Fate/WizarDragonknight 作:カラス レヴィナ
狭いキッチンに、焼けた餃子の匂いが広がっていた。
「真司さん、もう焼けた?」
「あとちょっと!」
玄関から続く細い廊下の途中にあるキッチンで、城戸真司はフライパンの蓋を少しだけ持ち上げた。中では、きれいに並べた餃子が蒸気を上げている。
そのまま蓋を戻し、火加減を調整する。
「手伝おうか?」
「いいって。友奈ちゃんは座ってろ」
「もう平気だよ」
「それ昨日も聞いた」
一歩動けばすぐ部屋へ出られる程度の小さな1Kだ。
キッチンから顔を出せば、六畳ほどの部屋のほとんどが見渡せる。低いテーブル。その近くに敷いた布団。壁際のテレビと、二人分の荷物。
友奈は布団の上へ座り、まだ包帯の残る腕を膝へ乗せていた。
「でも、もう普通に動けるよ?」
「普通に動ける奴は、立ち上がった時に顔しかめないだろ」
「見てたの?」
「見えるんだよ、ここ狭いんだから」
「それはそうだけど」
友奈が少しだけ頬を膨らませる。
黒い龍騎との戦いから、まだそれほど日が経っていない。
神樹の力で傷そのものはかなり塞がっているが、無理に治された身体には痛みが残っているらしい。本人は朝から何度も大丈夫だと言っているものの、真司の目は誤魔化せていなかった。
「はい、出来た」
フライパンをひっくり返す。
皿に並んだ餃子を持って部屋へ戻ると、友奈の表情が明るくなった。
「おいしそう!」
「熱いから気をつけろよ」
「分かってるって!」
「友奈ちゃん、絶対そのまま口入れるだろ」
「入れないよ!」
言いながら、すでに箸は餃子へ伸びている。
「ほら」
「あっ」
「言ったそばから!」
真司が皿を少し遠ざける。
「ちょっとくらいいいじゃん!」
「火傷したらまた怪我増えるだろ!」
「餃子で増える怪我なら平和だよ!」
「そういう問題じゃねえ!」
結局、友奈は少し待ってから餃子を口へ運んだ。
「うん、おいしい!」
「だろ」
真司も向かいへ座る。
二人で使うには少し小さなテーブルだったが、今ではすっかり慣れていた。料理を並べればすぐいっぱいになるし、紙や荷物を置けば食事のたびに片付けなければならない。
それでも、ここはもう、真司にとって帰ってくる場所になっている。
「そういえば」
友奈が二個目の餃子を取りながら口を開いた。
「えりかちゃん、大丈夫かな」
「ああ。朝に連絡来た。身体の方は平気だってさ。携帯は駄目になったみたいだけど」
「よかった……」
友奈がほっと息を吐く。
再開発区域で何があったのかは、すでに全員へ共有されている。
コエムシが召喚した処刑人、アナザーパラドクスと、それを容赦なく倒した、もう一人の龍騎。
「……」
真司は無意識に箸を止めていた。
「真司さん?」
「ん?」
「また考えてる」
「何を?」
「黒い人のこと」
「あ……顔に出てた?」
「すごく」
真司は苦笑する。
「仕方ないだろ。俺と同じ顔なんだぞ?」
「うん」
「俺と同じカード使って、ドラグレッダーみたいなのまでいて」
「黒いけどね」
「そこまで同じなのに、俺はあいつのこと全く知らないんだよ」
真司は箸を置き、胸へ手を当てた。
ここ最近あったような違和感はない。
けれど、ときどき内側が熱を持つ。
「また?」
「……少しな」
友奈の表情が曇る。
「ハルトさんには?」
「言ってるって」
「本当に全部?」
「全部だよ」
「鏡のことも?」
「それも」
友奈はしばらく真司を見ていた。
「真司さん。あの人は、真司さんじゃないよ」
「……」
「どれだけ見た目が同じでも」
昨日と同じ、迷いのない言葉だった。
「わたし、戦ったから分かる」
「俺より?」
「そこは知らないけど」
「知らないのかよ」
少し笑う。
だが、友奈は真面目な表情のままだった。
「真司さんって、戦ってる時も周り見るでしょ?」
「周り?」
「誰か倒れてたらそっち見るし、助けられそうならすぐ行くし。自分の相手だけ見てることって、あんまりないよ」
「……そうかな」
「そうだよ」
友奈は断言する。
「でも、あの人は違った」
友奈が殴られ、地面へ叩きつけられても、相手には何もない。
ただ、倒す。それだけだった。
「怖かったけど」
友奈は一度だけ目を伏せる。
「真司さんに似てるから怖かったんじゃないよ」
「……」
「真司さんに似てるのに、真司さんじゃないから怖かった」
真司は何も言えなかった。
自分ではない。それは分かっている。
けれど、胸の奥では否定しきれない何かが、ずっと残っている。
「……冷めるぞ」
真司はそれ以上考えないように、餃子を一つ取った。
「食おうぜ」
「うん」
いつものように、いつもの部屋で、いつもの食事をする。
それだけのことが、今は少しだけ大事に思えた。
「いい匂い残ってるね」
午後、玄関から入ってきたハルトが、真っ先にそう言った。
「昼餃子だったから」
「ああ」
それだけで会話は終わった。
わざわざ誰も、真司が餃子を作れることに驚いたりはしない。
ハルトは靴を脱ぎ、そのまま部屋へ入る。
「友奈ちゃん、具合は?」
「もう大丈夫!」
「……いや、その答えは信用していいのか結構疑問なんだけど」
「ひどい!」
「さっき立った時、まだ左庇ってたよ」
「……」
「座ってろ」
「はーい」
友奈は素直に布団へ戻った。
「何か飲む?」
「自分でやる」
「俺がやるよ」
「だから、お前も座ってろ」
「俺は怪我してない!」
真司が立ち上がる。
一歩でキッチンへ行き、冷蔵庫を開けた。
「コーヒーでいい?」
「ああ」
「友奈ちゃんは?」
「お茶!」
「はいはい」
狭い部屋だから、会話はキッチンにいても普通に続く。
「それで」
ハルトの声が聞こえた。
「胸の方は?」
「いきなりそっちかよ」
「確認しに来たんだから当たり前でしょ」
「さっきちょっと熱かった」
「……今は?」
「何ともない」
真司は飲み物を持って戻る。
「なら……黒い龍騎が出る時だけ反応してるとか?」
「そこまでは分からないんだけどな……」
「そっか……例の夢は? どう?」
「最近また見るな。だけど……同じものしか見ない」
ミラーワールドの中で、あてもなくただ彷徨っているような夢。
真司は頭を掻いて、「ああ……」と声を上げた。
「目が覚めた時、変な感じするんだよな」
「変?」
「俺が俺じゃないみたいな」
ハルトの表情が少し変わった。
「それ、もっと早く言えよ」
「言うほどのことか?」
「あるだろ」
「夢だぞ?」
「お前の場合、鏡絡みの夢を夢で片付けられると思う?」
「……言われてみれば」
「言われる前に気付いてよ!」
真司はコーヒーを置きながら顔をしかめる。
「最近みんな俺に厳しくない?」
「真司さんが無茶するからだよ」
「友奈ちゃんまで!」
「わたし、今は怪我人だから無茶しないよ?」
「今はって言った! おいハルト聞いたか? 今はって言った!」
「二回も言わなくても聞こえているよ」
しばらく、いつもの調子で言い合う。
ハルトも呆れたように笑った。
「まあ、少なくとも」
少しして、ハルトはカップを持ち上げる。
「原因分かるまでは、一人にならないでよ」
「またそれかよ……」
「一応ね。あとは、万一を考えて、鏡にも近づかない方がいいかも」
「この部屋でも窓あるだろ!」
「カーテン閉めてよ」
「ずっと?」
「ずっと」
「暗いだろ!」
「なら電気つけてよ」
「極端なんだよ!」
友奈が吹き出した。
「でも、ハルトさんの言う通りだよ」
「友奈ちゃん、どっちの味方?」
「最初から真司さんの味方だから言ってるの!」
「うっ……それ言われると反論しづらいな」
真司は頭を掻いた。
「ああ、分かったよ。しばらく気をつけるから」
「しばらくじゃない」
「分かったって!」
「大丈夫かな……」
ハルトはまだ少し不満そうだったが、それ以上は言わなかった。
「あ、あと明日時間ある?」
「何? どうしたんだ?」
「えりちゃんから、もう一度詳しく話を聞こうと思ってさ。黒い龍騎……アルターエゴの件も整理したいから」
「ああ、オッケー。分かった」
「ねーねー! だったらわたしも話すよ!」
友奈が手を上げた。
だが、ハルトは「友奈ちゃんは体を治すのが第一」と即答。
「まだ怪我治ってないんでしょ」
「もうかなり――」
「治ってから」
「……はい」
素直に引き下がったものの、明らかに不満そうだった。
「まあ、俺が聞いてくるよ」
真司が笑う。
「何か分かったらすぐ話すから」
「絶対だよ?」
「ああ」
そんな何でもない約束をして。
話題はまた、どうでもいいものへ移っていった。