【完結】IS 亡国機業殲滅ルートRTA 男子チャート   作:sugar 9

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投稿頻度を上げるとはいったい何だったのか考えたら自我が崩壊したので初投稿です。オリキャラ出ますが今後多分出番はありません。


裏語 4

 真耶が萌と話をしてから数日後、真耶はとある居酒屋の個室にいた。真耶本人は下戸のためこういった場所との縁はあまりないが、相手方に誰にも聞かれる恐れのない場所で話がしたいと相談した結果この場所に案内されたのだ。

 そして、その相手は、国内のIS企業ではかなり名の知れている会社、在澤重工の現社長だった。

 

 在澤重工。 

 

 社長がかつて世界最強と比肩するほどのIS操縦者であったと同時に、こと武装面においては遠近問わず優れた装備を開発することに定評があり、国内でのIS企業の中では武装面の開発においては右に出るもののいない大企業。

 

 そんな大企業の社長、在澤 鷹見(ありさわ たかみ)。燃え上がるような赤い髪と、左頬から首にかけてを覆う痛々しい火傷の痕が目を引く彼女は、机に置かれた資料に目を通し、愉快そうに目を細めながらやけど痕をなぞった。

 

「ふふ、それで私に頼み込んできたという訳か」

「……はい」

 

 真耶と鷹見の関係は決して浅いものではなかった。互いに大量の火器を利用した遠距離メインでの戦い方を得意とするIS操縦者であり、互いに同じ時期に代表候補生だった身であったため、ライバルであると同時に親交も深かった。成績面から見た実力としては鷹見のほうが上だったかもしれないが、彼女達が現役だった時代はまだまだ十分なノウハウも築かれていなかった時代だ。ほんの少しの気づきで数日前まで格下だったはずの操縦者が自分の上を行っていたなどという話も珍しくはなかった。故に、両者の間に身分による態度の違いなどと言ったものはあまりなかった。

 

「そうか……ふふ」

「な、何ですか」

「いや、存外教師をしているものだと思ってな。あの小さいコンペだけで震え上がっていた真耶がな……」

「い、いつの話をしているんですか!!」

 

 頬を膨らませる真耶に対して、鷹見は少しも悪びれる様子を見せず軽く笑った。しかし、そんな笑みはすぐに消え、瞬時にその一室の雰囲気は張り詰めたものとなった。急に切り替わった雰囲気に、真耶の表情が若干こわばるが、鷹見はそんなことは気にせずに話し始める。

 

「で、自分がどれだけ洒落にならないことをしているかという自覚はあるのか?」

「もちろんです、けど、大学の教授とかだって有望な研究員にはそれ相応の職場を紹介することだってあるじゃないですか」

「マンガの読みすぎだ」

 

 鷹見が額に手を置いた。正直、ここにきて話を聞いた時にはとんだ厄介ごとを持ち込んでくれたと思ったものだ。ISは現在でこそスポーツとして扱われているがその本質は兵器だ。それも全世界に467機しか存在しないというおまけ付きの。専用機を持つという事がどれほど重大な意義を持つことなのか、ましてやそれを一教師が贔屓で生徒を売り込むという事がどれほどの事か真耶が理解できていないはずがなかった。

 

「……事実どうなんだ。私達が見たのはお前との実技試験の映像だけだ。情報が足りん。慈善事業で専用機を出せるなどとは思うなよ」

「もちろん持ってきましたよ」

 

 もちろん、真耶は鷹見がそういう人間であるという事は十分に理解していた。実技試験が公開されると同時に、それまで一夏に自社の専用機や装備を売り込んでいた者達の大部分が(織斑一夏の専用機が早々に白式に決まったというのもあるだろうが)萌に標的を変えたというのは業界内では割と有名だ。

 しかし、その中には在澤重工の者は居なかった。ひそかに監視されていた萌のSNSアカウントでは萌が日々何気なく呟いていた事柄の大半が在澤重工のものであるにも関わらずだ。もちろん、この状況で在澤重工が一番に名乗りを上げれば、焔萌個人やIS委員会との癒着を疑われてしまうというのはあるが、それにしても不自然なほどに在澤重工は男子操縦者の件に関しては静観を決め込んでいた。

 しかし、現在澤重工の社長である在澤鷹見という女を知っている者にとってそれは何ら不思議なものではなかった。戦乙女にこそならなかったが、彼女の実力は本物だ。かつては織斑千冬とも肩を並べるほどの実力者であった彼女は、1つや2つの映像で操縦者を判断できるとは考えていなかった。それ以前に、この在澤鷹見は性別を判断材料とする気はさらさらなかった。

 

 だからこそ真耶はカバンから携帯端末を取り出した。恐らくはその中に萌の訓練時の映像が入っているのだろう。各国のIS企業に出せばしばらくは食うに困らないだろうほどには欲しがられている情報が。

 

 そして現状、IS学園では暗黙の了解で完全にアウトとされている行為である。

 

 張り詰めた雰囲気が霧散し、鷹見が再び額に手を当てた。

 

「……お前マジか」

「……私の教え子の様子を飲み屋での何気ない一幕で友達に伝えるだけなのでセーフです」

「お前のクラスに居るのは千冬の方のだろ」

 

 詭弁もいい所である。というか詭弁にすらなっていない。

 鷹見は僅かながらに驚いていた。真耶はそれは確かに気弱を絵に描いたような女性であるし、押しに弱いのは鷹見も知っていた。しかし、それでも線引きはしっかりとしており、越えてはいけない一線を越えるなどということは余程のことが無い限りはしない女性だ。少なくとも、何なら首すら余裕で飛ぶような他人贔屓をするような女性ではなかった。

 

「……そこまでする価値があるのか? そいつは」

「少なくとも、私はあると思っています。男とか女とかそういうフィルターをかけるべきではないくらいには」

 

 そういって真耶はちょうど鷹見にしか見えないような角度で端末の画面を見せた。

 

 映っていたのは、萌の訓練時の様子だった。訓練の種目はISの操縦トレーニング。仮想敵から撃ち出されるレーザー光線を一定時間躱し続けるというものだ。IS学園の訓練メニューの作成に関しては鷹見も意見を求められたことがあったため覚えがあった。

 レーザーの密度から見るに難易度は最上級。代表候補生レベルの訓練を想定して作成したものだ。

 

「……なぁ、真耶。こいつ人間か?」

「織斑先生曰く、『人間死ぬ気になれば案外なんでもできる』らしいです」

「あんな人外の意見真に受けてどうする」

 

 萌はその訓練を3時間、エネルギーの補給の時間を除けばぶっ通しで続けていた。一度の休憩をはさむこともなく、ただ只管に訓練を受けていた。

 それだけではなく、その訓練の中で、萌は見る見るうちに成長していった。一撃貰うごとに動きを微調整し、最適化していく。まるで人工知能か何かを彷彿とさせるほどにその成長は効率的であった。

 

「ふむ……いいだろう。オファーを出そう。受けるかどうかはそいつ次第になるが、それでいいな?」

「っ! ……はい!」

 

 確かに、一教師としてみるならば特定の生徒に肩入れするなどあってはならない事である。特に彼女が勤める学校は世界で唯一のIS専門校IS学園だ。しかし、どうしようもなくお人好しな彼女には萌の置かれている現状が我慢ならなかったのだろう。

 

「まぁ、私も胸糞悪い話は嫌いだからな」

 

 まるで自分に言い訳をするかのように、鷹見はそう呟いた。

 

 

 

―・―・―・―

 

「簪さん、少し良い?」

「何?」

 

 オリエンテーションから1週間。1年生の間では1組の代表候補生の座を巡って、織斑一夏とイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットが決闘を行うという話題でもちきりになっていた。

 簪と萌の仲はそれなりによくなっていた。人というのは複雑なようで単純なもので、ふとした会話で簪が零した好きな特撮が萌もファンだったのだ。そこから会話が弾んでいき、今では趣味以外の話も普通に話す程度の仲になっている。

 

「今週末の1組の代表選抜戦、一緒に見に行かない?」

「嫌。…………あっ」

 

 萌の提案に対してとっさに口から出た言葉は簪も意図しなかったもので、もはや反射の域で口から飛び出したものだった。とっさに口を手で塞いだが、後の祭りというものだった。

 

「そっか、ごめんね」

 

 そんな風ににべもなく断った簪に対して、萌は特に気にする様子も見せずに予習に戻った。しかし、簪はこの1週間、彼女の幼馴染である布仏本音に「わー明日はねるねるねるねの雨だー」と言わせるくらいには珍しく萌とコミュニケーションをとっていた。

 そしてそんな簪だからこそわかる。目の前の焔萌という男はとにかく自分の事を表に出さない男だという事を。どんな嫌なことがあったとしても、仕方ないだの相手方にも事情があったかもしれないだの、そんなふざけた言い訳で本当に済ませてしまう男だと。彼がおかれた環境が歪めてしまった自己犠牲精神は彼がどんなに傷ついていたとしてもそれを表に出すようなことはしない。

 

「……やっぱり行く」

「え? 別に行きたくないなら行かなくても」

「行く」

 

 故に、自分の矜持の為に勝手に自分を苦境に追い込んで、(いくらへらへら笑っていたとしてもちょっと頭がおかしくなるレベルでキレそうな噂が流れてきたとしても)元凶に対して自分勝手に僻みやらなんやらの感情を向けているだけの自分が我慢する番だ。簪はそう判断した。

 

 

―・―・―・―

 

 

(来なきゃよかった……)

 

 簪はアリーナの席に着いてから2秒でそう思った。ISの決闘自体は別に構わない。この学園に来て以降、ISが実際に動いている姿を見ることは全く珍しいものではなくなったが、代表候補生であり、専用機保持者でもあるセシリア・オルコットの操縦を生で見る機会はそうそうないからだ。

 

 ただ、

 

「ねぇねぇ焔君」

「萌君」

「焔ちゃん」

「ほむほむ~」

 

 うるっっさいのである。簪の隣にいる萌に言い寄る女子たちが。確かに、萌の容姿は非常に優れている。正直何のメイクもしていない現段階でもアイドルとしてステージに立っても違和感がないだろうというほどには。しかも萌はその自己犠牲精神にあふれた性格からか、それとも変なトラブルを招かないためか、彼女達1人1人に対して丁寧に受け答えしていたのだ。

 しかし、それにしたって彼女達の目当ては織斑一夏のはずだ。にも拘らず席が近かったというだけで萌に言い寄るのはどうなんだと簪は思わずにはいられなかった。

 

(萌がどんな状況にいるのかも知らないくせに……)

 

 例え内心でそう思っていたとしても、本来大人しく、こんな人ごみに来ることなどほとんどない簪にそんなことを表立っていう度胸などあるはずもなく、彼女の幼馴染である布仏本音を引っぺがすのが精いっぱいだった。

 

 

 そんなことを続けているうちに、セシリアがアリーナに入場した。その身には既に彼女の専用機「ブルーティアーズ」が装着されており、顔つきからは気合十分といった様子が見て取れた。

 そして、それに若干遅れる形で、一夏がアリーナに彼の専用機、「白式」を纏った状態で入場した。

 

「…………」

 

 白式を見るだけで、簪は自分の心がささくれ立つのを感じた。アレさえなければ、あいつさえいなければ、そんな思いを抱かずにはいられなかった。

 

「逃げずに来たことだけは誉めて差し上げますわ」

「そりゃどうも。萌に言われてな。男子女子関係なくお前の努力を無碍にするようなことはしちゃいけないってのは俺でもわかる」

「まぁ、貴方よりもそちらの殿方のほうが戦いがいがありそうですわね」

「……現時点では返す言葉もねぇよ。けど、油断してるようならぶっ倒してやるからな!」

「口では何とでも言えますわ」

 

 両者が数言言葉を交わしたのちに、アリーナに試合開始を告げるブザーが鳴った。

 

 開幕と同時に攻め込んだのはセシリアの方だった。ブルーティアーズのメイン装備であるスターライトMkⅢによる射撃が一夏を射抜くと同時に試合が始まったと言っても過言ではない早撃ちだった。

 セシリアの専用機、ブルーティアーズは遠距離特化型の機体だ。しかし、操縦者のイメージインターフェースを利用した第3世代兵装の内の1つ「BT兵器」の試験機という意味合いが強い彼女の機体は、近距離武装を最低限しか搭載していないため、近距離戦では圧倒的な不利となってしまう。

 故に、最初から距離を置きISの戦闘どころか操作すら不慣れな一夏のシールドエネルギーをじわじわと削っていった。

 

 それに対する一夏は、セシリアのスターライトMkⅢの射撃を躱しながら物理ブレードを展開させた後、何度か切り込もうとしてはいるものの、セシリアの射撃への対応で精いっぱいであり、それ以上は何もできない状況が続いていた。

 その操縦能力はかなりお粗末なものであり、少しではあるが萌の訓練を見ていた簪からしてみれば、萌と一夏がぶつかれば10:0で萌が勝つだろうとひいき目なしに思えるほどであった。

 

(この1週間、何やってたんだろう……)

 

 ふと、簪は萌がこの試合をどんな気持ちで見ているのか気になったのか萌の方を向いた。

 

「…………」

 

 萌は、決闘の様子を穴が開かんばかりに見つめていた。試合が始まる前までは萌に話しかけていた女子たちが声をかけるのを憚る程度には集中していた。

 

 一体何が萌をそうさせるのか、簪がアリーナへと視線を戻すと、戦局は大勢こそ変わっていないものの、徐々にではあるが変化を見せていった。

 

「随分と……足掻きますのね!」

「当たり前だ!」

 

(対応、していっている……?)

 

 戦局が変わり始めたのは、セシリアがとどめとしてBT兵器を使用し始めてからだ。ブルーティアーズの第3世代兵装であるBT兵器は従来のISには不可能だった遠距離かつ多角的な攻撃を可能とするため、武装が近接ブレードしか存在しない一夏は為す術もなく完封されるはずだった。

 

 しかし、セシリアの練度故か、それとも開発途上のBT兵器の欠陥か、BT兵器を制御している間、セシリア自身は動くことができなくなっているようだった。それに加え、BT兵器の操作の簡略化のためにBT兵器の操縦をパターン化させていることに一夏が気が付いたのか、瞬く間に2機のBT兵器が撃墜されてしまった。

 

 それは、何をどう間違えてもISの操縦時間が1時間にも満たないものの動きではなかった。

 

(才能、か……)

 

 動きが目に見えてよくなっていく一夏に対し、簪の周囲では流石は織斑先生の弟だ。などと言った声が上がっていた。事実、簪もそう思わずにはいられなかった。そして、そんな男といずれはぶつからなければならない時もあるからこそ、萌は不安も恐怖も押し殺して一夏の一挙一動を観察しているのだと。

 

「あ」

 

 ふと、そんな声が漏れた。BT兵器を全て撃墜した一夏がセシリアへと突貫した結果、残されていた2機のBT兵器に搭載されていたミサイルがものの見事に直撃したのだ。序盤にかなりシールドエネルギーを削られていたから、あれは耐えられないだろう。簪はそう判断したのだが、試合終了を告げるブザーが鳴る様子はなかった。

 

 簪が疑問に思った刹那、ミサイルの爆炎の中から装いを新たにした白式を纏った一夏がセシリアへ向けて突貫した。会場が驚きの声で埋まる中、簪も思考を巡らせていた。

 

二次移行(セカンドシフト)……いや、流石にあり得ない。じゃあ、一次移行(ファーストシフト)? 今まで初期設定で戦ってたの!?)

 

 本来、ISの専用機というものは搭乗者のデータを入力する『初期化(パーソナライズ)』とそれによって機能を整理する『最適化(フィッティング)』によって一次移行を果たし、初めてその操縦者の専用機となる。その際にもISの形状は変化するため、一夏の現状は説明できる。

 

 だが、説明できないのはこれまで訓練機同然の機体で織斑一夏が代表候補生と戦っていたという事だ。それはもはや、単純な才能という言葉一つで説明していい事ではない。

 それは、かの篠ノ之束や織斑千冬と同じ、天災としか表現しようがない域での才能が無ければ説明できない事だった。

 

 とどめを刺すための奥の手だった最後のBT兵器を使ってしまったセシリアの下へエネルギーで構成された刃でスターライトMkⅢによる射撃を切り裂きながら突貫する。

 決まった。誰もがそう思ったとき、

 

 試合終了を告げるブザーが鳴り響き、セシリアの勝利が宣言された。

 

「…………は?」

 

 後に、白式の単一仕様能力(ワンオフアビリティ―)による自滅だと知らされるが、この時そんな声を上げた簪を責められる者はいないだろう。

 

 

―・―・―・―

 

 

「すごかったね、簪さん」

「…………」

 

 1組の代表選抜戦の帰路を、簪は萌と共に歩いていた。特に理由があったわけではないのだが、特に別れる理由もなかったため、何となく。と言った感じだった。

 簪は萌の方をチラチラと覗き見るが、萌がそれに気づく様子はない。すれ違うたびに声をかけてくる女子たちへの対応で精いっぱいのようだ。普段は何処で身に着けたのか簪でも気になるレベルの身のこなしで移動しているが、今は簪と一緒のためそういう訳にもいかないようだ。

 

(何も、思わないのかな……)

 

 人を見る目に自信があるわけではない簪から見ても分かる。織斑一夏は天才だ。流石はあの世界最強の弟、という言葉では収まらない才能を持っている。

 そんな一夏と、これから萌は比べられ続けることとなるのだ。

 

「……どうかした?」

「え、何?」

「いや、何か思い悩んでいるみたいだったから」

「ううん、なんでもない」

 

 顔に出てしまっていたようだ。簪は首を横に振ると、視線を前へと向けた。萌も言われてしまった以上それ以上言及する気はないのか、しゃべることはなかった。

 簪は少し考えた後に、一つ息を吸って、唐突にしゃべり始めた。

 ここでこれを喋ることに意味はないのかもしれない。萌にとっても迷惑になるかもしれない。

 それでも、簪は、萌には知っておいて欲しかったのだ。

 

「私も、専用機持ってるんだ」

「え、そうなの?」

「ん、まだ完成してないの。開発元の倉持技研が白式の開発と調整にかかりきりになっちゃったから……」

「あー……そうなんだ」

 

 萌は何処か居心地が悪そうな苦笑いを浮かべた。しかし、そんな萌の様子を気にする様子もなく、簪は勢い任せにしゃべり続けた。嫌われてしまうかもしれない。それでも、萌には知ってほしかった。比較されることを恐れず、自分に出来ることを必死にやる萌に知ってほしかったのだ。

 

「だから、私は織斑一夏が苦手……ううん、嫌いなんだと思う」

「……じゃあ、いつも整備室にいたのも」

「私の専用機を、私1人で完成させるため」

「え……先輩とかに手伝ってもらわないの?」

「うん、それだと、姉さんに追いつけないから……」

 

 簪は、自分自身に驚いていた。これまでは梃子でも他人に対して話すことは無かったことが、萌を相手にしているとするすると抵抗なく話せていることに。萌は少し考えた後にふと気が付いたかのようにしゃべり始めた。

 

「お姉さんって、もしかして楯無先輩?」

「っ……姉さんのこと、知ってるの?」

 

 動揺した簪は少しではあるが怯えを孕んだ表情で萌の方を向いた。

 

「知ってるっていうか、押しかけられたっていうか……」

「ああ、そういう……」

 

 簪は落ち着きを取り戻し、納得した。簪の姉である楯無は更識の現当主だ。織斑一夏と違って立場が非常に弱い萌に声をかけていないわけがない。やりようによっては強力な交渉材料にもなりえるのだから。あの姉は若干やりすぎなコミュニケーションでも取ったのだろう。

 そして、続けざまに、ある疑問が浮かんだ。浮かんだだけでも怖気が走るような疑問だったが、それでも簪には問いかけずにはいられなかった。

 

「じゃあ……私に話しかけたのも、姉さんに言われたから?」

「え? 何でそうなるの?」

 

 萌は、きょとんとした表情を浮かべた。基本的に内向的な性格の為他人の機微を察するのは得意ではない簪であっても「あ、これは違うな」と確信できる程度には。

 

「俺が簪さんに話しかけたのに、理由なんてないよ」

「そっか……」

 

 萌は再び少し考えた後に、言葉を選ぶかのような口調で喋り始めた。

 

「まぁ、この先1年は隣同士なんだし、こうやって喋れるくらいには、仲良くなりたかったからさ」

「……何それ」

 

 そう言う萌の若干照れくさそうな笑顔がひどく眩しいもののように感じられた簪は、ただ一言、笑みを浮かべながらそう呟くのだった。

 

「あ、話遮ってごめん」

「ううん、いい。聞いて欲しかっただけだから」

 

 そのまま、2人は何という事もない雑談を続けて寮へと向かった。

 

 




次回も裏語です()
再走案件ですねこれは……

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