Mission6
朝、ギルドの食事場にて朝食を食べていると、食後の紅茶を持ってきたウエイターと共に受付嬢がやってきて、申し訳なさそうな表情を浮かべながらこちらに話しかけてきた。
「あの~……すいません。少しお時間よろしいですか?」
「……何の用だ?」
「このクエストに行った人を連れ戻してほしいのですが……」
出されたのは以前Vも受けたことのあるジャイアントトードのクエスト。端にはクエストに向かった者の名前がメモされている。
「実はこのクエスト、行き先が間違って書かれてまして……」
彼女が言うには、その場所は目的の獲物なんて一匹たりとも生息していない所のようだ。凶暴なモンスターなどは居ないようだが、本来なら初心者が行く場所ではないらしい。
「……何故俺に頼む?」
辺りには自分以外の冒険者が少数だが居る。ギルドもこちらが冒険者になりたてなのを知っているはずだ。救助依頼ならわざわざ初心者に頼む必要など無いだろう。
「それが……お恥ずかしいことに断られてしまって……」
「……そうか」
この救助クエストの報酬欄に目を移す。そこには以前貰ったことのある報酬金より少し高めの値段が記されている。俺には十分なほどの額なのだが、自称ベテランの奴らにとっては少ないのだろう。
だが、そのおかげでそこそこ美味しいクエストを受けられるのだ。今はその面倒なこだわりに感謝すべきだろう。
机の上に置かれたペンを取り、流れるように受注の欄に自らの名前を書き込むと受付嬢へと手渡す。少しの間キョトンとしていた彼女だったが、すぐに感謝の言葉をいくつか連ねると受付の奥に向かって行った。
(……少し遠いな)
親切に書かれている目的地までの道のりを見るに、出来るだけ早く行かないと面倒な事になることは目に見えていた。今すぐに出発するべく、もう何日も出しっぱなしの相棒を呼ぶ。しかし、横に伸ばした腕にかかるはずの重みが、今回ばかりはいつまで経っても感じることは無かった。
周りから変な目で見られ、少々機嫌を損ねながら後ろから聞こえる咀嚼音の方へ振り向くと、そこには一心不乱に照り焼きチキンを絶賛共食い中の残念な魔獣の姿が。
食べ終わるまで待とうと思っていたが、全く減る様子を見せない料理を見てじれったくなり、我慢の限界と言わんばかりに首根っこをひっつかむと早歩きでギルドを後にした。
その様子を興味深そうに眺めていた周囲の冒険者の耳には声なき声がこだましたそうだ。
「ア~……夢中になってたのは悪かったけどヨ。食べるのが遅いってのは不可抗力ダロ! オレの口はクチバシなんだゼ?」
「……口は鳥、舌は猫。クチバシじゃないとしても結果は対して変わらんだろうな」
必死の弁明を足蹴にされ、ガックリとうなだれる猫舌魔獣(鳥)を横目に前方に広がる丘陵地帯に意識を向ける。以前訪れたことのある草原と見た目はかなり似ているが、丘という文字が入っている通り、山ほどではないがところどころに高低差がある。
そのせいもあり、遠くを見ると必ず死角が生じてしまう。人を探すという目的においてその死角がクエストをかなり面倒な物にしてしまっていた。
「……グリフォン」
「あいよ、一瞬で見つけてやるゼ!」
だが、面倒なのは地上から物を見る場合だ。Vは迷うことなく第三の目を使う事を選んだ。
「オ~居た居た! 水辺の近くダナ」
空高く飛んだグリフォンから水辺という言葉を聞き、ギルドから拝借した小さな地図を広げる。確かに地図上では現在地から少し離れた場所に池がポツリと存在している。
(縮尺が書かれていない……)
この世界の測量技術がお粗末なのか、はたまたハズレの地図を引いてしまったのか分からないが、この地図には距離を知るための縮尺が見事にその姿を消していた。
「……グリフォン、距離はどれぐらいだ?」
「ア? キョリ? エ~……そんなに遠くネエと思うけどナ」
あまり信用出来なさそうな返事に、Vはお互いの距離感覚が近いことを祈りながら、グリフォンの誘導に従って目的地まで向かう。
しかし、その一歩を踏み出そうとしたV達の耳に届いたそれは身を響かせるような爆発音だった。
「ったくヨ~……Vチャンも鳥使いが荒いぜ」
Vから耳の痛いお言葉を頂いたグリフォンはその機動力を生かし偵察の任を与えられた。しかし、当の本人はご不満のようだ。
それでもなお、池周辺の小さな森の木々を縫うように飛び続ける。ありがたいことに、猛毒のある棘、大型動物を喰らう植物なんてものは今ここには存在しない。
それが分かっていても、しっかりと辺りを警戒しつつ爆発音の元まで一直線に向かうのは流石と言えるだろう。
「あっぶネ! 今急いでんだから邪魔すんなっての!」
見るからに危険な香りがする特大のクモを躱し、幾多もの枝をくぐり抜けた先には、不思議な光景が広がっていた。
「この辺りダナ……」
森から抜けた先にあった少し小さな丘。ただそれだけではなくところどころに地面から生えるようにして大きなクリスタル状の物体が鎮座している。
そんな幻想的な景色の中に明らかに浮いている派手なローブ姿の人間がうつぶせにポツンと倒れていた。
「オイオイ……手遅れってことはネエよな?」
嫌な予感をその身に感じながら、その原因へと向かう。
「オイ! 生きてるか~?」
「……あれ? その声はカズマでは無いですね。一体誰ですか?」
声からして女性だと思われる人物は起き上がることなく、地面に突っ伏したままグリフォンの呼びかけに応える。
「ヤッベ……! ア~……ただの通りすがりみたいなもんダ。それよりも、何でぶっ倒れてんダ?」
「先ほど我が宿敵と激しい死闘を繰り広げていたせいで、この身に宿る魔力が底を尽きてしまったのです!」
グリフォンの問いかけに、何故か相手はフッフッフと不敵な笑いと共に自慢げにその原因を語る。
「魔力切れ? じゃあ問題ネエな。 あばよ!」
「え!? ちょ、ちょっと待ってください! 魔力をくれとは言いませんから、せめて、せめてこの体を仰向けにして下さい! さっきから口の中がじゃりじゃりして気持ち悪いんです!」
「気持ち悪いだけダロ? 死にはしねえヨ」
必死になっている誰かさんを完全にスルーし、無慈悲にもその場から去ろうとその漆黒の翼を大きく広げる。
「いえ、カズマが死にます」
しかし、たったそれだけの言葉で今動き出さんとしていた翼が石像の如く固まる。
「カズマ? 彼氏の心配でもしてんのか?」
「……!? ゲホッ! ゲホッ! 違います! 私の仲間の一人です!! さっき面倒なモンスターに襲われて、囮になって貰ったんです!」
「……それって普通先に言うもんじゃネエの?」
器用に足で首元を掻くという余裕そうな態度とは裏腹に、彼の頭の中は“ヤベエ……どうすんだよコレ”という言葉があっちこっちで飛び回っていた。
Vから命じられていたのはただの爆発が起きた場所の偵察。しかし、彼が受けたクエストの内容はとある冒険者達を連れ戻す事だ。
(名前ぐらい聞いときゃ良かったナァ……)
今更思ってももう遅い。浮き上がった雑念をブンブンと振り払う。
(もしコイツらが例の迷子の子猫ちゃん達だとしたら助けとかないとマズイよなぁ……)
「ア~……分かった。とりあえず何とかしてやるから、カズマとかいう奴の居場所を言いナ!」
僅かな沈黙の結果、主人の得に繋がる方へ舵を切ることに決めたのだった。
「……その前に起こしてくれません?」
「……ったく、分かったヨ! 起こせばいいんだろ? 起こせば!」
要望を飲まない限り意地でも口を開きそうにない様子を見て、色々と面倒になってきたグリフォンは仕方なく肩を掴み、体を仰向けにしてやった。
地面から生えている水晶を背もたれ代わりになるように場所を移動したのも、彼の小さな小さな優しさなのだろう。
「な!? ななな!? も、モンスターだったのですね! 動けないとこを狙うなんて卑怯な!!」
さっきの状態からは想像も出来ないほどに元気な様子に目をぱちくりさせて完全停止していたグリフォンだったが、自らに投げかけられた失礼極まりない言葉に堪忍袋の緒が切れた。
「何だとテメー! それが起こしてやった奴にかける第一声かよ! モンスターって言葉はそのままお前にお返ししてやるぜクソッたれ!!」
小さな図体から飛び出てくる大きな文句。その勢いに圧倒され相手の元気そうなその口は瞬く間に鳴りを潜めた。
「む……そうですね。私としたことが少し落ち着きを失っていたようです」
怒号と共に放たれた圧に押されたせいか、慌てふためいていた少女は正気に戻る。しかし、気まずさからかどこかしょんぼりとした様子で何とも言えぬ表情をしていた。
「ったくヨ……そんで、その仲間ってのはどこら辺に居るんだ?」
「あっちの方に行ったはずです」
少女は仲間がいると思われる方向を指差す。その延長線上にはここと同じような結晶交じりの丘が続いていた。
「そっちだな? あんがとよ、じゃあな!」
「ま、待ってください!!」
飛び立とうとしたグリフォンの足を何とか動くようになった手でつかむ少女。勢いづいた体は止まることを知らず、グリフォンはクチバシから地面へと突き刺さってしまった。
「私も連れて行って下さい」
クチバシを何とかして引き抜いたグリフォンが口からうるさい文句を垂れる前に、少女は自らの要望を述べる。
「恐らくですが、このまま行くとまたモンスターだと勘違いされます」
「……ナルホドな。じゃあ一体どうするんだ?」
「安心してください! 私にとっておきの策があります!」
「ア~……じゃあその策とやらに期待しとくゼ」
何故か眩しいほどに輝いている少女の瞳に謎の悪寒が彼の背筋を駆け上る。冷や汗をかきつつも自らの責務を果たすため、少女の肩を掴み空へと飛び立った。
少女の誘導する方向に飛んでいたグリフォンだったが、いつまで経っても人影どころかモンスターすら見当たらない事に少しづつ疑問を持ち始める。
「ナァ、おチビさん。行き先はこっちで本当に合ってんのか?」
「む……! 私にはちゃんとした名前があるんです! おチビさんではありません!」
小さいと言われたことに憤慨したのか、少女は完全に動くようになった体を使い、杖をぶんぶんと振り、怒りを露わにする。
「アーワカッタワカッタ、じゃあなんて呼べばいいんだヨ?」
ただの何気ない質問だったのだが、予想とは違い少女はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりのドヤ顔を決め、大きく息を吸い込んだ。
「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして……え? あれ……? う、うわあああああああああああああ!?」
突然めぐみんの体全体を浮遊感が襲う。肌に感じる風圧に思わず名乗りではなく叫び声をあげる。しかし、程なくして肩に衝撃が走り、紐なしバンジーは未遂に終わる。
「ヘッヘッヘ! おっと、ワリィワリィ! いきなり大声で名乗るもんでびっくりして落としちまった! おチビさんには刺激が強すぎたカナ?」
「……大丈夫、大丈夫です……ぐすん」
「そうかいそうかい、そんで次はどっちに行けばいいんダ?」
突然のフリーフォールに涙目になっているめぐみんは鼻水をすすりながらとある方向を指差した。
大きく旋回しその方向へと向き直ると、地面には探し物の手がかりがあちこちに転がっていた。
楕円形の凹み、抉れた地面、そして逃げ惑う足跡。やっと愛しの地面に降り立っためぐみんはホッと一息つきながらもそれらの痕跡を注意深く観察する。
「まだ向こうに足跡が続いています。おまけに、まだ地面が乾いていません」
まだ遠くへと行っていない事に安堵すると同時に、未だに追われ続けている可能性が浮上する。その事実はめぐみんの表情を険しいものに変化させた。
しかし、周囲の地形は平原のようになっていて、近くにいるものなら見渡すだけで見つかるのではないかと単純にも思い浮かぶ。だが、そんな簡単に見つかるのであれば、先ほど空に居る時に見つかっているという事に気付き、先ほどの考えを頭の隅へ追いやった。
「オイ! おチビちゃん! こいつを見てみな!」
再び小さいと呼ばれたせいか、杖をグリフォンに向かって振り回すが、グリフォンは鼻歌交じりでそれを軽く躱すと、めぐみんの頭を鷲掴みにし、無理矢理視点を下げさせた。
「うぐ…! 何ですか……これ? 穴?」
足跡が続く先には一つの大きな穴がぽっかりとその口を開けていた。
「よく言うだろ? 穴があったら入りたいってヨ!」
グリフォンの鉤爪がめぐみんの肩にがっちりと食い込む。
「え……? もう行くんですか? ちょっと待って下さい! まだ心の準備が……!」
その言葉は聞き入れられる事は無く、無慈悲にも先の分からぬ闇の中へと連れていかれるのであった。
落下の恐怖に身構えためぐみんだったが、その想像とは裏腹に穴の深さはそこまで深い物では無かった。しかし、入り口の闇の様な黒さは嘘ではなく、中は一寸先も見えない様な暗闇に満たされていた。
「なんだ? 思ったより浅いじゃねえか!」
めぐみんを降ろし、軽くなった体を羽ばたかせながら、グリフォンは残念そうに呟いた。
「なんで残念そうにしてるんですか!」
「そりゃあ、そこの小さい奴をビビらせられなかったからな! ア~残念残念!」
またもや杖でそこのお喋りチキンをぶっ叩きたい衝動に駆られためぐみんだったが、自らの足元すら見えないこの状況で彼の黒い翼を目に映すことは不可能だと悟り、仕方なくその衝動をグッと堪える。
「物を探すにはちと暗すぎるんじゃねえか? なあ、おチビちゃん! 明かりか何かネェのか?」
めぐみんはローブの内側を探るそぶりを見せるが、しばらくすると手に持った杖をコツンと地面につき、胸を張って口を開く。
「そんな物ありませんね」
見るからに魔法使いの格好をしているが故に、少し期待を寄せていたグリフォンだったが、予想とは180度違う返答に思わずずっこけた。
「オイ! 仮にも魔法使いダロ? なんつーかこう……詠唱とかなんかして出来ネェのかよ!」
「何を言っているんですか、私は爆裂魔法しか使えません!」
「ハァ!? 爆発しか起こせねえってコト? とんだポンコツ魔法使いもいるモンだぜ!」
「ほう……そんなにも爆裂魔法の威力を知りたいと言うならば良いでしょう! 今ここで証明して差し上げます!」
「オイ!待て待てこのポンコツ! こんなところで爆発起こすんじゃネエ! そんなに生き埋めになりてぇか!」
グリフォンの姿が見えないが故に明後日の方向を向いて爆裂魔法をぶちかまそうとするポンコツ魔法使いを止めるため、その後頭部を両足で鷲掴みにし、そのまま激しく上下に揺らす。
見事に頭と思考をシェイクによって混ぜ合わされ、詠唱どころか真っ直ぐ立つことすらままならなくなり、仕方なく構えていた杖を地面につくこととなった。
「仕方ネェ、アレやるか」
グリフォンがそう呟いた次の瞬間、辺りの空気が重々しいものに変化し、めぐみんは全身の毛が逆立つような錯覚に襲われる。恐る恐るその気配の方へ目を向けると、そこには全身に紫電を纏い失敗した魔法の様にバチバチとスパークを放っている奴がいた。
「ヘッヘッヘ! 悪いなぁ自称魔法使いちゃん! せっかくのお株を奪っちまってヨォ!」
「それは分かってて言ってるんですか? 今すぐ黒焦げのチキンにしてやっても良いんですよ?」
グリフォンのちょっとした小技によって、めぐみんの目にも周囲の状況が軽くではあるが確認できるようになった。しかし、彼女がとった行為はやっと見えるようになった軽口の権化をぶん殴るべく、バッティングフォームを取ることであった。
「おおっと! 言っとくが触れねえ方が良いぜ? 真っ黒こげの肉片になりてえなら別だがヨォ」
その言葉のおかげで、既に思いっきり振られた杖を僅かに下に反らすことができ、黒焦げになることは何とか避けることに成功する。
「ヘッヘッヘ、汗なんかかいて暑そうじゃねえか! まあ、さっきので上手い事ヒヤッと出来たからちょうどいいんじゃねえの?」
「あとで覚えておいてください」
めぐみんはこの一件が済んだら、絶対にフルパワーの一撃をお見舞いしてやると心に固く刻み、ひとまずは捜索に戻るため、思考を切り替えた。
「ここは……大きな空洞ですかね?」
壁は今の光量では見ることは叶わず、唯一見える天井からは地上の水晶の様な物がつき出ている。一つだけでは無い、地上にある分と同じ分だけあるのだろう。
もし先ほど爆裂魔法を撃っていたら、今頃その水晶の下で後悔していたのだろう。そんな想像を脳裏に浮かべ、グリフォンに対して本当に僅かだが感謝するが、上から降ってきた何かに頭を小突かれ、前言撤回と言わんばかりにその念は可燃ごみの様に外に放り出されるのであった。
「オイ! 見ろよ! コイツ光るぜ!」
幸運なことに帽子のおかげでダメージはほぼ無かった。偶々なのかわざとなのかは分からないが、頭の上に落とされたことに不満を浮かべながらも、地面に転がっている紫に光るクリスタルを拾い上げる。
「これは……魔力に反応して光るようですね」
「ほう、せっかくランプがあるんだったら火を灯さねぇとナ!」
めぐみんの呟きを聞いたグリフォンは、周囲の巨大なランプに対し的確に雷の弾丸を放ち、次から次へと明かりを灯していく。瞬く間に闇が溶け込んでいた空間は紫の光でライトアップされた。
しかし、ライトアップの結果、現れたのはこの空洞の全容ではなく、巨大なカメの様な何かがこちらへ向き、その甲羅から生えた戦車の様な砲塔をこちらに突き付けている光景だった。
いつも評価、感想を下さりありがとうございます。
モチベにもつながるのでこれからも是非よろしくお願いします!