神谷美羽は修羅場を招く   作:大庭葉蔵

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東郷さんの視点を書く時はカタカナを絶対に使わないよう注意しています。もし、作者が東郷さんの視点でこれからカタカナを使うときは誤字だと思って報告してくれると泣いて喜びます。その他の感想でも何でも、作者は泣いて喜びます。未熟な文章ですけれど、見てくれている人がいるのは非常に嬉しいことです。泣いて喜びます。


東郷美森は二人の天女を見た。

 

 理性と本能というのは本来、共存できない。共存できない二つの存在が、人間という小さな肉体に収まっているのだ。

 

 私はできるだけ多くの美少女に愛されたい、できるだけ多くの美少女を愛したいという業の深い本能を抱えているが、それと同時に美少女の純情を弄んでまで本能を優先する私を嫌悪している理性がある。

 

 本能が唸りを上げる頃には理性は鳴りを潜め、理性が呻きを上げる頃、本能は息を潜めていた。

 

 私は、私が嫌いだ。理性がそう訴える。

 

 私は、私の思う通りの事を成せばいい。本能がそう囁く。

 

 二つの声を聞く私は、一体誰なのだろう。

 

 私は、神谷美羽なのか? なら、私の本能は誰だ、私の理性は誰だ。私は、私なのか? 個人は一人しか居ないのに、なぜ私は誰かも知らない私に苛まれているのだろう。

 

 私には私が一番分からない。

 

 

 

 私、東郷美森が初めて二人の姿を見たとき、神樹様が二人の天女を使わしたのかと思ったほどの衝撃が走りました。

 

 嗚呼、なんて綺麗な二人なのだろう。それはまさしく、崇拝に値するのではないだろうか。

 

 嗚呼、なんて優しい二人なのだろう。二人は私と友達となり、二人は、私のためにこの町を案内してくれると言った。

 

 私は、脚が動かない事も忘れて、今にも走り出しそうだった。

 

 身体が軽い。頭が浮いているようだ。脳みそが、何か心地よい何かに浸かっているような気分が私を包んでいた。

 

 一人目の天女、結城友奈ちゃんは私の後ろに立って、車椅子を押してくれた。

 車椅子の押し方を知っているかのような、手慣れた様子で私を押してくれる。看護師や、両親よりも優しいその手つきは、私を完全に安心させていた。安心して背中を預けられる。きっと、彼女が引いてくれる車椅子ならそのまま寝てしまえる程だろう。

 

 二人目の天女、神谷美羽ちゃんは、私の左側に立って歩いていた。

 嗚呼、彼女はもはや言葉に表す事も出来ない。嗚呼、彼女は素晴らしい。彼女は素敵だ。

 

 彼女の長い髪が揺れるたび、甘い香りが私の嗅覚を支配した。

 

 彼女の美しい声が空気を振動させるたび、私の聴覚を支配した。

 

 彼女の、その完成された姿が一度この瞳に映れば、私の目は彼女の姿を離さなかった。彼女は、私の視覚さえも支配していたのだ。

 

 彼女の身体に抱きついて、私の触覚を満たして欲しい。彼女の、あの官能的な唇を貪って、口腔を犯し尽くして、私の味覚を支配して欲しい。

 

 彼女に、彼女という底のない甘美なる沼に、私は浸かっているような気がしていた。それと同時に私は、その沼から抜ける事など出来ないというのを悟ってしまっていた。

 

 時間は矢の如き速さで過ぎていった。気づけばもう太陽は傾いてしまい、夕日が大地を薄く照らしていた。

 

 早い、それはあまりにも早い。今までの人生で最も満ち足りた時間だったというのに、もう終わってしまった。

 

 彼女達とはまた会えるだろうか。私は一人、布団の中で考えていた。静かな夜の中で、私は一人きりだった。

 

 夜の闇は私を覆い、少しの光も差してこない。思えば彼女達といた時は辺りがいつもより輝いていた。それはきっと、彼女たちが太陽だったからに他ならないのだろう。太陽が私たちに豊穣の恵みをもたらすように、彼女たちは私に恵みを与え、車椅子に未だ慣れない私の世界を明るく照らしてくれていたのだ。

 

 ならば夜はいわば、太陽のない世界だった。

 

 私の部屋はどうしてこんなにも静かなのだろう。彼女たちと早咲きの桜を見ていたときにはもっと、煌びやかな桜の花と、華やかな彼女たちの笑い声があったというのに。

 

 どうして私の隣に美羽ちゃんが居ないのだろう。

 ついさっきまでは、隣にいた。私の視覚と、聴覚と、嗅覚は未だに美羽ちゃんの幻覚を追っている。

 

 

 どうして、私の後ろには、あの可憐な桜のような少女、友奈ちゃんがいないのだろう。

 

 

 私が追っているのは、美羽ちゃんの影だけではなかった。私の身体は友奈ちゃんの影も同時に追っていたのだ。

 

 友奈ちゃんの姿を初めてこの目に焼き付けた時、とても可憐な美少女だと思った。天女だと思った。けれど、容姿的な美しさといえば、美羽ちゃんの方が断然上なのだと思っていた。どちらも同じ天女のような美しさだというのに、どこか違う。どこが違うのかと問われると、不思議と答えに詰まる。

 

 そして私は、一つの答えを見つけた。

 

 そもそも比べるという行為そのものが意味のない、おこがましい行為なのだということを。

 

 二人は全く違う人間だ。ならば比べる余地など初めからなかったはずなのだ。

 二人は崇拝されていても良い程に美しい。二人はあんなにも優しい。二人は、大事な大事な、愛しい友達だ。

 

 でも私は、記憶と脚を失ってからというもの、友達とはどんなものかも忘れてしまったらしい。

 

 友達は、直ぐそばに居てくれないと心が辛くなるものだっただろうか。友達は、私の心を掴んで離さないものだっただろうか。

 

 友達というのは、こんなにも愛おしいものだっただろうか。

 

 この1日で、私の中の友達という枠組みは崩壊してしまった。私は、彼女たちが居ないと胸が苦しい。彼女たちが今の私を作り上げた。嗚呼、彼女たちが欲しい。

 

 麻薬のように危険な、それでいて甘い、どこまでも身を落としてしまいそうな少女、神谷美羽が欲しい。

 

 いつのまにか私の心の深く底まで入り込んでしまった少女、この私に、未だかつてない幸福を与えたあの少女、結城友奈が欲しい。

 

 ああ、足りない。神谷美羽が足りない、結城友奈が足りない。彼女たちの声が、匂いが、もっと、もっと欲しい。

 

 彼女たちが、私には彼女たちが必要だった。あの幸福を味わったからには、あの砂糖のように甘い至福を味わってしまったからにはもう、それがない生活には戻れない。もう、戻りたくもない。

 

 ごめんなさい、途方もないくらいの強欲を抱えてしまって。ごめんなさい、ごめんなさい。

 

 いくら心の中で謝ったところでそれはもう、謝りとしての意味を持ってはいなかった。ごめんなさいと、いくら表面を固めても、胸に秘めるこの思いは隠せるほど小さくはなかった。

 

 一人は、寂しい。よく覚えていないけれど、一人になったのは随分と久しぶりだったような気がしてならない。

 

 明日よ来い、朝よ来い。一刻も早く、私を迎えに来い。私が、夜の寂しさに押し潰される前に……。

 

 その日の夜、私は寝ることができなかった。

 

 

 

「東郷さん、優しい人だったね」

 

 わたしは、美羽ちゃんの部屋の中で呟いた。

 彼女に家族は居ない。親戚も皆、彼女を置いて他界してしまった。そのおかげで、わたしはいつでも美羽ちゃんの家に泊まる事ができるが、またそのせいで美羽ちゃんは誰よりも愛情に飢えているのだと思う。

 

「そうだね。お淑やかで強かでもあった」

 

「自分の脚で走り出そうとするくらいだからね」

 

「多分、そんな一面があるから、あんなにも強かに見えるんだよ」

 

 美羽ちゃんの言う通りだった。今日出会ったあの少女の目は力強く、生きる力に溢れていた。

 

 彼女、東郷美森の目は、他の人とは明らかに違っていた。初めて見た時、彼女の目は美羽ちゃんに魅入られた者の目をしていたと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 

 わたしは初め、彼女のことを間違いなく嫌っていたが、今ではそうでもなかった。

 それはわたしも体験したことのない事だったのだ。彼女の目は慈しみに似た何かで満ちていた。そしてその目は美羽ちゃんだけでなく、わたしにも向けられていた。

 

 でも彼女が彼女の家に帰るとき、彼女は捨てられた子犬のような目をしていた。そこが、なんというかこう、わたしの思いもよらない部分を刺激していた。

 

「心配、してるの? 今の友奈、心配してる顔だよ?」

 

「え……?」

 

 心配。思ってもみなかったが、それは的を得ているように感じた。わたしは、心配しているのだろうか。あの、他のとは違う少女を、狂愛に囚われていない彼女の事を……。

 

「ふふふ」

 

 美羽ちゃんがわたしに微笑んでいた。なんて可愛らしいのだろう、押し倒して欲しいのだろうか。

 

「美羽ちゃん、どうしたの?」

 

 キスして欲しいのかな? 

 

「てっきり私は、嫌がると思っていたよ。友達なんてのは」

 

 今だってきっと嫌だ。でも、ただ、彼女なら、東郷さんとなら仲良くできるような気がしていただけなのだと思う。

 

「美羽ちゃんが友達を欲しいと思うなら、その通りにするのが一番いい事だと、思う」

 

 わたしは酷い顔をしていたと思う。心にもない事を言って、美羽ちゃんを困らせてしまっているだろう。

 

「ごめん、友奈。ありがとう」

 

 美羽ちゃんがわたしの頭を撫でる。ああ、彼女は止まる事を知らない。放たれた矢のように、彼女は自らの思いのまま、突き進んでいた。

 

 彼女は明日も東郷さんの所へ行くのだろう。わたしを連れて。

 

 彼女は、わたしの思いを知っているはずなのだ。わたしが彼女以外の全人類を抹殺したい程に彼女を愛してるという事を。

 

 彼女はわたしだけを見てくれはしない。どうして、わたしだけを見てはくれないのだろう。わたしは、わたしはこんなにも、貴女だけを見て、貴女だけを感じているというのにどうして……。

 

 もう撫でてくれるだけでは、満足できなかった。わたしはもう、昔のわたしではない。わたしは、わたしという殻を破ってわたしになった。

 

 撫でるだけで満足するわたしは、もういない。

 

 わたしは彼女に抱きついて、ベッドに押し倒した。腰から肩に手を通し、彼女の胸に顔を埋めた。匂いが、彼女の匂いがわたしの鼻腔を通じて脳を揺らす。

 

 堪らない匂いだ。内なる獣性が彼女の服を剥げと叫ぶのを何とか堪えるのに必死だった。

 

「友奈……」

 

 彼女の手がわたしの後頭部に触れた。ゆっくりと撫でてくれていた。今なら、服に手を入れても許されるだろうか。

 

 

 わたしの理性が悲鳴を上げたその時、家のインターホンが鳴った。至福の時間を邪魔された怒りがふつふつと込み上げてくるが、むしろその怒りがわたしを冷静にさせた。

 

 この家のインターホンを鳴らす人間に、覚えはない。配達物は頼むはずもないし、回覧板はわたしの家に届くようになっている。

 

 当の美羽ちゃんも困惑した様子だった。ならば、彼女自身にも覚えはないのだろう。

 

 記憶を辿る、巡っていくと、心当たりが見つかった。東郷さんの母親、狂愛を眼に宿したあの卑しい女の姿が目に浮かんだ。

 

 間違いない。奴は、何か策を講じて、満を持して美羽ちゃんの前に現れるつもりだったのだ。だから、美羽ちゃんに東郷さんを差し向けた。己の都合のためだけに。

 

「無視しよう、美羽ちゃん。碌な事にはならないよ」

 

「でも、友奈のご両親かもしれない」

 

「それはないよ。今日は美羽ちゃんの家に泊まるって言ってきたから」

 

「そうだとしても、インターホンが鳴ってる。ドアスコープで覗いてみるくらいはいいでしょう?」

 

「まあ、そうだけど……」

 

 違和感、何かとてつもない違和感がある。しかし相変わらずインターホンはしつこく鳴っていた。イタズラにしてはやり過ぎだろう。

 

 

「あれ。誰もいない……」

 

 そう言って、美羽ちゃんが家の鍵に手を掛ける。外を見て改めて確認するつもりなのだろう。

 

 わたしの嫌な予感と違和感はそこで最高潮を迎えた。

 

「ダメ! 鍵を開けたら—————」

 

 

「こんばんは神谷さん。あら、結城さんも。お二人は仲がいいのね」

 

 時すでに遅し……。玄関の外には、奴が、あの狂気と狂愛に沈んだ東郷さんの母親が、下賎な視線を美羽ちゃんに向けていた。

 

 まさに、満を持して現れたのだ。




東郷さんの母親!名前はまだない!名前って、ありましたっけね。彼女、ぽっと出のモブキャラの癖に調子に乗ってますなぁ。嫌いじゃないですけれど。

いやぁ、ヤンデレは素晴らしいですよ。一度でいいから監禁されたい。可愛い女の子に限る。

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