ジョージ・ゴードン・バイロンー『ドン・ファン』よりー
刺殺はできない。ナイフ使いの私の癖を見抜かれて、暴かれるかもしれない。
絞殺はできない。急に首に絞めた痕ができたら、それは時を止めた証明に他ならない。引っ掻き傷がない事が、更に真実を引き寄せる。
撲殺はできない。絞殺と同じ理由だ。そして、執拗でなければならない事が危うい。
撃殺はできない。素人が試みた所で失敗の可能性が高く、凶器の特定がされ易い。
殴殺はできない。この手に痣の一つでもできて仕舞えば、証拠が出来上がる。
焼殺はできない。火の無い所に煙は立たないと言うが、火種が無いところに火は起きない。
溺殺はできない。水は香る。私の体に少しでも水の匂いがついたなら、服が濡れていた事が知られてしまったなら、それはもう怪しい。
銃殺はできない。火薬の匂いもあるし、凶器の特定もされ易い。
やはり、どうしても、手段は限られてしまうのである。
結局の所、私は毒殺と呪殺を以て、計画の遂行とする事にした。
全くもって優雅ではない。どう足掻いても瀟洒ではない。
私らしからぬ手段である。そして、同時に紅魔館らしからぬ手段である。
紅魔館は正々堂々を旨とする訳ではない。だが、卑劣を嫌う。
清くなければならないのではなく、卑しくあってはならない。
そう在れかしと、語られずとも理解してきた。
それに反くつもりはない。それを捨て去るつもりはない。
ただ、十六夜咲夜がそうであったとしても、謎の事件群の犯人がそうではなかっただけの事なのだ。
だって、十六夜咲夜は完璧で優雅、瀟洒なだけのただのメイド長なのですから。
※
その少女は、『向こう』においては近世に分類される過去の趣を残す町において、異質な存在感を放っていた。
まだ訪れぬ文明開化を衣服に纏い、革製の大きな鞄を下げ、男性用のハット帽を被る。ただ流れついたものを着たのではないとわかる姿は、恐らくは迷い人ではなく、多くの妖怪達と同じように文明を知る者なのであろう事を思わせる。
髪は白く、奥より覗く瞳は穏やかで、その容姿の幼さとはかけ離れた人格を知らせた。
「失礼。上白沢先生の御自宅はどちらでしょう?」
「お、おぉ。先生のお宅のかい」
戸惑いを隠せずにいる人々に然程の反応を残すこともなく、聞くべき事を聞くばかりである。
ただ、その有り様が同時に危険な妖怪ではなさそうだとも思わせた。上白沢慧音について尋ねた事も、彼女の友人であるという推測を生み、勝手な安心感を与えることとなる。
残念ながら、少女は上白沢慧音とは友人関係にない。そして、人間の味方でもない。
ただ、本心には億劫さのみを抱く、幻想郷の味方の妖怪であった。
三度ほど町人に尋ね、ようやく少女は一つの家屋へと辿り着く。
そして、扉の横を三度ほど叩いた。
「上白沢先生、いらっしゃいますか」
間も無く引き戸が音を立て、少女の前に新たな少女が姿を現す。
少しばかり身長が上ではあるが、そう大きなものではなく、そしてそれに似合わぬ大人びた雰囲気がやたらと目を引く。来訪者に比べ、その大人さは真っ当に思え、ただ人格者であるだけの事だとわかる。
件の上白沢先生というのは、この人なのだろう。
「どうぞ、入ってください。ええと、なんとお呼びしたらいいでしょう」
「やまこ、とお呼びください」
促されるままに座敷へ上がり荷物を下ろすと、帽子を取ってやまこは優しい笑みを浮かべた。
「今回は、こちらへいらしていただきありがとうございます。私が上白沢慧音です」
「改めて、私は雁ケ地やまこ。流れの覚妖怪です。以後お見知り置きを」
「霊夢から話は聞いています。なんでも、幻想郷の中でも外でも事件を解決してまわってるそうで」
「そんな大層なものでは御座いません。ただ不幸体質なだけの流浪人です」
微かに照れたような様子を見せて、やまこは頭を軽く掻く。
そこから察せられる人柄は朗らかで、大人しいものであるように感じられた。だから、慧音はなんだか安心したのである。だが、それでもどうしても意識せざるを得ないことは残っていた。
やまこは慧音の視線が自身の目に注がれている事に気づくと、慌てたように服の奥から三つ目の瞳を出した。
「覚妖怪の読心はこの眼を使っているんですが、大丈夫です。私はコイツを使いません。誰だって心を覗かれたくはありませんし、私も辟易しているので、必要な時しか開かないんです」
やまこの弁解じみた言葉に控えめに安堵したような息を漏らすと、慧音は真面目な顔で頭を下げた。
「申し訳ありません。覚妖怪でしたらこんな態度を取られるのは不快でしょうに、私の考えは自分本位なばかりで」
「あぁ、いえいえ。大丈夫です。本当にこれは当たり前で、むしろそうすべきことなのですから、お気になさらず」
慧音の生真面目さに若干気圧されるようにして、手をワタワタと振りながらやまこはただ彼女を慰める。
その姿すらも慧音の生真面目な罪悪感を助長し、その後3分余りを状況の回復に費やす事となった。
そして、また二人が向かい合った時、ようやく本題へと進むのであった。
「今回の事件については、もう概要は把握されてることと思います」
「人里を中心に発生する、怪事件ですね」
「はい。近頃、不審な体調不良は多くはあったんですが、あんまりにも多いし似過ぎているということで確認が行われました。結果、臓腑の異常が原因ではないことが判明しました。多くは毒薬の投与が確認され、そして」
「一部は、完全なる異常現象。詰まるところ、能力の使用、或いは魔法、呪術、妖術の類の行使が認められた、と」
「仰る通りです。その後は、一先ず人里での捜査が行われましたが、証拠も疑わしい人物も何も見つからず、難航を極めてる間にも事件は発生を続けました」
「これだけならば、博麗の巫女の出番となる所ですね」
「しかし、そうはならなかった。一週間前、人里に出入りする妖怪達から驚くべき情報が齎されました。人ならざる妖怪達の間でも斯様な事件が頻発しているというのです」
「この一件は、これでただ人を襲う何かでは無くなった、と」
「妖怪の方では死者も出てるそうで、度合いから察するに犯人は人を殺すのは良くないと見てるようです」
「人を襲う妖怪なら博麗の巫女の介入で済むが、妖怪まで手を出したんじゃ妖怪の山なんかから報復行動が行われ得る。その機会を奪うと、話が変な方向に飛びかねない」
「幻想郷に影響を及ぼすものではないから異変認定は出来ず、しかし人と妖怪のバランスの問題で無いから口出し無用と言われかねない。今回の一件は、そのようなものです」
慧音の不安そうな表情を見ると、やまこは浮かぶ瞳を一撫でして立ち上がった。
「だから、私が寄越されたのです。大丈夫です、私が何とかしましょう」
「あぁ、やまこ先生は良い人ですね。霊夢が解決は期待していいと言ってたのも納得できました。妙な顔はしていましたが」
「私は余所者ですから。霊夢は私をあまり知りません。依頼も紫からのものでしたしね」
少々寂しげな表情を浮かべると、すぐにまた靴をはいて、玄関の前に立った。
「里をぐるりと回ってきます。あとで荷物は取りに来ますので、隅の方にでも置いておいてください」
「あっ、私が案内しましょうか。こんな里は不慣れでしょう」
「お気遣いなく。一人の方が良いでしょう、その方が犯人がいれば私を注視する」
「それじゃあ危ないじゃありませんか!」
「私のような目立つ者をやればどうなるかくらい、わかる犯人でしょうから。大丈夫です。上白沢先生は御自身のお仕事をなさってください」
「……心配ですが、きっと私では考えの及ばぬ思惑があるのでしょう。ご無事を祈っています」
「はい、ではまた後ほど」
慧音に別れを告げて、やまこは町の中を歩き出す。
その姿は相変わらず好奇の目に晒されて、少し歩きづらそうで。だが、それでも少女の足は止まらず前へと進む。
そうして、里の中でも川沿いで、人気のない場所に辿り着いた。
周りを見渡す姿は迷ってしまって、どうするべきかと思案しているように見える。そう、見えるような様子だった。
「こいし、町の様子はどうかしら」
小さく細く、ゆっくりとした声が帽子のつばの下に響く。
それは必要以上の情報を漏らさまいとする試みであったが、普通にいくとその声が誰かに届くはずなどなかった。近くに誰もおず、その声はあまりにも小さかったのだから。そう、聞こえないはずだった。
「まだ、変なことはないよ。お姉ちゃんを見ている人も普通の目ばかりしているし、陰から見てる人もいなかった」
「そう、ありがとう。ここからも、お願いね」
「うん。任せて」
その少女はやまこと同じ髪の色で、いつのまにかやまこの横にいた。少なくとも、やまこにとってはそのように認識できる状態になっていた。他の者にとっては、そこに誰の姿もないのだけれど。
間も無く少女の姿はやまこにも見えなくなり、そして、また歩き出す。
「全く、紫はまた厄介な事件を持ち込んだ」
その瞳は暗く、静寂に満ち、あまりにも冷たいように見えた。が、1秒もしないうちに、慧音と話していた時のような穏やかさを灯した。
「さぁ、事件を解決しましょうか」
中編。
なんか収まりが悪くなりそうだったので三つに分けました。
一番進展がない回。面白くなくてすみません。
次回で完結ですので、早めに投稿します。
この作品を読んでいて良いと思う部分
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シナリオ
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キャラクター(性格など)
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台詞回し
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地の文
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表現
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考察できる点
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謎の多さ
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キャラクターへの解釈
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世界観への解釈
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シリアスな点
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ギャグ要素