詐欺師さとりは騙したい   作:センゾー

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嘘つきがいつでも必ず嘘をつくとしたら、
それはすばらしいことである。
  アラン(エミール=オーギュスト・シャルティエ)
                ー『人間論』よりー


第十四話【竹月記】

 嫌な予感がする時は、ノックの音は少しばかり大きく聞こえるものだ。

 

「さとり様、お手紙ですよ。まーた」

「招待状、ね」

「仰る通りで。最近色んなところに呼ばれてますね。主人が人気者だとペットとしても鼻が高いってものです」

「人気者って、覚には酷い皮肉ね。あぁ、大丈夫よ。その気があなたにない事はわかっているから。まぁ、事実として面識がない連中は興味本位だし、面識がある連中は今まで呼べなかったからって取り敢えず呼んでるだけでしょう」

「まるで気にされないよりはマシってものです」

「注目されると仕事しづらくなるじゃない。表舞台に出たからって裏方の仕事が無くなるわけじゃないのに」

「紫様にもなんか御考えがあるんでしょ。賢者様の考えることはアタシなんかじゃ推し量れやしませんが」

「ないわよ、何も。私の事は私が何とかすると思って大して考えてくれないのだから。本当に面倒くさい」

「ま、実際なんだかんだそれをやっちゃえるのがさとり様ですから!」

「出来るだけよ。許容量は超えているわ。そうじゃなかったら、あなたに地上でマッサージを覚えてきてもらったりしないもの」

「お役に立てて嬉しいですよ、アタシは」

「ありがとう。本当にいつも助かってるわ。あぁ、手紙だけど、守矢、西行寺なら行かないわよ」

 

 さとりはペンをコツコツと鳴らしながら第三の瞳を開いて、お燐の言葉を待たず答えを得る。そして、その招待状の送り主が誰かを知って、三秒の沈黙の後、ゆっくりとため息を吐いた。

 それが苛立ちによるものでないことはさとりの様子からはっきりしていることだった。つまり、西行寺家や守矢神社でもなく、近頃呼ばれている紅魔館などでもないのである。そんなどこかからの招待状を、どこか不思議そうで、妙に落ち着いた様子で、お燐から受け取った。

 

「ついでに疲労に効く薬でも貰ってくることにするわ」

 

 宛名は古明地さとり。送り主は蓬莱山輝夜。

 その縁は古くも、強くなったのは永夜異変後、しばらくの間幻想郷を騒がせた月との問題に際して繋がれたもの。

 この古明地さとりが唯一八雲紫に敵対行動を取った事件での協力者。

 彼女からの連絡は、極上の厄介事か、何よりもくだらない事に違いなかった。

 

 

 三日月を掲げる夜。静寂を告げる竹林。行き先を知らせない闇。

 少女はこれらの中にいた。

 黙々と歩く。時折周りを見渡しながら歩く。スカートを踊るように揺らせながら、鞄を笑うように下げながら、少女は歩き続ける。

 随分歩いて、さとりは立ち止まる。また、周りを見た。しかし、今度は歩き出さなかった。近くの大石に腰を下ろして、空を見上げた。月は眩しいほどに輝いて少女を見下ろしている。忌々しいと言わんばかりの視線を月に注いで、ため息を吐いた。

 

「さぁ、どうすべきか」

 

 ここ、迷いの竹林では珍しく少女は迂闊だった。

 竹林の進み方を教えてもらったことがあったから特に人の協力や出迎えを必要ないと断じたことは近頃の疲労から来たのか、あまりにも真っ当ではない考えだった。それがここ一ヶ月の話であるならいざ知らず、竹林は恐ろしくもたった一年で変化を遂げていたのである。さとりの教わった進み方というのが竹林の性質そのものを理解するものであれば打倒も叶ったであろうが、残念ながら手っ取り早い暗記であったのが今回の事態を招いた。

 こうなれば、迎えか、或いは知人との遭遇を待つほかない。八雲紫を呼ぶ手段をさとりは持っているかもしれないが、彼女を呼ぶことが今後どのような苛立ちを生むかはあまりにも分かり切ったことで、それを行使することがない事は確かだった。

 一番確実なのは、知己との遭遇だろう。千年以上の付き合いで、少なくともさとりが死ぬまで関係は続くであろう人物。何しろ向こうは死なないのだから、絶交を告げられない限り最後まで終わらない。そんな彼女はここらに住まい、竹林を知る。そもそもさとりにここについて教えたのも彼女である。

 

「月まで届かないし、不死の煙でもないけれど、火でも焚こうかしら」

 

 幼い体躯に引きこもりの陰気な彼女には似合わぬ手際で、間もなく火は用意された。

 汚れた手を見て嫌な顔をして、焚火の前に座り込む。

 

「これで、あとは早く気づいてくれる事を願うだけね」

 

 静寂と闇の中では、ただ時間だけが過ぎていく。今の彼女に出来ることはなく、ただ座り、そこにいるだけが全てであった。

 やがて少女は疲労から微睡み始める。トランクを枕がわりにして、さとりは眠りに落ちた。出来ることなら、夜のうちが火も見えやすいし、誰かが起こしてくれると嬉しいのだけれど。そんな願いを浮かべながら。

 

 

「もしもーし」

 

 今日は三日月である。今日が満月ならば、こんなことはしない。

 だって、毛深くなってしまって誰にも会いたくないのだもの。

 今日は三日月である。今日が満月ならば、こんなことはしない。

 だって、月が誰かを狂わせるのだとしたら、その日は満月のほかにないのだもの。

 だから、この子は幸運だ。今日が三日月で、今日は月夜も明るいから。竹林の真ん中で火を焚いて眠っているあなたを見つけたのは、恐らくはこの竹林で3番目くらいに安全な遭遇者なのだから。

 

「もしもーし」

 

 人ではない。妖怪だ。どの妖怪かまではっきりしている。さとり妖怪である。

 噂の第3の瞳が体に寄り添うようにして転がっているのだから間違いないだろう。何かしらの用事があってここに足を踏み入れ、迷ったのだと思う。

 さとり妖怪に心を読まれるのなんて気持ち悪くて嫌だから、助けない選択肢もあったけれど、このさとり妖怪の目的地が永遠亭だったら話が変わる。永遠亭に客人を届けて恩を売れば体毛に関する薬を貰えるかもしれないのである。

 その可能性に賭けて、私は今呼びかけている。

 

「もしもーし」

「ん…………あなたは……」

 

 少女は目覚めた。完全に覚醒とは行かずとも、直ぐに状況をある程度は把握したようだった。

 

「まだ夜だけど、おはよう。私は今泉影狼。あなたは?」

「私は、私は古明地さとりです。ご覧の通り覚ですが、あなたの優しさに免じてこの瞳は閉じたままに致しましょう。厄介者に声をかけてくれてありがとうございます」

「どういたしまして。それで、こんな夜に、どうしてこんなところに? しかも一人で」

「この奥の永遠亭にお呼ばれしまして。前に藤原女史に道を教えてもらって、油断していました」

「それはお気の毒。ずっとここにいないと、竹林の事はわからないよ。迷う道理ってものをわからないと」

 

 竹林に限っての先輩面をしながら、影狼は歓喜していた。この覚は話がわかる人で心を読まれない上に、確かに今永遠亭に呼ばれたと言ったのだ。勝手に向かった奴を助けてもどうにもならないかもしれないが、本当に客人ならば。

 もしかすると顔に出ているかもと思うほどに彼女は心躍っている。こんなに良い事があるなんて、特に良いことをしたわけでもないのに、嗚呼、本当にツイてると胸の内が騒ぎ立てている。

 古明地さとりという名に聞き覚えがあるような無いような、そんな考えも過ったが思い出せない以上瑣末な事。今泉影狼がやる事はもう決まっていた。

 あぁ、でも一つ気になる事がある。この子の声、どこかで聞いた事があるような。名前は思い出せないならそれで良いと思えたけれど、この声はどうでもいいとはなんだか思えない。

 

「どうかされましたか?」

「……私達、どこかで会ったことがあったかな」

「私の方に覚えはありませんが……私の顔を知っていましたか?」

「ううん、声なんだけど。気のせい、気のせいかな。ごめんなさい、変なこと言って」

「誰かと私が重なったのでしょう。そういう事もあります」

「あぁ、そうだ! あなた、永遠亭に行くんでしょう? 迷ってるなら案内してあげるわよ」

「本当ですか、助かります。藤原女史か永遠亭の兎達を待つのもこう夜が長いと辛くて眠っていたものですから」

「アハハ、だからこんなところで人間みたいに火なんて焚いてたのね。永遠亭はこっちよ、月は明るいけれど夜はまだ暗いから、しっかりついてきてね」

「えぇ、その影を見失わないようにします」

「……? うん、気をつけて」

 

 少しでは同じにしか見えない竹林を進む。取り敢えず進んでいたさとりの足取りと違い、影狼の進み方には自信があった。迷わないという自信ではなく、今やっている事を解っているという自信。さとりにとっては理解できるがほとんど経験のないものだから、少しばかり羨ましく思った。

 歩けど歩けど景色は変わらない。竹林はこんなに広かったかと疲労感からくたびれた顔で息を少し切らせた。影狼はそれは見て、「体力がないのね」と笑った。さとりは卑屈そうな顔で苦笑するばかりであった。

 

「覚って、正直にいうと嫌われやすいけど、あなたはここで上手くやってるのね」

「どうしてそう思うのですか?」

「上手くやれない人はここではもっと追い詰められた顔をするものだから。ほら、ここって最後の場所でしょ。ここでダメじゃどうしようもない」

「体験談ですか」

「えっ、あなた意外と遠慮なく踏み込んでくるのね。まぁ、そうだけど。100年くらい前かな。向こうで仲間達と流れのままに滅ぼうと思っていたら騙されてここに来ちゃってた。仲間は誰もこっちにいなくて、独りぼっちでどうしようもなかった」

「でも、今は元気ですね。普通の悩みを持ち、普通に世界を楽しんでいるように見える」

「草の根ネットワークの仲間がいるからねー。新しい仲間達とうまくやって、今は楽しく生きてるよ」

「それは良かった。誰も人が不幸な姿なんて見たくありませんから」

「私も、打算もあるけど、あなたを助けたのはそういうのもあるしね。助け合いが一番」

「良い世の中になったものです」

 

 そこからは他愛のない話ばかりして過ごした。

 仲間の話、人里の話、近頃の異変について。影狼が実は体毛で悩んでいることを告白したりもした。さとりは陰気な性格に悩んでると返した。

 そうして、やがて、少し先に光が見えた。

 

「見えたね」

「ここまでありがとうございます、それで、何か希望があるのでは?」

「いやー、本当に遠慮なく言ってくるね。実際そうだからお願いするんだけど、永遠亭の先生に体毛関係のお薬を出してもらうよう頼んでもらえないかな」

「お安い御用ですよ、さぁ、どうぞこちらへ」

「……」

「どうかしましたか?」

「今の言葉、何か」

 

 違和感があった。胸の奥の何かにその言葉が触れた。

 何か、ではない。それは傷だ。古い古いかつての記憶だ。

 もしかすると最初からどこか気づいていたのかもしれない。これだけたくさん話したのに気づかないはずもなかった。

 手招きする彼女の姿。見えなかったはずの少女。

 

「気づかれましたか、残念。このまま良き友人でありたかったのですが」

 

 4m先のさとりが、無表情に影狼を見つめていた。

 

「やっぱり、そう。『私の影についてきて』『こちらへどうぞ』、あなたが新月の夜に闇夜で私を誘った時の言葉」

「えぇ、そうです。尊大な平和と臆病な平等を掲げて、滅びゆくあなた達を看取らずあなたという最後を無理矢理救い出し、知らない世界で最悪の孤独に追い込んだのは私です」

「自分のやったことを悪し様に言うのに悪びれないのね」

「私はやるべきと思った事をしただけですから。殺したいなら殺せばいいでしょう。抵抗はしますが恨みはしませんよ」

「死ぬ気はないのに、殺させようとする」

「復讐は権利です。奪われたものを取り戻す事で前に進む事はある。その自由も受け入れる世界を私達は作ったのだから、少なくとも私達はその自由に殺される可能性を許容しなければならない。私は、古明地さとりはそう思っていますよ」

「また、私を騙せばよかったのに。前みたいにあなたならできたんでしょう」

「さぁ、どうでしょう。私はそんな凄い人ではありませんから」

「でも、普段ならきっとそうしてしまったんだって、わかるよ」

「私のことを何も知らないのに?」

「二度の邂逅でわかることもあるから」

「いいえ、何も分かりませんよ。それで、私が永遠亭に逃げ込めば復讐は難しくなりますが、どうするんですか?」

「殺さないよ」

「そうですか」

「驚かないね」

「選択はあなたの自由ですから」

「さっきうまくやってるんだねって言ったけど、あなたはこの世界では上手くやっていても、人生はずっと苦しいんでしょう。だから、そのままでいていいよ。私は今が楽しい。今の平和を壊そうと思わないし、だからと言っても憎くないわけじゃない。あなたが生きているうちは苦しいんだと思って笑っていてあげる」

「そうですか、今日はありがとうございました」

「どういたしまして」

「では、さようなら、今泉影狼さん。幻想郷で良い日々を」

「言われなくとも」

 

 さとりは振り返って、永遠亭へと歩き出す。

 それを見送るまでもなく、そしてその背中を襲う事はやはりなく、影狼は竹林の闇に消えた。

 さとりが永遠亭につき、月が雲に隠れた頃、遠くから狼の遠吠えにも似た叫び声が聞こえた。

 兎達に何かあったのかと聞かれても、さとりは何も答えなかった。そして、出迎えた八意永琳に挨拶を済ませた後、最初に伝えたことは毛深い人のための薬を作って欲しいということであった。








いくつか続く話の始まり。
最近迷走していてダメな感じですみません。何が良いのかわからなくなって参りましたが、書いていこうと思います。

この作品を読んでいて良いと思う部分

  • シナリオ
  • キャラクター(性格など)
  • 台詞回し
  • 地の文
  • 表現
  • 考察できる点
  • 謎の多さ
  • キャラクターへの解釈
  • 世界観への解釈
  • シリアスな点
  • ギャグ要素
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