そして、感想・誤字報告感謝です!
いやーUSJ編明けて思った以上にアギトが嫌われてて笑いましたwまあでも感想でも言われたとおり、魅力ある悪役というのもヒロアカの魅力ではあると思うので、精進致します!
休校明けて翌日、いつも通り登校してガラリと教室の扉を開ければ、既にもう結構な人数が登校していた。
「フジノンおはよー!」
「藤乃ちゃんおはよう!」
「おー天使。身体はもういいのか?」
口々に声を掛けてくれる方たちにおはようと大丈夫を笑顔で返しながら席についてカバンを置く。
一限目の授業は確か…と思い出しながら教材を準備していれば、遠くの席で透ちゃんが「ねえねえ昨日のニュース見たー?!」と興奮したような声が聞こえた。
昨日のニュース…街頭で見かけたあれではなく、おそらく夜のニュース番組で放映されたほうだろうと内容を思い出せば、確かコスチューム姿のクラスメートが映っていたはずだ。生憎私はあの時気絶していたので放映はされていないけれど、他の皆は写真が出ていたわね…と頭の中で昨日のニュースを思い返していれば、前の席で三奈ちゃんと梅雨ちゃんがホームルームを担当する教師は誰かという話をしている。
相澤先生は…首から上は私が治したとは言え両手足を負傷しているのだ。まだ入院中のはず、と思っていれば、梅雨ちゃんも同意見だったのか「誰がやるのかしらね?」と三奈ちゃんに返事をしていると、ガラリと教室の扉が開いた。
「おはようー」
そこから姿を表したのは、顔はいつもどおりだけれど両腕を三角帯で吊り足を引きずりながら歩いている相澤先生だった。
「「「「「相澤先生復帰早っ!!」」」」」
「先生無事だったのですね!」
飯田くんの大きな声が真後ろから聞こえてきて、あれは無事とは言わないのでは…?と思っていたらお茶子ちゃんが似たような内容を呟くのが聞こえた。
「俺の安否はどうでもいい。…何よりまだ、戦いは終わってねえ…!」
ゆっくりと教壇へ上がった先生が言う。皆がその言葉に緊張しているのを横目に見ながら、戦い…?戦いって――と思ったところで、ふとカレンダーが頭の中に浮かぶ。そういえばこの時期はもうすぐ……
「雄英体育祭が迫ってるッ!」
「「「「「クソ学校ぽいのキター!!」」」」」
先生の言葉に、やはりそうかと納得する。去年までは毎年観戦していたのだ。父も事務所への勧誘のために目を通していたし、何よりヒーローを目指すものとしては欠かせない行事である。昔からこの学校を目指していたけれど、今年からはまさか自分が出る方になるなんて…と何だか感慨深くなる。
ハイテンションな歓声をあげていた皆だったけれど、響香ちゃんの言葉にその歓声が鳴りを潜めた。
「
「また襲撃されたりしたら…」
響香ちゃんに続くように言う尾白くんの懸念ももっともだと思う。学校側も何か考えがあるんだろうけれど…と先生の言葉を待っていれば、ちゃんと説明があった。
「逆に開催することで、雄英の危機管理体制が盤石っていうのを示す考えらしい。警備も例年の5倍に強化するそうだ。何よりうちの体育祭は最大のチャンス。
うちの体育祭は日本のビッグイベントの一つ。かつては、オリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ全国が熱狂した。今は知っての通り、規模の人口も縮小し形骸化した…そして日本において今、かつてのオリンピックに代わるのが――雄英体育祭だ!」
プロヒーローを目指すなら必ず成果を残したいイベント、体育祭。
勿論スカウト目的で現役のプロヒーローも見ているそのお祭りで、如何に自分をアピールできるかによって今後の進路も変わってくる。
「当然、名のあるヒーロー事務所に入った方が経験値・話題性は高くなる。時間は有限。プロに見込まれれば、その場で将来が拓けるわけだ。年に1回…計3回だけのチャンス。ヒーローを志すなら絶対に外せないイベントだ。…その気があるなら準備は怠るな!」
「「「「「はい!」」」」」
そして、「ホームルームは以上だ」と教室を出ていく先生を追いかけて、私も教室を出た。
「相澤先生」
「天使?どうした」
「いえ、その…怪我を治させて頂けないかと…」
「お前これから授業だろう」
「あ、いえ、お昼休みにでもお時間頂けませんか?」
「それなら、まあ…」
「!ではお昼休みに職員室に伺いますね!」
「はぁ、わかった。…そうだ天使」
「はい?」
「頭の怪我治してくれたのはお前だってな。ありがとうな」
「そんなとんでもないっ。他のところを治療する前に気を失ってしまいましたし…」
先日の失態が脳裏によぎる。
「医者から聞いた。お前の治癒がなければ、目に何らかの障害を負っていた可能性があるってな」
「はい…私もお聞きしました」
「手足の怪我は酷いもののいずれは治る。だが障害が残った場合はそうもいかない。教師としては情けないが、ヒーローとしては感謝してるよ」
「っはい。本当にご無事で良かったです…!先生、あの時は助けていただいて、ありがとうございました!」
目一杯頭を下げてお礼を言えば、「顔を上げろ」と先生が言ったのでゆっくりと顔を上げて先生を見る。
「…警察やミッドナイト先生から話は聞いた。まああれだ、俺でもミッドナイトさんでもリカバリーガールでもいい。何かあったら頼れ」
「…はい!」
「それにお前に関しては6月の件もある。俺は今でも反対だが…まぁこれから約一月半、おそらく他のクラスの連中なんて比じゃないくらい忙しくなるぞ。気張れよ」
「はい!」
授業に遅れるからさっさと行け、という先生の言葉に、再度軽く頭を下げて踵を返す。
先生の言ったとおり、これから6月までは勉強に訓練にと慌ただしい日々になるだろうけど、今よりももっと強くなると決めたのだ。チヨ先生からの課題含めて、絶対にこなしてみせる…!と気合を入れながら教室に戻るのだった。
「はい、じゃあ宿題のプリントは次回の授業までにやっておいてねー」
セメントス先生の言葉を合図に、今日の日直の「起立」という言葉が聞こえて席から立ち上がり、礼をする。先生が教室を出た瞬間に途端ざわめく教室内。
ざわざわとした喧騒の中話題に上がるのは勿論体育祭のことだった。
話の輪に加わりたいなぁと思いつつも、今日は約束…というか用事があるので、誘ってくれる梅雨ちゃん達に断りを入れてランチボックス片手に教室を出た。
お昼を摂りに行く人の波を掻い潜りながら職員室まで向かえば、途中の廊下でばったりとオールマイトに会った。
「やぁ天使少女!」
「オールマイト先生、こんにちわ」
「おや、お昼かい?ちょうど良かった!……例の件について話があるから、お昼を一緒に食べないか?緑谷少年もこれから呼びに行こうと思っていたんだよ」
後半は声を潜めて伝えてくるオールマイトに、とうとうこの日が来たかと頷く。
「…なるほど、わかりました。ただすいません、これから相澤先生の怪我を治しに行くので、その後でも大丈夫でしょうか?」
「OH!本当に君は献身的だな!わかったとも!用事が終わったら、2Fにある仮眠室に来てくれるかい?場所はわかるかな?」
「ええと、はい、大丈夫かと」
「じゃ、私は緑谷少年を探してくるから、また後で会おう!HAHAHA!」
キラリと白い歯を輝かせて去っていくオールマイトと別れ、足早に職員室に向かう。
今まで出てきた情報の断片から、ぼんやりと察してはいるけれど、とうとう全容が明かされるドキドキを抑えながら職員室の扉をノックして「失礼します」と声を掛けて入室した。
「相澤先生」
「…本当に来たのか」
「ええ、お約束ですもの」
「はぁ…お前は全く。その怪我人を見るとどうにかしなきゃとなるのは父親譲りか」
「この前もおっしゃってましたけれど、父とお知り合いで?」
「まぁな。昔世話になった。というか、此処ら辺近郊のヒーローで世話になっていないヒーローはいないだろう」
思わぬ言葉に驚く。確かに父は医療系ヒーローとして有名だし、災害や怪我人が出れば直様駆けつけるけれど、まさかそんなに顔が広いとは。
「おお、Dr.ライトなら俺も面識あるぜェ!つーか、あそこ系列の病院はだいたいヒーローが世話になってるんだよな。セキュリティーもしっかりしてるからマスメディアも入れねえ!」
「マイク先生…ああ、そういうことですか。確かにうちの病院はセキュリティー高いですね」
「そんなわけで、ヒーローが怪我したりすると決まって系列の病院で世話になるから、必然的にお前の親父さんと接点を持つやつは多いって事だ。……場所変えるか?」
「ああ、いえ、そのままで。では足の患部から失礼しますね」
適当な椅子に足を乗せてもらって、ズボンを捲り包帯が巻いてある患部に手を翳す。既にある程度治療を受けた後だからなのか、翼を出さなくても治りそうだったのでそのまま光を集めて治療しながら、先生の言葉を頭の中で再生する。
《ヒーローで世話になっていない人はいない》か……。さらりと言われたその言葉だけれど、要はヒーローとはそれだけ怪我の多い仕事だという厳しさが含まれていた。そして、そんなヒーローを支える医療現場はもっと大変だということも。
私が目指す父のような医療系ヒーローは、普段のヒーロー活動に加えて医療行為も含まれる。個性には恵まれているものの、先日の一件を考えればまだまだ未熟。父の背中はまだっまだ遠いな…と内心苦笑いをしながら先生の治療を終え、包帯を外せば、傷一つない足が見えた。
「どうでしょうか、痛みますか?」
「いや、大したもんだ。ありがとうな」
「いえ、歩きにくそうだなと思ったゆえのお節介ですから。では腕を…」
「腕はいい。ヒーローならこれくらいの怪我はつきものだし、腕の方が骨折が酷かったらしくてな。プレートが入ってる。まっこの怪我を期にしばらくは兼業ヒーローを休んで教職に専念するさ。体育祭関連で忙しくなるしな」
「そうですか…わかりました。じゃあ、私はコレで」
傍らに置いたランチボックスを抱えて一礼し職員室を去ろうとすれば、背後から「天使」と名前を呼ばれたので振り返る。
「??」
「助かった。……だが、人よりやることが多いんだ、無理はするなよ」
「!…はいっ先生!それじゃあ、失礼しました!」
笑顔で先生に頷いて、職員室を出た。
「はぁー可愛いな天使ちゃん。『はいっ先生♪』だってヨォォオ!」
「山田、五月蝿い」
「本名で呼ぶなァ!…でもしかし、今どき見ないくらいの良い子だよなぁ…」
「…そうだな、若干良い子過ぎるきらいはあるが」
「あーそう言われればそうかァ?でもまあDr.ライトはいい娘を持ったもんだねえ」
「……ああ、まあな」
そんな会話が職員室で繰り広げられているのも知らずに歩く私は、次の目的地である仮眠室に向かっていた。
教員が使う部屋なので職員室から然程離れていない場所にあるそこに着けば、微かに中から人の声が聞こえて、既にお二人がいらっしゃるのを悟る。
コンコン、と軽快にノックすれば、「どうぞ」と中からオールマイトの声が聞こえたのでがらりと扉を開けた。
「!!ああ天使さん?!えっオールマイト一体…?!」
「遅れてすみません」
「やぁ天使少女。然程待っていないから大丈夫さ!お茶でいいかい?」
「まあ、お気遣いいただいてありがとうございます。頂きますわ」
とても驚いた様子の緑谷くん。彼の隣にある椅子に腰掛けてテーブルの上にランチボックスを置く。
「かなり驚かせてしまったみたいね。オールマイト先生…彼には話していなかったんですか?」
「HAHAHA!サプライズというやつさ!」
いつもの輝く笑顔で親指を立てながらそういう先生に、「さ、さぷらいず…?」と呆然としたように呟く緑谷くん。
「さて役者が揃ったから始めようか――」
筋骨隆々な姿から、いつか見たあの痩せた姿に変わり真剣な声で言うオールマイトに、さっそく本題に入るのかと背筋を正す。次の言葉を緊張しながら待っていれば……
「――ランチをねッ!!」
「……らっランチ…ですか…?」
「……まあ」
「嫌だなぁ緑谷少年!最初にお昼一緒に食べようって誘ったじゃないか!」
「そ、そうですけど…え?何か大事な話があったんじゃ…?」
「それは後で!さ、お腹ペコペコだろう?少年少女!先に腹ごしらえと行こうか!」
「ふふっそうですね」
「わ、わかりました!」
そうして先に昼食を摂ることになった。
私はいつもの自作弁当、緑谷くんは購買で買ったパン、そしてオールマイトはなんと…手作り弁当だった。だが、そのお弁当箱の大きさは成人男性にしては小さいけれど。
「先生、お料理されるんですね?」
「まあね、これでも独身生活が長いから自然とね」
「オッオールマイトの手料理……!美味しそうですね!」
「ハハッありがとう。どれ、食べざかりの少年に、少しおすそ分けだ」
言いながら唐揚げを一つ、お弁当の蓋にころんと置いて緑谷くんの前に差し出すオールマイト。確かに今日の緑谷くんの昼食はパンが二つと少し心もとないので、では私も、と先生の蓋の上に野菜の肉巻きを置いてあげる。
「ふおおお…!オールマイトの手料理と、女の子の手料理…!ハッ…!もしやこれは夢…?」
「ふふふっ大袈裟ねえ。あ、お箸はある?ないならこの予備のフォーク、使って?」
ケースからミニフォークを差し出せば、かなりどもった様子でお礼を言われたので、その様子が何だかおかしくてくすくす笑いながらどういたしましてを返す。
感激したように美味しい美味しいと若干涙ぐみながら言う緑谷くんに、オールマイトと二人笑いながら楽しい昼食を取り終わった後、オールマイトが入れてくれたお茶を頂きながら食後の一服をする。
「——さて、お腹も膨れたことだし、今日の本題に入ろうか」
温かい湯呑をテーブルの上に戻して、姿勢を正しながらオールマイトの話を聞く。
「まず緑谷少年、今この場に天使少女がいるのは、先日のUSJの件でも言ったとおり、天使少女が事情を知っているからだ」
「その、一体いつから…?」
「私が知ったのは、初めての戦闘訓練の時だったわ」
「!!結構最近じゃないですか!」
「私も聞くつもり、というか知るつもりはなかったのだけれど……あの日、緑谷くん個性の反動で怪我をしたでしょう?それで、治癒したいと言った私の言葉を先生は《授業中だから》と止められて、それで授業終了後様子を見にまっすぐ保健室に向かったの。そうしたらチヨ先生とオールマイト先生が話しているのを聞いてしまって…」
「そ、そんなことが…」
「後日時間をとるということでその時はその場を去ってもらったんだ。もっとも、私は話すつもりはなかったのだけれどね。ただ、リカバリーガールからある提案を受けたんだ」
「提案…?」
「彼女、天使少女を、緑谷少年…君の主治医にしてはどうかとね」
「はあああ?!」
驚いたように叫ぶ緑谷くんに、たしかに驚くわよね、と苦笑いを零す。主治医と聞くと、なんだか緑谷くんが重病でも患っているかのような印象を受けるけれど、でもまあ現状個性使用の反動で使うたびにあんな怪我をしているようじゃああながち主治医も間違っていないのではという気がしてくる。
「ここからは順を追って話そうか。まずは私のことから――」
そうしてオールマイトが話してくれたのはとても驚くべきことだった。
オールマイトの個性《
「――やはり、そうでしたか。あの時チヨ先生が言っていた『力を渡した愛弟子』という言葉がずっと引っかかっていまして…。この個性社会、本当に多種多様な個性がある中、他人に譲渡できるような個性があってもおかしくはありませんもの」
「やはり察しが良いね、天使少女」
「そして、今代の継承者とも言うべき存在が、緑谷くんなんですね?」
「ああ、そうだ…」
「ちなみに、その戦いの際に負った怪我というのはどの程度何でしょう?」
「…胃を全摘、呼吸器半壊だ」
あまりの怪我の酷さに眉をしかめる。そして先程の小さなお弁当箱を見て、なるほどと納得もした。胃の摘出手術を受けた患者さんは、胃という消化活動における重要な部位の内蔵を失ったことによりその食生活がかなり変わる。聞けば怪我を負ったのは6年前ということだし、今はもう落ち着いてるとは思うけれど、術後すぐの頃はかなり大変だったことだろうとその苦労を心のなかで偲ぶ。
「あの!天使さんの個性でオールマイトの身体を治したりとかは…!」
「緑谷少年…いいんだ」
「でも!」
「…残念ながら、私の個性ではどうにもできないわぁ。聞けば怪我を負われたのは6年前とのことですよね?私の個性は外傷なら治せますが、傷を負った当初ならともかく、そこまで時間が経っているともう私に出来ることはありません。現に、チヨ先生や父でもどうにもならなかったんですよね?」
静かに聞くと、「ああ」と一つ頷くオールマイト。緑谷くんが顔をうつむかせたのが視界の端でわかった。
「リカバリーガールの個性は言わずもがな、Dr.ライトの個性でも流石に臓器を復元したりは出来ないみたいでね。傷の治療や手術自体は彼を筆頭に医師たちが頑張ってくれたのだが…」
「そうですか…申し訳ありません、もっと力がアレば…!」
「HAHA、親子だねぇ。当時Dr.ライトにも似たようなことを言われたよ。いやいいんだ。この傷自体は私の油断が招いた結果でもあるしね」
油断?オールマイトほどの人が?疑問が浮かぶものの、その前にオールマイトが更に続ける。
「医師たちやリカバリーガール、Dr.ライトには感謝しているよ。術後のサポートもとても良くしてくれたからね」
「…そうですか…」
そこで、黙ってオールマイトの話を聞いていた緑谷くんが、顔を伏せ膝の上でギュッと拳を握り、それからゆっくりと私と視線を合わせた。
「僕、本当は無個性だったんだ…。それで、中学の時に縁があってオールマイトに救われて、そしてこの力を授かった。ヒーローに憧れて、けど無個性で…っそんな僕でもヒーローになれるって、君はヒーローになれるって初めて言ってくれた人なんだ…!」
「緑谷くん…オールマイトのこと、お力になれなくてごめんなさいね」
「いいんだ!僕こそ、無理を言ってごめん。…その、天使さんが主治医っていうのがいまいちまだわからないんだけど、それでも、君のそのすごい個性を僕に使ってサポートしてくれるということなら…!今はまだ借り物で、全然自分のものに出来ていない個性だけれど、自分のモノにできそうな気がするんだ!だから、どうか力を貸してくれませんか!!」
突然立ち上がりバッと勢いよく頭を下げる緑谷くん。ふわふわした黒緑色の旋毛を見ながら、「頭を上げて、緑谷くん」と声をかければ、おそるおそるといった感じで顔を上げる彼に、にっこりと笑いかける。
「頼まれずとも、するつもりだったのよ?」
「え?」
「個性を使うたびにあんな酷い怪我をされたんじゃあ医療に携わる者としては放っておけないし、それに嫌な言い方だけれど、個性を使って怪我を治療するというのは私自身の鍛錬にもなりますから、ね?」
「天使さん…!」
「丁度体育祭もありますし、二人で個性を使いこなせるように修行しましょう!」
「うんッ!!」
「あ、ただ、主治医なんて仰々しい役職がついてしまったけれど、きっと期間限定になるわね」
「?えっと…?」
「だって、すぐとは言わないけれど、いつかはちゃんと使いこなせるようになるでしょう?」
「!…勿論っ!!」
目を輝かせて返事をする緑谷くんに私も笑顔を返して、そして一拍置いてから今度はオールマイトに向かい口を開いた。
「先生や緑谷くんのこと、お話はわかりました。…それで、現状先生の活動時間というのは一体どれほどのものなんでしょうか?」
「…50分前後だ」
「50分前後?!そんな…」
「まあ、無茶が続いてね……あの脳無とやらも手強い相手だった、痛かったし…。マッスルフォーム…ああ、あのいつもの私の姿のことね。それはギリギリ1時間半くらい維持できる感じ」
「そんなに短いんですね…」
聞けば緑谷くんと出会った当初は3時間ほどはあったそうだ。しかし徐々に衰退していく身体と先日の襲撃事件の無理が祟って今はもうその時間しかヒーロー活動は出来ないらしい。聞きながら、改めて秘密の重大さに胸がずんと重くなるような感じがした。元より話すつもりはないけれど、本当に厳重に管理しなきゃいけない秘密だ。平和の象徴が今やそれほどまでに衰弱しているとは、ヒーローにもましてや
「それより緑谷少年…体育祭のことなんだが…」
「はい?」
「君自身まだOFAの調節できないだろう?どうしようか?」
「それは……あ、でも一回!あの脳みそ
「OH!そういや言ってたな!何が違ったんだろう?」
「違い?…今まで僕が使ってきたOFAと明らかに違った点があるとすれば……僕はこの力を、初めて人に使おうとしました…!」
ぎゅっと握った拳を見つめながら言う緑谷くんに、顎に手を当てて考えるような仕草でオールマイトが呟いた。
「無意識的にブレーキをかけることに成功した感じか……何にせよ、進展したね。良かった」
そしてそのまま立ち上がり、部屋の窓から外を見て、厳かな声で話し出す。
「ぶっちゃけ、私が平和の象徴として立っていられる時間て、実はそんなに長くない」
「そんな…」
「そして、悪意を蓄えているやつの中に、それに気づき始めているものがいる」
それは、先日の襲撃事件のことだろうかと思い当たる。あの時、死柄木が言っていた`アイツ`というまるで情報提供者がいるような口ぶり、そして紅魔が言っていた`先生`。いずれにしても、オールマイトの言うように気づき始めている
「君に力を授けたのは私を受け継いでほしいからだ。出会ったときの君のあの思いは、今も君の中で紡がれているはず…そうだろう?」
「はい!!」
「ならば…それを示すときだ」
「…え?」
「雄英体育祭、プロヒーロー…いや全国が注目しているビッグイベント!今こうして話しているのは他でもない、次世代のオールマイト、平和の象徴の卵、緑谷出久が…君が来たってことを世の中に知らしめて欲しい!」
青い目を爛々と輝かせながら緑谷くんにそういうオールマイト。姿は変わり身体は衰弱しても尚その覇気は健在で、緑谷くんと二人、一瞬のうちに雰囲気に圧倒されていれば、「まああれだ、天使くんという心強い味方もできたことだし、個性の調節頑張ろうか!」と先程のような明るい声で言ったことで、あっというまに先程の空気が消えた。
あまりの変わりように一瞬呆然としたものの、一つ息を吐いて落ち着かせ、そして笑顔で言う。
「ご期待に添えるよう尽力しますわ」
「天使さん、よろしくね!」
「ええ、よろしくね、緑谷くん。ああ、これもなにかの縁だから、出久くんと呼んでもいいかしら?」
「ええ?!」
「あらダメだった?なら、いずくん?みーくん?」
「いずッ…み…?!いやあの、出来ればデクと…!」
「ああ、そういえば勝くんとお茶子ちゃんはデクくんと呼んでいたわね、じゃあ、デクくん。改めて、この度緑谷出久くんの期間限定主治医になりました、天使藤乃です。よろしくね」
「よっよろしく天使さん!」
「ふふっ梅雨ちゃんじゃないけど、私も藤乃でいいのよ」
せっかくデクくんと呼ぶのだから、デクくんにもぜひ下の名前で、と提案をすれば、顔を真赤にして「え?!」だとか「ふっふふふふふじっ!?」だとか口から零れているデクくんの様子に、「慣れないうちは大丈夫。おいおい呼んでくれればいいから」と笑いかければ、ほっとしたように胸を撫で下ろすデクくん。何だか可愛い男の子だなあと思いながらくすくす笑っていると、ふとあることを思いつく。
「デクくん…個性の特訓のことだけれど、都合がいい日はある?」
「へ?」
「体育祭まではあまり時間も無いし、今できることで一番効率いいのはやはり実地訓練かしらと思って。申請さえすれば放課後に訓練場を借りることも出来るから、どうかしら?」
「へっいいの?!」
「勿論。体育祭本番はライバルだけれど、それまではお互いに切磋琢磨しましょう?」
「うん!あ、じゃあ日にちだけど…」
「うぉっほん。和気藹々と話しているところ悪いのだが、そろそろ昼休み終わるよ?」
オールマイトの言葉に時計を見れば、たしかにあと10分ほどでお昼休みが終わってしまう。なので、手早く連絡先だけ交換して、今日はお開きにすることにした。
一緒に仮眠室を出てきたデクくんは、お手洗いに寄ってから戻るということで途中で別れ、一人教室への道を歩く。
全貌を聞いた平和の象徴の秘密。次代の平和の象徴の主治医という立場。そしてそれに伴うデクくんの特訓相手。
ただでさえ時間が惜しいこの時期にとんでもないことになったなあと思いつつも、話を聞かないという選択肢も取れたはずの私。しかし、今日あの場でオールマイト先生の誘いに頷いて赴いたのは紛れもない私の意思で――。
「これも何かの縁、か…」
ぽつりと呟きながら教室への道をのんびりと歩く私だった。