詐欺師さとりは騙したい   作:センゾー

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少女◼︎◼︎◼︎は騙したい


プロローグ【詐欺師◼︎◼︎は騙したい】

 詐欺師という職を、貴方達はどう思うだろうか。

 

 世の裏を可能な限り察知し、言葉巧みに人の心を弄って、虚構と欺瞞を以て利益を得る社会の悪。それが詐欺師だ。疑わせない事が肝要な行いであるが、皮肉な事に、疑いようもなく犯罪者である。

 

 どこかでミスをやらかして捕まれば、刑務所にぶち込まれ、臭い飯を食って、最近では快適な生活らしいが、刑期を終えるまで何もできずにいるだけになる。

 

 一度バレたらもう言葉に意味はなくなる。幾万も積み重ねた虚構は崩れ落ち、隠してきた痕跡は暴露され、そして言葉の鬼はただの人となる。

 

 詐欺師とは、ハイリスク・ハイリターンである。超ハイリスク・ハイリターンと言った方がいいだろうか。全てを失う可能性という谷を、言葉という綱で渡るのだ。愚かという他ない。馬鹿だ。愚昧だ。社会のドブの極め付けだ。

 それでも、やる。失敗しなければマイナスは発生しない。ギャンブルと同じで勝ち続ければ最強。詐欺師は皆傲慢だ。馬鹿だから。

 

 驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢の如し。猛き者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ。この世の条理を前にして、詐欺師の九割五分は敗れ去る。要するに逮捕だ。そして、四分九厘はロクな死に方をしない。裏社会に生きていてマトモな死に方をできるだなんて思ったか、馬鹿め。クズはクソみたいに死ぬ。取り敢えず死ねるだけ結構な事だ。

 

 ん? 残りの一厘はなんなのか、と?

 

 ご明察。この話の本題はそこだ。九割五分と四分九厘、合わせれば九割九分九厘。わかりやすく言えば、99.9%だ。さっきの話には残りの0.1%が欠けている。そして、その0.1%こそが私だ。つまり、先程の話は私の身の上話をするにあたっての前座だったというわけである。

 

 恐らくは、貴方達の誰もが、悪は滅びるべきだと思っているだろう。詐欺師などとっとと捕まってしまえばいいと。だから、先に謝罪しておこう。私は貴方達の願いを裏切った。

 

 詐欺師は悪だから地獄に行く。キリスト教のでも仏教のでもいいが、取り敢えず悪は地獄に行く。そして裁かれて、罰を受けるのだ。

 

 しかし、もし、その長い生涯を一度たりとも誰にも正体を知られず、暴かれず、その人自身しか詐欺師であると知らないままに、まるで凡人であるかのように終えた者がいたとしたら、その人を誰が悪とするのだろうか。そんな人がいたとしたら、たとえ悪事を働いたとしてもシュレーディンガーの猫のように善であり悪であるという状態、その真偽を問わず悪だと確定できないようになってしまいはしないだろうか。

 

 私がそうだ。私こそがそうなのだ。

 

 喜ぶべきか悲しむべきか、私には人を騙す才能が有った。長い人生を一度も誰にも私が詐欺師であるということを知られずに終えられるほどの才があってしまった。

 

 多くの人を騙した。多くの益を得た。暴かれぬ罪は重なり続け、その重さは最早量り切れないものと成り果てた。無神論者だったが、あの世というものがあるならば地獄に行くものと思っていた。そう思わざるを得ないだけのものだった。

 

 だが、その結末はそんなありふれたものでなく、奇妙極まるものだった。世界は私という例外を例外的に処理したのだと、今ではもう悟っている。さとりだけに。フフ、いや失敬。

 

 詰まるところ、私は死んだが、今地獄にはいない。私は、今でもこう言うのは少々抵抗があるが、そう、転生した。所謂、異世界転生というやつだ。それも中世ヨーロッパじみた魔法世界とか、意味不明に魔王がいる魔物だらけの世界とかではなく、生前から知る物語の世界に転生した。

 

 私は生前オタク文化に身を浸していた。だから、知っている。私が転生したのは東方projectの世界観だ。

 

 気が付けば私は幻想郷に生れ落ちていた。何を言っているのかわからないと思うが私にもわからない。地獄に行けない、だからといって天国にやるわけにもいかない。その判断の迷いどころはわかる。それで転生させようというのも百歩譲ってわからないでもない。だが、それでも転生先が幻想郷というのはわからない。

 

 しかも。しかも、だ。私の転生というのは通常の異世界転生のようなその体のままワープ的アレではなく、本当に新しい生命として生まれた。それも、東方project既存のキャラクターに。

 

 理解不能、この一言に尽きる。神という奴は実のところエロ同人作家か突飛な設定で二次創作を書く馬鹿なんじゃないかとすら思えてくる。

 

 そして、バカはこれだけで終わらない。私の転生先、それもまた問題だ。別に雛みたいに不幸なわけもないし、レティのように不遇でもない。チルノのように演じづらい馬鹿でもないし、レミリアのようなカリスマでもない。むしろ、逆だ。マイナスであることが問題なのではない。私に限ってはプラスであることが問題だ。

 

 私が転生したのは古明地さとり。心を読むさとり妖怪の少女である。

 

 馬鹿だろう。天性の詐欺師をさとりに転生って誰がうまいこと言えとじゃなくて、何故、詐欺師をさとりに入れた。鬼に金棒どころの話ではない。論外。選択の時まず除外すべき者を転生先と選んでいる。もし神がエロ同人作家ならTSものばっか書いてる奴、二次創作者なら安直な設定でやる馬鹿だ。それくらいのことが言えるくらいに狂った選択だと私は絶叫する。

 

 嗚呼、本当に何故なのか、未だに謎でしかない。

 

 ここまでされると逆に、罠かなにかなのでは、と疑いたくもなるし私は今も疑っている。だから、私は生き方を変えた。前世が完璧な悪だったという自覚はあるし、意味不明な選択に抗いたいので、私は生き方を変えたのだ。なるべく正しい事、善き事のために私の才と能力を使うと誓った。たまには悪事に使うが、それもやむを得ない事情のためだから許してほしい。私は善き人となったとも。本当に、ね。

 

 古明地さとりの中身が私という詐欺師である、この狂った状況が東方projectの正史であるのか。どうなのか、私は全く知らない。知りようがない。もしかしたら正史かもしれないし、IFの物語かもしれない。いつになっても、箱庭の中の少女は箱の形を知ることはできない。だから、私は東方projectに沿ったさとりであるように生きてきた。

 

 もし、この世界が正史であるというのならば、強制力が働くだろう。その時に私という人格がどうなるかわからない。もし全く違うように生きてきて、強制力でさとりらしいものになったのなら、それはもう私ではないのだ。私は私でなければならない。

 

 その為には、世界に服従しよう。尻尾を振ろう。お手だってする。過程などどうでもいい。詐欺師だった私にとって、何より大事なのは結果だ。

 

 私は、この状況が気にくわない。正史ならば古明地さとりが私だったという事実を嫌悪するし、IFならば古明地さとりという殺された人格を私は憐み、その殺人犯を憎悪する。

 

 私は詐欺師だった。悪だった。社会の敵だった。だから、私は私が嫌いだ。悪という概念には美徳があるが、人が行えば醜悪な事この上ない。悪を好んだが、悪人を嫌う人生だった。私は、私が嫌う者が古明地さとりであるという事実を認めない。

 

 私は詐欺師だった。悪だった。社会の敵だった。だが、命は決して取らなかったし、生活を脅かす額も奪わなかった。私は、人の余裕の一部を掠め取って生きていた。だから、私のために殺されたさとりという人格を心底可哀想に思うし、殺した世界を認めない。

 

 どちらにしろ、私は認めたくないのだ。転生と言えば幸福に思えるが、私はやっぱり悪人だったらしい。どう足掻いても私は絶望的結末なのだから、宣告されるまでもなくどん底だ。

 

 ただ、それで沈められたままでいるほど、私という人間は甘くない。罰だろうと何だろうと、こんな現実を与えた世界を許さない。何があろうと憎み続ける。今は服従しよう。尻尾を振ろう。お手だってしよう。過程は問題ではない。大事なのは結果だ。

 

 いつか、狼煙があがる。反逆の狼煙が地の底から上がるのだ。全ては世界への叛逆のために。飼いならしたと思っていた犬が、その実狼王もかくやとばかりの憎悪を秘めた狼だったのだと教えてやろう。

 

 私は今、叛逆と、とある馬鹿げた欲で生きている。詐欺師がこうなったのなら、どうしても思わずにいられない欲だ。

 

 世界を騙すという決意と共に、私には世界を騙したいという欲があるのだ。

 

 詐欺師を天職とした以上、この誰も成し遂げた事のない、出来るはずもない挑戦は正直言ってワクワクもある。悪事にそんな事を思う時点で、善性に曇り有る気もするがそれはそれ。人は山があれば登らずにはいられないものなのだ。

 

 地の底にありながら、天高く輝くシリウスに手を伸ばす。願い、願い、願い。願う度に何か策を積み重ね、一寸でも高くを目指すのだ。報われるかどうかなど知らない。意味があるかなど知らない。やらなければ叶わない。舞台袖にいるだけでは何も起こらない。舞台に立ち、すべき事を為して初めて喝采は訪れ得る。眠りこけた観客の目が見開くくらいの、車椅子の老人が立ち上がるくらいの素晴らしい最果てに至ろう。その願いこそが、そこに至る唯一の鍵なのだから。

 

 願いはいつだって繰り返そう。私は世界が憎い。だから、世界を騙すのだ。私は、世界を騙したい。だから、世界を騙すのだ。

 

 私は詐欺師。詐欺師入りのさとり。世界を騙すという悪行を成す人。一度たりとも捕まらず、誰も私の真実を知らなかった。御伽噺じみた偉業を成した私は、御伽噺の入り乱れる世界でどうなるのだろうか。

 

 私はマッチ売りの少女。虚構に乱れて悦に浸る愚者。アンデルセンのそれと違うのは、マッチなど必要なく己の口一つで叶えてしまう事。

 

 誰にも見られないからと、狂った無知蒙昧は欺瞞の上で踊るのだ。もしこの世界に私を暴く者があるならば、どうかどうか、戻せるものなら戻してください。本当のところ、狂っているわけではなく、見る人がいないのをいい事に鼻歌を歌う恥ずかしがり屋と変わらないのだろうから。

 

 誰かが気付けば、私は変われるのかもしれない。だけど、だからといって、わざとバレようとは思わない。どうか気づいて欲しい。隠れるのが上手い少女を、見つけて欲しいのだ。隠れん坊は終わりだと告げて欲しいのだ。

 

 それまで私は、欲と決意に満ちて、大それた悪事を働く試みを続けるだろうから。










※詐欺は犯罪です。詐欺罪で訴えられます。覚悟の準備をしなければならなくなります。やめようね!

この作品を読んでいて良いと思う部分

  • シナリオ
  • キャラクター(性格など)
  • 台詞回し
  • 地の文
  • 表現
  • 考察できる点
  • 謎の多さ
  • キャラクターへの解釈
  • 世界観への解釈
  • シリアスな点
  • ギャグ要素

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