【完結】IS 亡国機業殲滅ルートRTA 男子チャート   作:sugar 9

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ランキングに他の方のRTA小説があったので初投稿です。そちらのクオリティが高すぎてビビっているのは内緒です。


裏語 12

 

 銃声が鳴り響いた時、萌はトイレにいた。銃声が聞こえても萌は眉一つ動かすことは無かったが、手を洗っていた年端も行かない少年はそうではなく、その後に聞こえた悲鳴や怒号などに身体を震わせ、親を探そうと外へ飛び出そうとした。

 

「ダメです。今外に出てはいけません」

「え……誰?」

「こっちです」

 

 その少年の腕を萌は掴んだ。安心させるためなのか、普段よりも落ち着いた口調で喋りながら、萌は少年の腕を引っ張り、ドアから最も遠い個室トイレに逃げ込んだ。訳が分からないと言った表情の少年を特に気にする様子もなく、片膝を立てて少年の視線の高さに合わせた萌がしゃべり始めた。

 

「いいですか、これから私が外の連中を何とかします。静かになるまでは、絶対に声を出さないで、外に出ないでくださいね」

「う、うん……」

 

 穏やかなはずの萌の口調から謎の威圧感を感じ取った少年は、疑問こそあったがただただ頷くことしかできなかった。

 

「いい子です。物わかりの良いキャラクターは将来大成しますよ」

 

 そういって無表情のまま1つ頷いた萌は、1人でトイレの個室から出て、手洗いの所で立ち止まった。

 

「いたぞ! ターゲットだ!!」

「焔萌だな、一緒に来てもらうぞ」

 

 そして、ほどなくしてトイレにも実戦用のものであろう装備を着込んだ体格のいい男性達がやってきた。彼らは萌を見つけるや否や、すぐにその四肢を拘束し、その自由を封じた。

 

「い、いいのか……? こいつ何も抵抗しないぞ」

「馬鹿、ここにどんだけヤバい奴らがいると思ってんだ。とっとと退くぞ!」

 

 その間、萌は一切抵抗することは無かった。その事に彼らは一抹の不安を覚えたが、それも今このモール内にいる敵勢力を考えれば些細な問題でしかなかった。こんな場所に少しでも長くいれば、それは小国一つを軽く征服できる勢力を相手にするという事に他ならないのだから。

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 その銃声は、突如として鳴り響いた。一瞬の静寂の後に、周囲の一般人が悲鳴を上げて右へ左へと逃げ惑う中、楯無は表情を歪め、舌打ちを1つした後にポケットからあらかじめ用意していたインカムを取り出した。

 

「萌くんは!?」

『申し訳ありません、トイレにいた子供を庇い、囮になって連れ去られたそうです』

「くっ……!」

 

 楯無は焦りで乱れそうになる思考を必死に鎮めた後、冷静に思考を巡らせた。今、この場所にはかなりの数のIS学園の生徒がいる。その中には当然、専用機持ちもいる上に、都合が良すぎることにIS展開の許可を出せる千冬もこの場にいる。早い話が今ここにいる面子だけでもその気になれば小国程度ならば落とすことは可能と言えるほどの戦力だ。

 しかも、今現在萌に対する襲撃は最も警戒されていると言っても過言ではない。これだけの戦力をかいくぐって萌を誘拐できるほどの力を持った存在がそんな事も考えられないとは考えにくいだろう。

 今から萌を連れ去った者達を追いかけて、つかまえるのは厳しいだろうと考えた楯無は即座に部下たちに今回の首謀者を突き止められるよう指示を飛ばした。

 

「お姉ちゃん……どうしたの?」

「っ……」

 

 普段ならばよほどのことが無い限りは飄々とした表情を浮かべている姉が、焦っている。その事に並々ならぬ危機感を感じているのか、楯無にそう問いかける簪の表情は不安で満ちていた。

 楯無は一瞬ためらった後に、ゆっくりと言葉を紡ぎだした。

 

「萌くんが……誘拐されたわ」

「え……?」

 

 簪の顔に驚きの表情が浮かんだあと、その場にへたり込んだ。

 

「っ……はぁ……はぁ、はぁ」

 

 その深い赤色の瞳がグラグラと揺れ、呼吸がどんどん浅くなっていく。精神的に非常に危険な状態だ。そう判断した楯無はとっさに簪を抱きしめた。

 楯無の腕の中で、簪はかすかに震えていた。そんな簪を安心させようと、楯無は簪の背中をさすった。

 

「大丈夫、大丈夫よ。私は、そのために来たんだから」

「……わ、私も」

 

 楯無の腕の中で、簪の震えは徐々に収まっていった。そして、涙を拭い、簪は先ほどまでとは異なる迷いのない目で楯無を見つめた。

 

「私にも何かできることはある?」

「っ……」

 

 楯無は言葉に詰まった。楯無は、これ以上こんな場所に簪をとどまらせたくなかった。全て自分に任せさせて、簪にはどこか安全な場所に行って欲しかった。

 

(っでも……)

 

 楯無はそこで踏みとどまった。それでは、これまでと何も変わっていない。萌が連れ去られ、例えあてがなかったとしても今すぐにでも萌を探しに行きたいという衝動を抑え込み、萌を助けるために自分に何が出来るかを考えた簪の努力を、覚悟を無為にするのと同じだ。 

 しかし、今回はいくら何でもレベルが違う。命のやり取りの経験がない簪が関わるには危険すぎる。だが、簪もそのことは覚悟しているはずだ。ならば手は一つでも多いに越したことは無い。しかし――

 

「話は聞かせてもらった」

 

 そんな楯無の思考の堂々巡りを破ったのは、近くにいたテロリストを無力化したうえでやってきたラウラだった。ラウラは簪と楯無の元まで歩み寄ると、へたり込んでいた簪を見下ろすような形で問いかけた。

 

 

「簪と言ったな、ハッキングの心得はあるか?」

「っ……うん」

「よし、ならば一緒に来い。思う存分こき使ってやる」

「ラウラちゃん?」

 

 そのまま簪を連れていこうとするラウラを楯無は慌てて呼び止めた。

 

「何ですか、会長」

「良いのかしら。他の子ならともかく、貴方はそんなに簡単に動いて良い身分じゃないでしょう?」

 

 とっさに出た簪を引き留める意図を持つ言葉に、自分で苛立つ楯無だったが、ラウラは少しも迷うことなく答えた。

 

「この学園に在籍している間は、原則として無所属ですよ。それに……」

「それに?」

「ドイツは、焔萌に返しても返しきれない恩があります。この程度の独断行動で罰が来るようなら、その時はそれまでです」

 

 そう言って不敵な笑みを浮かべ、ラウラは簪を連れて歩き去っていった。そのあまりにも大きい足音から、隠しきれない怒りと苛立ちがにじみ出ているように思われた。

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 その女は苛立っていた。

 

 流石にその日の仕事に支障を及ぼすほどではなかったものの、それでも確実に苛立っていた。彼女の履いているヒールが鳴らす音がやたらと大きく、それが周囲を威圧していることに彼女は気付いていなかった。

 

 苛立っている原因は、今現在自分たちの手中にあるはずの少年だ。

 

 焔萌。世界で2人目の男性操縦者にして、その優れた操縦技術や容姿から今や全世界から注目を浴びていると言っても過言ではない少年。一部では男子にして初めての代表候補生になるのではないのかという噂すら上がっているほどだ。

 

 女尊男卑派の彼女からしてみれば笑い話や只の噂では済まなかった。織斑一夏はまだいい。織斑一夏だけならば、所詮は例外でしかないという事に過ぎなかった。事実、織斑一夏は専用機こそ持っているものの、実力そのものはそこまで傑出したものは持っていない。姉があの世界最強であるという事を除けば、男性操縦者以上の価値は無いと言っても過言ではなかった。

 

 しかし、2人目の男性操縦者であり、なおかつ代表候補生クラスの実力を有している焔萌の存在は、現状の過度に女尊男卑の風潮が浸透した世界に、既に一石を投げ込んでいた。その目覚ましい成長速度でそのまま突き進み、今まで抑圧されていた男性たちの鬱憤が解き放たれれば、10年前のような、否、それ以上に男性が優位に立つ社会になってしまう。

 

 そして、最近の成果が目覚ましくない彼女自身もIS委員会の重役の座から追われることだろう。よりにもよって、彼女がこれまで見下してきた男性に。

 想像しただけで身の毛がよだち、腸が煮えくり返る気分だった。何としてでも阻止しなければならない。もし阻止できなかったとしたら、それは死と同義と言っても過言ではないだろう。

 

 だからこそ、普段ならばとらないような強引な手段を取ったのだ。

 彼女達とて、今回の作戦が如何に非常識で無謀なものかは理解していた。当然だ。つい先日、所属不明機に襲撃されたばかりの焔萌の周辺には、厳重な警備が敷かれている。

 しかし、それでも彼がIS学園の外に出るというチャンスを見逃すわけにはいかなかった。重役とは言えども、最近ではIS委員会での発言力に陰りを見せている彼女には既に書類上のやり取りだけで無理矢理焔萌をIS学園から引きはがすだけの力は持っておらず。そんな彼女がそれほどの手段に出てしまうほどに、焔萌の成長速度というものは彼女に危機感を与えるには十分すぎるものだった。

 

(やはり、あんな奴のいう事なんて聞くんじゃなかった……!)

 

 彼女にこの計画を提案した部下の顔を思い浮かべ、歯噛みをした。ここまで異例の速度で成長している焔萌を疎ましく思っている者は彼女だけではなく、IS委員会内にも少なくない人数存在する。そんな中の1人の進言によって今回の作戦は立案された。

 

 彼女達の計画としては、テロリストに誘拐されたという事になっている萌を彼女の子飼いの企業に所属している企業専属のIS操縦者が救出。焔萌に恩を与え、焔萌をその企業の専属操縦者にするというものだった。その後は裏で口の堅い研究所にでも売り渡すつもりだったのだ。

 いくら祭り上げられているとはいえ、たかが男子だ。容姿こそ整っているが、数カ月前までは何処にでもいる普通の人間だったのだ。例え首を縦に振らなかったとしても、ほんの少し脅せば、あっさり折れるものだと考えていた。

 

 しかし、いくら萌を様々な方面から攻め立てても、萌がその提案に頷くことは無かった。最初の内は軽く恫喝する程度のものしか行わなかったが、あまりにも萌が同意しないため、徐々にその手段はエスカレートしていった。これらが公になれば彼女は今の立場を負われるどころか牢屋行きだろう。

 

(何とか……何とかしないと)

 

 彼女が落ち着きのない早足で萌が監禁されている部屋へと向かった。

 

「お疲れ様です」

「挨拶はいい、首尾は?」

「……ダメです。相変わらずのだんまりで」

「チッ」

 

 彼女が来たことに気が付いた看守が、バケツに入った水を乱暴に萌にかけた。

 

「う……」

 

 萌の意識が無理やり呼び戻され、目をうっすらと開けた。女子と見まがうほどに中性的で、整ったその容姿は暴行や薬品などの影響でやせ衰え、所々が腫れあがっていた。その姿は彼女の留飲を一時的に下げた。

 

 そんな彼女が見る中、看守が萌にしゃべりかけた。

 

「改めて言っておこう。ここは国外だ。お前が期待しているような救援は来ない。わかっているな?」

「…………」

 

 萌は、頷きもしなければ首を横に振ることもなかった。ここにきてからずっとそうだった。何もしゃべらないのが悪いからと暴力を振るい、挙句の果てには性的暴行をしてもなお嘘すらしゃべることは無かった。それに従い彼女の苛つきも重なっていき、いくら暴行の内容がエスカレートしてもなお、萌がその対応を変えることは無かった。

 

「なぁ、何をそんなに意固地になってるんだ? こっちの要求は単純だ。この契約書にサインして、この会社の専属パイロットになるだけだぞ? それでこの現状から解放されるんだ。安いもんだろ」

「…………」

 

 尋問官がいっそ不快感を感じさせるほどに穏やかな声で萌に問いかけても、萌は一向に何も言う事は無かった。

 

 その事に対してさらに苛立ちが募り、焦りと苛立ちが沸点に到達する。高い靴が汚れることも気にせずに彼女は萌を蹴飛ばした。

 

「ごっ……あ……」

「選べって言ってるのよ!! ここで惨たらしく衰弱死するか、私の傘下に入るか!!」

「ごっぶ……う……え」

 

 ヒステリックに叫び散らす彼女のことなど視界に入っていないとでも言わんばかりに萌は一向に反応を返さなかった。その事がさらに彼女の精神を苛立たせ、倒れこんだ萌の頭を、腹を、執拗なまでに何度も踏みつけた。

 萌はもはや痛みで声を出す気力もないのか、体内の空気をポンプのように吐き出し、囚われてからというものまともな食事をとらなかったためかもはや胃液以外特に見当たらない嘔吐物を吐き続けた。

 

「それくらいにして下さい。これ以上は命に関わります」

「うるさい!! 全部テロリストのせいにしておけばいいのよ!! こんな奴さえ、こんな奴さえいなければ!!!!」

 

 流石に看守も萌を殺してしまうのはまずいと思ったのか、彼女を止めるべく彼女の肩を掴もうとした次の瞬間。

 

「あら、奇遇ね。私もあなたさえいなければと思っていたところよ」

 

 看守の頭が何者かに掴まれ、思いっきり地面へ叩きつけられた。抵抗1つすることなく意識が途絶えた看守の顔から流れる血がその部屋の床に広がっていった。

 

「自己紹介は、いるかしら?」

 

 そこにいたのはロシアの国家代表にしてIS学園現生徒会長、そして対暗部用暗部「更識家」の十七代目当主、更識楯無だった。その顔にはいつも通りの不敵な笑みが浮かんでいたが、その目は全くと言っていいほど笑っておらず、暗く淀んでいるように見えた。

 

「一応聞いておきたいのだけれど……爪は親指から剥ぐタイプ?」

 

 そして次の瞬間、あまりにも遅すぎる警報が鳴り響いた。

 

 

 

―・―・―・―

 

 楯無は、簪、そしてラウラの部隊の協力で、ようやっとの思いで萌の居場所を突き止め、すぐさまそちらへと部隊を送った。場所は、山中に存在するとある企業の研究施設だった。しかし、楯無は万が一相手が亡国機業だった場合の事を警戒し、IS戦力として1年生の専用機持ちを連れてきたことを後悔していた。

 

 こちらに専用機がいた以上脅威はそこまでではなかったものの、警備には少数ではあるがIS部隊もいたため、通常の部隊のみではここまで容易に萌の元までたどり着けることは無かっただろう。

 しかし、拘束されていた萌の姿を見た楯無は、かなりのショックを受けた。更識家の当主である以上、それなりにそういったものへの耐性も持っていた楯無でそれなのだ。他の者達にとってはとてもではないが見られたものではないだろう。

 

 それほどに、萌は酷い状態だった。

 

 まず、部屋全体を包む悪臭。そこら中に飛び散っている元が何かをあまり想像したくない体液が乾いた跡や、ほぼ胃液だけの嘔吐物。おそらく蹴られたのであろう痛々しい打撲跡や、見るからにやせ衰えた体。見る影もないほどに汚され、破かれた私服。

 

「萌! ……え?」

 

 そして、遅れてやってきた簪が萌の惨状を見た。見てしまった。

 

「っ、萌くんをすぐに病院に運ぶわよ。酷く衰弱しているけど、命に別状はないわ」

「っ……う、うん……」

 

 そこで、楯無はとっさに簪に指示を飛ばした。簪に思考する暇を与えないためだ。あらかじめ持ってこさせておいた担架に萌を乗せ、更識家の部下に運ばせた楯無は、ただただ呆然とした様子で萌がいた部屋の惨状を眺めていた簪に声をかけた。

 

「簪ちゃん、中央管理室に行くわよ」

「……何、で」

「今回の件に関わった人物を全てあぶりだすためよ」

「……うん」

 

 そう言い、楯無は虚ろな表情を浮かべた簪の手を引いて、早急にその部屋から抜け出した。

 

 半ば駆け足でたどり着いた中央管理室では、既に楯無の部下とラウラがデータを片っ端から回収していた。若干不自然なレベルで奇襲に成功したからか、自動的にデータが消滅するようなこともなく、作業は順調に進んでいるようだった。

 

「どう?」

「見たところ、IS委員会内の女尊男卑派をまとめて抱え込んでの犯行ですね」

「え?」

 

 楯無は疑問の声を上げた。それにしては、警備や計画が杜撰すぎるようにも感じたからだ。ここに来るまでの警備システムも、確かに厳重ではあったものの、まるで何者かが完成された警備システムに意図的に穴を空けているかのような印象を与えられた。

 

「監視カメラの記録映像、発見しました。モニターに出します」

 

 警備システム面の確認をしていた者が恐らくは萌の部屋のものであろう監視カメラの記録映像が正面の大きなモニターに映し出された。

 

「っ…………」

「これ、は……」

 

 映し出された映像に、楯無とラウラは絶句した。モニターに映し出されたのは、既にその映像の時点でかなりの暴行を受けていたのか、所々があざになっている萌が、ぐったりとした様子で椅子に縛り付けられている姿だった。そして、それまで萌に暴行を加えていたであろう男たちが萌の服に手をかけ――

 そこで、映像を映し出していた楯無の部下がとっさに映像を切った。

 

 次の瞬間、簪が壁に頭を打ち付ける鈍い音が管理室内に響き渡った。

 

「簪、ちゃん……」

 

 簪は、声にならない声を上げながら、涙を流しながら、壁に頭をぶつけ続けた。自分の無力への怒り。あれだけ努力しているのに報われない萌への悲しみ。萌に試練ばかり与え続けるこの世への恨み。様々な負の感情が入り混じり、簪自身正気を失う一歩手前だった。

 

「落ち着け、簪。お前がそんなことをしてもどうにもならん」

 

 そんな簪を止めたのは、楯無ではなくラウラだった。簪の両肩を掴んで壁から引きはがし、ポケットから取り出したハンカチで、簪の額に滲んでいる血を拭った。

 

「ラウ、ラ……」

「見舞いに行くときにお前が怪我していたら、萌も気が気でならないだろう」

「ラウラは、何で、平気なの」

 

 簪が途切れ途切れにしゃべったその問いに対し、ラウラは簪の額を拭う手を止め、言葉を紡ぎだした。

 

「平気な訳が、ないだろう。ただ、今はそれよりもしなければならないことがあるだけだ。全部終わったら、思いっきり泣きじゃくるさ」

 

 そう言い、ラウラは再び簪の額にポケットから取り出した大きめのガーゼをテープで傷口に張り付けた。

 

「ラウラちゃん、簪ちゃんの事、頼めるかしら」

「会長……? いえ、私もまだ」

「少しは先輩の顔を立てなさい。それに、ここからは私の領分よ」

「ですが……」

「安心しなさい。ドイツの特殊部隊がどんな訓練を受けているのかは知らないけれど、死んだ方がまだマシな目に遭わせるのなら私の得意分野よ」

「っ……了解しました」

 

 そういう楯無の威圧感に何も言えなくなってしまったラウラは、簪を連れて、その場を後にした。

 

 

 

―・―・―・―

 

 その後、簪を連れて萌が搬送された病院へと向かったラウラを待っていたのは、萌が病院に搬送される際に一緒についていったシャルロットだった。時刻は既に夜中の11時を回っており、一夏たちも同伴したのだが、本来の面会時間はとっくに過ぎてしまっているため、萌と特に親しいシャルロットだけが後から来るであろうラウラと簪の為にも残る形となっていた。

 ラウラと簪が病室に入ると、そこにはベッドに横たわる萌と、それを心配そうに見つめているシャルロットの姿があった。

 

「シャルロット、萌は?」

「あ、ラウラ……うん、意識はまだ戻りそうにないけど、とりあえず、後遺症が残るような怪我はしてないってさ」

「そうか……」

「っ……はぁ」

 

 シャルロットの言葉を聞き、ラウラは久しぶりに安堵した。簪も、ほんの少しではあるが心に余裕が生まれた。

 

「ん…………あれ……俺……」

「萌!?」

 

 しかし、まるでラウラと簪が来るのを待っていたかのように、まだとても回復できる状態ではないはずの萌の意識が回復した。ラウラは大事を取ってすぐさまナースコールのボタンを押した。

 

「も、萌、私が分かるか?」

「? ……ラウラ、さん?」

「っ、ああ、よかった……!」

 

 涙目のラウラは今にも萌に抱き着かんばかりの勢いだったが、その勢いはまずいと判断したのか、とっさにラウラを羽交い絞めにしたシャルロットによって阻止された。

 

「も、ゆる……」

「簪さん……大丈夫?」

 

 そして、萌がこうして一見すれば何の変わりもなく会話できているということ自体が信じられず、途切れ途切れにしかしゃべることのできない簪を、萌は心配そうな表情で見つめていた。その事に気付いた簪は目頭に浮かんでいた涙を拭い、しゃべり始めた。

 

「私は、大丈夫。それよりも、萌が……」

「ああ、うん……」

 

 萌も自分が何をされたのかは覚えているのか、何とも言えない表情で頷いた。

 

「まぁ、何て言っていいのかわからないけど……信じてたから、みんなの事」

「っ……」

 

 そんな事を言いながら浮かべた萌の笑みは、既に簪が慣れ親しんだものとなっており、そのことに簪はほんの僅かではあるが恐怖を抱いた。

 

 そう言っている間に医者と看護師が3人ほどやってきた。全員が全員、信じられないとでも言いたげな顔で萌を見た後に簡単な検査を始めた。

 

「……焔さん、少し待っていただいてもよろしいですか」

「? ……はい」

「デュノアさん、少しよろしいですか。そちらの二人も」

 

 そういって、壮年の医師はシャルロットたちを病室の外へと連れだした。シャルロットたちは、まさか萌に何かあったのかと不安を隠せない表情で医師の言葉を待った。

 

「身体的には焔さんはもう大丈夫です。衰弱こそひどいですが、幸い骨折などには至っていないようですし、あと1週間もすれば退院できるでしょう」

「そうですか……」

 

 その言葉を聞いて、シャルロットは安堵のため息を漏らした。もしもISを操縦できなくなってしまうような後遺症が残っていた場合、今後の萌の将来にも大きくかかわってくるからだ。

 しかし、医師の表情は渋く、続けて言葉を紡ぎだした。

 

「ですが、精神面で言えば、はっきり言って異常です。私はそういったことに詳しいわけではありませんが、搬送されてきたときの焔さんの状態からしても相当な仕打ちを受けたはずです。にも拘らず、焔さんの精神には何の異常もないのです」

「……というと?」

「一般人があれだけの外傷を負うレベルの仕打ちを受けたのならば、それこそ機械でもなければ精神に何らかの異常をきたすはずです。異常がないこと自体が異常なんです。なので、今のうちに焔さんに近しい方にも伝えておいて欲しいのですが、絶対に焔さんから目を離さないでください。衝動的に早まった行動に出る可能性があります」

「そう、ですか……」

 

 受け答えをしていたシャルロットは、聞きたいことはたくさんあったはずなのに言葉に詰まってしまった。その間に、医師は検査の為に病室へ戻っていったが、シャルロット、簪、ラウラの三人はその場から動けないでいた。

 

「萌……」

 

 誰が呟いたのかもわからない呟きが廊下に消えていった。

 

 

 

 

 

―・―・―・―

 

「…………」

 

 楯無は、木の陰で悲し気な表情を浮かべていた。楯無の視線の先には、基礎的な体力トレーニングに励む萌の姿があった。退院した萌の身体は、拉致される前と比べるとかなり衰えてしまっていた。当然だ、あれだけの仕打ちを受けたのだから、日常生活に問題なく戻れるというだけでも万々歳だろう。

 

 しかし、萌はそれでは安堵しなかった。拉致監禁され、おおよそ人間にするそれではない仕打ちを受けたことによって失ってしまった体力や筋力を取り戻そうとするかのようにトレーニングに励み始めたのだ。

 

 無論、日中は楯無や千冬が間接的にではあるが止めた。いくら回復したとはいえ、あれだけの仕打ちを受けた萌が無理をするべきではないという事は自明の理だったからだ。

 

「っはぁ……っはぁ……」

 

 しかし、それでもなお萌は、深夜に人目を盗んで寮から抜け出し、ここでトレーニングをしていた。現在、萌は厳重な監視下に置かれているため、萌が寮を抜け出したという知らせを受けた楯無と千冬は即座に萌の後を追った。

 

 その先で、萌はそのトレーニングをしていたのだ。体力は万全の時と比べて衰えてしまっているためか、立ち止まった萌は苦し気に肩で息をしながら呼吸を整えていた。

 

 止めるべきだ。そうわかっているはずなのに、楯無は声をかけられないでいた。

 萌が鍛えているのは、紛れもなく萌自身の為だ。もう二度とあんな目に合わないように、もし同じ事態に遭遇したとしても自力で突破できるように。

 

 そんな彼のトレーニングを、あれだけ傍に居ながら萌を守ることができなかった自分に止める資格があるのだろうか。入院していた時、「足りない、足りない」と誰にも聞こえないような小声で、萌以外誰もいない病室で、体の震えを必死に抑えながら呟いていた彼を監視カメラ越しに見ていたのに、寄り添うことも出来ない自分にそんな資格があるのだろうか。

 そう考えると、楯無にはただ見ていることしかできなかったのだ。

 

「新鮮だな。無力感とはこういう事か」

「っ、織斑先生……」

 

 そして、萌が寮から抜け出したという知らせを受けて様子を見に来た千冬もそれは同じことだった。世界最強などともてはやされていながら、弟が誘拐されたときにも、教え子が拉致されたときも、結局は1人ではどうすることも出来なかった。結局のところ自身を支えているのは、最初期からIS開発に関わっていたという経験と、並外れた戦闘の才能のみ。それ以上のことはできない。その事実を、千冬は叩きつけられていた。

 

「やらせておけばいいさ。あいつにとって鍛錬は、私達がかける言葉よりもよほど励みになるだろうからな」

「そう、ですね……」

 

 そういう千冬の普段からは想像も出来ないような弱弱しい雰囲気に、楯無は何も思わなかったわけではないが、彼女の言葉を否定することも出来なかった。

 

 それは、きっとどうしようもないほどに事実なのだから。

 

 

―・―・―・―

 

 臨海学習を間近に控えたある日の夕暮れ時、IS学園の寮の周りを、ジャージ姿の一夏がひたすらに走っていた。恐らくはトレーニング目的のためのはずのそれは、明らかにオーバーペースであった。全身が休息を訴えているにもかかわらずがむしゃらに走るその姿は見る人によれば、何かから逃げているようにも見えただろう。

 

 そんな走り方をすれば、体力の限界がすぐに来るのはある種必然の事であり、一夏は肩で息をしながら近くの木にもたれかかった。

 

「ここにいたか」

「っはぁ……千冬姉…………」

 

 肩で息をしながら呼吸を整えていた一夏に歩み寄ってきたのは、千冬だった。今は勤務時間外だからか、呼び名を訂正することもなく、千冬はしゃべり始めた。

 

「そんなめちゃくちゃなトレーニングをしたところで、ほとんど足しにはならんぞ」

「……けど、萌はそんなめちゃくちゃなトレーニングを毎日やってきたんだろ」

「あれは例外だ。お前の努力を否定するつもりはないが、あいつは少々次元が違う。束の勉強法を他人がやったところで束のようになれると思うか?」

「……そのレベルか」

 

 一夏はため息をついた後に、木にもたれかかるのをやめた。

 

「……なぁ、千冬姉。俺が、ISに適合さえしなければ、萌も」

「…………」

 

 一夏の言っていることは、極論ではあるが事実だった。一夏がISに適合することさえなければ、全世界規模で男性を対象にIS適合検査が行われることは無かった。萌が適合することも、IS学園に来ることも、ましてやこんな目に遭う事もなかった。

 張本人であるはずの自分は、姉の影響で何も被害を被っていないのに。巻き込まれた側の萌ばかりに、普通に生きていたならば決して体験しないような仕打ちばかり受けている。

 力を手に入れたからこそ、何かを守りたかったはずなのに、むしろ自分が姉にどれだけ守られているのかを痛感する日々。それは、一夏にとっては耐えがたいものだった。

 

「それで、その思いの結果がそれか?」

「……わかってるよ」

 

 一夏の不貞腐れたかのような様子に、千冬は厳格な表情を崩さないまま言葉を紡ぎだした。できることならば、一夏を抱きしめてやりたかった。お前のせいではないと言ってやりたかった。

 しかし、それは一夏の覚悟や願いを無為にすることになる。千冬にそんなことができるはずはなかった。

 

「わかっているならば前を見ろ。そんな後ろ向きの姿勢では、一生焔にも追いつけんぞ」

 

 それだけを告げて、千冬はその場を後にした。

 

 

 

 

 千冬が職員室へ向かう最中に、胸ポケットに入れていた私用の携帯端末が振動した。彼女のプライベートの連絡先を知っている人物はそうそういない。にも拘らず、着信画面を見てみれば、そこには誰の名前も表示されていなかった。

 不審に思い、眉を顰めた千冬は携帯端末を耳にあてた。

 

「……私だ」

『やほやほー! やっとちーちゃん暇になったっぽいから電話をかけた篠ノ之束さんだよー!!』

 

 そして、さらに眉を顰め、即座に通話を切りたい衝動に駆られた。が、それを耐えて余りあるほどに電話の主、篠ノ之束には聞きたいことが多すぎた千冬は衝動を無理やり抑え込んで絞り出すように声を出した。

 

「…………何の用だ」

『いやね? 実はいっくんの次にISに適合したのいるじゃん? それについてちーちゃんに色々聞きたいなーって』

「……何?」

 

 千冬の苛立ちは気が付けば収まり、それを塗り潰すほどの疑問と焦りが千冬の頭の中を埋め尽くした。

 ISの開発者であり、今現在の世界がこうなっている元凶である篠ノ之束という女は、自分の興味がないものに対してはとことん無関心を貫く女だ。高校時代に千冬が半ば力尽くで矯正させるまでは本気で他人を認識していなかった節がある。

 そんな彼女が、萌に興味を抱くのはまだ理解できる。しかし、もしそれならば萌がISに適合したとき、今年の春などに接触するはずだ。だからこそ、萌は束の興味の対象から外れていると考えることができたのだ。

 

 それが今になって束が萌に興味を抱く理由。それはいったい何なのか、心当たりしかないが、もしそれだとしたら束はどういった経緯でそれを知り、そして何故興味を持ったのか。

 

『もー、ちーちゃんが知らないわけないじゃん。ほら、あの、ほむらー、ほむらー、何だっけ』

「……萌に何の用だ」

『そーそーもゆるもゆるー』

 

 とりあえず束に話を合わせ、さらに話を聞き出そうと判断した千冬は続けてはやる心を抑えながらしゃべり始めた。

 

「萌に、何の用だと聞いている」

『おー名前呼びだー。どうしたのさちーちゃん、ひょっとして結構気に入っちゃってたりするの?』

「答えろ」

『おぅ、これは中々本気と書いてマジって奴だねぇ』

 

 明らかに普段ならば考えられないレベルで苛立っている千冬など知ったことではないと言わんばかりにケラケラとひとしきり笑った後、束は一呼吸置いた後に謡うように言葉を紡いだ。

 

『んー、そうだなぁ……頑丈な実験ど』

「それ以上言ってみろ、お前がどこに居ようが叩き切ってやる」

『えー! 20万歩くらい譲歩したのにー!!』

「そうか、もういい。遺言も聞かん」

 

 千冬は内心で頭を抱えたくなった。萌の努力というのは、どこまで萌の不利益につながれば気が済むのか。あの束が萌に興味を抱いてしまったのだ。それも千冬が想像できる限り最悪の形で。

 

『まーまー、近い内に別の用事でそっち行くからその時にでも会うことにするよ。じゃねー』

「待て、束! そんなこと誰が――クソ!」

 

 千冬が呼び止めようとしたときには既に通話は切られている状態だった。もはや携帯端末を叩きつけんばかりの苛立ちを必死に抑え込み、千冬は廊下の壁にもたれかかった。徐にかけ直しても、束が電話に出る様子は無かった。もともと期待はしていなかったが、千冬はため息をついた。それは、世界最強などという異名が信じられなくなるほどには弱弱しいものだった。

 

 

 

 携帯端末から視線を上げ、廊下の窓から見える夕暮れ時の空は、気が付けば分厚い雲で覆われていた。 

 

 




いや12000字って……

次回は流石に間を空けるとまずいと思うのでRTAパート、裏語一括投稿の予定です。ここまで付き合っていただき本当にありがとうございます。皆様の感想や評価が本当に励みになっています。

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