「なんでやる前から決めつけるんだよ!」
友奈につられて、真司も笑った。
いつも感じる。こういう時間が、少しだけ不思議だと。
元の世界では、戦いを止めようとして、誰かを助けようとして、それでも何度も戦いに巻き込まれた。
今の世界でも大して変わらない。むしろ、怪物だの魔法だの、以前より訳が分からないものまで増えている。
それでも、一緒に戦う仲間がいて、帰る場所があって。
そして。
「真司さん?」
「ん?」
「またぼーっとしてるよ。寝不足?」
「あー……かもしれないなあ」
最近は、それが少し多かった。
真司は頭を掻いて、肩を回す。
「結局起きた後も、結構長いこと鏡見てたよね」
「……え? 俺、そんなに見てた?」
「朝」
「いや、朝なら見るだろ。顔洗うんだから」
「そうじゃなくて」
友奈が真司の横へ並ぶ。
「ずっと鏡の中見てたから。何か気になる?」
「……いや、何もないって」
「本当に?」
「ああ」
少なくとも今はそう思うことにしている。
夢に見るミラーワールド。
鏡の中に何かいるような錯覚。
気にはなるが、何も起きていないうちから、友奈まで不安にさせる必要はない。
「真司さん!」
「な、何?」
友奈が指をピンと立てて、真司の前に突き立てている。
「勇者部五箇条!」
「わ、あ、え、えっと……よく食べてよく寝……」
「困ったら相談! 何か心配とかがあったら、相談してね!」
「わ、分かってるって。ほら、行こうぜ」
二人は再び歩き出す。
その横のショーウィンドウに、真司と友奈の姿が映る。
二人が歩けば、鏡像も歩く。
当然同じ動きだ。
ただほんの一瞬、真司が前を向いたまま。
鏡の中の真司だけが友奈へ顔を向けた。
「じゃあ、私こっち見てくるね」
「ああ。俺もあっち寄ってくる」
商業施設の一階で、友奈が雑貨店を指した。
「終わったらここ集合ね。三十分後くらい?」
「ああ、分かった」
「勝手にどっか行かないでよ?」
「子供じゃないって!」
「真司さんだから言ってるの」
「どういう意味!?」
「そのままの意味!」
笑いながら二人は一旦別れた。
真司は今後のジャーナリスト生活を目指すために、本屋などで新聞を漁りに向かった。そんな彼の後姿を見送り、友奈は一人で雑貨屋に並ぶ商品を眺めていた。
「あ、これ可愛い」
そしてそこに並んでいる、小さな犬のキーホルダーを手に取る。
白い犬をモチーフに、体が丸く太っていた。
その姿を見て、友奈は思わず微笑してしまう。
「ちょっと牛鬼っぽい……かな?」
少し違う。それでも似ていなくもない。
「わ! それにこっちなんて、思いっきりドラグレッダーじゃん!」
その隣には、少し漫画よりに造形されている赤い龍のキーホルダーがあった。細部の特徴は異なっているし、銀色のパーツはないが、遠目で見れば真司が相棒とするドラグレッダーと見紛ってしまってもおかしくない。
「へえ、ここ色々あるんだなあ。うん、ちょっとほしいけど、流石にこれを買う予算は今はないかなあ」
友奈は龍を顔まで持ち上げて、上下左右から眺めてみる。
「でも、見れば見るほどドラグレッダー。うん、これ後で真司さんに見せよ」
商品を戻し、その隣にも目を向けた。
本当にバリエーション豊かなキーホルダーが並んでいる。その中で、やがて友奈は目を止めた。
「これ……」
さっきのものは、確かに牛鬼に似ていた。ならばこちらは、何に似ているのだろうか。
卵の中心部にひびが入り、中の幼体が顔を覗かせているもの。
青い犬のような形をしているシンプルな体のもの。
丸い緑の藻のような姿に、頭に草葉を乗せたもの。
そして、赤い鎧を身にまとったデフォルメされた武将のようなもの。
「……偶然、だよね」
気付いたときには、友奈の手はそれらのキーホルダーに伸びていた。
「あっ……」
さっき、そこまで買う余裕はないと自分で認識していたはずだ。
友奈はすぐに手を引っ込めて、店を出ようとした。だが、足がそこから動かない。
そして、友奈の記憶が、半年前___昨年末のことを思い出した。
クリスマスに出現した超古代の大陸によって、見滝原は大パニックになった。だがその中心部では、友奈は記憶から呼び出された大切な人と激突しなければならなくなっていたのだ。
「……」
気付いたときには、そのキーホルダーたちを手に、レジに並んでいた。
「買っちゃったな……」
掌に乗ったキーホルダーたち___特に、卵のものを見下ろしながら友奈の口は動いていた。
待ち合わせ場所に設置されているベンチに腰を落とし、友奈はキーホルダーたちをポーチに入れる。
そして。
「……まだ買い物かな」
そろそろ三十分経つ頃だ。
携帯電話を取り出して連絡するが、反応はない。
「真司さん遅いな……また変なところ行ってるんじゃ……」
友奈は歩き出した。
商業施設の中を探す。
生活用品、食品売り場、休憩スペース。
どこにもいないし、電話にも出ない。
「もう……集合って言ったのに」
頬を膨らませたその時、友奈の目が見覚えのある後姿を捉えた。
「見つけた! 真司さん!」
あのウェーブかかった髪と見慣れたシャツは、間違いなく真司。
友奈は笑顔で、真司に駆け寄った。
「真司さん、もう! やっぱり変なところに行ってたじゃん!」
友奈の声に、真司はゆっくりと振り向いた。
「どこ行ってたの? 電話しても出ないし」
真司は答えない。
「真司さん?」
なぜか笑みを浮かべる真司に対して、友奈は疑問符を浮かべるほかなかった。
「あ、あれ? 友奈ちゃん?」
だが、どちらを見渡しても友奈の姿はない。
それほど時間は経っていないはずなのに。やはり情報収集に夢中になってしまったのがいけなかったのだろうか。
彼女の携帯を鳴らしても反応はない。
「どこ行ったんだよ……?」
真司は困り果てて、その場で取り残されるほかなかった。