この素晴らしい世界に魔獣使いを!   作:黒チョコボ

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Mission8

Mission8

 

空洞内にありえないほどの本数の雷が降り注ぐ本来ならば大嵐でもないと見ることは無いだろう。いつもとは一味違うその雷は幾重もの層を持つ防壁でさえ、完全に遮断することは叶わない。

 

雷を受ければ受けるほど、その厚い表皮は黒く焦げていき、甲羅の頂点に備わった砲塔が爆発と共に崩れ去る頃には、その甲羅は光を全て吸収するかのような黒に染まっていた。

 

「アァ? まだ生きてやがる、思ったよりもタフだな」

 

「……よく見ろ。お前の攻撃の大半は地面へと流されている。あの装甲もただの飾りではないという事だ」

 

「ナルホドな。だがよ、要はこのままゴリ押しでブッ殺せば良いってことダロ!」

 

グリフォンの完全な脳筋思考に思わずため息が漏れる。引鉄を引いている影響もあるが、それでもほとんどは素の性格だろう。だが、奴の言い分も一理ある。

 

 

手段は多少選ぶが、最終的に勝てば良い。

 

 

指示を飛ばすより先に再び最大級の雷を放つべく、グリフォンが空中へと躍り出る。明らかに動きが鈍くなった巨大な影へと迫り、己の刃をそこへと突き立てる。

 

「予想通り……と言ったところか」

 

しかし、現実はそこまで甘くはない。刃を突き立てる寸前、グリフォンから溢れ出す紫のオーラは蝋燭の灯を消すかの様にフッと消え去った。力の底上げを失った雷は先ほどと同じ威力を持つはずもなく、装甲に阻まれ地面へと流された。

 

「アレ? オイオイマジかよ!? このタイミングで時間切れ!? どっかの三分ヒーローでももうちょっと持つんじゃねーの?」

 

「……どうやら無駄遣いが得意なようだな。お前に金を持たせなくて正解だ」

 

「待ってくれよVチャン! ちょーっと気分が乗り過ぎちまっただけだって! だからよ、もう一回アレやってくれヨォ!」

 

「……生憎だが、こっちの魔力も無限ではない。諦めるんだな」

 

「マジで? だったらどうやってアイツをブッ飛ばすんだ? シャドウは本調子じゃネェんだろ?」

 

「……力技で駄目ならそれ以外のやり方をやるまでだ」

 

グリフォンの巻き添えを食らわないよう引っ込めていたシャドウを己の足元へ呼び出そうとするが、前方から響く機械音に咄嗟に回避行動を取る。

 

周囲に黒い魔力の残滓を撒き散らしながら滑るように横へ高速移動する。嫌な予感というものは意外にも当たるもので、元いた場所には鉄の塊が突き刺さる。

 

残ったもう一つの砲塔がガチャガチャと音を立てる。一瞬だけグリフォンと視線を交わし、自らは大きく後ろへと跳躍する。しかし、まだ二発目は発射されておらず、その射線は未だVへと向き続けている。

 

相手からすれば大きく隙を見せた今この瞬間が好機である。空中で身動きが取れないVへ落下による偏差も考慮した砲撃が迫る。

 

「ったく、オレがいないとダメね」

 

だが、その的は落ちるどころかどんどんとその高度を増し、惜しくもそのすぐ下を掠めるだけに終わる。

 

右手を大きく上げたその先には、ある意味彼自身の翼が苦言を申しながらその手を固く握りしめていた。

 

「そんで? もう一つのやり方ってのは?」

 

「Huh……安心しろ、すぐ分かる」

 

Vは杖を前へと向ける。その独特な雰囲気を纏ったその動作に、相手は身構え、すぐ横の相方は興味津々な様子で何が起こるのか観察中だ。しかし、場を包み込んだのは静寂。

そう、何も起こらなかった。

 

「オイ! 何も起きてネェじゃねえか! 本当に策なんてあんのか? 今なら怒らないから正直に言ってみろよVチャン! ン? なになに? “実は策なんてありません。少しカッコつけたかっただけです”だって? ったくよお、しょうがねーなVチャンは! まあ? Vチャンもカッコつけたがるお年頃って奴なんだろうけどよ! 流石にこのタイミングでやるのはお門違いってモンよ! やるんだったら……ギャッ!」

 

「……勝手に人の言葉をアフレコするな。少しは黙って見ていろ」

 

ワハッタ!(わかった!) ワハッタはらやへて!(わかったからヤメテ!)

 

杖の持ち手を突っ込まれた口から湧き出たのは降参の声。反省の色が見えたからか、Vはそのアフレコチキンの口から杖を抜き取った。

 

そんなコントのような瞬間をチャンスとでも思ったのだろうか。砲撃が通用しない相手を踏みつぶすべく、重たい体を支える大きな脚を前へと一歩踏み出した。

 

「……引っ掛かったな」

 

だが、そんな前へ進む意思を打ち壊すかのような悪夢が地面の下からやって来た。

 

地面から剣山の如く生えた刃はカメの前足の裏を貫き、そのまま足の装甲を内側から突き破り、赤い鮮血と共にその真っ黒な姿を現した。

 

「……流石に足裏までは守られてはいまい」

 

「次から歩くときは靴底を鉄板にしとかねえとナァ?」

 

グリフォンの挑発を受けた相手のとった行動は、激昂による反撃ではなく、四肢を全て体の中に引っ込めるという、受けの姿勢を取ることであった。

 

一体どういう仕組みになのか分からないが、元々強固な装甲が更に強化され、今のシャドウの全力を以てしてもびくともしないほどであった。

 

「ナンダァ? ここまで来て引きこもりか? オイ! 出てこいよこのヒキニート野郎! バカみたいに向かってくるのがオマエの唯一の取り柄ダロ!」

 

罵倒が空洞に寂しく響き渡る。誰かのむせたような咳が聞こえる以外に変化は無く、むしろカメは更に引きこもったように感じた。

 

「……そろそろ潮時か。さあ仕事だ、やれ!」

 

軽く後ろへ振り返りつつ投げかけられた言葉の行き先は、今現在まで完全なお荷物状態が続いているめぐみん宛だった。

 

「やっとですか! 待ちくたびれましたよ!」

 

一言二言文句を漏らしながらも、少々嬉しそうに詠唱という名の破壊へのカウントダウンを進めていく。

 

「おーやっちまえやっちまえ!」

 

一回死にかけたせいか、半分気の抜けたかのような声で応援するカズマ。元気はないが、言葉に込めた思いは嘘偽りではなさそうだ。

 

一瞬であるが永遠のように感じる時間は終わりを迎え、めぐみんの魔力が収束する。そして、その浪漫に満ち溢れた一撃をその名と共に自らの頭上へと解き放った。

 

「エクスプロージョンッ!!!」

 

これまでにない大爆音と閃光が辺りを覆い尽くす。思わず手や腕で覆った目を開いた時には、めぐみんの真上の天井に美しい青空がその姿を現していた。

 

「ふぅ……やりました……!」

 

未だに痛みで地面に座り込んでいるカズマの腹に糸が切れたようにぶっ倒れるめぐみん。そのおかげで怪我一つすることは無かったが、緩衝材代わりになった方は当たりどころが悪すぎたようで、青ざめた顔で鳩尾付近を押さえていた。

 

そんなことも束の間、空洞全体が今にも崩れださんと地鳴りのような低い音が響き始める。偶然かそれとも必然か、カズマ達の真上にある落ちてくるはずの天井は先ほどの爆発でその姿を消していた。

 

そんな中、Vは一人安全地帯による保護を拒否するかのように歩き出す。向かう先は異変に気付き、頭のみ外へと向けている亀の元。

 

「オイV! 何する気だよ? サッサと避難しねぇとマズいぜ!」

 

「……最後の総仕上げだ、先に行ってろ」

 

魔獣達の静止を軽く流し、Vはその手に握られた骨董品を天井から飛び出たひときわ大きなクリスタルへと投擲する。杖がそれに深く刺さると同時に彼の体は元いた場所から杖の元へと転移する。

 

 

「“馬鹿は悪意の隠れ蓑”だそうだ」

 

 

杖を握り締め、下へと振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の甲羅は何を隠す?」

 

 

 

 

 

 

 

 

半分以上が土に濡れたその刃は、亀が不用意にも覗かせた頭頂部へと吸い込まれるように落下していく。

 

愚かにも相手は再びそれを引っ込めることをしなかった。見えていないのか、それとも頑丈な装甲がある故の油断なのかもしれない。

 

だが、不運にもその切っ先が突き立てられた先は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美しい風景に似合わないクレーターにほんの少しの後悔を胸に抱く。だが、そこに気が回るほど強くはない。今はあのチキンもシャドウもここには居ないようだ。恐らくどこかをほっつき歩いているのだろう。

 

クレーターの縁に座り、読書にふける。そして気が付いた頃には空に浮かんでいた太陽も沈みかけていた。

 

美しいはずの夕日が妙な不気味さを演出する。魔獣達の帰りが遅いこともその感情に拍車をかける要因になっていた。仕方なく、強制的に呼び出そうと試みるが失敗に終わる。

 

 

 

 

 

 

「力が無ければ、何も守れやしない」

 

 

 

 

 

 

Vの背後から突如聞こえたその言葉。ぼんやりとしていた彼の頭は冷たい水を被ったかのように鋭敏になる。

 

ありえないと思いながらも後ろを振り向いたV。しかし、そこには何も居ない。身を包む恐怖がどんどんと大きくなり、冷や汗が地面へと落ちる。

 

 

「自分の身さえな」

 

 

聞き覚えのある声と共にVの肩に手が掛けられる。声も出ない、手も動かない、ただ逃げることすら叶わない。そんな暴力的なほどの恐怖に飲み込まれながら、彼の意識は黒く染まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!!? 夢……なのか?」

 

どうやら、先ほどまで見ていたのは夢だったようだ。今の俺の瞳には暗くなった空とそれに溶け込む漆黒の翼しか映っていない。

 

「皮肉だな。悪夢を携える俺が悪夢を見るか……」

 

「ナンダァ? やっと起きたと思ったら第一声がソレかよ! 疲れてんじゃネェのか? そういう時はサッサとおうちに帰って寝るに限るぜ?」

 

今に限ってはその言葉が正しいかもしれない。あれが正夢でないことを祈りながら、体を起こし、座り込む。

 

「……シャドウはどうした?」

 

「ネコチャン? アイツなら今あの死にかけてた奴らを街に運んでるぜ。カズマって奴と一緒にな」

 

「……そうか」

 

Vはしばらくは歩くしかない事を悟ると、杖を支点に立ち上がり、そのまま街の方へと歩き始める。

 

彼の心境を表すかのように、空は雲に覆われ、月ですらその顔を引っ込めたままだ。そんな闇に等しい暗さの中、森や池を抜け、街近辺の草原へと何事もなくたどり着く。

 

「ア~そうそう、一つ言っておきてぇ事があるんだがヨォ。さっきの奴らの中に水色の髪のヤローが……おっと、野郎じゃネェな。まあいい、とりあえずソイツも中々にヤベェ」

 

「何が言いたい……?」

 

「ソイツもクリスって嬢ちゃんと同じだったんダヨ! 聖なる力に満ちてやがる!」

 

「……気にはかけておこう」

 

何故かプリーストとそれに準ずる奴らに縁があるようだ。これが後々面倒に繋がらなければいいが……

 

考え事に耽っていたせいか、気が付いた時にはすぐ隣にシャドウが居た。既に帰って来ていたようだ。真っ黒なその姿はこの暗闇の中では目立たなすぎる。

 

「サッサと帰ろうぜ! 夜が明けちまう前にヨォ!」

 

「……そうだな」

 

その後の彼らの帰りは凄まじく速かった。服も見た目も黒の勢揃い故に、この夜中に彼らの姿を見る者はいないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は疲れた。ギルドへの報告を明日へ回し、空いている適当な宿に駆け込んだ。部屋に入ると同時に魔獣達を解放する。どうやら、彼らもベッドの柔らかさを味わいたいらしい。

 

「……疲れたな」

 

「ア~……そんなこんなで疲れてるところ悪いが少し質問良いか?」

 

この期に及んで何を言う。わざわざかしこまって言葉を発しようとするグリフォンに違和感しか覚えない。いつも通りおちゃらけた雰囲気で言えばいいと思っていた矢先、奴の口からとんでもない爆弾が投下された。

 

 

 

 

 

 

「これからアンタはどうするつもりだ?」

 

「……何が言いたい?」

 

「ハッキリ言って、俺たちは……」

 

僅かにグリフォンが口籠る。

 

 

 

 

 

 

「ある意味、正真正銘の抜け殻だ」

 

 

 

 

 

 

V自身、薄々分かっていた事をグリフォンが代弁するかのようにポツリポツリと漏らしていく。

 

「いや、抜け殻ですら無ェかもしれネェ。抜け殻だったらちゃんと持ち主がいるはずだからナ」

 

「……そうかもな」

 

「つまりよ、もう元に戻る手立てはココには無ェ。アンタの唯一の目的も、もう詰みだ。そんな状況でアンタがどう動くのか? それが気になったってだけダ」

 

純粋な疑問。表も裏もないその疑問の答えは、今のVにはとても出せるような物では無かった。

 

Vの沈黙に気まずくなるのを避けるようにグリフォンが勝手にフォローを入れる。

 

「まあ、今のVチャンはどういうわけか魔力が実質無限みたいなモンなんだろ? 今からでもカラダさえ鍛えちまえば前と同じぐらいにはなるんじゃねーの?」

 

「……これでもそう言えるか?」

 

Vがそっと前に手を上げる。見せつけるようにされたその掌に刻まれていたものはグリフォンの背筋を凍らせた。

 

「オイ……嘘だろV?」

 

彼が見たのはヒビ。かつて、彼ら自身の終わりを示すかのように現れた、あのヒビだった。

 

次に放つ言葉も出てこず、ただ茫然としていたグリフォン。しかし、当のVはそんな様子を見て面白がるようにこう言った。

 

「Huh……安心しろ、冗談だ」

 

手を一度拳に固め、再び開いた時には既にそれは消えていた。

 

「ブラックジョークは嫌われるゼ?」

 

「……お前達であればその心配もあるまい」

 

「勘弁してくれよVチャン、流石に今のはビビるぜ……!」

 

軽く鼻で笑う。

 

 

「……今の俺を例えるとするなら砂漠だ」

 

 

化粧台の上に置かれた砂時計をそっとひっくり返す。それをじっと見つめながら言葉を紡ぐ。

 

 

「……この魔力のオアシスは周囲を緑には変えられるだろう」

 

 

ゆっくりと砂時計を横に倒す。まだ砂は落ち切らず、中途半端な状態で残っている。

 

 

「……だが、砂漠を森には変えられない」

 

 

Vの手が離れた途端、砂時計が机から転がり落ちる。それはどこかV達の現状を示唆しているようであった。

 

「つまりよ、鍛えるにしたって肝心の肉体はボロボロだってことか?」

 

「……簡単に言えばな」

 

フォローしようとしているが、上手く言葉が出て来ないグリフォンを横目に部屋の灯りを消す。相も変わらず月はボイコット気味のようで、部屋は暗闇に包まれる。

 

 

 

 

「力を取り戻す……!」

 

 

 

 

「ナンダッテ?」

 

「……始めの問いの答えだ」

 

「オイ! また同じことを繰り返すのかよ!?」

 

「……勘違いするな。俺は“()()()()”と言った。同じ轍は二度と踏まん……!」

 

眉間にシワを寄せ歯を食いしばる。その動作はどこか痛みに耐えるかの様に苦しみに満ちていた。

 

「元を10とするならば、俺自身は1……いや、それ以下だ。お前たちを入れてようやく4、良くて5辺りだろう」

 

「ザンネンだが計算が間違ってるぜVチャン。こちとらオマエが居ネェと奴ら(悪魔)をぶっ殺せねえ。オレたちは単体じゃあ0。俺達は合わせて1なのサ」

 

「Huh……そうかもな。だがどちらにしろ、俺はコイツを10に戻す……! あの魔王は元々9だったものを100にした。アイツが出来て俺に出来ない道理はない」

 

何も見えない暗闇の中、不注意にも地面に落ちた砂時計を踏みつける。ガラスの弾ける様な音と共に砂時計はちょうど真ん中から折り曲がる。

 

もう砂は流れない。

 

「なら、チャッチャとそのカラダを治しちまわないとナ! だがよ、そんな方法あんのか? あの緑色のヘンテコ顔(グリーンオーブ)でさえカラダの欠損までは治らネェ。崩壊寸前のカラダとなると尚更だ」

 

「……確かにな。今までじゃ無理だっただろうな」

 

()()()?」

 

「……都合の良い事にここは異世界。かつての常識は役に立たない。そうだろ?」

 

「ナルホドな、可能性ゼロってワケでもネェってことか」

 

「……そういう事だ」

 

足元の割れ物をベットの下へと蹴飛ばす。そして、横になろうとしたのだが、どうやら枕には先客のデカい黒猫が先に寝ていた様だ。

 

しかし、特に気にすることなく黒猫の腹を枕代わりにベットへと横になり目を瞑った。

 

何か忘れている様な気がしてならない。しかし、それを思い出すよりも先に彼の意識は微睡の中に落ちていった。

 

そして、この日を境に喋る鳥を扱う珍しい獣使いの噂がアクセル中に広がった。なんとその発端は水色の髪の頭のおかしい奴だったそうだ。

 




感想、評価ありがとうございます。
気がついたら一瞬だけですがランキング入りしてて驚きました!
今回も感想、評価よろしくお願いします!

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