【完結】IS 亡国機業殲滅ルートRTA 男子チャート 作:sugar 9
IS学園は、流石は世界屈指の名門校という事もあってか、様々な事に対して異常なまでの資金を投じている。
それは、校外実習であっても例外では無かった。海沿いの高級旅館へと向かう道筋、バスに揺られること1時間。IS学園の1年生一行は、サービスエリアでの休憩に入っていた。
「かんちゃーん、来た、よ……?」
「本音、しっ」
トイレ休憩を利用してこっそり1組の車両から4組の車両へとやってきて、自身の仕える主である簪の様子を見に行った本音は、4組が乗っている車両に入った際の余りの静けさに、彼女にしては珍しく戸惑いの表情を浮かべた。
本音が周りを見てみれば、声を1つも発することが無いにも関わらず、トランプなどを始めとした暇つぶしに従事しているという異様な光景が展開されていた。
すると、簪が顔を出し、人差し指を立てた。
「どうしたの?」
「…………」
何となく周囲の雰囲気に合わせて小声で聞きながら簪の席へと向かうと、
「すぅ……すぅ……」
「あー、そういう」
そこでは、穏やかな表情で規則正しい寝息を立てている萌の姿があった。普段から常に優し気な表情を浮かべている萌ではあったが、その表情は、少なくとも本音は見たことのないほど安心しきっていた。
「最近、全然休めてなかったみたいだから」
「そっか……」
萌の話は、本音も姉の虚から聞いていた。それは、そういった世界が存在するという事は知識としてであっても知ってはいた本音であっても、聞くだけで怖気が走るようなことばかりだった。その当事者である萌にかけられた精神的な負担というものは、とてもではないが本音が想像できるようなものではないだろう。
「じゃあ、せめてこの臨海学校だけでも、ほむほむには休んでもらわなきゃだね」
「うん……」
萌の寝顔を見つめる簪はそう言いながらも、嫌な予感を感じずにはいられないでいた。
―・―・―・―
臨海学校は、そこまで過密なスケジュールが組まれているという訳ではなかった。いくら彼女達が全世界から何千倍というとてもではないが高校に対するそれではない倍率を潜り抜けたエリートの中のエリートとは言っても、受験を終わらせたばかりと言ってもまだギリギリ通じる遊びたい盛りの高校1年生達である。
よって、1日目はほぼ自由時間となっていた。とはいえ、ほとんどの生徒は海へ行くところであり、貸し切りの為彼女たち以外誰もいないビーチで、それぞれが思い思いに海を満喫していた。
萌もまた、海で遊ぶというよりはくつろぐためか、海の家でレンタルしたパラソルとビーチチェアを両脇に抱えて歩いていた。その妙に堂々とした姿は否応なしに目立つものであるものの、彼に起こったことが起こったことの為、誰も彼に話しかけることは無かった。
「おお……」
「何ていうか……たくましいわね」
世間の話題はIS委員会の一部の者が行っていた非道な行いでもちきりであった。その中心にいると言っても過言ではないにもかかわらず、萌からはそんな様子は微塵も感じられなかったため、感嘆というべきか若干引いているというべきか微妙な声が多かった。
これまで男性操縦者に対して否定的な論調を一貫していた大手メディアも、後ろ盾となっていた者が総崩れしたとあってはいつまでもその論調にしがみついているわけにも行かず、それとなくこれまでの過度な女尊男卑の論調を否定し始めていた。
それに伴い、世間の風潮も徐々にではあるが女尊男卑の風潮が取り除かれつつあった。
今や、世の男性にとって、焔萌は英雄的な存在であり、その愛嬌のある容姿も相まってか一部ではカルト的な人気を博していた。
それは、これまでの女尊男卑の社会で甘い蜜を啜って来た者達にとっては何よりも恨むべき対象であるという事なのだが、旗頭に近い存在を失い、メディアによる後押しも失った彼女達に出来ることなどたかが知れていた。精々萌を呪い、萌の不幸を願い、SNS上で暴言を吐き散らかすのが関の山といった所だろう。
しかし、当の萌自身はそんなこと知ったことではないと言わんばかりの様子だった。その体に今も残っているだろう傷跡を隠すためか、若干サイズの大きい薄手のジャケットを羽織っているのだが、萌の女子といっても平気で通じるだろう容姿が相まってか何故かいけないものを見ているかのような印象を女子たちに与えた。
「萌! ここにいたんだ」
そんな非常に話しかけづらい境遇にいる萌に対して最初に近づいていったのは、萌と一時期は同室であったシャルロットと、灰色のバスタオルでぐるぐる巻きになっている何かだった。シャルロットは既に萌と相席するつもりなのか、バスタオルでぐるぐる巻きになっている何かを引っ張りながら同時にパラソルとビーチチェアも運ぶという器用な真似をしていた。
「シャルロットさん? それと……」
「ほら、ラウラも」
「ま、待てシャルロット! まだ心の準備が」
そういう何かの声もむなしく、それをぐるぐる巻きにしていたバスタオルを引っぺがしてしまい、それにまかれていたラウラが思わず身をすくめてしまう。そんなラウラをまるで小動物でも見せびらかすかのように前に押し出したシャルロットは萌に問いかけた。
「ほら、萌。ラウラの水着姿、どう?」
「うん、似合ってるよ。勿論シャルロットさんも」
そんな二人は、そこらの雑誌の表紙を飾っていても何も違和感がないほどには整った容姿をしており、周囲の生徒達がさらに萌に話しかけづらくなる一因となっていたのだが、それはまた別の話だ。
「ね、言ったでしょ。萌の事だから、教科書みたいな返答が返ってくるって」
「うむ……安心するが、若干複雑だな」
「2人ともどうしたの?」
「何でもないよー」
ほんの数秒だけ、萌から背を向けて言葉を交わしたシャルロットとラウラだったが、すぐにその視線を萌に戻した。萌はほんの少しの間不思議そうな表情を浮かべたが、気にしないことにしたのか再びビーチチェアに戻った。
「……シャルロットさん達は遊びに行かないの?」
「後で行くよ」
「私もそのつもりだ」
それに従い、シャルロットとラウラも持ってきたパラソルを開き、ビーチチェアに腰かけた。
「……騒がしいな」
「だね」
しかし、ゆっくりくつろぐにしては、年頃の女子しかいない今現在の海水浴場はかなり騒々しかった。当然だ、去年は殺人的な過酷さを誇る受験勉強で遊ぶ暇などなかった彼女達にはしゃぐなという方が無理な話だろう。
「……萌」
「ほむほむー」
「あれ、簪さん、本音さんも」
そんな萌たちの元に次にやってきたのはこれまたパラソルとビーチチェアを抱えている簪と本音だった。簪は何故か不自然にビーチチェアで自分の身体を隠すように萌と向かい合っており、そんな簪を本音は妙な笑みを浮かべながら眺めていた。
「…………」
「簪さん、どうしたの?」
「何でも、ない」
そのまま、電光石火の早業で萌やシャルロットよりも後ろの位置にパラソルを突き刺し、何故か萌からの視線を傘で阻んでしまった。
「ほらほらかんちゃーん、混ざらなくていいのー?」
「……無理」
本音が回り込んで簪の顔を覗き込むような形で尋ねても、簪はビーチチェアの上で体育座りの姿勢から動こうとはしなかった。
確かに、萌を挟むようにして陣取っているシャルロットとラウラは非常に優れた容姿を持っている。萌の誘拐騒動が一区切りついた後、改めて買い物に行った時にも軽く騒ぎになっていた2人だ。
「かんちゃんも負けてないってー」
「……客観的、事実」
「ほむほむの好みはかんちゃんだとおもうなー」
「……ないです」
「せっかく水着選んだじゃーん」
「……あれはその場のテンション」
そんなこんなで押し問答を繰り広げていると。
「……だから、無理だって」
「簪さんもすごい可愛いと思うよ?」
「もゆっ!?」
気が付いたら本音と萌が入れ替わっていた。萌の後ろではやり切ったとでも言わんばかりの本音がドヤ顔で仁王立ちしていたが、そんなことは些細な問題だった。
「あ、えと……」
「? ……どうしたの?」
「なっ、なな、なん、でも……」
そのまま簪の顔は加速度的に赤くなっていき、
「きゅう」
「簪さん!?」
そのままビーチチェアに倒れこみ、安らかに意識を手放した。
「……何だろうな、この敗北感は」
「うーん、しいて言うなら年季の差?」
シャルロットが苦笑いを浮かべながら言った言葉は、空しく快晴の青空に吸い込まれていった。
―・―・―・―
IS学園の1年生が利用している旅館の近海で発生したアメリカの第三世代型IS『シルヴァリオ・ゴスペル』の暴走事件。それにより、臨海学習は中止となっていた。2日目は専用機持ちは各国から送り届けられた専用装備のテスト。他の生徒は海上でのIS操縦の訓練を行っていたが、急遽中止となり、各自の部屋で待機という命令が下された。
「そんな理屈が罷り通るとでも思っているんですか!」
そんな中、急遽管制室として貸切ることになった広間に千冬の怒号が鳴り響いた。千冬がにらみつける視線の先には虚空にディスプレイが表示されており、そこに映りこんでいる男は千冬の怒号に少しだけ怯んだようだった。
彼は、つい最近起きた男性操縦者誘拐の件で顔ぶれが大きく変わることになったIS委員会の面子の中でも特に上の地位に居座ることとなった男だった。
『落ち着いてくれ、君の言いたいことはよくわかる。焔君には作戦エリアにいてもらうだけでいいんだ』
千冬をなだめようとするかのような男の発言で、千冬の怒りは、さらに深まることになった。
「あなたは、それが安全だとでも思っているのですか。焔の精神状態は、非常に不安定です。そんな状態で戦場に立てば、何が起こるか、貴方でもわかるはずです!」
そう、現在萌の精神状態は異常ないかもしれないが、それは日常生活を送っている場合での話だ。戦場でも同じなどという話はあるはずもない。そもそも、萌はこの臨海学習にこられていること自体が奇跡とすら言っても過言ではないのだ。
『……本当に申し訳ない。だが、こちらにも事情というものがある。今ここで他の専用機だけが参加して、焔萌が参加しないという事実は、非常に不都合なのだ。わかるな?』
「貴様らの事情で萌を戦場に送るなと言っているのが分からないのか!!」
辛うじて保てていた敬語すら取れた千冬は、画面の向こうにいるはずの男に飛び掛からんばかりの迫力だった。彼女がここまで怒っているのを初めて見た男は言葉に詰まってしまっていた。
「んー、それは賢くないんじゃないかなー?」
「束!?」
『なっ、篠ノ之束だと!?』
しかし、そこで突然大広間に入ってきたのは篠ノ之束だった。突然の乱入者に、束がここにいるという事を知っていた千冬も、知らなかった男も驚きの声を上げた。
束は、箒の為の専用機、『紅椿』の為にここにいるはずだった。ISの開発者である篠ノ之束本人が作ったISであり、現行のISの中では唯一となる第四世代型IS。今でこそまだ大々的には発表されていない故にそこまで大きな騒ぎにはなっていないものの、発表されれば間違いなく世界を震撼させるであろう兵器。
そんな兵器を、実の妹に誕生日プレゼントで渡す束は確かにどこか壊れているのかもしれないが、それでも彼女の興味は箒に向かっているはずだった。念のため、萌にも束と出会っていないか確認を取ったが、束は萌には接触していないようだった。
「やー、客観的に見てもあれの戦闘力を置いといたら男女云々以前にちーちゃん達も何か言われかねないよー?」
「私の立場などどうでも」
感情に流されるままに言葉を紡ぎだそうとした千冬の口に、いつの間にか千冬の目の前に移動していた束の人差し指があてられた。
「ダメだよ、ちーちゃん。ちーちゃんの立場は、もうちーちゃん1人のものじゃないんでしょ?」
「………………は?」
千冬は、この場にはあまり似つかわしくない声を上げた。今の言葉は、確かに千冬に対して放たれたものだ。しかし、今確かに、束は束に近しい者以外の事を気遣っていた。
それは、千冬の知る束ならばとてもではないが考えられない事だった。
「それに、もはや束さんとかちーちゃんにはどうしようもないんじゃないかなー?」
「……織斑先生」
「っ……焔……」
何を考えているのかよくわからない笑みを浮かべながら、束が指さした先には入口の所に立っている萌の姿があった。とっさに千冬は束を睨みつけたが、束は慌てて首を横に振るばかりだった。
「俺が、行けばいいんですよね」
「っ、だが……」
「織斑先生、俺なら大丈夫です。だから、行かせてください」
そういう萌の目には、迷いと呼べるものは無かった。少なくとも、とてもではないが努力の果てにあんな仕打ちを受けた少年のそれとは思えないほどには。
「……作戦エリア付近での待機だ。それ以上の行動は許さんぞ」
「了解しました」
萌は一瞬だけ束に視線を向けた後、静かに一礼をして管制室を後にした。