Mission4
なりふり構わず逃げることを優先したあの後、俺はクリスにあらかじめ教えてもらっていた宿屋にて、一旦身を休めることにした。あの時は、慣れない環境や訳の分からない奴と関わったこともあり、精神的疲労も溜まっていた。そのおかげか、夜はぐっすりと眠ることが出来た。
そして、次の日の朝、前日にやらかしたアレで変な噂が立っていないか少し心配しながらも外を少し散歩したが、世間話を聞く限り、特にそう言ったことは無かった。
とりあえず、話題になることを防ぐため、しばらくの間は人前で魔獣を出すことを控えることにする。
そして、散歩ついでに気付いたのだが、カエル狩りの時、俺が直接手を下すことなく、グリフォン単体で奴らを狩ることに成功していた。魔獣でトドメを刺すことが出来るようになったのかと思いたいが、まだ不明瞭な点も多く、確信は出来ない。もう少し調べる必要がありそうだ。
もうしばらく思考に没頭していたかったが、金は湯水の如くあるわけではない。下手に贅沢などしたら、一瞬で砂漠の様にカラカラに干上がってしまう。ひとまず、今日の食い扶持を稼ぐために宿を出てギルドへと向かう事にした。
どの世界でも朝の商店街は賑わっているようで、大通りに立ち並ぶ店はどこも忙しそうに見える。ざわざわとした空気の中、声を張り詰めて呼び込みをする店員。そんな様子を横目に大通りを歩いていると、道を横切るように飛び交う声の一つがこちらに呼びかけていることに気付く。
「なあ! そこの黒い服着た兄ちゃん! ちょっといいか?」
正直、無視してもよかったのだが、少し興味もあり、声の元へ向かう。着いた先には老舗のような雰囲気が漂う古びた果物店があり。その中に、少し年配の男性が腰を下ろしていた。
「……呼んだか?」
「おう! 来てくれてありがとよ! 多分、兄ちゃんの事だと思うんだがよ、ギルドの方で盗賊の嬢ちゃんが黒い刺青を入れたヤツを探してたぜ?」
「そうか、礼を言う」
要件を聞き終えたので、踵を返そうとするV。しかし、目を光らせた店主はそれを留めるように口を開く。
「おおっと! 折角教えてやったんだからさ、少し位贔屓してくれたって良いんじゃないか?」
店主はいい笑顔を浮かべながら自慢の商品たちをアピールする。どうやら、この果物屋の店主はこれが目的だったようだ。
「Huh、上手い商売をしているな」
「おうよ! 店は古くても売り上げじゃあまだ新米どもには負けてないんでね」
「そうだな……では、コイツを頂こう」
店に並べられた木箱に仕分けされている大量の果物の中から、見覚えのある果実を一つ手に取った。太陽に照らされ赤く、みずみずしく映ったそれは、元の世界でよく知られたリンゴだった。
「お、兄ちゃん良い目をしてるじゃねえか。そいつはちょっと珍しい品物でな、何でそうなるのか知らねえが、木の枝じゃなく根っこに実をつけるそうだ。値段は……150エリスだな」
Vは一言そうかと言い、店主に代金をピッタリ払うと、リンゴ片手に行くべき場所へと歩き始める。
「またご贔屓に頼むぜ! 兄ちゃん!」
店主の言葉を背中で受ける。一瞬、脳裏に不思議な光景が映る。全てを不要と切り捨てた半身には力を授ける真っ赤な果実、悪夢を押し付けられた抜け殻にはただの赤いリンゴ。胸のどこかがチクリと痛むような皮肉だ。
だが、コレにはあんな血に塗れた果実とは違うどこか暖かい何かが宿っている。何故かそんな気がした。
歩きながらかじった異世界産リンゴは特別珍しい味ではなく、程よい甘酸っぱさが後を引くような、至って普通の味だった。
しかし、そんな甘さも悪くないと思った。
ギルドに着くと、いきなり後ろから肩を叩かれる。誰だと思いつつ振り返ると、そこにはニヤリとした笑みを浮かべた女盗賊、クリスの姿があった。
「やっほー! 驚かしちゃったかな?」
この世界において、彼と知り合った人物は一人しかいない。恐らく、Vを探していたのはクリスだったのだろう。
「……一体何の用だ?」
「ちょーっとね! とりあえずこっち来て!」
手を引っ張られ、半ば無理やりギルドから連れ出される。そして、人通りの無い裏路地へと着くと、やっとⅤの手を解放する。
「ちょっと君にお願いがあってね。君の“魔獣使い”のスキルを見せてほしいんだけど」
スキル。聞いたことない言葉だが、言葉から推測するに職業ごとの特殊技能のことだろう。しかし、そう易々と手の内を晒すわけにはいかない。
だが、あの時の借りを作ったままにするのは気が乗らない。理由は分からないが、借りを返さずにいるのは居心地が悪いようだ。
「……構わない」
「断るんだったら、ちょっと色々と……え? いいの?」
何故かクリスは断られる前提で話を持ち掛けていたようだ。見事に空回りを起こし、拍子抜けしたような表情を浮かべる。
「……断ってほしかったか?」
軽い笑みを浮かべつつⅤは言った。クリスは流石に何と返答したらいいか迷ってしまったのか、頬を軽くかいていた。
「いや、そういうわけじゃないんだけどね……ちょっと拍子抜けしたというかなんというか……ははは」
「借りがある、ただそれだけだ……」
Ⅴはそれだけ言うと、目を丸くしたクリスの横を通り過ぎ、適当なクエストを受けるべく、一足先にギルドへと向かった。
「あ! ちょっと待って!」
置いて行かれたことに気付いたクリスはすぐに後を追うのだった。
「……ここらで良いか」
クリスと共にクエストの目的地であるアクセル付近の森までやって来たⅤは、周囲に誰も居ないことを確認すると、グリフォンを呼び出す。
体に刻まれたタトゥーが集合し、鳥の形へと変わっていく様子を、クリスは興味深そうに目を真ん丸にして見ていた。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」
「うわ! 喋った!」
Ⅴの腕の上で両翼を大きく広げ、謎のポーズをとるグリフォン。そんな印象深い登場をした上に流暢に人の言葉を喋るグリフォンに、クリスの心はまたもや驚きに満たされた。
「ヨォ! クリスちゃん! 話は聞かせて貰ったぜ。俺の戦いぶりが見たいなんて、見る目あるじゃねえか! ア~あとさ、なんか臭わね?」
「臭う?」
クリスは首を傾げる。彼女の鼻が捉えたものは生い茂る草木の匂いだけだった。
グリフォンは辺りをキョロキョロと見回し、近くの手頃な枝に飛び移る。匂いがそんなに気になるのか、未だにその発生源を探しているようだ。
「グリフォン、先に一仕事だ」
Ⅴは杖で木々の奥に立っている一匹の獣を指す。今回のクエストの討伐対象のフォレストウルフだ。本来ならレベルが5未満の者なら手に余る代物だが、一番難易度が低い物がこれしか無かったので、仕方なく受付嬢の反対を強引に押し切って受けてきた物だった。
「オーケーオーケー、じゃあ瞬き禁止だぜ!」
グリフォンはクリスに一言言うと、枝から離れ、木々の隙間を音もなく器用に飛ぶ。そして、自らの身に危険が迫っていることなど知る由もない哀れな狼の背後から、加速に加速を加えたその体をぶつけ、強い衝撃と共に宙へと浮かす。
いつの間にか浮かされて身動き取れない獲物に、追い打ちと言わんばかりに雷を落とす。轟音とともに光った幾多もの稲妻は、獲物をしっかりと黒焦げに焼いたのだった。
「どうよ!」
「うわ~、結構えぐいね……」
高い枝に止まり、心なしか胸を張っているように見えるグリフォン。
その横では、黒焦げにされたモンスターを遠目で見ながら、軽く引いているクリスが居た。
「なあⅤチャン! これだけじゃ無いよな? さっさと次行こうぜ! アレ……? おい! V!」
まだまだ狩り足りないのか後ろに居るⅤに話しかけるグリフォン。
しかし、返事が無い事に不思議に思ったグリフォンが後ろを振り向くと、そこに既にⅤの姿は無かった。
あっちこっち見回して見つけたⅤは黒く焼き焦げたモンスターのすぐ横に移動していた。
(……まだ息があるな)
呼びかける声を聞きながら、Ⅴは瀕死の獣の首に手を当てていた。
トクントクンと少しずつ弱まっていく脈拍をその手で感じながら、Ⅴはある仮説を組み立てていく。
(少しずつ死んでいく……か)
恐らく、ダメージを食らったすぐ後は弱っているが、生きている。しかし、その後は体を毒が蝕んでいくかのように、ゆっくりと死んでいく。
(……だが、強敵と戦う時にはトドメが必要……か)
Vは今の魔獣への認識を改めると、先程からしつこくなってきた呼び声に返事をするのだった。
「これでも食らいナ!」
静かな森に騒がしい電撃が走る。クエストに記載されていた最後の一匹を仕留め終え、Vは大きく一息ついた。
「じゃあ次行こうぜ! 次!」
「もう終わりだ。帰るぞ……」
「ええ!? まだ準備運動だゼ? これからが本番だってのにヨ! そうだろ、クリスちゃん?」
「いや~……アタシはもういいかな」
ガックリと肩を落とすグリフォン。一言つれねえなあと言おうとしたが、顔を上げた時には二人は既に森の中のわずかに整備された道へ戻っていた。
慌てて戻ってくるグリフォンを見てから、二人と一匹は帰路についたのだった。
少し日が傾き、森が全体的に暗くなってくる。全く見えないというわけではなく、ただ単に見づらいだけだが、それでも多少なりとも警戒すべき場所が増えるのはⅤにとってあまりいい物では無かった。
その様子に気付いたクリスは、少しだけ得意げな様子で口を開く。
「暗くなってきたけど、安心して! アタシ、敵感知のスキル持ちだから周囲に敵が来たらすぐわかるから!」
「ほ~う、そいつは便利なこった! 他にもそういうのあんのか?」
無言でいる主人の代わりに愛想よく答える従者。
「他にも……って言うと、
「
いかにもそれっぽい見た目を指摘され、少しばかり照れるクリス。それとは対照的に、眉間にしわが寄った表情をしているⅤはクリスに小さな声で告げる。
「……何かにつけられている」
彼の言葉を聞き、思わず足を止める。すぐに後ろを振り返るが、見えたものは影が重なって出来た闇だけ。しかし、奥でわずかに擦れる音が鳴ったのをクリスは聞き逃さなかった。
「まさか……初心者殺し!?」
覚えのありすぎるこの手口は、巷で噂になっている獣。通称“初心者殺し”の手口に酷似していた。名前から察する通り、低レベルの冒険者を中心に襲い掛かってくる、たちの悪いモンスターである。
「初心者殺しィ~? 名前からしてメンドイ奴だな!」
「そう、低レベルの奴だけを狙ってくるずる賢いモンスターのこと。とりあえず、アタシから離れないで!」
クリスの警告通りに散開するのを止め、隊列を組む。目指すはもちろん森の出口。
「なぁ、何かこっちに近づいて来てねえか?」
一番後ろで殿を務めるグリフォンが、魔獣特有の勘を働かせる。
「確かにすごいスピードでこっちに来てる……!」
敵感知に一匹だけ反応があった。こちらに一直線に向かってきている。このままでは追い付かれるのも時間の問題だ。仕方なく、クリスはグリフォンと場所を入れ替えて、後方にナイフで構えを取り、迎え撃つ体勢を整える。
「巻き込まれないよう気を付けて」
「……わかった」
クリスから数歩距離を取る。すぐそこまで迫ってきている猛獣の足音に緊張の糸がピンと張られる。
姿を現した初心者殺し。しかし、その頭数はクリスの予想に反し、三匹だった。
「嘘! 三匹!?」
三匹のトラの様な獣は驚くクリスを歯牙にも掛けず、周囲の木々を飛び移りながらⅤの元へ。
初心者殺しの本命に気付いたクリスは、急いで戻ろうとするが、それを阻むかの様にいくつもの木々がクリスの周囲に倒れこみ、さながら天然の監獄を作り上げていた。
隙間から見えるⅤは既に三匹に囲まれていた。
木から飛び掛かるようにして放たれた初撃をギリギリ躱す。色々と頼りにしていた先輩冒険者は倒れた木と格闘していて役に立ちそうにない。
「なぁ、コレどうすんのヨ?」
「……さあな。とりあえず、ずる賢いというのは確かなようだ」
周囲を囲うように展開した獣を見る。確かに、相手を分断するというのは戦略において重要なことだ。今こうやって相手の出方を伺っているのも、その知能の賜物だろう。
「だが、所詮はただの獣だな」
杖を相手に向ける。不敵な笑みと共に相手に向けられたのはただの杖。しかし、初心者殺し達は得体の知れない何かに気圧され、僅かながら包囲の輪を広げる。
「自分たちが飲みに来た水が、どれほど危険な物か分かってないらしい」
「お前らには、この言葉をくれてやる……
“淀んだ水は毒だと思え”」
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