この素晴らしい世界に魔獣使いを!   作:黒チョコボ

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mission10

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あの噂はアクセルの街中に広がった。何せ、魔物を仲間にしている事自体があまり見られない光景であるのに、人語を流暢に話すとなると広がらないわけが無い。

 

しかし、噂とは思ったよりもひねくれて伝わるもの。悪魔として伝えられていたはずのそれは、何故かお喋りな珍しい鳥として伝わったようだ。

 

飼い主である彼も始めは面倒な噂に対し隠蔽策を取るべきと考えてはいた。しかし、ある時、あえて噂の中心をギルド内の酒場にて解放した。

 

「……お前にうってつけの仕事だ。好きなだけ喋ってくると良い」

 

「オイ!? Vチャン!? 正気かよ! 今のオレは噂の震源地だぞ?」

 

「……なら、なおさら潔白を証明しなければな」

 

二人はわざとらしく大声でそのやり取りを繰り広げる。バサバサと普段聴くはずのない音が響くせいもあり、既に観客の目は釘付けである。

 

(ヤベエって……どうすんだよVチャン!)

 

(……安心しろ、饒舌に喋るお前が誰も悪魔だとは信じまい)

 

(バカ! そんなワケあるか! 成功する根拠なんてどこにあるってんだ!?)

 

(それが人間の心理というものだ……! わかったらさっさと行ってこい)

 

グリフォンをとあるテーブルの元へ放り投げる。放り投げると言っても、乱雑では無く、しっかりと着地出来るように配慮されたものだった。

 

「ア〜……マジかよ、流石に荷が重すぎんじゃねーの!? 荷物の積載量オーバーだぜVチャン!」

 

「ほ、本当に喋っているぞクリス! 手品でも無さそうだ!」

 

「あはは……そ、そうだね……」

 

グリフォンが着地したテーブルには偶然にも、知った顔が一つ。知らない顔も一つ。

 

「や、やあ、久しぶり……元気?」

 

「……ナルホドな、わざわざ投げたのはそういうワケだったか……ありがてえが良くもねえよ!」

 

全てを勘付き振り返った先には、遠く離れたテーブルにて、ほくそ笑んでいる飼い主の姿があるだけだった。

 

 

 

 

 

 

人間はある程度知った顔があった方が饒舌に喋れるもの。そしてそれは、人ではない彼にも同様である。

 

「飼い主は中々に良いド…ゲフンゲフン! 良いサドっぷりをしているな!」

 

「オイ! クリスちゃん! オレこういう時どう反応すればイイんだ? 完全に接客マニュアル外ダ!」

 

「スルー……かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナルホドな。ダクネスチャンは人々を守る立派な騎士ってワケか。フツウにカッコイイじゃねーか」

 

「か、かっこいい…か。何というか、そう褒められるとこそばゆいな…」

 

「……まるで、アイツ(スパーダ)だな」

 

「アイツ?」

 

「ア〜……ただの独り言だ。気にしなくてイイぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「この肉ウメーな! 何の肉ダ?」

 

「これ? これはジャイアントワームの肉だけど」

 

「もしかして、ソレってデカイイモムシだったりすんのか……?」

 

「大正解! 良く分かったね。もしかして食べたことある?」

 

「いいや、そういうわけじゃ無えんだが。ヴッ……イモムシ繋がりで嫌なもん思い出しちまった。食欲失せるゼ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オイオイオイオイ! 盗賊のクセに不器用かテメーは! 触りたいって言って鷲掴みにする奴は初めてだぜ!」

 

「イヤイヤイヤイヤ! 誤解だって! モフモフしてたからついやりたくなったとかそういう訳じゃ無いからね!」

 

「アーソウデスカ! だったらこっちだって考えがあるぜ! ヘッヘッヘ! どうよ! これで触ったらバチッといくぜ?」

 

「何!? そ、それは本当なのか? じゅる…電気責め……悪く無い……!」

 

「エッ!? オイ…マジかよ……チョット落ち着けってダクネスチャン。目が怖いぜ? オイ! ストップ、ストップ! 待テ! ジリジリとにじり寄って来んな! ヤ、ヤメ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルドにて喋る日々が続き、しばらくした頃には人々の警戒は解け、もはやマスコットキャラのような扱いとなっていた。

 

Vの方はというと、実は悪魔の噂はほとんど信じられてない事と、シャドウの方が見た目効果で警戒を解くのが早かったことが後々分かったのだが、この事は彼に知られないよう、そっと頭の中に仕舞い込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

何日か掛けて身に覚えのない疑いを払った。原因となった噂がほとんど信用されていなかったのは僥倖だ。

 

だが、そこまでは良い。元々いつかは訪れると想定はしていた。それ以上に問題なのは…

 

 

 

何時、何処で感づかれたか?その一言に尽きる。

 

 

 

その根本が消えない限り、火種はまだ残っていると同義だ。いつか再び息を吹き返し、俺にその魔の手を伸ばすだろう。

 

「……探る必要がありそうだな」

 

目星は付いている。むしろ、この噂を流せるような奴を絞り込むのは容易な事だ。悪魔に対しての特攻を持っている奴を選ぶだけで良い。そうでもなければ奴等の気配など感じ取れはしない。

 

「……アイツらが言っていた聖職者の女、又はあの女盗賊のどちらか……か。警戒しておくとしよう」

 

アイツらの言っていることと自分の記憶を照合した結果、アクアとかいう聖職者は俺が初めてここに来た日に縋り付いてきた奴だということが分かった。

 

さらに、そのお子様じみた行動に見合うような知能の持ち主のようだ。だとすれば、実質一人を警戒していれば問題ないだろう。

 

 

そんな事を考えているVの手から偶然にも詩集がぽろりと落ちた。ため息まじりにゆっくりとした動作で落としたそれを拾い上げる。

 

ただ、その際に開かれたページに書かれていたものは、彼の思考の穴を示唆するかのようだった。

 

 

『馬鹿が馬鹿を続ければ賢者となる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

疑いが晴れた後もなんだかんだ言いつつギルドにて喋っているグリフォン。今日もVと共にギルドに訪れていた。

 

金になる依頼をVが探している間、そこらの椅子の背に乗り、たまたま居合わせたクリスと喋っていた。

 

「なあ、ダクネスチャンって今どうしてんだ?」

 

「ダクネスなら今別のパーティーに入ってるよ。多分そっちの活動が忙しいんじゃないかな?」

 

「アーなるほど、あんまり見ねぇもんだからてっきりどこかでのたれ死んでるんじゃねぇかって思ってたゼ」

 

失礼極まりない発言に苦笑いを浮かべるクリス。彼が本来そういう奴だと再認識すると共に、とある案件を伝えなければならない事を思い出す。

 

「あ、そうだ! 君の主人に伝えて欲しいことがあるんだけど……」

 

特別何かを警戒しているわけじゃ無いが、なんとなく小声で用件を告げる。

 

「エッ!? この前助けた奴らがお礼をしたいだって? それマジ? お礼とか言いつつ殺しに来ない?」

 

「本当だよ! なんでそんな疑いから入るの!?」

 

「ヘッヘッヘ、冗談だ! とりあえず、アイツに伝えておけば良いんダロ? 任せとけって」

 

「なんかちょっと心配だけど……頼んだよ!」

 

どうやらこの後予定があるようで、クリスはグリフォンに一言礼を言うと、急ぎ足で去っていった。

 

「……忠義は仇で返された。恩はシッカリそのまま帰ってきてくれるコトを期待しとくゼ」

 

ざわざわとしたギルドの中では消えてしまいそうなほどの小さな言葉。無意識かもしれないが、ソレを口に出した時、忠実な大鷲はどこか悲しげな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

Vが戻って来ると、手筈通りにクリスの用件を伝えるグリフォン。Vとの付き合いが長い彼は、必要以上に人と関わらないVの性格を熟知しているが故に、今回の誘いを蹴るだろうと、小さく予測を立てていた。

 

しかし、その予想を裏切るようにVの出した答えは肯定であった。

 

「ナアナア、本当にイイのか? 罠かもしれないぜ? 他人は疑ってかかれってママから教わったんダロ?」

 

「……勝手に教わったことにするな。もし何かがあったとしても、お前らがいるだろう?」

 

「へッ、まあな」

 

「……俺はある事を確認しに行くだけだ。ただ、向こうにはあの聖職者がいる。気を抜いて消されるなよ?」

 

「なんだVチャン、ママの真似事か? 安心しとけよ。ヤバくなったらそっちに逃げるさ」

 

「ママの真似事……か」

 

次は料理でもしてみるか?というVの言葉に余計な事を言わなきゃよかったと冷や汗を流すグリフォン。話を聞き、目をキラキラさせスタンバっているシャドウを見て、鳥肌がさらに鳥肌となったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は流れ、約束の日となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルドの酒場ではなく、街に点在している飲食店が集合場所となっていた。いつもとは変わった物を食べられる事に喜ぶ反面、人目がつかない事に不安を抱いていた。

 

不安を抱くことは悪いことではない。第六感からの警告という場合もある。だがしかし、今回ばかりはその不安は杞憂だったという事をその時のVは知る由もなかった。

 

「よお! カズマチャンにちびっ子、久しぶりじゃねえか! 元気してたか? お、ダクネスチャンも一緒か。頼むから暴走しないでくれよ? アレ? クリスちゃんは何処いるんだ? おっと、ダクネスチャンの後ろか。キレイに隠れて分からなかったゼ」

 

お相手が来るなり、矢継ぎ早に挨拶をかます。カズマ、ダクネス、クリスは普通に返し、めぐみんはムッとした表情ではあるが返事をする。しかし、拳を固く握りしめ、返答(物理)を試みようとする者がそこにはいた。

 

「出たわね悪魔! 食らいなさい! ゴッド……」

 

「オイオイ、イイのか殴っちまってよ? オマエの言う悪魔ってのが何もして無ェんだぜ? それなのに先に手を出すとなったらそっちの方が悪魔じゃねえか! まあ、この先プリーストさんの汚点として生きていく覚悟があるんだったら止めはしねえけどな! さあ、どうする? やるの? やらないの?」

 

「うぐっ!」

 

当然だが、アクアにもプライドがある。今まで一応女神として悪魔と対峙していたが、この瞬間に限っては、その女神としての根底が揺らぎかける物であった故に、その拳を止めた。悪魔に悪魔と言わしめる女神など、居るはずがないのだから。

 

女神たる物、一縷の慈悲だけは捨ててはならない。そんな理想がその動きを縛りつけたのだ。

 

悔しさからか震える拳を見たグリフォンは、その闘争心の逃げ場として代替案を提示する。

 

「殴り合いはやめるとしてもよ、勝負はやめるとは言ってないゼ?」

 

グリフォンに呼びかけられたシャドウが咥えてきたものはケースに入ったトランプ。

 

「さてさて、ご立腹の女神サンよぉ! コイツでシロクロつけようじゃねぇか!」

 

「ふん! 誰がそんなあからさまな挑発に乗ると思ってるのよ!」

 

「この前カズマチャンから聞いたぜ〜? オマエさん、カードを見るに面白いほどにツイてないらしいな? もしかして、負けるのにビビってんのか? そんな紙っぺらの数を鵜呑みにしてるんだったら、サッサとそのケツを蹴られないうちに帰った方がイイんじゃねぇか?」

 

「カズマ見てなさい! 今日のツマミはこのクソ鳥の唐揚げよ!!!」

 

「前言撤回早すぎだろ! 煽り耐性ゼロに等しいじゃねえか!」

 

グリフォン、アクア、シャドウの順にこの中の誰よりも先に店内へと入っていった。残されたカズマは一人大きなため息をつく。

 

「スイマセン……うちの馬鹿が」

 

「……お前も苦労しているな」

 

「あと、変な噂流してすいませんでした!」

 

「……気にするな。俺がもしお前の立場だったら似たような事をやっている」

 

「ありがとうございます! えっと…」

 

「Vだ。敬称は好きにしろ」

 

「ありがとうございます! Vさん!」

 

3度綺麗なお辞儀を披露する。ビックリするほどアッサリと許された事もあり、カズマには今のVが聖人のように見えている。

 

「お久しぶりですねV。貴女の使役の術も中々ですが、私の爆裂魔法も負けてはいません!」

 

「……?」

 

「な、なあ、めぐみん。そのVという者が完全に分かってない顔をしているのだが、本当に知り合いなのか?」

 

「なにを言ってるんですかダクネス! Vとはあの闇の力が蔓延する中で、共に強敵を討ち倒した戦友ですよ! 覚えていないわけがありません!」

 

「……立ち話も面倒だ。中に入るとしよう」

 

「ガン無視ですか!?」

 

残された者はVを先頭にして、流れるように店内へと入っていく。店の中では既に激しい火花が散らされていた事は言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでどうよ! 3カードよ!」

 

勝ち誇る笑みを見せるアクア。だが、相対するヤツも笑みを崩しはしない。

 

「ヘッヘッヘ、ザンネン! フルハウスだ!」

 

「嘘よおおおおおぉぉぉ!!」

 

カードをばら撒きつつ机に突っ伏す。クリスが役の強さが書かれたメモ書きを見て苦笑しつつも、カウントを読み上げる。

 

「はい、10:0でグリフォンの勝ち」

 

それと同時にグリフォンの笑い声が周囲に響き渡った。

 

「ちょっと! イカサマしてないわよね! 特にその変なネコ!」

 

指差したアクアの先には、グリフォンの止まり木けん手の代わりとなっているシャドウの姿。

 

「仕方ネェじゃねーか! これでどうやってトランプ持つってんだ!」

 

荒々しい口振りと共にその存在を際立たせたのは、彼の持つ鋭い鍵爪。この爪で紙を持とうものなら残念な結果になることは目に見えている。

 

「うぬぬ……だとしても怪しいわね。そうよ、そっちが私と直接勝負すればいいのよ!」

 

「……え? 何? ネコチャンやるの? イカサマしていないか目の前で見ていろだって?」

 

シャドウは机の上に少し身を乗り出し、足先から出した小さな触手でアクアに中指を立てるかのように形作る。

 

「ほう、いい自信じゃない? そんなもの打ち壊してあげるわ!」

 

この時のアクアの脳裏には一つの言葉がループしていた。

 

(喋らない悪魔は知能が低い! これは勝ったわ!)

 

ディーラーをしているクリスが見ていられないようなのか、大きくため息を吐く。

 

(負けてばっかじゃかわいそうですから、一度だけなら手伝っても問題無い……かな?)

 

再びカードが配られていく。シャドウが器用に触手でカードを持ち上げると、わずか数秒全て伏せた。勝負する気のようだ。

 

対するアクアは配られた札を見てこれまでに無いほどの笑みを浮かべていた。

 

「ふっふっふ! 流石に猫にルールを覚えるのは難しかったかしら? でも、勝負に出たことだけは褒めてあげるわ!」

 

アクアが意気揚々にカードをテーブルへと叩きつける。

 

「ストレートフラッシュ!? オイオイマジかよ!」

 

「これで私の勝ちよ!!! ざまあみなさ……あれ?」

 

シャドウがそっとカードをショーダウンする。スペードに柄は統一され、数も階段状に並んだカード群。そう、同じくストレートフラッシュだ。

 

だが、ただ一つ違うのはアクアのカード群はAから5、シャドウは10からAだという点だった。

 

「……ロイヤルストレートフラッシュか。運が良いな」

 

「そ、そんな……」

 

「ヘッヘッヘ! コイツは面白えどんでん返しじゃねえか!」

 

(私の“幸運”が……負けた!? まさか! それを上回る不運が……)

 

シャドウが勝ち誇ったかのような顔で乗り出した体を椅子の上へと戻す。しかし、アクアはそれを見る余裕すら無いほどに敗北という二文字に叩きのめされていた。

 

「アクア、安らかに眠れ……」

 

「ちょっと! 何勝手に人を殺してるのよ!」

 

落ち着いた雰囲気で両手を合わせるカズマに復活したアクアのチョップが飛ぶ。

 

「くうううううっ! もう一度よクソ鳥!」

 

「エ゛!? まだやんのかよ……」

 

なんだかんだ言ってキッチリと勝負を受けるグリフォンを横目に、ポーカー関係者以外の者は食事をのんびりと楽しんでいた。

 

「このカードゲームのルールが全く分かりません。絵柄も見たことがないですし、一体どこから持ってきたんですか?」

 

「確かに私もこんな娯楽品は見たことないな。出どころが何処なのかは純粋に気になるな」

 

「……さあ、何処だろうな?」

 

また負けたのか、アクアの声が響く。そんなこと気にもかけずに淡々と食事を続けるV。

 

「そういえばお前達の名前を聞いてなかった。良ければ教えてくれないか?」

 

「よくぞ聞いてくれました! 我こそは「あ〜、この魔法使いっぽいのがめぐみんで、そこの騎士がダクネスだ」む、魔法使いっぽいとは何ですか! っぽいとは!」

 

「お前の自己紹介は長いんだよ! えっと、俺はカズマって言います。そこの負けまくってる奴はアクアです」

 

「そうか……出身はどこだ?」

 

「え?」

 

カズマの動きが一瞬だけフリーズする。仲間達はそれに気づかずにVの質問に答えていく。

 

「私はもちろん紅魔族の里です!」

 

「わ、私はアクセルの近くだ」

 

「……ほう。たしか、カズマだったな。お前は?」

 

どこか冷たさを感じさせる瞳がカズマを捉える。答えなくてはならない。そんな威圧感が僅かながらその目からは感じられた。

 

「に、日本、です」

 

「日本……?」

 

「いや、分からなくて当然だと思います! ここからかなり離れた寂れた所なんで! 特に気に留めなくても……」

 

「……そうか、日本か」

 

Vの瞳がカズマから離れる。威圧感から解放されほっと息をつく。少し気になって、Vの様子を伺おうとするが、見えるのは彼が開いているメニュー表の裏のみ。

 

自分の頼んだ食事も食べ終わり、金もないので追加も出来ない。おまけにかなり話しづらい雰囲気を嫌ったカズマは、そっと立ち上がり、ワイワイしているテーブルの方へと逃げるように移動したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

時間も経ち、空が赤くなり始めた頃、アクアが勝つ事を諦めたおかげで、やっとこの集まりはお開きとなった。意外にもあっさりと自分らのしでかした事を水に流したVにアクアと共に再度詫びを入れる。

 

それにより全てのしがらみから解放されたカズマは普段よりも空気が美味しく感じるような錯覚と共に、帰路へ着こうとしていた。だが、彼を留めるかのように引っ掛けられた杖の持ち手に、再び冷や汗を流し始めていた。

 

「こ、これはどういう?」

 

「……今でなくていい。好きな時間にここに来い。話がある」

 

カズマに押し付けるかのようにして渡された物は一枚の小さな紙切れだった。開くとそこには宿と思われる店の名前が書かれている。

 

「え!? マジか……」

 

どう足掻いても気まずさの残るVとの会話を想像し、どう断るか脳味噌をフル回転しているカズマだったが、その後に続く言葉に彼の脳味噌は強制停止せざるを得なかった。

 

「……アメリカだ」

 

「へ?」

 

「……俺が生まれたのはアメリカという国だ」

 

「え?」

 

「……言い忘れていた事は伝えた。じゃあな」

 

聞き慣れたその国の名前に一時的に思考回路が停止する。呆気にとられ、立ちすくんでいた彼が静止の声を掛けようと前を見た時には、もう既にその姿は影も形もなかった。

 

ただ一つ言えることは、彼の最後の言葉によって、カズマの考えは180度変わったということだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、これで今日の分は終わりかな?」

 

アクアがキレイさっぱりと消えた天界では、後輩であるエリスが尻拭いに勤しんでいた。

 

「はぁ……先輩の後釜にさせられるし、本棚の本も一冊どっか行っちゃうし、なんか最近ツイて無いなあ……」

 

幸運の女神とは言えない発言をしながらも、テキパキと支度を済ませ、転生専用の部屋から退出する。

 

しかし、その手に持った書類はエリスの意思に関係なくばら撒かれる事となった。

 

「うわっ! イテテ……」

 

突然、天界を激しい振動が襲う。不意打ちのように襲ってきたせいもあり、ダイビングするかのように前方に転けてしまう。

 

「イテテテ……地震? いやいや、ここは天界だからそれは無いか。だとしたら……何?」

 

不可解な現象に不安を抱きながらも、ばら撒いた物を回収していると、焦りを含んだ駆けるような足音が響く。そして、その方向を見る間も無く、叫び声が辺りを満たした。

 

その叫び声がトリガーとなり、エリスの頭を一気に冒険者の時のソレへと持っていく。

 

「一体何? 何が起こってるの!?」

 

書類を放り投げ、駆ける。そして、声を頼りに行き着いた先には、この純白の世界には似合うはずのない赤と黒の毒々しい姿をした何ががそこには居た。

 

「……!」

 

サバンナにホッキョクグマが生息していないのと同じように、ソレは本来ならここにあるはずの無いものはず。そんなエリスの常識を崩すかのように顕現したソレの名を小さく呟く。

 

 

 

 

 

 

「そんな……まさか……! クリフォト!?」

 

見ているものを否定するかのような彼女の言葉を重ねて否定するかのように、クリフォトはその刃のような葉を獲物へと向けたのだった。




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