【完結】IS 亡国機業殲滅ルートRTA 男子チャート 作:sugar 9
ラウラはひた走っていた。不安から逃げようとするかのようにひたすら走っていた。しかし、それでもなお体中にまとわりつく不安に頭がどうにかなりそうだった。
ラウラが心酔し、自分もそうありたいと追いかけ続けた千冬の強さは、何者をも寄せ付けない比類なき強さだ。IS適合の際に失敗し、出来損ないの烙印を押されたラウラですらも照らす太陽のような並ぶもののない力。
『萌か……あいつは強いぞ。ある意味、私よりな』
しかし、その完全無欠の強さに、織斑一夏が、焔萌が穴を空けようとする。
ふざけるな。
やめてくれ。
私の拠り所を奪わないでくれ。
先程千冬から告げられた言葉が頭の中でやかましいほどに繰り返し鳴り響き、自分でも許せないような惰弱な思いが渦を巻く。まともに思考のできる状態ではなくなったラウラは本人にも自分が何を考えているのかわからない状態のまま走り続け、
「おっと、気を付けて……ね……」
「すまな……い……」
曲がり角で萌とぶつかった。体格差はかなりあったはずなのだが、あまりにもラウラが勢いよく走っていたためか、ラウラだけではなく萌も尻餅をつく形となった。2人はお互いを認識してしばらく停止した後、どちらからともなく立ち上がった。
「えっと、何かあったの? ラウラさん」
「……貴様には関係ないだろう」
「いやでも目元とか真っ赤だし……ハンカチ使う?」
「…………」
ラウラは半ば奪い取るような形で萌のハンカチを取り、涙を拭いた。
「無様な姿を見せた。洗って返す」
「いや別に気にしなくても」
「貴様の意見など聞いていない。私が気にするんだ」
それだけを言うと、ラウラは足早に萌の横を通り過ぎた。
そして、萌から少し離れたところで、萌の方に向き直って問いかけた。
「……焔萌」
「何?」
声をかけてから、少しだけためらった後に、ラウラは言葉を紡ぎだした。萌も振り向いて一体何だろうかと不思議そうな表情を浮かべながらラウラの方を向いた。
「お前の境遇は知っている。それ故にお前が強さを求めているという事も教官から聞いた」
「? ……うん」
ラウラは先ほどの言葉を反芻した。あの世界最強が、何の比喩もなく世界最強の個である織斑千冬がある意味では自分よりも強いと言ってのける焔萌という存在を観察した。
「ならば、何故お前はあの中にいられるんだ? お前が強くなるために、あいつらは邪魔ではないのか?」
ラウラは千冬との会話で何となく察していた。いくら千冬に認められていたとしても、目の前の存在はラウラと同種だ。あくなき力への執念。恵まれているとは言い難い境遇。確かにその状況におかれた期間に差こそあれど、根本にあるものは同じだ。
即ち、無力な自分への焦燥。
しかし、1つ決定的な違いがある。部隊内においても必要最低限のコミュニケーションで済ませているラウラに対し、萌はそんな焦燥の中でも、周囲に人を置いているということだ。ラウラから見れば、視界にも入れたくない軟弱者達を。
彼も千冬と同じで、ここにいるべき人間ではないと、ラウラは思った。
それはつまり、萌も千冬と同じく、凛々しさを、強さを損なう甘さを許容しているということに他ならないからだ。
「……しょうがないよ」
そういって、萌は苦笑いを浮かべた。
その笑みに、ラウラは恐怖した。強さを追い求めるものが浮かべるには道理が立たない優しい笑み。弟の事を想う時に浮かべる弱さを認めるかのような笑み。
しかし、それを萌が浮かべられるはずがない。千冬が浮かべるのならば認めたくはないが千歩譲ってまだわかる。彼女の強さは完全無欠だ。だからこそ、あのような弱みを見せることができる。しかし、ラウラと同じく、現状から逃れようと必死に足掻く萌が浮かべていいはずがない。
「……何故だ」
「え?」
「何故お前は笑っていられる!? こんな、たるんだ環境は、お前にとっても気に障るはずだ! お前が命がけで鍛え、戦っている間、あいつらは」
「ラウラさん」
ふと、萌がラウラの言葉を遮った。
「しょうがないんだよ。俺は弱い。どうしようもなく弱いから、周りを変える力なんてない。だから、あるもの全部を使って足掻くしかない。けど、それは辛くて苦しい事だから、押し付けるようなことじゃないと、俺は思うよ」
理解できなかった。というより、答えになっていなかった。周りは自分と同じようなことをする気概が無いから、こちらが合わせなければならないだと? 何だそれは、それではまるで道理が立たない。何故弱い方に合わせる。何故強い方が我を抑えなければならない。
そして何故、千冬も萌も、それを是としているのだ。
そんな疑問が頭の中で渦巻く中、絞り出すような声でラウラは尋ねた。
「お前は……それで良いというのか」
「良いも何も、考えたこともなかったよ。じゃあね、ラウラさん」
何事もなかったかのように笑みを浮かべ、萌は歩き去ってしまった。その背が、不安を感じさせない足取りが、ラウラには強い者のそれであるかのように思えてしまった。
―・―・―・―
シャルロットは若干上機嫌でシャワーを浴びていた。毎晩楯無と千冬に自室に入り浸られていると知った時には目の前が真っ暗になった気分だったが、それ以外では順調に織斑一夏とも焔萌とも親密な関係を築くことができていたからだ。
これならば、何とか最低限の任務はこなせそうだ。そんな安堵の感情と共に、いつかは彼らを裏切らなければいけないという事に一抹の悲しさをシャルロットが抱いた刹那、
「シャルル、俺のタオル洗面所にな……い……?」
「え…………?」
時間が止まるとはこういった場面で使うものだろうと、後にシャルロットは思った。男同士という事になっているのだからシャワールームに何も躊躇せずに入るのは当たり前だ。そんな当たり前の事にも気づかないくらいにはシャルロットは気が抜けていたのかもしれない。
そして、萌は見てしまった。明らかに女性の身体であるシャルロットの裸体を。
「っごめん……」
「あっ……うん」
萌はとっさに目を背けた。シャルロットも突然の事であったため頭が真っ白になり、完全に素の反応を返した。
シャルロットからしてみれば永遠にすら思えた数秒が過ぎた後、萌がシャルロットから目を背けながら、1つ深呼吸をした後にしゃべり始めた。
「……シャワー、終わったらでいいから、話聞いてもいい?」
「…………うん」
ああ、終わった。
バレた瞬間に訪れたこれまでの人生の中で間違いなく最大級のものであろうパニックが、萌が紡ぐ言葉が聞こえるたびに嘘のようにほつれて消えていき、何の感慨もなく、シャルロットはそう思った。
「と、まぁ話してみればこんな所かな」
「……そっか」
シャルロットはシャワーから出た後、もう隠す意味もなくなったため女性らしい体のラインを隠そうともしていないジャージ姿で萌の前に立った。萌は居心地が悪そうにしながらも、シャルロットに話を促した。
シャルロットの口からは社内でも重要機密とされている情報がスルスルとこぼれ出て行った。
シャルロットが非公式ではあるが専属パイロットとして所属しているデュノア社は、IS開発においてはかつて最先端を走っていた企業だった。
デュノア社が開発した、第二世代型最後発の量産機である『ラファール・リヴァイヴ』はその高い操縦性能と汎用性から操縦者を選ばないという大きな強みを持っており、現在のISの主流である第二世代型ISの中では最後発の機体であるにも関わらず世界第3位のシェアを獲得していた。
しかし、デュノア社の最盛期はここまでであった。ラファール・リヴァイヴが第二世代型最後発であったことが災いし、デュノア社はデータも時間も圧倒的に不足した状態で第三世代型ISの開発に臨まなければならなくなったのだ。ISによって急激に歪められてしまった現在の世界では、ISの開発の進行度が軍事力の、ひいては世界に対する発言力に影響するのだ。即ち、各国において、現在開発の主流となっている第三世代型ISの開発は、何にも勝る急務と言えるのだ。
当然、各社が第三世代機を開発していた間もラファール・リヴァイヴを開発していたデュノア社がその競争についていけるはずもなく、デュノア社は結果として第三世代機の開発で大きく遅れることとなってしまった。
その結果、欧州連合の統合防衛企画、「イグニッションプラン」から除名されているフランスは一刻も早く第三世代型ISを形にしたいがためにデュノア社への支援の大部分を他の企業へと回してしまったのだ。そして、次期のトライアルにおいてもデュノア社の機体が選ばれなかった場合、ISの開発権限そのものを剥奪するという決定を下してしまった。
そこでデュノア社が打ち出した苦肉の策が、デュノア社の現社長であるアルベール・デュノアと愛人の間に生まれた娘であるシャルロット・デュノアを男性操縦者であると偽り、広告塔として、そしてスパイとしてIS学園に送り出すというものだった。
萌はシャルロットが話している間、黙って聞いていた。時折質問を挟むようなこともせず、ただ黙って聞いていた。しかし、その雰囲気は不思議と穏やかであり、少なくともシャルロットからは怒っているような雰囲気は感じられなかった。
「……うん、話してくれてありがとう」
「こっちこそ、全部話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう、萌」
既にシャルロットは全てをあきらめていた。
「じゃあ、俺が黙っていればいい?」
シャルロットは自分の耳を疑った。
「何……言ってるの?」
「え?」
シャルロットが絞り出すようにそういったのに対し、萌はどうにも自分がどれだけ頭のおかしい事を言ったのか理解できていないのか、首を傾げた。
理解できていないはずがない。この1週間、萌が勉強している姿や訓練している姿を間近で見てきたシャルロットにはわかる。萌の操縦技術やISに関する知識は、その常軌を逸した鍛錬によってすでに代表候補生に勝るとも劣らないレベルまで上り詰めている。
そんな萌が、目の前にいる存在を看過できるはずがない。むしろ一刻も早く自分の視界から消したい存在のはずだ。
「おかしいよ、何で、そんなことが言えるの?」
「……嫌なんだもん」
信じられないと、むしろ萌を気遣うような口調で必死にそう言うシャルロットに対し、萌は苦笑いを浮かべながらしゃべり始めた。
「この立場に立ってさ、思ったんだ。人生って、誰かの行動一つで180度変わるんだって。シャルロットの言ったことがどこまで本当なのか、俺にはわからない。っていうか状況的にはまるきりハニトラだしね」
けど、俺は信じたい。
萌は迷いのない瞳でそう言ってみせた。
「俺だけでもいいから、誰かがどうしようもない状況になるってわかっていて、蹴落とすような人間にはなりたくないんだ」
狂っている。安堵よりもシャルロットの胸の内に訪れた感情は恐怖だった。この1週間、シャルロットが萌と接してきて、わかったことがある。行き過ぎた自己犠牲精神があること。にも拘らず、その行動原理は保身であること。そんな矛盾した価値観を抱えているにも関わらずいっそ不自然なまでに学園生活を問題なく送れていること。
「だから、俺は言わない。シャルロットには、ここにいて欲しいからさ」
しかし、これはそんな次元の話ではなかった。自分にとってどうしようもなく害になり得る存在であっても助けるそれは、行き過ぎた自己犠牲精神などではない。それは、自殺衝動と何も変わらないものだった。
そして、シャルロットの頭の中に一つの仮説が立った。確かに、萌は保身のために日夜必死に努力している。それは一見すれば利己的な目的だろう。
しかし、もしそれが自分が被害を被った時に悲しむ人の為だとすればどうだろうか。そうすれば、全てに説明がいく。そして同時に、目の前の存在がどれだけ危うい存在かという事に拍車がかかる。
「俺には黙っていることしかできない。何もかもうまくいかなかったら、最悪、利用するような形を取るかもしれない。けど、シャルロットがどうするか、どうなるかは、シャルロットに考えて決めて欲しいんだ」
そういってシャルロットに向ける萌の笑みは優しかった。
「そんなに深く考えなくても大丈夫だよ。IS学園特記事項の第二十一項で、IS学園に所属する生徒はどの団体にも所属せず、本人の同意なく介入することは禁止されているからね」
わざわざおどけたような口調でそう言って見せる萌が、どれだけ自分を気遣ってくれているのか、そしてどれだけ自分を大切にしていないのか――様々な感情がまじりあったシャルロットの目からは自然と涙が零れ落ちていた。
「……よく、そんなの覚えてるね。特記事項なんてわざわざ覚えてる生徒いないよ」
「こう見えても勤勉なの」
そうして、ひとまずその場は落ち着いたため、男子の制服に着替えたシャルロットは萌と一緒に(夜楯無と千冬を部屋に上がらせない口実作りの為に)食堂で夕食を食べ、そのまま就寝するまで、シャルロットと萌は他愛ない雑談を続けた。
(…………)
夜、ベッドの中でシャルロットは考えていた。瞳を閉じれば、そこには自分にここにいて欲しいと言ってくる萌が手を差し伸べてくる姿が浮かんだ。
ああ、駄目だ。
シャルロットは、その手を取ることに若干ではあるがためらいを覚えた。
シャルロットは、自分の中に2つの相反する想いが芽生えたのを感じた。このままいけば間違いなくどこかで破滅への道を選んでしまう萌を救える人間でありたいという想いと、居場所をくれた萌の傍にいつまでも寄り添っていたいという想い。
(……けど、だめだ。今は、まだ)
シャルロットは目じりに少しだけ浮かんだ涙を拭う。どちらも選ぶことなんてできない。それはきっと、シャルロットの事を考えて、どの選択でもシャルロットが迷いなく取れるようにあえてシャルロットをある種助けておきながら突き放すようなことを言った萌の思いを踏みにじることになる。それだけは駄目だ。
考えなければならない、明日から、今から、自分がデュノア社と手を切る方法を、手を切るとまではいかなくてもこの現状を脱する方法を。
そして、もし、この現状を脱することができたなら。
(その時は、きっと……)
そんな想いを胸に抱いて、シャルロットは眠りについた。
次回も裏語です。これは……タイトル詐欺じゃな?