真実とは多分、生そのものであろう。
ーフランツ・カフカー
多分それは一種の精神病でもあったのでしょう。
十六夜咲夜は、吸血鬼の少女に仕え、幻想郷という奇天烈極まる世界に移り住み、時を操る能力を持っていましたが、一向に物足りなさが付き纏っておりました。
人生を諦めるほどのものでは御座いません。メイド長という仕事にはやり甲斐を十二分に感じておりますし、主人に対しては一生涯を捧げるだけの忠誠を誓っております。然るに、その不足というのは、所謂趣味の領分に御座いましょう。彼女は、楽しい日常とは別に、ただ楽しいだけの何かを欲していたのです。
では、遊びの一つでも覚えれば良いのではないかと思われるでしょう。その言葉に誤りは御座いません。博麗の巫女ですら、同じ悩みがあったとしてその言葉で片付きましょう。
しかし、咲夜は違ったのです。
彼女のいる紅魔館で得られる娯楽の類を片端から試し、満たせるものがないと見るや少女の足は少ない自由を使って様々なところへ向かいました。人里、博麗神社、永遠亭や冥界にまで。果ては、戦う事すらも試そうと太陽の畑にまで足を運んでおりました。
それでも、彼女はなにも得られなかったのです。
終には、およそ楽しいなどとは思えぬ事さえも試したのですが、それでも、何一つ得ることはなかったのです。
ある日、咲夜は、初めて能力を使っている時に居眠りをしたのです。
単なる疲労から来た出来事でしたが、結果的に咲夜に一つの生き甲斐を与える事となりました。
何があったかというと、寝てしまって起きた時、時は止まったままだったのです。
本当にそれだけです。大したことでは御座いません。
しかし、十六夜咲夜は一つの閃きを得てしまったのです。向こうの世界で、人殺しを繰り返しているところをレミリア・スカーレットに拾われた経緯もあってでしょうか、その閃きはおよそ常人の考えつくところでは御座いませんでした。
時が止まった世界で、自分が死んだ時、世界はどうなるのだろうか。
私の能力が、単なるスイッチだったとするならば、私が死んだ後世界はずっと止まったままなのだろうか。ずっと止まった世界は、どうなってしまうのだろうか。
私の能力が、電源を私に持つものだったとするならば、何もないところに私の死体が発生した時、皆は何があったと思うのだろうか。止まった世界で死んだ人間に、どんな事件を作るのだろうか。
興味は止まるところを知りません。彼女は、自分を殺したいと思うようになりました。
自殺では御座いません。彼女は自殺してはいけません。主人があり、仕事があります。ですので、自分を納得させるための詭弁として、自分を殺すという言葉を選んだのです。
しかし、幻想郷には大変多くの障害が御座います。つまりは、彼女の能力を打破する事すら叶うかもしれない連中が数多くいるという事です。そんな連中がいては、たった一度の機会が文字通りの無駄死にとなってしまいます。
これはいけないと、彼女はただ思いました。深い感情は御座いません。ただ、やろうとした事に面倒ができたという心です。ティータイムに人数分には茶葉が足りない。水場にやけに取りづらい黴がある。掃除が終わっていないのに来訪者。そういった具合の、軽い心でした。
彼女には殺人に対して抵抗というものがありませんでした。それは、元々殺人鬼として名を馳せた、とは言っても彼女がそうだと誰も知りませんが、人物だったからというのもありますし、主人のために多くの邪魔者を止まった世界で殺してきたからでもありました。
理性は御座います。良心も御座います。気品すらもあります。しかし、いずれも殺人を躊躇わせるだけのものではありません。十六夜咲夜にとって、殺すという事はそういった事象に御座います。だから、彼女は易々と自分を殺そうとできるのです。
彼女の密かな人生目標は、幻想郷の住民の排除を目論みました。
即ち、自分を殺すために、障害になり得る能力を持つ者を全て殺すという、幻想郷史上類を見ない壮大かつ最悪の殺人計画がここに誕生したのです。
しかし、そもそも対象者は咲夜の能力を打破し得るからこそ対象となるのであり、安易な犯行は愚行と言うほか御座いません。ですから、彼女は自分を殺すために他人を殺す、その為にという更なる一手間を加え、それが50年先まで続く怪談話となるのです。が、物語をこの先へ進める前に、十六夜咲夜が計画遂行の際には真っ先に殺さねばならないと思った一人である古明地さとりを、読者の皆様はこの名前に嫌な予感をしたものと思いますが、その対象としさとりと知り合いになった経緯について語らねばなりません。
さとりが紅魔館を訪れたのは、地底異変解決後に地底の出入りがある程度緩くなった時、レミリア・スカーレットの興味を引いたからでした。
地底には多くの実力者が御座います。星熊勇儀や水橋パルスィなど、伊吹萃香も元々は地底の妖怪。畏怖か嫌悪、どちらかを強烈に抱かれるのが地底妖です。しかし、地上の妖怪が地底で妖怪の名前を出す時、総じて嫌悪と畏怖の入り混じったものを感情に出すのは古明地さとりに限りました。そして、皆の口ぶりから察するに、さとりのその評判は能力によるものでなく、人物から来るものであるようで御座います。それが、レミリアの好奇心に触れたのです。
レミリアの招待により、古明地さとりは紅魔館に招かれました。ただし、能力の制限を条件に。勿論、これはレミリアの意向では御座いません。皆の意向であり、何より咲夜が強い嫌悪を示した為でした。彼女に心を読まれることだけは、咲夜は何としても避けなければならなかったのです。
館の主人の前に座った覚妖怪の姿は、想像とは違ったものでした。
レミリアのようなカリスマ性はありません。強さもありません。可愛らしい容貌ですが、人を狂わせる類ではありません。いかにも惑わすような様でもなく、陰湿かと言えば肯定も否定もできない、そんなよくわからない妖怪でした。噂とはどうにも合わない、偽物かとすら思える。しかし、確かにレミリアの前に座ることを許される存在である事は誰もが認めるほか御座いませんでした。
話してみると、その答えは直ぐに得る事が叶いました。
全ての言葉があまりにも重く、全ての発言があまりに軽い。発声に意識を巡らせづらく、表情は一貫して静寂をたたえておりました。何を言っても信用に足るものでなく、しかし、嘘だと言い切れるものではありません。レミリアの問いにも十分に答え、しかし、本心を曝け出す訳ではない。強者に媚びへつらうのではなく、ただ言葉を放つ相手として向かい合う。
古明地さとりは、噂に違わぬ人物に御座いました。
レミリアは驚きを以て彼女という人物を迎え、一人の強者として認めました。誰一人として、異論はありませんでした。
咲夜もまた、この少女を認めました。しかし、この時はまだ殺すつもりなど毛頭なかったのです。心が読めるだけならば、推理に駆け付ける時に殺せばいいと思っておりましたから、然程脅威では御座いません。
原因となったのは、さとりが間も無く帰ろうかという時の事でした。
館の主人は部屋の出口まで見送りに終わり、館の玄関までの見送りはメイド長である十六夜咲夜が任される事となりました。そして、沈黙のまま廊下を進み玄関の扉が開いた時、さとりは言ったのです。
「私は、害にはなりませんよ」
ただ、それだけを言って、直ぐに彼女は別れを告げました。美鈴の笑顔に微笑みで答える姿が最後に見えました。
咲夜の心中は穏やかではありませんでした。
勿論、彼女の計画の事は知られておりません。能力は使っていなかったのですから、知り得るはずもございません。ですが、少なくとも、ほとんど会話がない中で、或いはレミリアとの会話の中の情報や噂に過ぎない幻想郷での咲夜の評判のみで、障害を除く者であるという咲夜の本質を大方察している事が、まず彼女の力量が裏切った予想を更に超えるものである事を示しております。
そして、何より咲夜の心を揺さぶったのは、その表情でした。
それはまるで保身のためのような発言でしたが、彼女の顔がそうではない事を十二分に物語っていたのです。つまりは、「私を殺さないでください」ではなく「私を殺すなんて無謀ですよ」とでも言いたげな忠告であったのです。
実際、さとりの真意は分かりません。
しかし、この一件を以て、咲夜はさとりを殺さねばならないと強く感じるようになったので御座います。殺人事件においては、その殺意こそが肝要なのです。
そして、その心はやはり、とある事件を以て終いとなってしまうのですが、これから語られる話こそが、その事の顛末に御座います。
前編。
この作品を読んでいて良いと思う部分
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シナリオ
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キャラクター(性格など)
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台詞回し
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地の文
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表現
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考察できる点
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謎の多さ
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キャラクターへの解釈
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世界観への解釈
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シリアスな点
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ギャグ要素