始まりの刻
この世には荒魂という穢れが存在する。
本土の表舞台で民間人を守るために戦う刀使。
地図から抹消された孤島で人知れず戦う存在を陰陽師という。
この物語は、陰と陽、相反する、交わりを描いたものである。
辺りを山々が覆い隠す、広大な大地には田畑が並ぶ辺境の地に一人の少女は佇んでいた。背格好からしておそらく15才前後であることが想像できる。
彼女の視線の先には日本家屋の一軒家にしては立派な家があった。
表札には「十条」と描かれていた。
それを虚しく見届ける少女。その後姿はとても細くか弱く見えた。
「ただいま。」
戸を開けると広がる静寂。その静寂には神聖さが存在した。彼女自身その静寂に慣れているようだが、その景色からは寂しさを感じる事ができる。
長く切り揃えられた黒髪。白く艷やかな肌。真っ直ぐに伸びた背筋。緑色を主軸としたロングスカートの制服を纏う凛とした顔立ちの少女、その表情は孤独さを表していた。
荷解きの最中、彼女は部屋の異変に気がついた。
「部屋が手入れされている。」
彼女は随分と長い間この家を離れていた。
それなのに埃が見当たらないとはどういうことか、状況を整理するまもなく、嫌な予感が横切る。
その呟きは彼女にとって最も恐れている状態を想像させた。
「折神家かッ!」
目を見開き、荷解きをやめ、仏壇に駆け寄るや、手を合わせる訳でもなく、仏壇の裏に手を伸ばした。
ゴソゴソと乱暴に探り、手を止める。
緊張の糸が切れる。鼓動が落ち着く。
「あった。」
と、気の抜けたように、彼女は心から安堵する。
どうやら隠しものが見つかることはなかったようだ。
緊張が解けたことにより少し落ち着いたようで、乱暴に散らかした仏壇を整理する。
深呼吸をし、仏壇に向かい合い、覚悟を決める。
「母さん、父さん、成し遂げてきます。」
大きな門を構える御屋敷の前に少年は構えていた。
この場所で明日、刀使による御前試合が行われる。
少年は下見に来る学生が少なくはないこの場所で空気のように解けこめている。まるで違和感がない。
その理由は、その容姿にあるのだろう。整った目鼻立ち、比較的小柄な体躯、色白の肌、その容姿からは、女性と勘違いされてもおかしくない。おそらく、周りからは明日の下見だろうと思われているのだろう。
少年の名は鸕宮天馬。至って健全な男性だ。
彼は、本土とは異なる日本国内の隠れ孤島で人知れず穢れを払う陰陽師である。
本来、陰陽師として働く彼が鎌倉にいるはずがない。
決してあそびに来ているわけではない。ただ、本土から隔離されている島、つまり本土に戸籍を持たない彼が本土に上陸するのは決して簡単ではないはずだ。
つまり面倒くさいのである。
居るはずがない彼がここにいるには当然わけがある。
時間は二日前まで遡る。
彼の生まれ故郷、土御門島での出来事だ。
陰陽師の住む島。土御門島。
本土から隔離されたこの島は穢れを祓うためにだけ存在する。陰陽師を統率する組織、陰陽連。陰陽師の統率者であり安倍晴明の子孫、陰陽頭。さらに式神に認められた陰陽連の幹部、十二天将。さらにその下に連なる陰陽師たち。
彼は十二天将、貴人も所有者である。当然十二天将にもなってくると任務の危険度は上昇する。ちょうど危険度の高い任務から帰還した彼は普段道理、部下に資料作成を押し付け、家でぐうたらしようとしていたところ、自宅に一通の電話がかけられた。電話の内容は、陰陽連本部、土御門有馬のしごと部屋まで来てくれ、というものだった。
土御門有馬とは、現陰陽頭であり、土御門島の実質の所有者である。十二天将と陰陽頭の間では、多少なり、形式上の権力差があり、会社で言うところの親会社と、子会社のようなものである。
親会社の命令に子会社が従うしかないことと同様、彼は彼の直属の上司から呼び出しを受けて、断るに断れない危機的状況に陥っていた。普段、連絡は電話の内容だけで住むはず、しかし今回は直に話したいという。前例がないわけでもないなんとも言えない状況だった。
上司と言ってもそれは言葉の綾でしかなく、十六歳である彼とその上司、土馬門有馬には2倍以上の年齢さが存在する。土御門有馬はナヨナヨしていると来た。従う理由はない。なんせ彼の人を舐め腐っている性格上、素直に従う気になれない。
(チッ、どうしてやろうか野郎。)
数分の長考の末行ってやることにする。
(大事な話だったら困るしな。)
という建前で実際は後で呼び出しに応じなかったことを根に持ったウザウザ上司に仕事を増やされたくなかったからである。
数十分の距離を5分近くで抜けて、陰陽連本部へたどり着く。数キロを走り抜けてきたのにその顔からは疲労が見られない。本来激務からの疲労で体は限界のはずだった。しかしピンピンしているように見える。ただ、普段の彼と比べると多少のぎこちなさが目に映る。
「来てやったぜ。」
とノックもなしに扉を蹴飛ばし強引に入る。扉を蹴っ飛ばしたのは、ただの八つ当たりだろう。面接なら確実に不合格だ。
しかし、部屋に入るなりそんな様子の彼を一切気にせず、土御門有馬は随分ごきげんな様子で語りかけてきた。
「やぁやぁ元気かい?天馬。随分なご挨拶だね。」
対する彼は不機嫌だった。当然だ。任務という名の激務をこなし体には疲労が溜まっていないはずがない。ただ、我慢しているだけだ。
「何だ用ってのは。」
「相変わらずだね。気が早いところ。先代にそっくだ。なんだかんだで呼び出しに応じてくれるところも。」
「チッ。はやくしろ。」
「いいじゃないか。今日くらい雑談に付きやってくれても。」
「死ね。」
「ちょっと酷くない!?僕たち運命共同体だよね?」
「…」
「それで何だよ。」
いい加減、安定のウザさを持つ土御門有馬に苛立ちを感じた彼は不機嫌さを顔に出し睨みつける。彼のオッドアイからの威圧に耐えきれなくなった彼はしぶしぶと告げた。
「予定外の事態が起こった。と言うか起こる。鎌倉で」
「予定外?」
思わぬ報告に少しばかり興味を持ったのか、疑問符を打つ。
「恐らく特異点に近づいている証拠だ。運命がずれ始めた。」
少し驚いた表情で笑う。
「へぇ、ようやく。それで?」
先程の不機嫌さは何処に行ったのやら。不敵な笑みを浮かべる彼。何をすればいい?と言わんばかりの表情。
その様子を見て土御門有馬もニンマリと笑いかける。
「聞き分けが良くて助かるよ。まず最初に一度この島を出てもらう。そして鎌倉に行って、一人の少女を救ってほしいんだ。」
「少女?」
あまりにも唐突な報告に、更に疲労もたまり、頭が回らない、ただ有馬になめられるのも癪だから強がるしかない。
目に手を当てながら告げる。
「どういう状況だ。詳しく話せ。」
「十条姫和という少女を救ってほしいんだ。」
「…」
(神託がどうだか知らねーがなんでよりにもよって本土のクソあまを助けなきゃならねーんだょ。)
案の定、彼の鎌倉行きは確定していたようで、休息もなしに送り出された。それも見ず知らずの者を助けろと言う。
無論、彼は拒否したし、彼の傘下も猛反対したのだが。
彼の傘下筆頭である外院周助が有馬に言いくるめられてしまい、身内は全員口を揃えて
「行ってらっしゃいませ」
と。極めつけに、有馬に
「旅費は出してあげるから。」
といわれ彼自身本土に数回しか行ったことがなかったのでしぶしぶ承諾したのだった。
やはりそれでも彼は不機嫌極まりなかった。
脳裏に写るのはニヤけた有馬とは部下共の顔立ち。
苛立ちが再発する。
「チッ」
(…まぁいつまでもイライラしてても仕方ねぇ、アマはどこだ…?)
手には一枚の写真が握られていた。
「…探すか。」
そう意気込み、捜索を開始しようとした時。
不意に後ろから声がかかった。
「あの、その写真、十条さんの写真ですよね?どうして?」
振り返ると、そこには白髪の少女が不審そうに彼を見つめていた。見つめるというよりは睨みつける、といったほうが正しいかもしれないが、
(確か御前試合は各学校二人までだったな。この白髪女、十条姫和の……)
見たところ写真に写っている女と同じ制服だった。
(手間が省けた。)
「んん、こいつが、今どこにいるかわかるのか?」
できる限り丁寧に尋ねる。
彼にはここまでが限界だった。
しかし、白い髪の、少女は警戒心満載で、その目からは信用がまるでない。まぁ、初対面で信用しろと言うのも無理があるが、その事実に彼は気づかない。
「その写真を渡してください。その写真は貴方が持っていていいものではありません。」
まるで変態でも見る目で写真を取り上げられてしまう。
「今後、貴方が…十条さんに…近づいたら警察に連絡しますからっ!!」
そう言い残すと、彼女はスタスタと何処かへ行ってしまった。
(チッ、まるで不審者扱いだな。)
「くそったれが、んん~。」
(まるで堂々巡りだな。)
その日は、結局、飽きてゲームセンターで時間を潰し、指定されたお宿で床についた。
おまけ
「十条さん、お風呂に行くなら声かけてくれたら良かったのに、」
「あれ、お知り合い?」
「…すれ違っただけです。」
「もう上がりますね。」
「ちょっとまって。十条さん。」
「?」
「今日、十条さんの写真を持った女性を見かけました。写真は没収しましたが、気をつけてください。」
ただただ十条姫和が可愛くかっこいいので書きたいと思いました。鸕宮天馬を主人公にしたのは、設定とキャラが頭の中で一致したからです。(可奈美についも触れていきたいですがまだ先になりそう。)