ここは……?
視界に入ったのは荒野だった。ただの荒野ではない、汚れた血で染まった、赤黒い大地だ。
「なに……?この臭い……?」
漂う悪臭、その根源は死体。
幾千幾万を超え、老若男女関係なく転がる死体の海、その中心に燕結芽は居た。
「あの人は……」
そして、屍の海を歩く自分とは別の、少年を見つけた。
少年は俯き、死体の海の流れに逆らい、ただ独り歩く。その足首に纏わりつく死者の手、それを払い除けることもせず、ただひたすらに歩き続けた。その成れの果て。
「まさか……」
少女はその少年を知っている。それは先程まで目の前にいた、その人の幼姿。
眼の前の彼に定まる道は、きっと希望などではない。
ただひたすら歩き続けるだけの道、辛く険しい道。
見るに堪えない景色、でも前に進み続ける少年の姿から、目を離すことができなかった。
そして数年の歩みを観て、彼の力の根源を見た。
幾重にも連なる墓場。
そこには、想像していたような幻はない。幻想郷のような救いも、時に柔らかな温もりを与える安らぎの花畑も、その場所にはない。
唯一、彼に残されたもの、それは粗末なものでしかない。
最後の瞬間を生き甲斐にするという、ある種の悲劇だけ。
そして結芽にはその少年のいずれ辿る未来まで……見えてしまった。
「……辛くないの?」
目の前の小さな彼に問う。
「あ?」
「このままじゃ、幸せになれないよ?認められないよ?」
だって、そんなの救われない。みんなの心を救ったのなら、その人は幸せになる権利がある。少なくとも結芽はそう信じている。
「仕方ねぇだろ?誰もここにゃ入って来れねぇんだからよ。」
「なら、次の担い手がたどり着くまで俺はっ……待つしかねぇだろ?」
違うよ、違う。お兄さんは独りじゃない。
「じゃぁさ……あの人たちは誰?」
振り返る先には………死体の山。だけど死体の海を抜ける事などないのだろう。自分独りじゃ終わらない地獄。
でも……この人は、'本当'を知っている。
自分以外に踏み入れてほしくないと、願っている。
「ここをまっすぐ抜けた先にいる人は誰?」
「!?……てめぇっ……」
この人は未来にだけ、希望を持っている。
────そっか。それがお兄さんの生き方なんだね。
燕結芽は今この瞬間、目覚めた。目の前には変わらずの彼がいる。相変わらず胸ぐらを掴みあげて、私は身動きを封じられている。でもよく見ればその手には大して力は入っていない。呼吸ができるようにギリギリの体制を支えてくれている。
「虚しい……人だね……」
だって……この人は優しい人、だけど今に何も期待していない。きっと出来ないのだ。
ドゴッ!!
胸ぐらを掴むその腕を思い切り蹴り上げる。
当然、天馬は避ける。だが、それでも構わない。避けるなら良ければいい、こちらは当たるまで何度でも仕掛け続ける。食らいついて食らいついて、ようやくこの人に届く術を探す。そうしないとこの人に追いつけない。
「行くよっ!!」
宝刀、にっかり青江を振るう。
体術と剣技の猛襲、少なく見積もって十回は天馬を斬り捨てたつもりだ。
だが、それでも天馬にはとどかない。
それでも、結芽は天馬に挑み続ける。もはや負ける気がしない。いくらでも突っ込める。身が砕けようと構うものか。
そうまでしても、結芽にはやらなければならない事があった。
─────いつか消えそうな、彼の背を……私は……
猛攻が止み、静けさの戻る荒野で彼女は問う。結芽は彼の悲劇を知らない。だが彼の悲劇の本質を知っている、そしてそれでも……あえて問う。
「……ねぇ、お兄さん……」
「独り、って本当にカッコいいと思ってるの?」
「あ?……」
「バカみたいだね。」
「……イカれたか?……」
「いいえ、イカれてないよ。…それにさっきまでは準備運動みたいなものだから、ノーカンっ………これからが本番だよ。」
「ねぇ…あなたに追いつく人は……本当にいないのかな。本当に孤独なのかな。」
「最初はただただ強い人だと思ってたけど……違ったね、弱虫のお兄さん。」
そう、この人は強くない人だ。普通の感性を持つ、ごくごく普通のそこら中に居る、一般的な人だ。
だけど彼の心は荒んでいる。それは幾度となく傷ついた、心を無理やり繋げ止めた結果だ。
「あ?てめぇさっきから何を言ってやがる?」
そりゃ、自分の傷跡にも気づかない人には分からないよ。
「だってそうじゃない?失うのが怖いから、自分が守りきれる自信がないからって、みんなの頑張りを無碍にして、見つけた希望を突き放そうとしてる。」
「"大切"な者を見ようとしない。それは弱さだよ、お兄さん。人を信じて、人に任せるのも勇気。それが出来ない、そんな弱っちぃ人には私は負けない。」
だからこの人は私には勝てない。
きっと私は、この先もこの人の心に住み続ける。
「見せてあげる。」
「現符。」
結芽はなにもない所から一枚の札を取り出した。
そこには何も書かれていない。白紙。何にでもなれる強かなそれは夢を描く。
結芽はこのフレーズをどこかで知っていた、そしてそれが今なら折り合う。繋がる、紛いもない本物の力に。
そしてその札を起点に結芽の身体に強大な力が纏わりつく。
神をも砕けそうな、その力を結芽は明言する。
「…いつか……助けてあげるね。」
「
力は少女に応えた。そして纏わりつく。
強大な力と一体になる感覚。女神にでも包容されているような心の底からの安堵。それと心地良さ。
「喼急如律令」
少女が体に纏うそれは、純白に輝いた。