この素晴らしい世界に魔獣使いを!   作:黒チョコボ

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Mission17

Mission17

 

月もなく、ただの小さなランプだけが部屋を照らす。人の呼吸音と水の滴る音だけが場を支配していた。しかし、そんな彼らの独占を破る様に、一人の唸り声が部屋に響く。

 

「う……うぅ、あくまが……あくまが……」

 

数回の寝返りと共にベッドがギシギシと音を立てて揺れる。その耳障りな音は彼女の神経を逆撫でし、夢の世界から意識を引き戻す。

 

「……あれ? 痛っ……そうだ、負けたんだ。でも……ここは?」

 

「目が覚めたか……?」

 

暗闇に灯った小さな明かりのすぐ側から声がかかる。声からして恐らくVだろう。光がなければこの暗闇と同化してしまうと思える程にこの男は闇へ溶け込んでいた。

 

「……色々と聞きたいだろうが、まずはこちらからだ」

 

立とうとするが、胸や胴に巻かれた黒いベルトの様な拘束具が彼女を押さえつける。

 

「起き上がるのは諦めな。ソイツはネコチャンお手製のブツだからヨォ、変な事したら一瞬で串刺しだ」

 

背中にトゲトゲとした感覚が現れる。グリフォンの言っている事が嘘では無いことを嫌でも認識してしまう。

 

「私を……殺すの?」

 

冷や汗と共に発した言葉は震えていた。

 

「さあな? ただ、死にたきゃ思いっきり暴れればイイゼ? 安楽死の次ぐらいにはラクにイケるからな」

 

動けないクリスの頭の上に乗り、その異様な下顎を見せつけるかの様に調子良く喋るグリフォン。しかし、その主人が杖でその行動を止める。

 

「……安心しろ、お前が何もしなければ何もしない」

 

暗いトーンで言われたせいもあり、彼女は全く安心など出来なかった。どう足掻いても死ぬのだろうかと少しづつ思い始める。そんな彼女の顔色など伺うはずもなく、彼は質問を始めた。

 

「そうだな……単刀直入に聞くとしよう。お前はこの世界の人間では無い。そうだろう?」

 

「……どうしてそう思うの?」

 

「簡単な話だ……お前はこの世界に無い筈の物を理解していた。知識が豊富な故に違和感など抱かなかった」

 

その言葉にふと過去の記憶を思い返すが、心当たりのあるものは一つとして無い。困惑した顔を浮かべる彼女にVが語る。

 

「この世界に鳩はいない。鷹もいない。だがお前はこの二つの言葉を理解した」

 

"鷹に襲われた後、鳩に襲われたとしても恐怖はしない"少し前に言われたこの言葉が頭に浮かんだ。確かにそうだ。意味を知っているからこそ挑発として効き目があったのだ。

 

「……そして、お前はこの本に反応を示した」

 

Vは懐から詩集を取り出した。表紙に"V"と書かれてはいない。我が物顔で使っているが、これは勝手に誰かの本棚から持ち出した物。言い方を悪くすれば、ただの盗品だ。

 

だが、そんな盗品がこの世界では面白い役割を果たした。この世界に英語で書かれた書物は無い。故にこの本を読めるものは限られる。だからこそ、ただの変哲もない本がセンサーに似た役割をしたのだ。

 

「これはお前の本だろう? 女神エリス」

 

「なんで……私の名前を……?」

 

Vが詩集をパラパラとめくり、最後のページを開く。そして、そこに挟まっていた物を見せつける。

 

「こいつは返す……俺には必要のない物だ」

 

Vが放った物はヒラヒラと漂いながら、クリスの目の前へとゆっくり落ちる。

 

落ちたのは栞だった。白い背景に花瓶が描かれた質素な物だ。端のほうに小さく"エリス"と名が刻まれていた。

 

「イヤ〜クリスちゃんはエライな! 自分の物にはしっかりと名前を書いてるんだからヨォ!」

 

グリフォンがからかう様に笑う。まさか自分がこれほどまでに墓穴を掘っているとは思わず、普段はムカつく笑いに対して何も感じなかった。むしろ、呆れて笑いたくなるほどだった。

 

「……はい、そうです。大当たりですよ。私はエリスです」

 

姿そのままに中身をクリスからエリスへと戻す。これ以上言い訳したところでボロしか出ないと思った故に正直に白状した。

 

「ヘッヘッヘ、やったなVチャン! 大当たりだぜ? 記念に何かウマイもんでもくれ……ア、ウソデスナンデモナイデス」

 

グリフォンは何かを察したのか、恐ろしいほどの速さで前言撤回した。どうやら、Vが取り出そうとした劇薬はまだ使われることはなさそうだ。

 

「……話を戻そう。お前はクリフォトという物は知っているか?」

 

「!?……ええ、知っています。あの魔界に生える木の事ですよね? あなたは何故クリフォトの事を知って……」

 

「オイオイ、この話はそっちからけしかけてきたモンだぜ? なあ? 女神サンよぉ」

 

グリフォンの言っている言葉の意味がわからず、彼女は困惑する。

 

「……簡単に説明するならば、神であるお前からクリフォトの気配を感じた。だから今こうやって尋ねている」

 

Vのその言葉に彼女の表情は大きく変化する。怒りなどではなく、悲しみが彼女の顔に大きく現れていた。気が付けば、頬には涙が伝っていた。

 

「アーア、Vチャン女を泣かせるなんて悪い趣味してるぜ? おっと、"鳴かせる"の方だったか?」

 

「そうか……どうやらお前は"泣かされたい"らしいな」

 

どうやら刑の執行は今では無いらしい。彼の"楽しみにしていろ"の一言にグリフォンは顔を青ざめさせ、大きく恐れ慄いた。

 

「……何があった?」

 

グリフォンとの一悶着を終えたVは普段通りにエリスへ尋ねる。彼女は涙を拭くと、ゆっくりと天界での出来事を語り始めた。グリフォンも流石にふざける事はせず、珍しく静かにじっくりと彼女の話に耳を傾けていた。

 

話が終わる頃には朝日がその顔を地平線から覗かせていた。

 

「マダしぶとく動き回ってんのか、とっくのとうに枯れてるかと思ってたんだがな」

 

「大方予想はつく。あの馬鹿二人から逃げ回っているのだろう」

 

「間違いねえ。そうでもなきゃわざわざリスクの水溜りみてえな天界なんざ行くワケねえからな」

 

「ああ……だが、地上から天界まで貫くとはな」

 

「ホントビビるぜ、魔界から地上までとはワケが違ぇ。あの便利な次元カチ割り機もねえのによくやるぜ」

 

「どれだけ人間の血を貪ろうと、あの枯れ木がそれほどの力を得られるはずがない……ヤツの血でも吸わん限りだがな」

 

「ヤツの血? 一体何の話をしているんですか?」

 

彼らの話の内容が理解できず、頭にクエスチョンマークを浮かべるエリス。グリフォンはそれを言うべきか言わぬべきか分からず、Vへチラチラと視線を向ける。

 

彼の視線に気が付いたVはゆっくりと息を吐くと、そのまま彼女に一つの問いをぶつけた。

 

「そうだな、お前はなぜ俺たちを襲った? 話はそれからだ」

 

その問いに当時の感情を思い出すエリス。その中には当然悪魔という生物への嫌悪が含まれているが、決め手となったのは彼の纏う気配がクリフォトが纏うものと似ていたからだった。それ故に嫌悪を越える憎悪が生まれたのだ。

 

彼女は言いづらそうにしながらも、その旨を彼らに話す。それを聞いた彼は納得したかのような表情を浮かべたのだった。

 

「そのクリフォトはとある悪魔に呼び出されたものだ……」

 

「ええ……向こうで聞きました。正体不明の悪魔が召喚したと」

 

エリスがそう言った後、沈黙が辺りを包んだ。返答のない彼へ目を向ける。どうやら、彼は窓から生まれたての朝日を見ていたようだ。ほとんど後ろ姿しか見えないが、一瞬だけ見えた横顔はどこか迷っているかのように見えた。

 

そして、Vがゆっくりと口を開く。

 

「……俺はその悪魔と関わりがある」

 

そう言って振り返ったVの顔は普段通りの愛想の無さそうな表情だった。

 

「恐らく……それが勘違いの原因だろう。そして、先程言っていた"ヤツ"というのはその悪魔のことだ」

 

「関わり……ですか」

 

「ザンネンだがそれ以上は何も言うことはネエよ」

 

グリフォンが当然のように釘を刺す。どうやらその関わりについては何も教えては貰えないようだ。

 

「代わりに一つだけ教えてやろう……」

 

Vが杖で床をコンコンと叩くと、エリスを拘束していたシャドウがスッと消えた。体の自由が戻り、目を丸くする彼女へ彼の声が響く。

 

「ユリゼン……それがヤツの名だ。覚えておくことだな」

 

その名前には聞き覚えしかなかった。悪魔の名前としてでは無く、とある人間の空想を記した本に出てきた名前として。

 

「その名前は……偽名ですか?」

 

「ああ……だが、ヤツに名前など無い。かつての名前ですら意味はない。それならば、勝手にそれらしい名前を与えてもさほど問題では無いだろう」

 

Vがそう言った瞬間、卓上に置かれた小さな時計が壊れたベルを鳴らし始める。Vはそれにデコピンをして黙らせると、グリフォンを肩に乗せて部屋の出口へと向かった。

 

安っぽい扉に手をかけるが、ふと何かを思い出したかのように振り返り、エリスへと話しかける。

 

「……一つだけ言っておこう。お前の今着ている服は焼いて捨てておけ、クリフォトを持ち込みたくは無いだろう?」

 

ただそれだけを言い放ち、彼は去った。

 

残された彼女は最後の言葉を聞きポカンとしていたが、その意味を理解するとその服をすぐさま脱ぎ捨てた。少し値が張った物だったが、そんな事はどうでも良かった。

 

真実かどうかは分からない。だが、彼らが根っからの悪魔なら、わざわざ言う事はないだろう。

 

服は全て麻袋に入れ、厳重に縛り上げた。後はこれを燃やすだけ。そして、このはち切れそうな心臓を落ち着かせるため、窓を開け、深呼吸する。

 

今現在、エリスは下着姿で無防備だ。そんな彼女の元へ一羽のサプライズがやってくる。

 

「ヨォ! クリスちゃん!」

 

「うわあああ!?」

 

姿が姿なのもそうだが、落ち着こうとした矢先に、窓から不意打ちのように入ってきた事に驚愕してしまうクリス。思わず近くにあった枕で思い切り侵入者をぶっ叩いた。

 

枕はその侵入者に直撃し、低く鈍い音を響かせる。安物ゆえに固かったようだ。羽根を数枚撒き散らしながら、グリフォンはベッド上に仰向けに転がった。

 

「……ナンデ?」

 

「あ……ごめん……」

 

不満げな声を上げるグリフォン。流石に少しやりすぎたと思ったのか、気まずそうにクリスは謝罪した。

 

「アー……イテテ、マジでイイ性格してるぜ。女神よりも悪魔の方がお似合いだ」

 

「ゔっ……」

 

これに関しては何も言えない。この空気を嫌い、クリスは無理矢理話を逸らそうと試みた。

 

「そ、それよりもさ! 何で来たの? もう話は終わったでしょ?」

 

「へへ、ネタバラシに来たに決まってんダロ? 性格の悪いマジックの後には良くついてんだろ?」

 

ネタばらし。その言葉は知っているが、される覚えが無い彼女は首を傾げた。

 

「時間も無エしさっさと行くぜ? さっきオレたちがクリスちゃんの正体を看破したよな?」

 

その時のことを頭に思い浮かべる。確かに栞や己の失言が鍵となり看破されたのだ。

 

「ここからが面白え……実はアレな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全部ハッタリだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を聞いてクリスの頭はフリーズを起こす。ポカンとしている彼女へ追い討ちの言葉が迫る。

 

「良く考えてみな、俺たちはアンタがこの世界の住人じゃネエって事は突き止めたけどよ。アンタがエリスだって証拠は一つもねぇぜ?」

 

「え? という事は……」

 

「そう! クリスちゃんは勝手に自分からバレたと思ってペラペラと喋っちまったのさ!」

 

そう言ったグリフォンは大爆笑。それに対し、クリスは片手を頭へやり大きくため息をついていた。

 

「ア〜、面白かった。着替えの邪魔して悪かったな。じゃあな!」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

自分の用事が済むなりすぐさま飛び立とうとするグリフォンをクリスがその脚を掴んで止める。その結果、窓へ向かう彼の体は推進力を失い、下のベットに墜落した。

 

「ちょっと取引しない?」

 

「取引?」

 

「そう、アタシが天界に戻るのを協力してくれない?」

 

クリスの突然の提案。さっきまで拘束して尋問紛いの事をしていたのに、何を言っているんだというような顔をグリフォンは浮かべざるを得なかった。

 

「ハァ!? オイオイ! オレらはそっちの大嫌いな悪魔だぜ? どう転んだらそうなるんだよ!?」

 

「それは"今"は良いの! とにかく! 返事はどっちなの?」

 

「オレには決められねぇ。一旦アイツに聞いてみないとな」

 

「だったら、今度会ったときに答えを聞くよ。会う気があったら冒険者ギルドに来て。大体はそこら辺にいるから」

 

「ア〜、わかった」

 

クリスに疑心を抱きながらも、彼は今度こそ窓から飛び去った。その後ろ姿を見ながら、クリスは一人呟いた。

 

「バレたなら逆にそれを利用するのはアリ……だよね?」

 

今の彼女にとってVはただ一人の何も隠さなくて良い人間だ。なおかつ、転生者ゆえに天界の存在も知っている。さらに、彼らの会話を聞くに、この地上から魔界や天界に行ける方法が複数あるようだ。そんな情報を持っている彼を逃す手はない。

 

「……しばらく目を瞑るしかないかな」

 

そう呟いた彼女の脳裏に浮かぶのは彼の使役する悪魔達の姿。悪魔を絶対処罰する今までのスタンスを貫いては彼の協力を得ることなど出来るはずがない。

 

天界に帰る事とスタンスを貫く事を天秤にかけた結果、圧倒的な差で天界帰還へと傾いた。

 

そして、彼女はしばらく悪魔に関しては見て見ぬ振りをする決意を固めると、大急ぎで替えの服を着て、前の服をロビーの暖炉にぶち込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〜ってワケよ! どうするつもりだ?」

 

「ほう……では今度行ってみるとしよう」

 

「ハァ!? オイオイ、元々こっちをブッ殺そうとしてきた奴だぜ? 信用すんのかよ!」

 

「奴が天界とやらに帰るまではしても良いだろう……こちらもそれまで利用するだけだ」

 

グリフォンの軽い相槌を境に会話が途切れる。風と足音だけが辺りを包む。大した時間は経っていないが、それ以上に長く思えたのだろう。沈黙に耐えかねてグリフォンはボソリと口を開いた。

 

「なあV、ホントに殺らなくて良かったのか?」

 

「ああ……別にいい。もし殺るとしたら、その相手は悪魔にも劣らない屑だけだ」

 

「ヘッヘッヘ、本体を知ってる奴が聞いたら驚くセリフだな」

 

「"顔が輝いていないなら星にはなれない"どうせ星には戻れまい。ならば、輝かぬちっぽけな石を赤く汚さず生きてみるしかない。どこぞの便利屋のようにな」

 

「ナルホドな。アイツのマネ事ってワケか。どう変わるか見ものだな!」

 

「Huh、もしかすると変わらないかもな」

 

そんな事を話していると、寂れた路地裏から大通りへと戻る。しかし、まだ早朝ゆえに開いている店はごく僅かだ。こんな時間から元気な呼び込みの声を素通りし、彼らはほぼ行きつけとなっているいつもの宿屋へと足を運んだのだった。

 

金を払い、部屋へと向かう途中。廊下でバッタリと出会ったのは見覚えのある顔触れだった。

 

「あっ……」

 

「ア?」

 

幸か不幸か、たまたま出会ったのはあのとき悪夢の餌食になったカズマだった。

 

「カズマチャンじゃねえか! 元気にやってるか? おっと、その死にそうな顔を見るに悪夢ばっか見てそうだな? 同情するぜ?」

 

「どこの誰のせいだよ! アレのせいでめぐみんとアクアがポンコツ化しちまったしよ。まあ、こっちにも多少は非はあるけど……」

 

どうやら彼の話によると、不運にも一瞬で意識を刈り取られなかった哀れな二名がアレの姿を見てしまったらしい。その後、恐怖かダメージか何かで気絶したそうだが、その一瞬の悪夢は彼女らにしっかりとトラウマを植え付けたそうだ。

 

おかげで、黒い大きな物へのビビり具合が今までの比ではないらしい。なお、夜の闇にもそれは適用されるため、寝る際に静かになってくれる所だけは良かったそうだ。

 

「せめてもう一人ぐらい仲間が欲しい……」

 

「そうか……ならコイツを連れて行け」

 

カズマの切実な呟きに救いの手が差し伸べられる。だが、その手が持つ杖の矛先は隣の騒がしい鳥へと向いていた。

 

「オイオイ、Vチャン徹夜明けで疲れてんじゃねえのか?」

 

「残念ながら、まだ正気だ」

 

冗談かと思っていたグリフォンの顔色が一気に青くなっていく。そんな彼にVは追撃の一言を加える。

 

「どうせ俺が寝ていてもお前は元気にやっているのだろう? だったらたまには自分の食い扶持ぐらい自分で稼いでくるといい」

 

そう言ったVの表情は完全に悪者のそれだったことから、この言葉の真意はあの意地悪なからかいへの仕返しだという事が嫌でもわかった。しかし、建前の言葉がしっかりとしていた故に、グリフォンは何一つ言うことができなかった。

 

ただ、Vが自分の部屋入る直前。シャドウへと助けを求めたが、帰ってきた"頑張れ"の言葉にグリフォンは抵抗するのを諦めたのであった。

 

「「マジか」」

 

流れるがままになってしまったこの状況に、二人が発した言葉は不思議と息が合っていたそうだ。

 




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