Mission16
クリスの味わった天界での出来事。その時襲いかかってきたクリフォトの根。ソレが放つ気配と目の前の不思議な男が放つ気配がほぼ一致した瞬間、彼女は憎しみを抱いた。
それだけではない、彼の周りにいる存在も彼女の嫌う悪魔と同様の何かを持っていた。
彼女の憎しみは加速する。
彼女の何かがそれだけはダメだと言っている。しかし、ブレーキの壊れた感情はナイフを持った手を止める事は無かった。
武装は十分。投げナイフもあの切り札もある。
「食らえ!」
ナイフを鳥の悪魔へと投擲する。真っ直ぐその首へと向かっていくが、雷を放出され、全て弾かれる。その顔は涼しげだ。
再度ナイフを投げる。
「ヘッヘッヘ、んなモン効くかよ! イテェ!?」
予想通りナイフは当たる。しかし、当たったのは翼の末端だ。致命傷とは言えないが、悪魔に特攻のあるアレ入りだ。
「ゲッ! オイV、このナイフやべえ! 神サマのお墨付きだ!」
Vが杖をこちらに向ける。地面に潜伏していた豹のような悪魔が姿を現し、その手を爪に変え、襲いかかった。
手に持った大型のナイフで防御。しっかりと力を込めたが、それでも体勢を崩すほどに重い攻撃だ。だが、相手もタダで済んではいない。ぶつかり合った部位からは白い煙が上がっていた。
予想外のダメージに動きが止まっている悪魔に対し、半ば無理矢理攻撃を仕掛ける。綺麗に腹部へと刃を突き立てるが、当たる直前で煙の様に悪魔は消える。
肝心の悪魔の居場所はVの足元であった。
「ネコチャン、何か……溶けてね?」
「ああいったものを食らうとシャドウやお前は溶けるのか?」
「イヤ……生半可なモンじゃそんな風にはならねえハズだ」
その現象は直接攻撃であれば有効打になる事を示していた。再びチャンスを掴むため思考を巡らせる。お得意の潜伏は見通しの良いここでは使えない。感情的に動いた事を少しばかり後悔した。
もたついている内にシャドウは少し溶けていた肉体を元へと戻していた。面倒な事にしっかりと距離を取り、こちらの動きをうかがっている。その頭上には空飛ぶもう一匹が旋回しており、鋭い目をこちらへ向けていた。
「ヘッ! さっき投げてきたナイフは痛かったがネコチャンほどのダメージじゃネエ! って事はヨォ! そのクソデカナイフに当たんなきゃイイんだろ?」
先ほどと同じようにヤツを地へ落とそうとナイフを投げる。しかし、地面にいるシャドウからいくつもの触手が伸び、届くよりも先にそれらを叩き落とした。
2本のナイフは地に落ちた。
「オー危ねえ危ねえ、イタズラ大好きなおチビさんにはオシオキだ!」
グリフォンは翼を強く羽ばたかせる。すると、とんでもない量の雷が彼女を襲う。以前と密度が違いすぎるそれに驚愕し、反応が僅かに遅れる。
その結果、範囲外へ転がり出るまでに数発の雷に打たれることとなった。
「ぐああぁぁぁ!!!」
すぐ後ろで雷の濁流が通り過ぎる中、力が抜けたかのようにその場に膝をつく。四肢に力を込めて再び立ち上がるが、両足に痺れが残る。
「オラオラ! おかわりも食いやがれ!」
足が思うように動かない。咄嗟に手に持っていた大型のナイフを向かってくる雷へと放り投げる。クリスに向かってきていた雷達は餌を貰った魚の群れの如く、そのナイフに食らいついた。
かろうじて第二波はナイフ一本で凌ぎ切る事ができた。しかし、ナイフは無事では済まなかったのか、加護も付きであったにもかかわらず、砕けて塵のように消えていった。
「よそ見厳禁! 食らえば永眠! さっさとラクにしてやるよ!」
調子の良い声と共に土煙の中から彼女を左右から挟むかのように雷が現れる。じわじわと狭まっていく様子はまるで、時計の針のようだ。
「だったら、上に逃げれば……!」
もう足はなんとか動く。身軽さを生かし、針が交わる瞬間に空中へと踊り出る。予想取り、真下の針はクリスを切断する事なく通り過ぎた。
しかし、相手は着地を許さなかった。
彼女の腹に雷光が直撃する。大きく後ろへ吹っ飛ばされると共に全身に痛みが駆け巡る。
「だから言ったろ? よそ見厳禁ってナ!」
隙を見せた彼女に対し、まるで警句の様に同じ言葉を繰り返すグリフォン。当然だがその顔は警句を教える側のものではなかった。
再び同じ構えを取るグリフォン。それを見て、もう後がないと悟ったクリスは腰に括り付けられていた物の封を解く。
「もう一発食らわせて……ア? なんだアレ?」
彼女が取り出したのは脇差とも呼ばれる一本の小さな刀だった。鞘は無い。抜き身の刃がそこにあった。しかし、そんな物で何が出来ると言わんばかりに、グリフォンは攻撃を仕掛ける。
「ヘッ! そのチンケなブツごとブッ飛ばして……うぉお!?」
グリフォンが翼を開いた瞬間、クリスはその刃を振るう。当然、刃は届かない。だが、その軌道をなぞるような三日月の斬撃が飛んだ。刃の煌めきと同じ銀色のそれは真っ直ぐグリフォンへと向かう。
しかし、隙だらけの彼へと当たる直前にシャドウが半ば無理矢理その脚を引っ張り、その軌道上から脱出させた。
収穫は数枚の翼の羽だけだった。
「マ、マジかよ……直撃したらそのまま出荷コースじゃねえか……クソッタレ」
体勢を崩し、地面に転がったグリフォンはユラユラと舞い落ちる自らの羽根を見て小さく悪態をつく。
容赦なく追い討ちをかけるクリスだが、再び斬撃を飛ばした瞬間、二体の姿は消える。見覚えのある現象にあの男の方へ視線を向けると、案の定そこには二体の姿があった。
「あまり離れるな……またシャドウの世話になるぞ?」
「だとしてもよお、あんなチンケなモンからあんなモンがブッ飛んで来るなんて初見殺しにも程があるぜ?」
「空間ごと斬られないだけまだマシだ」
「……比較対象おかしくねえか?」
ここでクリスは違和感を覚える。このようなデタラメな武器を見たら、大抵はグリフォンの様な驚いた反応をするはずなのだ。だが、Vはこの威力を見てなお平然としている。
見覚えのある本を読みながら。
「V……キミは何でそんなに冷静でいられるんだい? こうやって刃を向けられているのに……」
「……本当の恐怖を感じてしまえば、今まで恐れていたものは何ともなくなる」
「それは……どういう事だい?」
「鷹に襲われた後、鳩に襲われたとしても恐怖はしない……それと同じだ」
「つまり、キミはもうこれ以上のものを味わったと……そう言いたいのかい?」
「……どうだろうな」
本を片手に適当そうな言葉でクリスの問いを返すVに彼女は苛立ちながらも本題の問いを投げつける。
「何で……何でキミは悪魔と一緒にいるんだい?」
「利害の一致か、仕方なくか、それともただの友情……どれだろうな?」
「真面目に答える気がない様だね……」
「答えたとして、何が変わる?」
言葉が止まるクリスに対し、Vはただ冷たい視線を向けるだけ。何故か、彼女にはその目が全てを見透かしている様に見えた。
「そもそもだ……お前にはこいつらが悪魔に見えるのか? もし、そうだとしたら笑えるな」
「何がおかしい!」
Vの嘲笑する様な表情に彼女は苛立ちを隠せなくなってくる。感情に身を任せるようにして刃を振るった。その殺意はV宛だ。
「"真理とは理解されない為にある"、虚像を見るだけで実像を理解していないお前にはお似合いの言葉だ」
身を翻し、迫る斬撃を紙一重で躱す。いつの間にか、あの二匹の悪魔の姿は無い。
「"本物"の悪魔を見せてやろう」
Vが右手をゆっくり上にあげる。守りはいない、隙だらけだ。しかし、凍りついたかの様に彼女の体は動かなかった。瞬く間にVの髪が白く染まる。
そして、彼女に再び悪寒が襲いかかる。あの夜とは比較にならない。本当の恐怖を彼女の心臓は刻み込み始める。
何も無い空間から、黒き破壊の権化が姿を現す。傾いた太陽を喰らうかのように彼女へ届く日の光を遮った。
「……そんな……これが、悪魔!?」
今まで悪魔に対し、長い間携わってきたクリスだが、これは彼女の知る悪魔の範疇を大きく超えていた。もしかしたら神にも匹敵するかもしれない、そう思えてしまった。
地上に降り立った悪魔は、その足をゆっくりと進め始める。その動きは鈍重で警戒さえしていれば接近される事は無いだろう。しかし、それにもかかわらずその巨大な手が今にも自分を鷲掴みにするかのような圧を感じていた。
「……ッ!!」
近づくにつれて大きくなるその圧力に声が出なくなる。しかし、口は動かずとも手は動く。ただ、ひたすらに手に持った神の刃を大きく振るった。
幾つもの飛ぶ斬撃が巨人へ直撃する。しかし、ソレの歩みは止まらない。それどころか、左の腕を大きく振るい斬撃ごとクリスを吹っ飛ばす。
「う、嘘……風圧だけで……!?」
その拳はクリスには当たってはいない。しかし、それに伴う風圧が彼女を強く殴りつけた。直撃してしまったらという嫌な想像が頭をよぎる。
「……そうだ、召喚者を倒せば!」
クリスに一縷の希望と言える考えが浮かぶ。しかし、必死になって辺りを見回すが、Vの姿はどこにも無い。
ここは隠密が使えないほど見通しの良い場所だ。隠れようが無いのだ。まして、隠密の使えない者なら尚更だ。それにもかかわらず彼の姿はどこにも無かった。
いや、それだけでは無い。
巨人の姿すらも無くなっていた。
おかしいとしか思えなかった。たった1,2回の瞬きであの巨体が姿を消せるなど現実的ではない。そして何より、先ほどまであの巨人が立っていた場所にはしっかりと足跡のようなものがあるのだから。
刃は抜き身のまま、その足跡へと近づく。しっかりと周囲を見回し、警戒は怠らない。そして、何も起こらないまま足跡へと辿り着く。
「これが……足跡」
視線を落とし、足跡を観察する。しかし、見れば見るほどアレの異質さが浮き彫りになる。象よりも巨大で歪な形。地面に深く窪みを残す質量。
先程対面したのを含め、何と形容したら良いのか微妙なところだが、強いて言うなら生命体としておかしい。そんな気がした。
「アレは本当に生き物……?」
悪魔だからかもしれないが、アレは温かみなどなかった。コンクリートの様な人工物の冷たさだけがあった。まるで機械だ。
「いや……そんな、まさか……ね」
脳裏に一つの事件が浮かぶ。とある辺境の都市で人工的に悪魔を作った事件だ。最終的にはその首謀者は何者かに倒され、事無きを得た。
その時に見た悪魔の雰囲気とアレに似た物を感じた。
故に、アレがVの手によって造られたものだと考えたが、アレの強さからして人間の手では作りようが無いと思い、先程の考えを頭の中から追い出した。
一度撤退するべきか考えた矢先、彼女の視界は大きな闇に包まれる。
咄嗟に視線を上へと戻す。どうやら魔法では無い様だ。しっかりと光が見える。紫を帯びた白い光が……
「嘘……!?」
そう、彷徨う虫を誘うその光はあの巨人の瞳であった。すぐさま逃げようと足に力を込める。しかし、先ほどまで鈍重だったとは思えない程の速度で腕を振るわれ、なす術なく巨人の手に囚われてしまう。
巨人の瞳がクリスを覗く。
クリスに恐怖が襲いかかるが、彼女をそれから守ったのは手に握られた抜き身の希望だった。ピンチをチャンスに変えるべく、その刃を巨人の瞳へと全力でぶっ刺した。
神器とも呼ばれるソレが突き刺さった瞬間。文字通り世界を揺るがす程の銀色のエネルギーが刃を中心として流出する。そのあまりの勢いに、クリスの体は悪夢の手から弾き飛ばされた。
地面をボールの様に転がったクリスはすぐさま立ち上がり、更なる一手を打つべく、懐から弓を取り出し、構えた。
「きっとあの目が核なはず……!」
そうして放たれた矢が向かう先は、未だ突き刺さったままの刀だった。勢いの乗った矢がその柄を叩き、刃をさらに奥まで差し込んでいく。
その結果、刀に内包された力が全て解放され、あの巨人もろとも大爆発を起こしたのだった。
その想定外の威力と範囲に、クリスはまたしても吹き飛ばされる。不運な事に、地面に這いつくばる彼女に対し土や泥が土埃と共に襲いかかった。
「イテテ……うわ、泥だらけ……ってそんなこと気にしてる場合じゃない! アイツは?」
土埃が舞い、中の様子は分からない。ただ、何も動くものがいないというのは確かだった。
「た……倒した?」
土埃が晴れる。
「嘘……!? アレで無傷……」
クリスは今までに味わったことのない様な絶望というものをその身に感じる事となった。
彼女が見たものはあの巨人なのは確かだが、その姿は傷一つない。おまけに、一歩も動いていない事がその足跡から読み取れた。
あの様な攻撃を食らわせても、片足すら動かす事が叶わない。この事実は両者に圧倒的な差がある事を物語る。
賢い故にクリスは悟る。
絶対に勝てない。
心が半ば折れ、両膝をつく。
そして、彼女が最後に目にした光景は輝く巨人の瞳だった。
「……聞こえてはいないだろうが言っておく。"手心は加えてやった"」
「ヘッ! アイツのビーム直撃させといてよく言うぜ? 向こうはまだおチビさんだってのによ!」
ナイトメアの背中に刺していた杖を抜き、地面へと降り立つ。悪魔の巨人は解けるように消え、Vの髪に黒が戻る。
「イヤ〜、それにしてもよ! ナイトメアを省エネで動かすなんてよく思いついたな!」
「……代わりに性能は半分以下だがな」
「引き換えに燃費は倍以上! 杖をブッ刺してなきゃいけねえが、コレは中々イイんじゃねえか?」
「だが……その燃料の足しにするためにお前達を引っ込めなければならないのが少々痛手だ」
「じゃあ、燃料は全部Vチャン持ちで万事解決ダナ!」
「そうか、ならば俺の魔力はお前への回復としては使えんな。せいぜい被弾しないように頑張る事だな」
「アー……やっぱ今のナシで」
横一文字に抉れた地面を渡り、その奥で気絶しているクリスの元へ足を運ぶ。手加減したにしても元の威力が高かったせいか、彼女の武器や防具は使い物にならないほどに壊れてしまっている。
「……コイツを運ぶ」
「ヘ? 運ぶって言ってもヨォ、こんなボロボロのヤツ運んでたら確実に疑われんダロ」
「透視能力を持っているやつはあの街にはいない。シャドウで覆い隠す」
シャドウがVの足元から現れ、クリスへと近づく。しかし、担ごうとはせずにただ匂いを嗅いでいる。そして、明らかに困惑した表情でグリフォンへと吠える。
「何だよネコチャン、介護でも必要かぁ?」
どうやら彼に呼ばれたそうで、グリフォンはクリスの体へとそっと降り立つ。側から見れば死体をハゲタカがついばんでいるかのようだ。
グリフォンはクリスの顔を覗き込む。そして二、三度ほど彼女の全身を大雑把に確認し、Vの元へ戻る。
「ナルホドな、コイツは面白え」
「……どうかしたか?」
グリフォンはニタニタと笑うのを止め、珍しく真剣そうな顔でVに告げた。
「前にクリスちゃんに杖を触れさせた時によぉ、ホーリーウォーター並みのえげつねえ力があるって言ってじゃねえか? そんで、そんなスーパーホーリーなコイツからある匂いがしたんだ。何だと思う?」
「……見当もつかんな」
「"クリフォト"だ。だいぶ薄まってるケドな」
その名前を聞いた途端、Vの心拍数が大きく上がった。正確にはその名前から連想されるある人物を思い浮かべてしまった。
「
Vのその小さな呟きはグリフォンにすら聞こえてはいないだろう。しかし、それに相槌を打つかのようにVの心臓が大きく跳ねたのだった。
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