【完結】IS 亡国機業殲滅ルートRTA 男子チャート   作:sugar 9

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いや、どうしてこうなった(語録無視)
あ、前2話に若干修正を加えています。


裏語 3

「おはよう、簪さん」

「……ん」

 

 次の日も、萌は簪に話しかけてきた。ここに来るまでに若干過剰ともいえる女子の接触に出くわしたのだろう。制服の所々が乱れていた。しかし、簪から何かをしてやる理由もないため、簪は打鉄弐式のデータから目を離さずに短い返事を返すだけだった。

 萌もそれ以上は望んでいなかったのか、昨日も持ってきていた参考書に目を通し始めていた。恐らく今日から始まるIS関連の座学の予習でもしているのだろう。

 しかし、予習はお世辞にもうまく進んでいるとは言えないようだった。

 

「ねぇねぇ焔くん、今日一緒にお昼食べない?」

「ごめんね、予習で気になったところ先生に聞きに行きたいからお昼は売店で済ませようと思っているんだ」

 

 内容に違いはあれど、大まかに要約すればこんな感じの内容のやり取りを、先程から何度も何度も行っていたからだ。あれでは予習なんてしている暇もないし、純粋に気が散って予習どころではないだろう。

 

「簪さん、少しいい?」

「……何?」

「今日の授業の範囲って、参考書で言うとどの辺の範囲なの?」

「今日は、序章も出ないと思う」

「そっか、ありがとね」

 

 唐突に話しかけられたため簪の肩がピクリと揺れたが、そんなことはおくびにも出さずに淡々と答える簪に対し、萌はそんな簪の不愛想な対応も気にせず参考書に戻った。周りが全員異性の状況の中でよくもまぁそんなに自然体に振る舞えるものだ。そんなことを思った簪が気まぐれに萌の方へと視線を向けた。

 

「っ」

 

 そして、たまたま目に入った参考書を見て息を呑んだ。IS学園のIS関連の座学に関する参考書は、何を血迷ったのかISの座学に関するありとあらゆる情報を詰め込んであるため電話帳か何かかと見まがうほどに分厚い。そして、そもそも電子書籍などが当たり前に流通している昨今、そんな参考書をいちいち持ち歩く物好きなどいるはずもない。

 

 ましてや、そんな分厚い参考書を全て網羅したうえで空欄がほぼ埋まる勢いでメモや自分なりの覚え方を書き記し、そんなことを参考書の側面の汚れ具合から考えてほぼ全ページで行っている者などいるはずもない。

 

「……それ、あなたの?」

「ん? そうだけど……?」

 

 ここまで散々不愛想な態度を貫いてきながら急に話しかけた簪のことを不思議に思ったのだろう。不思議そうな表情を浮かべながら萌が簪の方を向いた。

 

「……ノートとかにまとめたほうがいいんじゃない?」

 

 違うだろう。なんだその意味の分からない指摘は。これでは只の嫌味で陰気な眼鏡ではないか。自分の口からその場の勢いで飛び出した言葉に簪は内心で頭を抱えるが、萌は特に気にした様子も見せずに苦笑いを浮かべながらしゃべりだした。

 

「うん、俺もそう思うんだけどさ。俺はISに関しては素人だから何処が大事とかよくわからないからノートに要点だけをまとめ切る自信もないし、だから参考書以外の教本とか読みながら自習用ノートでまとめたことで大事そうだなーって思ったことを参考書に書いて持ってきてるの」

 

 努力の方向性間違ってるだろ。

 流石に今は違うけどね、と苦笑いで言う萌に対してとっさにそんなことを言いかけた口を既のところでふさいだ簪は誉められていいだろう。

 そこで会話を切り上げればよかったのだろうが、何となくではあるがISに対してそこまでの執着心を見せている萌に少し興味が沸いた簪は萌の方に向き直って問いかけた。

 

「IS、好きなの?」

 

 すると先ほどまでのどこか言葉を選んで話しているかのような口調から一転して、比較的滑らかな、恐らく萌の素に近いのであろう口調で萌がしゃべり始めた。

 

「わからないかな」

「……?」

 

 今度は簪のほうが不思議そうな表情を浮かべるが、特に気にすることなく萌はしゃべり続ける。

 

「昔から特撮とかロボットとかは好きだったし、ISもその延長線上にあるものみたいな感じで考えていた時は好きだったけど、いざ自分が関わるとさ。それに、俺の場合できる限り優等生にならないと何されるかわからないから勉強してる部分もあるし」

「…………」

 

 しまった。簪はとっさにそう思った。萌に関してこの約2ヶ月間、メディアからは否定的な論調を呈され、特に女尊男卑の思想を強く持っている輩は中々激しい意見を提示しているというのは簪も知っていた。本来なら普通に高校に進学し、望み通りの生活を送っていたはずだった萌の人生をめちゃくちゃにしたのは間違いなくISだろう。IS学園にしろ、確かに世界トップレベルの倍率を誇り、ここに入学を許されただけで操縦者になるにしろならないにしろ将来の成功が約束されると言っても過言ではない学校ではあるが、周りが全員異性だとしたら簪には引きこもる自信があった。そんな状況になっている原因であるISが好きかなどという問いは問いにすらなっていない。

 それに加え、ネットでもよく言われていることがあった。

 

 2人目の男性操縦者、焔萌の将来は暗いと。

 

 簪は更識の人間ではあるものの、政治などに関する造詣はそこまで深くないが、それでも今のこの世界において男性操縦者というものにどれだけの価値があるかというのは流石に理解している。それを手中に収める為ならば、どれほど危険な手であっても使う価値があるという事も。

 1人目の男性操縦者、織斑一夏には織斑千冬という強すぎる後ろ盾がある。織斑千冬と言えば、ISの世界大会、モンドグロッソの初代優勝者であり、その圧倒的な戦績から現役から一歩退き教鞭を振るっている今なお世界最強は彼女であるという呼び声も高い。そんな彼女の肉親に手を出そうとするものなど余程の馬鹿としか言いようがないだろう。

 では、焔萌はどうか。

 何もないのだ。焔萌は容姿こそ優れているが、それ以外は平平凡凡の生まれ育ちであり、後ろ盾などあるはずもない。陰謀論が好きなネット界隈特有の意見ではあるが、事故に見せかけてどこかの研究所の実験動物として使われるなどという噂すらある。

 

 そして、そんな状況の渦中にいる萌にとってそれらの声がどれだけ心を抉っているのか、自分が失態を犯すこと、織斑一夏に対して劣る部分があり、価値なしと見なされることをどれだけ恐れているかは想像に難くない。

 

 

 そう、焔萌は恐れているのだ。1人目と比較されることを。だからあのような常軌を逸している努力を行っているのだ。

 

「……わからないところあったら、聞いて」

「……ありがとう」

 

 自己満足なのかもしれない。勝手な自己投影なのかもしれない。けれども、簪には萌を放っておくという選択肢を取ることができなかった。萌から投げかけられた言葉は、どこか安心しているかのような気がした。

 

―・―・―・―

 

「焔君、もうアリーナを閉める時間ですよ? 訓練熱心なのは感心しますが、時間は守りましょうね」

「あ……す、すみません山田先生」

 

 その日の放課後、アリーナが閉まる時間になっても訓練を続けていた萌の下へ歩み寄っていたのはその日のアリーナ見回りの担当だった真耶だった。何をどう間違えても初心者がやるような訓練ではないそれを休むことなくずっと行い続けていた。最初の内は真耶も止めようとしたが、千冬に好きなようにやらせておけと言われた以上、別に違反しているわけでもないのに止めるという訳にもいかなかった。

 

「……焔君、少しいいですか?」

「なんですか?」

 

 しかし、真耶と千冬に相違点があるとしたら、それでも真耶は声をかけずにはいられなかったという事だ。

 

「確かに、焔君は織斑君と比べると社会的な立場は弱いかもしれません。けど、それでもこの学園にいる間は焔君の身の安全は私達が保証します。その後の進路だって、できる限りサポートします」

 

 だから、もう少し自分を大事にしてください。

 

 真耶のそんな言葉に対し、萌はしばらくの間きょとんとしたような表情を浮かべた後に、どこか疲れたような笑みを浮かべた。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 その表情が晴れることはなかった。

 

「けど、すみません。こうでもしてないと、落ち着かないんですよ。不安で」

「ですからそれは――」

「どんな理屈があってもです。それに、そうじゃなくても、俺がどんな状況に置かれているかは理解しているつもりです。これから負けたら死ぬかもしれない状況に身を置くかもしれないんです。死ぬほど準備するのに越したことはないんじゃないですか?」

 

 それだけ言うと、萌は「時間忘れてました。本当にすみません」とだけ言い残してアリーナを後にした。真耶もそれ以上言及することはできず、アリーナの確認をしてからアリーナを閉鎖し、帰路に就いた。

 

 

―・―・―・―

 

「あれ? 簪さん、何してたの?」

「……まぁ、色々」

 

 打鉄弐式の状態を確認し、途方に暮れては憂鬱な気持ちを抱えたまま自室へと戻る。そんな簪の放課後に変化が起こったのはオリエンテーションの翌日の事だった。

 整備室を出ると、萌がアリーナに繋がる通路の方から歩いてきた。疲労困憊という言葉が似合う様子の萌と偶然出くわしてしまった簪は居心地が悪そうに萌から視線をそらした。

 

「そっちこそ、何してたの?」

「千冬さんから特別に訓練機を一機貸してもらっててさ、それでずっと訓練してた」

 

 萌の発言に、簪は何か引っかかるものを覚えた。ほんの少しの間考えた後に原因が思い当たった簪は尋ねた。

 

「専用機は……?」

「え?」

「男性操縦者は、データ収集の名目で国から専用機が支給されるんじゃないの?」

 

 話題が話題だからか、若干苛立ちを孕んだ口調で簪が問いただすが、萌は少しの間考えた後に思い当たる節があったのか若干苦笑いを浮かべながらしゃべりだした。

 

「ああ、あれは一夏君だけだよ」

「え……?」

 

 絶句する簪に対して、萌は特に気にする様子もなくしゃべり続ける。

 

「ISは数に限りがあるんだから、能力のある人が持った方がいいのは当たり前でしょ。それに、男子操縦者の操縦データが目的ならどっちか1人でいいわけだし」

 

 違う、そんなわけがない。

 

 口にこそ出さなかったが、簪は即座にそう思った。2人目が現れた以上、織斑一夏だけが例外であるという事は考えにくい。ならば男性がISを操縦するためのメカニズムを解明するための操縦データはいくらあっても足りないだろう。それが一夏だけに専用機が配備される理由にはならない。

 

 前者にしてもそうだ。操縦技術の方は簪は知らないが、少なくとも知識面に関しては萌が一夏に劣っているという事はあり得ない。ISの参考書を電話帳と間違えて捨てる。代表候補生という言葉すら知らない。教室で勝手に聞こえてくるそんな噂話が事実だとすれば両者の知識量には天と地ほどの差があるだろう。

 

 そして、あれだけ努力している萌がそんなことをわからないはずがない。

 

 簪は、自分が言いようのない怒りを抱いていることを覚えた。

 

「どうして……?」

「ん?」

「何も、思わないの?」

 

 わかっている、萌ではなく一夏が優遇される理由は簡単だ。先に一夏が適合したから、そして姉に織斑千冬という存在がいるからだ。既に来週には白式が正式に一夏に配備されるという。そのスピードからして、男性操縦者用に専用機を配備するという話が決まった段階では萌はまだ適合検査すら受けていなかったのかもしれない。ISは世界に465機しか存在しないが、たった2人の男性操縦者にどちらかにしか専用機を渡さないなど不自然だ。

 まるで陰謀論を熱心に信じる活動家のように簪の中で想像上の悪意が膨らんでいくのを打ち切ったのは、焔の一言だった。

 

「何も思わないって言ったら嘘になるけどさ――」

 

 何かに期待するの、疲れたんだ。

 

 

 その一言にどれだけの思いが籠っていたのか。それを口にする萌の表情があまりにも暗く淀んでいたことに息を呑んだ。しかし、そんな雰囲気を霧散させるかのように、先程までの雰囲気を微塵も感じさせない苦笑いを浮かべながら再び萌はしゃべり始めた。

 

「……何か、ごめんね」

「いや、そんなこと……」

「何か、思い悩んでたんでしょ? ……こんな話、するんじゃなかったね」

 

 違う、何故私を気遣うんだ。こんな、何の長所もないのにみっともない意地で無様を晒している私を。

 そんな簪の思いが口から出ることはなかった。

 

「それじゃ、また明日ね。簪さん」

「あ……」

 

 それだけ言い残した萌は簪から背を向け、疲労からくるものだろうか、どこか不自然な歩き方で萌は去っていった。その背に声をかけるだけの勇気は、簪にはまだなかった。

 

 




お礼とか謝罪とか色々言いたいことが多すぎるので活動報告にまとめてあります。

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