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「もう…おわりだ…」
益子薫は剣を喉元に突きつける。
見下ろすその先にはボロボロの姿でへたり込む荒魂を使役する白髪の少女がいた。
「はたして…本当にそうで……しょうか…」
負傷した腕を軽く抑えながら彼女は懐に手を伸ばす。
「もうやめとけ…オレたちは三人、お前は一人。」
「もう勝ち目はない…」
振り返ると先程術中に掛けたはずの者がどういうことか、平然とその場にいる。
彼女らはどうやら今の自分よりも強いらしい。
特にこの薫と呼ばれる少女。
S装備とは噂には聞いていたが…ここまですごいとは…
だがそれで終わるわけにはいかない。失うものがある。
「だから、戦いは終わりですか?…勝ち目がないから…
意味がないんですか?……」
「?」
「あなたはどうですか?─────────私の答えはこれですッ!」
声色が徐々に上がっていきそれに合わせ動き出す。
そして彼女は先程の倍以上の量のノロを身体に取り込んだ。
「おいっ!やめ───────────!?」
「さようなら」
元来、夜見は親衛隊に選ばれるほど多様な才を持ち合わせていたわけではない。
折神紫ただ一人に認められ選ばれた。その重圧は半端なものではない。一人でも多くの人から認められるために血を吐くような努力で己を磨いてきた。ノロを受け入れるのにも命を懸けた。
要約すると、特別じゃなかった。
相手の装備が強かった。数が多かった。こちらに有利をついていた。
そんな理屈は通用するか。私が他の刀使に、あの人たちに、あの方に認められる為には、まだ足りない。
力が足りなかった。いや、今ですらまだ足りない。あの人たちと肩を並べるには、だから私は毒を受け入れた。
才能のない私が認められるために。
─────キャハハハハァァァァッッッァ
邪悪な甘ったるい、それでいて危機心地の悪い不気味な笑い声が木霊する。共鳴するように風が吹き草木が蔑む。毒を受け入れた彼女の声だ。
それは災厄そのものだった。
その強大さに気づきうずく強者たち。
別の場所で佇む影が呟く。
「あちゃ~…天馬、やらかしたかな…これはまずいね。あの子たちが─────」
それはまた別の場所でも呟かれる。
山道。
負傷して歩けない姫和を抱きかかえ走っていた天馬が急に足を止めた。
「どうした?天馬。」
怪訝そうな顔でこちらを覗き込む姫和に引きつった顔で告げる。
「蟲女…壁を超えやがった…」
「?」
「全力でとばす。説明は後でしてやる。捕まっとけよっ!!」
この世には本気でヤバいものがある。例えば折神紫の中のヤツ。
例えば伝承に綴られた伝説の化け物、婆娑羅。
そしてそれに近いであろう、刀使が触れてはならない領域。
そして目の前の少女はその片鱗に触れた。
「くキャキャハハハはァァァ──────」
「プシュ─────アハッ!!」
「瘴気は凄すぎデスがっ────スキだらけデスよ!!」
曲がった背でヨロヨロと起き上がる夜見がスキだらけに見えた。
だからエレンは、迷うことなく眼の前の弱り果てた獲物に飛びついた。
だが、夜見のそれはスキなどではない。初動だった。
「ごごぞごぞ……ど…ろろろにクギギキ───ガァルアッ!!」
「エレンッ!」
「!?(誘われ────)」
「ガハッ────!?」
「つぶっれ…ててててっ!」
「エレンっ!」
「大丈夫で───ガハッゴボッ」
黒い霧を放つ夜見の攻撃を直撃したエレンは口から血を吐く。ピクピクンと体を震わせ気を失う。
更に畳み掛けるように夜見の腕はエレンの心臓部を狙った。
「エレンちゃんっ!!」
「──おいっ──避けろっ!」
バギンッ
砕ける音が響く。
(うそっ…だろッ…S装備が一撃で!?)
血を履きむせ返る。気を失ったエレンを庇うように攻撃を受け止める薫だが、その衝撃で自身の身に纏う最強装備、S装備が砕け散った。
写シがなければ薫の肉体の保証はない。そもそも写シの上からくらったのに。そらはとんでもない破壊力。
攻撃の余波でふらつく薫に斬りかかる夜見。
「薫ちゃんっ!」
可奈美が薫を拾い上げる。
間一髪、駆けつけた可奈美のおかげで守られた薫だが状況は絶望的。可奈美がいなければ死んでいた。写シはすでに効力をもたない。
「(やばいっ!次 マトモに受けたら─────死ぬっ)攻撃にゼッタイ触れるなっ!!まともに喰らえば終わるぞっ!」
「わかってr────ガッ!?」
─────がそうも上手く行くようなものでもない。
毒を受け入れた少女は華奢な左腕はノロで形成した触手で覆われた。それは深黒い伸縮自在の兵器。
岩を砕き薫と可奈美の間合いに入り込む。すでに行動不能のエレンは殲滅対象外のようだ。
「お、おおわ………おおわ…わわわりりりりっ!」
迫る触手がいきなり爆発する。黒い爆発。それは斬撃とは異なり鈍い痛みを伝える。
経験の差か、薫は間一髪でそれを交わすが、可奈美は完全にヒットしてしまう。薫も半壊のS装備がなければ危なかった。
脳が揺れる。だがそんなこと気にしている場合じゃない。
「ちッ────終わるのはてめぇ─────だっっ!!」
薫はキレた。苛立ちが限界値を超え額あたりに青筋をうかべる。
崩れ落ちる可奈美を確認、エレンはすでに、直ちに反撃に出る。S装備は壊れて半身しか守れていないが、あえて接近し巨大な御刀の巨大な一撃をいれる。
だが見た目の派手さに対してあまり傷を追わせきれていたない。
「ああアアアん?うるうるうる───────さいっ」
夜見は喰らった鈍い斬撃に怒りを覚える。痛みはない。だが衝撃は伝わる。その事態が腹立たしかった。
カタカタと歯を鳴らし怒りに任せ薫の小柄な身体を殴りつける。
それはもはや刀使同士の戦闘ではない。刀使と化け物。
頬を殴られ、その上五、六発ほど殴られた挙げ句、壁に投げつけられた。
恐らく肋骨の二、三本は折れている。
「グフッ─────ガハッ」
「アナタにヨヨヨうは……ありま…せん…」
それは終戦の合図だった。
吹き出る血に反応し夜見のノロが鼓動を激しくする。
周りを見回せば力なく転がる薫、黒い霧の毒素で苦しむエレン。あともうひとり…
「?」
もう一人は?
美濃関の少女は何処だ?
「フ──────」
気づけば可奈美は夜見の目の前にいた。
腰をかがめ睨みつける。
すでに間合いの更に内側に入り込んでいる。
「(なぜ!?気づかなかった!?)ふぎぎぎぇろっ!」
声にならない音を吐き出し、夜見はあたり一面に大量の蝶型の荒魂を噴出させる。
それはまばらなタイミングで可奈美を狙う。
「な…ぜ…?」
だが、その攻撃は寸でのタイミングですべて躱された。
皮膚を掠める程度で致命打にはならない。いくら攻めてもヒットしない。
可奈美の身体はすでに血だらけだった。もう動けないはずなのに、なのに何故。
ソレはまるで意思のある無念無想のように見えた。
「だったらぁ────ぉラっ!!」
夜見は負けじとあがく、より速くより強くノロを操り斬りかかった。
避けるのはおろか目視することすらままならない領域。
それでも何故か可奈美には届かない。
爆発でダメージを喰らった先程の彼女ではなかった。
すでに動けぬほど痛めつけたはずの少女には届かない。
「どう────て!!?いみ…ぎゃぁ…わが…な…い!!まるd!」
───未来が見えているようだった。
それは一種の覚醒だった。
「(あれ?…みえる…?)」
可奈美が異変に気づいたのは─────だった。
体中が焼けるように熱い。目の前の出来事が異次元すぎて手が震える。腰がすくむ。
それはエレンが毒素に侵されたときだった。爆風に巻き込まれたときだった。薫が一方的に嫐られてるときだった。
やるせない怒りが体中を駆け巡った。
そして浮き上がるような感覚、背に羽でもはやしたような舞い上がりそうな浮遊感に襲われる。
気づけば可奈美は夜見の方へ斬りかかっていた。
すでに動けぬほどの重症なはずだ。だが、動かない体を無理やり引きずり走り出す。
すると途端に夜見の攻撃が急に遅く見えた。いや、そうじゃない。可奈美の動きだけが速くなったのだ。
それだけじゃない。夜見の次の行動が、次に可奈美を襲う攻撃がゆっくりだがわかる。
まるで空間すべてを掌握したような───────
「──────────迅移」
息を吸い呼吸を整える。視界が透き通った。霧が晴れたよう。
右から攻撃がくる。避けなきゃ。
次に、地面が割れる。飛んだら左にスキができる。
なら左に走る。
次うしろ。次みぎ。次うえ。体を左にひねって斬るっ。
ノロが減ってる?使い果たした?なら────────
────そして……そして……見えたっ、がら空きっ!
何度も高速移動を繰り返し、可奈美はたどり着いた。
夜見の懐に。さらにその先に。
──────とったッ!
そして少女は勝ち誇った。
そろそろ天馬や有馬を巻き込んでみようかと。
天馬の過去についてはいつか語ります。