「藤乃、もうすぐ着くよー」
お父さんの声でふっと現実に帰ってくる。いつの間にかうたた寝してしまっていたみたいで、車のルームミラー越しにお父さんと目が合って、その目が微笑ましいものを見たと言いたげに緩く弧を描く。
「流石僕たちの娘!難関雄英高校の入試だけど、全然緊張はしてないんだねえ」
「そんなことはないけれど…後は全力を出しきるだけだもの」
「まあ藤乃なら心配はないね。だって僕と母さんの娘だし!」
「ふふ、ありがとうお父さん」
父の信頼が嬉しくて笑みを浮かべながら走る車の窓の外を見れば、歩道には多種多様な制服を纏った学生たちが同じ方向に歩いている。私達が向かっている方向と同じなので、きっと同じく雄英を受験する生徒だろう。
気づけばあと200mもないところに巨大な建物と長い長い外壁が見え始めた。人の波も送迎の車も増えてきて、これ以上進むと、私はいいけれどお父さんの車が出られなくなるかもしれない。
「お父さん、ここでいいわ」
「え?正門まで行かなくていいのかい?」
「人も車も多くなってきたし、車出られなくなっちゃうよ?ここから歩くことにするね」
「そうか……あ、さっきも言ったけど、帰りは
鞄の中から入試のプログラムを取り出して確認すれば、午前からお昼休憩を挟みながら5教科の筆記試験、そして実技試験で終了時刻が16時と記載している。
「試験終了が16時だから、16時半くらいがいいかな」
「了解。じゃあそれくらいに来てもらえるよう連絡入れとくよ」
「うん、お願いするね」
昨日から何回もした荷物の確認をざっとして、首にお気に入りの白いマフラーを巻く。季節は2月。まだまだ肌寒い時期なので防寒はしっかりしないと。学校指定のコートのポケットから白い手袋を取り出して身につけてから車の外に出た。
「藤乃!」
いつの間にか助手席側の窓が開いてそこからお父さんが顔を覗かせる。
「全力でやっておいで!」
「…うん!いってきます!」
お父さんの声援に笑顔で応えて、カバンの紐をギュっと握って歩き出した。
塀沿いに歩いていけばほどなく正門らしきところが見えてきた。学生服の人の波も吸い込まれるようにそこに向かっていて、少しだけドキドキしてくる。後少しで正門だという距離で、私の数歩前を歩いてる黒い背中、おそらく学ランだろうか。その背中の上にいつか見た自分とは違う金色が見えて思わず足が止まる。
「(え…)」
金色の彼は、知り合いだろうか、正門前で佇んでいた緑色の髪のふわふわした頭の男の子を一瞥?した後、緑の彼に背を向けて正門をくぐろうとしたその時、ちょうど横を向いた彼とばちりと目が合った。
いきなりのことで特に反応を返せずにいれば、少しだけ目を見開いてそのまま行ってしまった。
あの反応は、覚えていてくれたのだろうか。ほんの少しだけ期待をいだきつつ再び足を動かして正門に向かう。そして、門を潜ろうとしたところで件の緑髪の男の子が転けそうになって思わず手を出そうとしたところで、茶色髪の女の子の個性で事なきを得、そっと手を下ろして改めて正門をくぐって雄英高校の敷地に足を踏み入れた。
「今問題用紙と答案用紙を配ってますので少々お待ちください」
早いものでもう5教科目。これが筆記最後で、このあとは実技試験。今は試験3分前で係の方が受験生それぞれに答案用紙を配っているのを眺めていれば、隣の席からなんだか焦ったような小さい声が聞こえた。
「げっ鉛筆削るの忘れた……無事なのは……やべえ、無ぇ…!」
どうやら芯が折れて使える鉛筆が無いらしい赤い髪の男の子は、必死にペンケースやカバンを探しているもののどうやら予備は無さそうだ。
「あの…」
「!あ、すっすいません!煩かったっすか?」
「これ、良ければ使ってください」
自分のペンケースから予備の鉛筆を差し出せば、驚いたような顔で私の顔と鉛筆を交互に見ていて、ちらりと係の人を伺えばそろそろ用紙を配り終えて試験が始まりそうなので、有無を言わさず彼の手に鉛筆を握らせる。
「!え、あの」
「それでは最終教科の筆記試験開始します」
なにか言いたげではあったものの号令がかかったので前を向く。そして響く「始めてください」の合図でいっせいに試験用紙を捲り眼の前の問題に集中し始めた。
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「時間です、筆記具をおいてください。答案用紙は係の者が回収しますのでそのままでお願いします。では、この後講堂にてヒーロー科実技試験の説明がありますのでそちらにご移動お願いいたします」
係の人が言い終わるやいなや、筆記を終えたということで少しだけ緩んだ空気があちこちでし始める。
軽く荷物をまとめて、カバンにコート、マフラーと忘れ物が無いかを確認して席を立ったときに隣から「あの!」と声をかけられた。
「これ!めっちゃ助かった!あ、助かりました!ありがとう!」
「ふふ、お役に立てたようで良かった」
笑顔でどういたしましてを言って鉛筆を受け取る。
「いや本当にもう駄目かと思ってたから本当に助かった!お礼したいんだけど…!」
「大袈裟ねえ。お礼なんて別に大丈夫ですよ。それより、講堂に移動しませんか?」
カバンに鉛筆をしまって、荷物を手に持ちながら教室の出入り口を指させば慌てて荷物を纏め始める彼にクスリとひとつ笑いを零す。
なんとなく連れ立って教室を出れば、講堂へ向かう道すがら自己紹介が始まった。
「俺、結田付中の切島。切島鋭児郎!」
「聖グレイス女学院の天使藤乃です、よろしくお願いしますね、切島くん」
「よろしく!タメ口でいいって!…にしてもやっぱり聖女だったか。その制服有名だよな!」
「?そうなの?確かに歴史ある学校だから有名だけれど、制服も有名なのねえ」
歩きながら小声で世間話していたら、鉛筆のお礼にジュースを奢ってもらうことになってしまった。別にいいのにと言ったら、本当に助かったから!と。ずいぶん義理堅い人なんだなあと思いながら、それならこのあとの実技試験も頑張って
「そういえば天使さんは実技の会場は何処だったんだ?」
「私は……C、ですね。」
「そっか、俺はEなんだ。お互い頑張ろうな!」
「ええ、再会できるのを楽しみにしてるわ」
「じゃ、俺席こっちみたいだから」
「ええ、お互い全力を尽くしましょうね」
「おう!」
講堂の入り口で霧島くんと別れて、受験票の番号のの通りの席を探す。
自分の座席の下に荷物をおいてなんとなしに講堂を見渡せば、沢山の人が犇めくのにまだ部屋の広さに余裕を感じるから流石雄英高校…なんて感心しつつ、うちの学校の礼拝堂より大きいかしらと余所事を考えながらゆっくり見回していれば、ふと何故だか人の視線を感じるような。少し耳を済ませてヒソヒソ聞こえる声に意識を向ければ、「聖女」やら「綺麗」やらの単語が拾えて、なるほどこの制服は目立つのかと納得した。そういえばさっきも切島くんに制服が有名だと聞いたなぁなんてまた余所事に思考が飛びそうになった時、キーンとマイクに音が入った時独特の音が響いた。
まだ説明の段階ではあるけれど、いよいよ実技試験!と気持ちを入れ替え前を向いた。
どうでもいいメモ
癒手 治喜 ユデ ナオキ
個性:癒し手
ヒーロー名:按摩ヒーロー キュアハンド
26歳 独身 童顔
父のヒーロー事務所のサイドキック。
よくパシられる。