この素晴らしい世界に魔獣使いを!   作:黒チョコボ

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Mission5

Mission5

 

言葉が理解できない獣でも、貶されているという事が分かったのか、初心者殺しは文字通りⅤを仕留めんと勢いよく飛び掛かる。

 

しかし、肝心の獲物は自慢の牙が当たる寸前にその身を翻す。

 

だが、それすらも想定済みなのか、残る二体の爪が連なる様に襲い掛かる。

 

「任せナ!」

 

振り抜かれた爪は、上空へと退避した男の服を僅かに掠めるだけに終わる。

 

爪に残った服の繊維を見ている間に、男は大型の鳥に掴まり、三匹の包囲から抜け出した。

 

包囲から抜け出したところで何も問題はない。男と鳥の小さな会話に構うことなく、木々を乗り継いで空中へと跳躍する。

 

 

 

目指すはあの()()()()()だ。

 

 

 

「……今だ!」

 

「あいよ!」

 

Vの掛け声と共にグリフォンは自らを中心に電撃を全方向へと放つ。

 

三匹の初心者殺しは飛び掛かりの勢いが仇となり、あたかもバリアの様にも見えるそれに突っ込んでいく。

 

近くの太い枝に咄嗟に爪を立て、勢いを殺した一匹以外は激しい火花と共に吹き飛ばされ、周囲の木に鈍い音を立てて叩きつけられた。しかし、それだけで勢いは止まらず、弱弱しい鳴き声と共に、森の奥へ吹っ飛ばされていった。

 

Vはその様子を傍観すると、何も言わずに残った一匹へと向き直る。有利な一手を打ったにも関わらず、全く慢心を見せないその姿に、初心者殺しの警鐘が激しく鳴り響く。

 

しばらくの間、にらめっこの状態が続く。初心者殺しが一歩間合いを詰めると、相手はその一歩分だけ間合いを離す。逆にこちらが間合いを離すと、向こうはその分間合いを詰める。

 

男がずっと保ち続けているこの距離は、こちらの射程距離のギリギリ外側のラインだ。何を目論んでいるのかは分からないが、相手はずっとこの距離を保ちたがっている。

 

しかし、尻尾を巻いて逃げる策を取れば、あの雷を落とす鳥に焼かれることは目に見えている。

 

お互いに手が出せない状況の中、羽ばたきと共にグリフォンがVの元へと舞い降りた。

 

「ヨォ! 戻ったゼ! 案の定さっき吹っ飛ばした奴らは性懲りもなくまたこっちに向かってるみたいだ! というかスゲエな……マジにマジで何もされてないのかよ!?」

 

「まあな……余計な知能は判断を遅らせる。その知能に見合った観察眼が無ければその時間が伸びていくのは必然だ」

 

「ア~……でもよ、普通勝てるか分からない相手とサシになるカ? 賭けみたいなもんだゼ?」

 

Ⅴはその言葉を聞き、やっと初心者殺しから目を離すと、不敵な笑みを浮かべ口を開いた。

 

「安心しろ……負けはしない」

 

目を離した一瞬の隙に、にらめっこをしていた相手はVに向かって飛び掛かる。Vは横目で軽くその様子を見ているだけで、何もしようとはしない。

 

 

 

しかし、その爪は彼の服に掠ることさえしなかった。

 

 

 

その爪が細く脆そうな体を捉えようとした時、その体は文字通り地面を滑るように移動した。

 

理解が追い付かず、もう一度襲い掛かるが、結果は同じ。

 

しかし、逃げしか出来ない。攻撃が出来ないのであれば、問題ない。当たるまで襲い続ければいい。

 

だが、そんな思考を裏切るかのように、男の足元の黒い淀みが蠢く。そして、気が付いた時には、地面から生えた一本の黒い巨大な針に胸を貫かれていた。

 

目の前には、杖を構える男の姿。

 

「……安らかに眠れ」

 

追悼の言葉の呟きと共に額に杖が突き立てられ、意識は闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、いつからシャドウが使えるようになったんダ?」

 

一匹の獣を痛みで苦しむ前に眠らせた後、グリフォンはVの耳元で呟いた。

 

「……いや、本来の力で使えるのは一瞬だけだ」

 

Vはそう言うと、手を開き魔力を集中させる。そして、現れたのは黒い豹の様な見た目をしたシャドウの姿。

 

Vの従者であるそれは、久しぶりの再会を喜ぶかのように、Vに体を擦りつけている。

 

「……今の所、これが限界だろう」

 

 

「うお! 小っさ!」

 

だが、その大きさは手の平にちょこんと納まるかわいいマスコットサイズであった。

 

シャドウはVの掌から腕をつたい、彼の肩の上に登ると、グリフォンに向けて軽く吠える。

 

「……おいV! ネコチャンがそろそろ奴らのお出ましだって言ってるゼ?」

 

「……そうか。こっちもそろそろ来る頃だ」

 

シャドウがタトゥーへと戻るのとほぼ同じタイミングで、Vの元へ駆け寄る足音が響く。後ろをチラリと確認すると、バラバラに斬られた木の牢獄とその脱走者がこちらへと走って来ていた。

 

「はぁ、はぁ……ごめん! 無事だった?」

 

汗だくになり、少し息切れを起こしながらも、Vの身を案じるクリス。手に持っているのは小柄なナイフのみ。あの大木を斬るのにどれほどの労力が使われたのか容易に想像できる。

 

「……ああ。だが、まだ終わってない」

 

Vは杖で茂みを指し示す。少しづつ近づいてくる草木の音。クリスはナイフをギュッと握りしめる。

 

その音はほぼ目の前で鳴りやんだ。

 

確実に目の前に奴らがいるこの状況。ガチガチの警戒態勢に入っているクリスとは対照的に、Vとその従者は杖を弄っていたり、毛繕いをしていたりと、落ち着いた様子だった。

 

しかし、しばらく経っても出てこないことに面倒に思ったのか、Vはため息交じりにグリフォンにアイコンタクトで指示を出す。

 

「おい! そこのネコもどきチャンよお! やるかやらねえか迷ってんだったらさっさときたねえケツ見せて帰った方が良いゼ? こっちには超ベテランのネエチャンが居るんだ! どうせ戦っても勝ち目はねえヨ! 命は大事にしとくもんだゼ!」

 

暗い森にグリフォンの情けの言葉が響く。草木の擦れる音にかき消されることなく届いたその言葉は彼らにどう伝わったのかは分からない。だが、目の前の林からザッザッと何かが遠ざかっていく音がその答えだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

初心者殺しを撃退した後、二人は急いで森を抜けた。幸運なことに、モンスターに出くわすことは無かった。クリスは無事草原に着いたことに安堵したのか、大きく息を吐く。

 

「はぁ~……やっと抜けられた! やっぱり、君のそのグリフォンは有能だね! 空から辺りを見回せるってのがこんなに役立つとは思わなかったよ!」

 

ほぼ真っ暗な森の中、グリフォンによる空からの誘導で迷うことなく出口へと向かうことが出来た。

 

その事もあり、クリスに褒めちぎられたグリフォンはVの肩の上でいつも通りペチャクチャと調子づいた言葉を語っていた。

 

「それにしても、え~っと……Vだっけ? よく無事だったね。普通、そのレベルだったら初心者殺し相手に三対一じゃ一瞬でやられちゃうとこだよ?」

 

「……運が良かっただけだ」

 

クリスはその言葉を聞き、不思議そうに首を傾げる。

 

「三匹の内、二匹は狩りに慣れていない奴だった。恐らく、一番図体がでかかった奴の子供だろう」

 

「いやいや……それでもあの機動力は成体と大差ないんじゃない? それを、上手に躱してたんだから大したもんだよ!」

 

「……前居たところに同じような動きをする奴が居たのでな」

 

Vの脳裏に初心者殺しの姿が浮かぶ。確かに、木を蹴って立体的に攻めてくるのはかなり対処が面倒だった。だが、あの悪魔(フューリー)ほどではない。

 

かつて、Vの前に立ちはだかった悪魔を頭の中に描く。理不尽なほどのスピードが武器だったその悪魔にはいい思い出は無い。横に居るグリフォンも同様なのか、苦い表情を浮かべている。

 

「ア~……それよりもサ! さっさと街に行こうゼ! そんで、メシだメシ!」

 

話題を切り替えるかの様にグリフォンが口うるさくはやし立てる。そんな様子にいつの間にか止まっていた歩みを再開させるV。だが、ほんの少しの違和感がその歩みを遅くする。

 

「……お前、人間の食べ物は食えるのか?」

 

「まあ、元が元だからナ。どっちかと言うと味覚はそっちに近えかもナ!」

 

「……そうか」

 

「エッ!? 今更になって明かされた意外な事実なんだゼ? 反応薄すぎだろ!」

 

Vは周囲をバッサバッサと飛び回るグリフォンを無視し、クリスに向かって話しかけた。

 

「……クリス、一つ聞きたい。この口うるさいのをそのまま街に入れても問題ないか?」

 

「う~ん……少しは驚かれるだろうけど、特別珍しい行動でもないから大丈夫だとは思うよ。でも……流石に喋るのは不味いかもね」

 

「……だ、そうだ」

 

Vはクリスから思ったよりも軽い使い魔への認識を聞くと、グリフォンの方へ顔を向け、“後はどうするかお前が決めろ“と言わんばかりに小さく呟いた。

 

しばらく、“街に行くのであれば喋るな“という条件を受け入れるかどうか決められないでいたグリフォンだったが、アクセルの街に着く寸前に意を決し、叫ぶように吐き出した。

 

「分かった! 分かったよコンチクショー! イイ子にしてりゃ良いんだろ? こんな風によ!」

 

飛んでいたグリフォンはVの肩に乗る。どっしりとした重さがVの肩に伝わる。爪を立てずに止まっているその様子に、少しばかりの優しさを感じさせる。

 

「なあなあ、ほんの少しぐらい喋ってもイイだろ? やっぱダメ?」

 

ほんの僅かな希望を抱き、Vに懇願するグリフォン。

 

「……却下だ」

 

「だよな~……」

 

希望を見事に打ち砕かれたグリフォンは、肩の上でうなだれる。そんな様子を面白そうに見ているクリスと共に、Vは今回の報酬を受け取るべくギルドへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

良いも悪いも全て集まるその場所に足を運んだV。その中に入った彼に突き刺さったのは好奇の目。その原因であろうブツを肩に乗せ、辺りの視線をガン無視しながら受付へと向かった。

 

「……終わったぞ」

 

後ろから苦笑いを浮かべながらついてくるクリスを待つことなく、カウンターにクエストの用紙を置く。

 

「無事のようですね、安心しました! では、カードを見せてもらえますか?」

 

受付嬢は後ろのクリスの方を見て、納得したような表情を浮かべながら、冒険者カードの提示を求める。Vの分のカードを受け取った後、クリスにも提示を催促する。

 

だが、クリスは傷の入った頬を掻き、目を泳がせながらもこう言った。

 

「あ~、実はアタシ何もしてないんだよね……そこの良い子にしてるでっかいのに全部手柄取られちゃってさ」

 

クリスはVの肩に佇む良い子を指差す。予想と違ったせいか、あっけにとられたような表情を浮かべる受付嬢の視線は、無意識に指差された存在へと向けられる。

 

猛禽類のような見た目をしたソレと視線が交差する。睨みつけているような鋭い視線に思わず冷や汗が流れる。

 

少し緊張している所に追い打ちをかけるかの如く、肩に乗っているソレが顔を近づけると同時にまるで脅かせるかの様に高めの声で鳴いたのだった。

 

「きゃっ!」

 

案の定驚いて盛大にしりもちをついた受付嬢。下から見上げたそいつの顔はしてやったぜと言わんばかりの笑みを浮かべているように見えた。

 

「……すまない。少しいたずら好きな性格でな」

 

そんな一部始終を真横で見ていた飼い主は悪びれる様子もなく、逆に軽い笑みを浮かべる。

 

「い、いえ! お気になさらず!」

 

顔を赤らめながらも急いで立ち上がった受付嬢はカウンター上に置かれた彼の冒険者カードを手に取り、クエスト達成の真偽を確認する。

 

やはり、冒険者になって日が浅いこともあり、カードに書かれている討伐したモンスターの種類と数はごく僅かだ。特に探すこともなく、今回の討伐対象の名前を見つけることが出来た。

 

「討伐数は問題ないようですね……あれ?」

 

ちゃんと討伐対象を五匹倒している事を確認した受付嬢だったが、そのすぐ下の欄に見覚えのある名前が書かれている事に気付く。

 

「しょ……初心者殺し!?」

 

最近巷を騒がせている魔物、初心者殺しの名前がそこにあることを知り、酒で賑わっている周りの騒音に匹敵するほどの声で思わずその名を口に出した。

 

「あ、あなたが倒したんですか!?」

 

「……いや、俺は運よく止めを刺しただけだ。称賛ならそこのクリスとかいう盗賊にすることだな」

 

「え?」

 

突然話を投げられて気の抜けたような反応をしたクリスを横目に、受付嬢からカードと報酬を手際よく受け取ると、さっさとこの場を後にするV。その背中にかけられた停止を求める声は、爆発の様な歓声にかき消され、届くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

既に時刻は真夜中。人気のあるはずの大通りも足音以外には何も鳴らず、昼とは真逆の不気味な雰囲気に包まれていた。

 

暗い夜道を足音と金属質な杖の音が響く。だが、その後ろから駆け足の様な短い間隔の足音が少しづつ接近していた。

 

「なあなあ、Vチャン。来てるぜ」

 

「ああ、分かっている……」

 

足を止めずに後ろの足音に意識を集中させる。わざと気づかせようとしているのかとも思える大きな足音は、突然その鳴りを潜める。

 

「気配が消えた……?」

 

「いや、まだ居るゼ。真後ろ5メートルってところか」

 

後ろを見ることなく僅かに感じる気配のみで距離を測るグリフォン。

 

「4、3……」

 

Vにしか聞こえない囁くような小さな声でその距離をカウントし始める。

 

「2……」

 

1のカウントを言う前に、Vは動いた。後ろを振り向きつつ謎の気配へと杖の切っ先を突きつける。

 

しかし、突き付けられた対象は先ほどまでよく見ていた者だった。

 

「あ~……や、やっほー?」

 

首元に杖を突きつけられ、軽く引いたような表情をしたクリスが今にも崩れそうな作り笑いを浮かべてそこに立っていた。

 

「……何の用だ」

 

「いや~ちょっと夜風に当たりたくて……」

 

「……冗談は程々にしておけ」

 

何処からどう見ても嘘だとわかる見え見えの発言に、Vはため息交じりに追及する。

 

「……ちょっと見せてもらいたいものがあってね」

 

そう言ってクリスが指さしたのは、Vの手に握られた杖。

 

いざとなったら実力行使も考えていたクリスの目の前に再度杖が突きつけられる。しかし、向けられているのは切っ先ではなく持ち手の方であった。

 

「……さっさと済ませろ」

 

少々困惑しながらも杖を受け取ったクリスは、全体を軽く見てから、コンコンと少し叩いた後に持ち主の元へ返す。

 

「ごめん、ありがと」

 

「……ああ」

 

杖をうけとったVは軽い返事をした後、振り返ることなく暗い夜道の先へと溶け込むように消えていった。

 

杖に触れたクリスの脳裏にはとある一つの疑問が浮かんでいた。

 

「やっぱり、悪魔……なのかな……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスと別れた後、一人と一匹は街灯一つない真っ暗な闇に包まれた道を通り抜け、適当な寂れた宿にその腰を下ろす。

 

そして、ベッドのすぐ横で羽休めをしている自らの従者へと杖を差し出した。

 

「……グリフォン、どうだ?」

 

「ああ、この匂いだ。間違いネエ」

 

差し出された杖から発せられたのは、森で自らの鼻に漂ってきたあの匂い。発生源を探そうにも、すぐに消えてしまったあの匂いと同じだった。

「あのネエチャン、一体何モンだ?」

 

「……ただの神官などではないのか?」

 

「神官がちょこっと触っただけで聖水レベルのモンが出来るわけネエだろ! 出来るとしたら神サマか何かだろうぜ」

 

グリフォンによると、この杖は悪魔にとって聖水に等しい浄化のエネルギーを帯びていたらしい。杖に近づくのすら嫌なのか、グリフォンは鏡台の端っこまでテクテクと退避している。

 

その様子に軽い笑みを浮かべながら、己の黒い魔力を杖に流し込む。見た目は一切変わってないが、グリフォンが戻ってきた様子から、中身はもうリセットされた事だろう。

 

「明日はどうすんだ? また今日と同じ日の繰り返しじゃネエだろうな?」

 

「……シャドウの試運転だ」

 

「ほ~う、またネコチャンを拝めるってワケか!」

 

グリフォンとの軽い話を終え、襲ってきた睡魔に身をゆだね、ベットに横になる。心地よい柔らかさと真っ暗な部屋が眠りを妨げることなく、意識を深い闇へと持っていく。

 

今日は物というのは意外なところで役に立つという事をよく学べた。

 

 

 

 

 

何せ、()()()()()()()()()()()()がこんなところで役に立ったのだから。

 

 




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