この素晴らしい世界に魔獣使いを!   作:黒チョコボ

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Mission2

Mission2

 

(眩しい……)

 

閉じた瞼の向こう側から差し込む光に、見えないはずの視界が真っ白に染まる。思わず手をかざし、光を遮る。痛いほどの眩しさを想像し、恐る恐る目を開ける。

 

遮り切れなかった光が、僅かに開けた瞼をこじ開けるかのように差し込む。しかし、その光は想像よりも優しい光で、目を焦がすほどの強い物では無かった。

 

(……ここは……どこだ?)

 

優しい光に導かれるかのように目を開けると、そこには辺り一面真っ白に染まった世界が広がっていた。

 

(……そうか……もう役目は終わったのか)

 

綺麗な肌色をした自分自身の腕を見つめ、ようやく思い出した。もう、この腕に刻まれたはずの悪夢はもう居ない。この身に宿っていた僅かな魔力すらも無かった。残っているのは不完全な抜け殻のみ。

 

(だが、なぜ俺は存在している?)

 

そんな不完全さとは裏腹に、崩れかけていた肉体はかつての全盛期を思い出させるほどに綺麗なままで、自力で立つことすら危うかった事さえ嘘のように思える。

 

ふらつくことなく立ち上がり、辺りを見回す。先ほどは真っ白に見えた世界も、よくよく見ると違うようで、どうやらここは天井や壁に雲の様な絵が描かれた部屋のようだ。非常によくできている。

 

しかし、ポツリと浮いているドアノブの銀色と、真ん中に置かれた二脚の椅子が、嫌でもここが部屋だという証明になっていた。

 

(他に行くあても無い……か)

 

不気味なほどに目立つドアノブに手を掛ける。ガチャンと心地よい音と共に、このドアノブの所持者であろう木製の洒落たドアが、目の前の空間に現れた。

 

(不気味だな……あの時と同じだ)

 

今の状態を振り返る。前にも似たようなことがあった。力を奪われ、不気味な空間に放り出された。ただでさえちっぽけな存在が、骸骨の様に白く染まり、無力になった。

 

今も同じだ。

 

ただ、一つ違うとすれば、もう死にかけなどでは無い。

 

(Huh、不気味……か。まだ、そう感じられる余裕があるだけマシか。)

 

意を決して、ドアを開ける。しかし、その中はここまで決心したのが馬鹿馬鹿しくなるような、生活感あふれる空間が広がっていた。

 

壁紙は相変わらず白いままだが、そこには先の殺風景な部屋とは違い、小さなキッチンや棚、ベッドなどが置かれていた。

 

(人が居るのか……?)

 

淡い期待を込めて、中に進んで行く。しかし、床に落ちていた何かにつまずいて、思わず目の前の棚に手を付いた。

 

何につまずいたのか確認する間もなく、ガチャリとドアの開く音が響く。

 

(誰だ!)

 

音がした方向を見ると、そこにはシスターの様な格好をした一人の女性が立っていた。少し目が虚ろで、得体の知れない雰囲気はあるが、とりあえず人と会えたことに喜ぶと同時に、ここは教会ではないのかと服装から予想を立てる。

 

となると、向こうから見たらこちらは部屋に侵入してきたただの不審者。面倒ごとになること間違いなしの状況だ。何としてもそれだけは避けねばならない。

 

ひとまず、こちらから話しかけ、事情を説明することにした。

 

「すまない、迷い込んでしまってね。ここがどこか教えて……

 

バタンッ!

 

……おい?」

 

突然、目の前の女性がぶっ倒れた。立てかけておいた板が倒れるが如く、見事な倒れっぷりで。

 

「おい、大丈夫か?」

 

声を掛けるがピクリとも動かない。口元に手を近づけて確認すると、息はちゃんとしているようだ。

 

「一体何なんだ……」

 

最悪の状況は免れたが、これはこれで面倒な事になってしまった。まさか、話しかけただけで女性を介抱する事になるとはだれも思わないだろう。別に放っておいても問題ないのだが、情報が得られなくなるゆえに得策ではなかった。

 

仕方なく倒れた女性をベッドに運ぶ。この部屋に入ってきたという事は、今いる部屋はこの女性のものなのだろう。

 

 

だとしても……

 

 

「重い……!」

 

元々非力だった彼にとって、人ひとり運ぶことすら重労働。このような言葉を吐くことすら仕方ないと言える。幸いにも、デリカシーの欠片もないこの言葉は、気絶しているおかげで、女性の耳に入ることは無かった。

 

やっとの思いで女性をベッドに寝かす。重労働だった割には、体が元に戻っているおかげなのか、以前のように息絶え絶えにはならなかった。

 

「はぁ……はぁ……ひとまず、起きるまで待つとしよう」

 

待つとは言ったが、暇つぶしの道具など一つも持ち合わせてはいない。仕方なく、置かれている本棚の中身を物色する。

 

(何だこれは……!?)

 

本棚の中身を物色しようとした時、問題が生じた。ほぼ全ての本の題名が見たこともない言語で書かれており、一切読むことが出来ないのだ。しかし、適当に何冊か中身を開いてみるに、謎の言語が使われているのは題名だけのようだった。

 

(これは何の本だ……?”先輩との上手な付き合い方”か、必要ないな……)

 

 

 

(今度は……”バストアップ必勝法”?……俺には関係のない本だったか)

 

 

 

(これは……鳥の図鑑か、悪くはないな)

 

 

 

(……何故また同じ本が置いてある?俺にバストアップは必要ない……失せろ)

 

 

 

(これは……スパーダのおとぎ話か。もう聞き飽きている、要らないな)

 

 

 

(……またこの本か……消えろ)

 

 

 

(これは……聖書か。悪いが神などに救いは求めない)

 

 

 

(……おい…! この本は一体何冊ここに置かれているんだ……!!)

 

本を床に叩きつけたくなる衝動を抑えながら、次の本を手に取る。なぜか、その本は不思議なほどに手に馴染む。懐かしさにも似たような衝動に思わず本を開いた。

 

(……なるほど、こいつだったか)

 

中身を見ると、見覚えのある数々の詩。かつて、自分が持っていた詩集と全く同じものがそこにはあった。頭の中に二つの考えが浮かぶ。一瞬だけ悩んだが、行動に移る。

 

(……介護料だ、借りていくぞ)

 

勝手に対価として詩集を懐へと入れる。もちろん、好みではないブックカバーを外してからだ。表紙にはかつて書かれていた”V”の文字は無い。ある方はもうアイツの物だ。

 

一旦、この部屋の外に出て、辺りを確認しておこうと思い、扉を探す。しかし、たまたま視点を下げた際に、床に何かが転がっていることに気が付いた。本を調べる際に何か落としたのかと思い、拾い上げる。

 

(何だ……?)

 

拾ったはいいがこれが何なのかは全く分からなかった。スポンジ?に似たような柔らかい感触をしており、湾曲した形状をしていた。

 

先ほどつまずいたのは恐らくこれだろうと結論付けた後、一応テーブルの上に置いておく。また、転ばされたら面倒だ。

 

また、扉探しへと戻るが、不思議なことに女性が入ってきたはずの扉、自分がこの部屋に入るのに使った扉の両方が一切の痕跡を残さずに消えていた。またドアノブだけ浮いているのではないかと期待したが、ほんの数秒で裏切られた。

 

(仕方ない……待つとするか)

 

椅子に座り、詩集を開く。ほぼ新品のため、いつも読んでいるページがうまく開かない。そんなもどかしさを懐かしみながらも時間を潰すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

どれぐらい時間が経ったのだろうか。この部屋には時計などという便利な物は付いていない。おまけに窓もない。頼りになるのは体内時計しかなかった。だが、その肝心の体内時計も起床時間が分からなければ意味がない。

 

とっくのとうに詩集を読み終え、手持ち無沙汰になってしまったので、代わりに鳥の図鑑を広げ、彼女が目が覚めるのをずっと待っている。もうそろそろ図鑑も終わりを迎えそうになった時、自分のではない声が響く。

 

「え、あ、あれ?ど、どちら様でしょうか!」

 

完全に焦りを含んだ声で女性はこちらに話しかける。しかし、その目は虚ろではなく、しっかりと光を宿していた。やっとまともに話せることに安堵しつつも、誤解を招かないように言葉を選ぶ。

 

「すまない、道に迷ってしまってね。良ければここが何処か教えてほしいんだが」

 

すると、女性は一瞬だけフリーズを起こしたかのように停止する。動揺を隠しきれていない咳ばらいを一回した後、一旦説明するために場所を移すと伝えられた。

 

(……何だと!?)

 

移すといってもどこに移るのか疑問に思っていた矢先、女性の向かう方向には無かったはずの扉があった。理解し難い現象に頭を悩ませる。そして、女性が扉を開けた先には、初めに自分が倒れていた部屋があった。

 

俺は最初から置かれていた二脚の椅子の一方に座らされる。お相手は向かい合う形で椅子に座ると、俺の問いに答え始める。

 

「自己紹介からさせていただきますね。私は女神エリス。ここは死んだ人の魂が導かれる場所、天界です」

 

この言葉を聞いた瞬間は、おちょくられているのかと思った。しかし、これまでの不可解な現象も相まって、不思議とその嘘のような言葉を受け入れることが出来た。そして、確信した。俺は本当の意味で役目を終えたのだと。

 

「驚いたな。まさか、本当にこんな場所があるとはな」

 

「ご自分が亡くなったことを自覚してるんですか? 珍しいですね」

 

「……まあな」

 

あの朽ちかけの体から、今の正常な体へと戻ったのなら嫌でも納得がいく。そう、ただそれだけで納得してしまうほどに俺の存在は不安定だった。

 

「確かに、俺という存在は死んだな」

 

だが、遺志は死なずに引き継がれた。そのはずだ。

 

感傷に浸っている間に、向こうは何かしようとしているのか、独り言を呟きながらキョロキョロと辺りを見回している。その様子を見られていたことに気が付いたのか、また咳払いで誤魔化しつつ、こちらの名前を尋ねてきた。

 

 

すこし……からかってやろう。

 

 

「“……名前など無い……まだ生まれて二日目だもの。”」

 

「……え?」

 

「……冗談だ。Vと呼ばれていた」

 

生前もしたこのやり取り、明るいし、相手は女性だ、違うところを上げればキリがないが、その反応は似たようなものだ。

 

その後、俺は生前していたことを聞かれたが、流石に魔王退治などと言ったら面倒な事になるだろうと思い、少しぼかしながらその旨を伝えた。

 

そして、どうやら女神らしいエリスは何処からか一枚の紙切れを呼び出し、しばらくにらめっこを繰り広げた後に、面白いことを尋ねた。

 

天国か地獄……ではなく、天国か転生……だそうだ。

 

俺の勝手な考えだが、仮に向こうが本物の女神だとしたら、魔王の半身であった俺を天国に送るだろうか?否、そんなことはしないだろう。本来の俺は大罪人だ。地獄ですら償う事は難しい。だとしたら、天国とは上辺だけで実際には地獄に送るのではないかと俺は思ってしまった。仮に俺が神だったとしたら、そうするだろうから。

 

もう俺の役目は終わったのだ。だったら、後は俺がどうしようと俺の勝手だろう。

 

だとしたら、俺が歩む道は転生だ。どうやら特典という物もあるようだが、その前に聞くことがある。

 

「……なぜ転生などという選択肢があるんだ?」

 

流石に、転生を選んで、ほぼ丸腰で魔界などに放り込まれたらどうあがいても死だ。俺には心はあっても力はないのだから……

 

「その世界では魔王が猛威を振るっており、魔物に溢れています。そのせいで、その世界の人口がみるみる減ってしまって……。なので、一つ特典を授けた人を転生させ人口を増やすと同時に魔王を討伐して頂きたいというのがこちらの本音です」

 

「魔王……か」

 

こういうのを運命というのだろうか?俺の運命を操っている奴が居るとしたら、中々皮肉が好きなようだ。魔王の抜け殻が魔王討伐だとはな。

 

「……Huh、魔王退治か……退屈はしなさそうだな」

 

転生を合意する旨を伝えると、またもやどこからか分厚い本を取り出してきた女神とやらは、特典を選べとこのカタログとやらを手渡した。

 

ただ、残念ながら俺が手に持つものは伝説の剣でも、弾数無限の銃ではない。ただ一つだ。

 

「……俺が使っていた杖を持っていきたい」

 

この選択はある意味賭けでもあった。もし、あの杖に俺の魔力が少しでも残っていたとしたら、俺の勝ち。俺の手に納まったのが、ただの骨董品の杖だった場合は……すこし苦労する羽目になりそうだ。

 

「分かりました。では、目を瞑ってそれを強く思い浮かべて下さい」

 

言われるがままに目を瞑る。望む物は数々の敵を葬ってきたあの杖。想いを込める。

 

 

 

 

(ありがとよ!Vチャン!また、体借りるゼ!)

 

 

 

 

懐かしい声と共に、空っぽの体を満たすように魔力が駆け巡る。乾いたスポンジが水を吸収するが如く、俺の体に魔力が染み込んでいく。かつての口うるさい相棒たちが、体に優しく刻み込まれる。全員かなり弱っているが、それでも再び会えた事に心の中でガッツポーズをする。

 

目を開けると、そこにはどんな剣よりも、どんな銃よりも勝る武器となる、銀色の杖が握られていた。

 

見た目に変化があったせいか、少しエリスは驚いた様子を見せる。しかし、すぐにいつもの微笑んだ表情に戻る。

 

「では、そこの魔法陣の上に立ってください。しばらくすると転生が完了します」

 

「そうか……礼を言う」

 

転生という新たな道を示してもらった事に対し言葉だけだが礼を言う。ここから先は奴ではない俺の物語だ。ゆっくりと魔法陣の中心へと向かう。一歩歩くごとに光が強くなる。中心にたどり着くころには、体は完全に光に覆われ、視界は真っ白に染まる。湧き出る光の境目から見える女神の表情は、かつての母を思わせるような慈愛に溢れた表情をしていた。

 




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