【完結】IS 亡国機業殲滅ルートRTA 男子チャート 作:sugar 9
「はぁ…………」
「気にするなと言っているだろう山田君、形式上のものでしかないのだからそこでどれだけやらかそうが給料には響かんさ」
「そういう問題じゃないですよ!」
入学試験を終え、いち段落ついたIS学園。その日は急遽入学することとなった二人の男子の入学試験を形式上ではあるが行う日であり、一夏の実技試験を終えたところだった。男子生徒の実技試験を担当した真耶が控室の机に突っ伏していた。
原因は先ほど行われた一夏との入学試験でのことだった。一夏が本格的にISを動かすのは初めての事であり、映像記録も残るとされていたそれは早い話がライブ中継ではないとはいえ全世界から注目されていた。
そのことを意識しすぎた真耶は緊張からか試験開始に突貫すると同時に派手にずっこけ、その間にのそのそと近づいてきた一夏の攻撃を受けるがままに受けてそのまま負けてしまったのだ。
「何でもいいが、早く次の試合の準備をしてくれ。焔はもう準備できているぞ?」
「……ちなみに今から代わってくれたりとかは」
「無理だな」
「ですよねー」
乾いた笑いを浮かべながら、真耶は控室を出て行った。
―・―・―・―
「…………」
千冬は先ほどの萌の実技試験を眉を顰めながら見返していた。
先ほどの実技試験の結果は萌の勝利で終わった。しかも、一夏の時のように真耶のミスによる勝利ではなく、真耶の虚を突いた形での勝利だ。
試験が始まると同時に真耶に向けて躊躇なく突貫した萌は、真耶の銃撃をまるで予知でもしているかのように右へ左へとブーストをかけて躱し、いきなり初撃を当てたのだ。そしてそのまま、真耶が搭乗していたラファールが不得意とする超近距離戦に持ち込み、シールドエネルギーを削り切って見せた。
その気迫は、カメラ越しに見ていた千冬にすらも伝わるほどすさまじいもので、直に対面した真耶曰く「まるで1分1秒に命を懸けているかのような気迫でした」とのことだった。
勿論、一夏や萌はこれまでほとんどISに乗れていなかったのだからある程度の練習時間は与えられた。だが、何をどう間違えても、ISへの搭乗時間が1時間にも満たない者がしていい動きではなかった。
思い起こされるのは先ほど実技試験を終えたばかりの萌に会いに行った時の事。あれだけの操縦技術をどうやって身に着けたのか。そもそもお前は何者なのか。そんなことを聞こうと思っていたのだが、
『織斑先生……俺、何か粗相がありましたか?』
千冬が来ただけでそんなことを言う萌に言及できるほど千冬は冷酷にはなり切れなかった。自分の甘さに苛立ちを覚えるが、未だにどんなに言って聞かせても周囲を警戒し続けている萌の心労を考えれば言及は悪手だということで納得することにした。
事実、この後映像が公開されたのち、世界各国のIS企業から是非我が社のISを焔萌の専用機にという声が多く舞い込んだが、萌はそれら全てを断っていた。日本としても今ここで萌が他国の企業の専属操縦者になるのはどの派閥にとっても不都合なことの為、悪い事ではなかった。
(天才……か……)
ふと、千冬の頭にそんな言葉と共に昔馴染みにしてこの世界がこんなことになっている原因の女の影が浮かんだ。精神の在り方はまるで違うが、1から100を学び取るその才覚、目的に対する執着心は彼女を思い起こさせるには十分なものだった。
彼のIS適合値はA。代表候補生でもなかなかいないトップクラスの適合値だ。
まるで、ISに乗るためにこの世に生を受けたかのような。
(……私も焼きが回ったか)
心の中でわずかながらの苦笑いを浮かべながら、千冬は職員室を後にした。
―・―・―・―
勘弁してほしい。更識簪はそう思わずにはいられなかった。
代表候補生として必死に努力して、それに見合うだけの能力を身に着けることも出来たからIS学園にやってきた。奇しくも姉と同じ道をたどることとなってしまったがIS操縦者としての道を志す以上それは仕方のない事だった。
代表候補生として主席とまではいかなくともそれなりにいい成績で、IS学園への入学を決め、これまでの訓練などでの成績も評価されたからか倉持技研の次期汎用型IS『打鉄弐式』を専用機として与えられることも決まり、基本的にネガティブな彼女が少し前向きになるくらいには順風満帆だった。
男でありながらISを操縦できる存在、織斑一夏が現れるまでは。
そのビッグニュースに簪も多少驚きはしたが、それでもそれほど気にかけることはなかった。せいぜいただでさえ忙しそうな姉がさらに忙しくなったくらいで簪の周囲が変化することはなかった。
しかし、一夏の専用機『白式』の開発の為に倉持技研の技術者たちがそちらへとつきっきりになってしまい、その結果打鉄弐式の開発が完全にストップしてしまったのだ。しかも、中断という形ではなく、男性用のISとしてより詳細なデータ収集や調整の為に事実上の中止という形でだ。
彼女の幼馴染である布仏本音が珍しく怒りをあらわにしてくれたことで早々に怒りの感情が表に出てくるほどではなくなったが、納得できないことは事実。本音に背中を押されて倉持技研に直談判しに行ったこともあるが、倉持技研側の技術者達も、世界初の男性操縦者の搭乗IS開発という世紀の大事業を請け負ってしまった以上万が一にも失敗はできないため当分はできる限りの労働力を白式に割きたいと申し訳なさそうに首を振るばかりだった。彼らにだって生活がある以上、簪はそれ以上責めることはできなかった。
何とか開発途中の打鉄弐式と搭載予定の装備はIS学園に送ってもらえることができたものの。いくら簪が代表候補生で整備課に向かうのを考えられるくらいにはIS関連の技術に長けているとはいっても所詮は少し前まで中学生だった少女。入学式前日に整備室の一角を借りる形で運ばれたまだピクリとも動かない打鉄弐式を見て途方にくれたのは記憶に新しい。
そんな中で憂鬱な気持ちを抱えたままこれから1年お世話になる教室で打鉄弐式のデータと向かい合っていたところ、隣の席に男子が来たのだ。勿論、織斑一夏ではない。織斑一夏ならば今頃簪はありとあらゆるものをかなぐり捨てて逃げ出しているだろう。
織斑一夏の出現によって全世界で行われた男性に対するIS適性検査で現れた2人目の男性操縦者、焔萌。その抜群に優れた容姿から世間ではかなり話題になっていたが、本人の身を守るためか個人情報の公開などはほとんどされていなかった男子。
メディアではかなり否定的な論調がされていた焔萌だが、その優れた容姿は女子高生の間ではかなり話題となっていたため、今もなお現在進行形で周囲の女子生徒からの視線を一身に受けていた。そしてその視線の流れ弾を比較的目立つ髪色の簪も受けていた。
「…………」
当の本人、焔萌は誰のものだろうか、かなりボロボロになるまで使い古されたISに関する参考書の間に挟まれた、まだ比較的新しいプリントに目を通していた。
「えっと、更識、簪さんでいいのかな?」
「…………何」
そして、簪に声をかけた。変声期を終えた男性のものにしてはかなり高い中性的な声は良く通る声質であり、聞き間違えようがない程度には簪の耳に届いた。簪は頭を抱えたくなるのを必死でこらえながら、織斑一夏ならまだしも流石に失礼だろうと思ったのか蚊の鳴くような声で返事をした。それでもしっかりと聞こえたのか、萌は視線を気にするように少し小さい声で喋りだした。
「俺は焔萌。これからよろしくね」
「……ん」
だが、簪にはそれに対応できるだけのコミュ力などあるはずがなかった。そしてそれ以上に周囲の女子からの視線がライフルやレーザーもかくやと言わんばかりにこちらを射抜いている状況では声を絞り出すのが精いっぱいだった。それでも萌は気にする様子も見せず、それ以上会話を広げるようなこともせずに本に戻った。
思っていたよりは、話さなくてよさそうだ。
その事実に、簪は久しぶりに安堵した。
―・―・―・―
その日の訓練を終えた萌が若干足を引きずりながら不自然な挙動で寮の廊下を歩いていた。萌には特例として独り部屋が与えられているがその分部屋まではかなり歩くことになっている。ようやくたどり着いた部屋の鍵が何故か開いていることも気にせず中に入ると、
「おかえりなさい♪ ご飯にする? お風呂にする? それとも……わ・た・し?」
そんなあまりにもベタな誘い文句をノリノリでいう抜群の容姿とプロポーションを持った美少女、更識楯無(裸エプロン装備)が待ち構えていた。しかし、萌は眉一つ動かすことなくしばらく固まった後、言葉を紡ぎだした。
「……誰ですか?」
「あら、そこまで反応ないと却ってお姉さん楽しくなってきちゃうんだけどどうする?」
とてもではないが思春期の男子高校生の反応のそれではない反応に対し、楯無が笑みを浮かべながらいろいろと危うい挙動をするが、
「やめてもらっていいですか。部屋に痴女がいるって千冬さん呼びますよ」
「オーケー、ふざけすぎたことは謝るからその手に持ったヤバいブツ(携帯)をしまいましょう、ね?」
懐から携帯端末を取り出した萌に対して冷や汗をかきながら必死になだめるのだった。
「……とりあえず服着てもらっていいですか? この2ヶ月で若干女性恐怖症の気が出てるんですよ俺」
「了解! あとホントにごめんね!」
即座にシャワールームに入った楯無が5秒でIS学園の制服へと着替えを済まして出てきた。
「で、誰なんですか?」
「ん、それじゃ改めて。私の名前は更識楯無。この学園の生徒会長をしているわ。よろしくね、萌くん」
先ほどまでの楯無の雰囲気からガラリと変わったそれは、まさしく生徒会長にふさわしい威厳と、親しみやすさに満ちていた。開いた扇には「歓迎」と書かれていた。
「……じゃあその生徒会長が何で俺の部屋で露出プレイしてるんですか?」
「その方が接しやすい雰囲気出せるかなーと」
「ひょっとして馬鹿なんですか?」
「初対面の先輩相手に随分辛辣ね?」
「今のところ先輩に払う敬意が見当たりません」
一見すると緊張感のない会話を交わしながらも、楯無は萌の身体に注意深く目を向けていた。制服の上からではわかりづらいが、しっかりと鍛えられていると分かる体。あの尋常ではない訓練を継続したという事も驚きだが、それ以上に不可解な点があった。
その体が、立っていることが不思議な程度には疲労困憊一歩手前まで疲れ切っているという事だ。
「まぁ、本当に今日はあいさつに来ただけなのよ。織斑先生からもしっかり見ておくように言われているしね」
「……どういう意味ですか?」
「そう深く考えないで、いいコネ出来たラッキーくらいに思っとけばいいのよ」
先ほどまで萌はアリーナでISの操縦練習を行っていた。千冬の口添えで特例としてしばらくの間打鉄を貸し出していることは楯無も知っている。その訓練の疲労によるものと考えるにしてはその疲労は大きすぎた。
「それじゃあね、連絡先は机の上に置いておいたから困ったときはそこにかけて頂戴」
「はぁ……」
萌の部屋を後にした楯無が向かったのは警備室だった。目当ては当然先ほどまでの萌の訓練映像だった。
「えぇ……」
楯無は久しぶりに自分の目を疑った。確かに、実技試験で山田先生相手に勝ち星を取ったというのは聞いていたし映像も見た。その才能も尋常ではないという事は分かっていた。
だが、その訓練は過酷というレベルを超えていた。
際限なく現れる仮想敵によって四方八方から放たれるレーザーを一心不乱に躱し続ける。1発レーザーが機体にあたるごとに若干挙動を変え、改善していく。まるでAIが自分の行動を効率化していくように、萌の動きは見る見るうちに良くなっていった。
それを3時間休みなしで行っていた。
確かに、萌が努力家だというのはこの数カ月のデータでも分かる。人間死ぬ気になれば何でもできるというのを身をもって証明されたのは記憶に新しい。
だが、これは流石にそれだけで説明していいものではない。楯無と同等、もしくはそれ以上の才覚と、精神異常者と言っても何ら過言ではないストイックさが無ければこんな芸当は不可能だ。
一体、これがこのまま成長した場合、どんな怪物が生まれてしまうというのか。
(こーれは……ちょっとヤバい事に首突っ込んじゃったかも……)
気が付けば、楯無の顔には困り笑いが浮かんでいた。
収まると思ったら裏語が1話で収まりきらなかったので次回投稿は裏語オンリーになります。そんなところでガバらなくていいから(良心)