何もかも完璧にこなせるわけがない。
私たちにできるのは、
その時その時の妥協点を探ることである。
マハトマ・ガンジー
「私が妹紅と古い友人だと、知らぬあなたではないと思いますが」
「別にそんなのどうでもいいわよ。あなたと私が友達で、あなたとアイツが友達で、私とアイツは友達じゃない。不思議なことではないでしょう?」
「友達じゃない、じゃなく、殺し合う仲に訂正は必要ですけれどね」
「もうそこらは大して変わりないわ。それに、どうであろうがどちらの味方もしないし、どちらの敵でもない、中立ですらない無関係があなたのポジションだものね」
「……だから、私はここに来たくないんです。わかったような顔をする澄んだあなたと、私なんかより賢い医者がいますから。そもそも、私みたいな濁りきった妖怪には居心地が悪い」
「あなた賢いし、大物じゃない」
「私は頭の回る小物程度ですよ」
「それに、私には、あなたが逆に澄んでみえるけど?」
「冗談を」
「透明な水ではないけれど、一色に染まった染料みたいに美しい」
「口説かれ飽きて、ついに人を口説くようになりましたか」
「誰でもではないわ。あなたなら本当は知っているのでしょうけど、あなたは風評に反して好かれているし愛されているわよ。ほとんどから嫌われて、ほんの少しに物凄く愛されるあなた。誠実だものね」
「……」
「あら、もしかして照れてるの⁉︎ あなたって、照れると黙るのね。珍しいものを見たわ。八雲紫でも滅多にお目にかかれないでしょう」
「呆れていたんですよ、全く。何かあったのかと思って来てみれば何もありませんでしたし」
「友人を招くのは普通のことよ」
「私が友人なら、そうでしょう」
「あなたが友人なのだから、そうなのよ」
「白黒つけようとしても、あなたはそんな風に笑ってこちらを見るのでしょうね」
「そうかもしれない。そうじゃないかもしれない」
「そういうところ、嫌いですよ」
「……」
「……」
途切れることなく続いた会話が遂に切れた。
それは、嫌悪の言葉に対する反応ではなく、不思議と穏やかな静寂であった。
「聞きたいことがあるの」
「答えるとは限りませんが、聞きましょう」
「あれから、八雲紫とはどうなった?」
「どうもなりませんよ」
「本当に? あれは初めての裏切り行為ではなくって?」
「紫を明確に敵にしたのは初めてでしたが、裏切ったつもりはありません」
「詭弁ね」
「あなたにとっては」
「敵意無く業務として動くあなたが、とてもとても珍しく、敵意を見せたのに?」
「えぇ、少なくとも私達にとっては」
「とても良い関係ね、あなた達」
「あなたと八意女史ほどではありませんよ。命を捨てる事はできても、命を渡す事はきっとできませんから」
「月が綺麗ね」
「死ねないあなたがそれを言う」
団子を頬張る二つの口がただ咀嚼する微かな音が風にとけて消えた。永遠亭の広い庭を滑る風は涼やかで、どこからか穏やかな草木の匂いも運んでくる。良い夜であった。月は綺麗で、空は落ちそうな闇。明日が来ないと言われても不思議でないほど終末的で、今日で終わりと言われても静かに待てるほど風流な碧落である。
情緒に耽った輝夜は、やがて小さく座る少女を視界の端に覗き見て、何度でも思い出せそうなあの日の表情を重ねて見た。
強い感情であればあるほど奥に仕舞い込んで、冷徹の人であるこの古明地さとりには決して似合わない、今だって重ねようとしてもまるで合わないその情念の表情を、少なくとも彼女が生きている間は忘れはしないだろう。
※
「あなた達の味方をしに来ました」
時雨降る夜、傘もささずに突然に訪れた知人の言葉に蓬莱山輝夜と八意永琳は動揺した。
八雲紫の味方をする。それ以外には、誰かに一時の肩入れをする事はあっても味方となる事はなかった古明地さとりの、あり得ざる宣言。それも、幻想郷からすれば余所者の色の濃い月人に、月と幻想郷の間で一悶着がありそうなタイミングで。
普通ならば、それは見え透いた嘘であなたは間者の類に違いないと跳ね除けるものだが、相手は古明地さとりである。
古明地さとりはこんな直接的な手段を講じない。
古明地さとりは自分から舞台に上がることはない。
古明地さとりは「手助けに来た」と言う事はあっても「味方をしに来た」と言う事はない。
古明地さとりは虚偽と欺瞞に彩られても、その居場所は変わらない。
そして何より、古明地さとりは傘もささずに動くほど感情的にはならない。
二人は、古明地さとりの言葉に真実を見た。
つまり、古明地さとりが「古明地さとり」であることを一時的であろうとやめるには、それだけの何かがあって、それ程の事ならば彼女は寧ろ信用に足る人物であるという判断であった。
藤原妹紅ほど親密ではないにしろ、旧知の仲ではあった彼女らにもそう思わせる程度には、さとりの行動はさとりらしくないものだったのである。
「何をしに来たのか、聞かせてもらいましょうか」
迎え入れるや否や無理矢理風呂に放り込んで着替えさせて、それで不機嫌そうにしているさとりへの輝夜の第一声であった。
輝夜が最初に聞いたのは、往々にして問題の中心にいるのは彼女で、そもそもこの場所自体が輝夜を守る為にあったからである。自分が何をしたのか、自分に何が起きようとしているのか、自分がどう思われてるのか。さとりの抱える問題に対して、状況把握の全てを込めた問いであった。
「幻想郷を守りに来ました」
それは二人に対して自分の立ち位置もやる事も変わりはしないという宣言であった。
つまり、古明地さとりは普段とはまるで違う行動をしていて、誰かの味方になるとまで言っている。それでも、その根本はいつもと変わらず幻想郷への貢献であるということで、これは心変わりの類でないことを示している。
そうなのだが、二人はその言葉を咀嚼しつつ、違和感に少なからず驚いていた。
さとりの視線は、語りかけは、明らかに蓬莱山輝夜ではなく、八意永琳へと向いていた。
「八意永琳、あなたを助ける為に、私はここに来たのです」
「……はぁ、私と幻想郷の繋がりはそう深くはない。だから、私を助ける事が幻想郷の為になるとは思わない。そう切り捨てられたなら簡単だったけれど、あなたがそう言うのならば、きっとそうなのでしょう。姫ではなく私、その理由を聞きましょうか」
さとりの表情が微かに和らいだように見えた。
「ここであなたに突き放されていたら、妹紅を焚き付けていた。話が通じるようで助かります」
「物騒なこと。あなたらしくないじゃない」
「そうもなりましょうとも。こんなに感情を晒して動くのは久しぶりです。何もかもが私らしくない自覚はあります」
「あなたがそうもなるなんてよっぽどね」
「今の月の騒乱、八雲紫の月面侵攻に関してあなたが月に通じている事、私は把握しています」
「……まぁ、読まれるでしょうね。これは八雲も同じでしょう。それが裏切りだとでも?」
「いいえ、紫はあなたがそうする事を前提に動いている」
「それはそうかもしれないわね。妨害の可能性は考慮」
「違います」
さとりが言葉を遮るように否定を吐いた。
大抵の場合、大体を聞き届けてから言葉を返すのがさとりであるから、二人には酷く妙な反応に感じられた。
「……何が違うのかしら?」
「あなたは、きっとこの計画のほとんどを見通しているのでしょう。今回関与していない私でも読めますから、当然です。囮を使った侵入作戦、それで正解。ですが、同時にこうも思っているのではありませんか。そこまでして侵入してどうしようというのか。入ったところでできることなんて何もない。月と幻想郷にはそれほどの差があるし、それは八雲紫も知っているはず」
「そうね、少なからず違和感を覚えているわ」
「あなたの考えは正しい。あなたは月の者と通じて紫を出し抜くでしょう。ですが、恐らくはそれすらも囮。幽々子辺りが月へ侵入する」
「……そこまでは読めていなかったけれど、誰が侵入したとしてもできるなんてないでしょう」
「はい。だから、幽々子も適当に何かして帰ってくるでしょう」
「それでは話の筋が通らないのではないかしら。リスクとコストに対するリターンが見合っていないと思うけれど」
真っ当な意見であった。理路整然としていて、どうしようもないくらい正論だった。
幻想郷の様々な妖怪、人を巻き込んで、時間までかけて月に行く。そこまでしてする事ではないというのが誰もが思う事だった。
ただ、そう思っていないのが古明地さとりだったから、今永琳は断定ではなく意見を言葉に選んだ。
八意永琳はさとりを自身を凌ぐ頭脳であるとは思っていない。ただ、この妖怪はただ優れた頭脳を持つという人物でなく、物事を解る事に長け、その上で為すべき事を為すという一点において誰よりも優れている。そう考えていた。輝夜が時折口にする、澄んでいなくとも美しい色があるという言葉に当てはまる人格で、穢れある地上における月人と対極の知恵者であるとも。
詰まるところ、永琳にはさとりに真っ当な疑問を的確に与える事はできても、否定を与える事はできないのだ。視座が違い、思想が違い、生き物として違う。定数を誰より正確に扱う賢者には、変数を計算に組み込む愚者の答えは見えない。
「八意永琳、あなたにこの騒動の真相が分からなくて、私には分かる。その理由は幻想郷を知っているかどうか、その一点に尽きます」
そこにいるのは間違いなく旧友古明地さとりであったが、同時に幻想郷の古明地さとりである事を二人は思い出した。
「ここは、至極簡単なルールの下で運営されています。人を襲う妖怪と、妖怪を恐れる人。この関係が妖怪達の終着駅を居場所たらしめている。永琳、あなたはどうですか?」
「どうとは?」
さとりの表情に、若干の諦観が滲んだ。
「あなたは、ここに来た時、人である事を選んだんです。妖怪ではなく人として住民になった」
「その覚えはないけれど」
「あなたは妖怪のコミュニティに入っていきましたか? あなたは、不思議なお医者さんとして人里と関係を持っているのではありませんか?」
さとりにしては何か迫るような言い方だった。
それが事態の深刻さを表しているようで、妙に薄暗い感情が永琳の奥より湧き上がった。
「あなた方には理解し難いかもしれませんが、この世界はそのルール故に関わった社会に属する事になります。ならば、八意永琳、あなたは人なのです。人ならば、妖怪を恐れなければならない」
返答は沈黙であった。
幻想郷への不理解故の掟破りに対して、それを突きつける古明地さとりの声に対して、答えに窮していた。
「と、ここまでが紫の言い分です」
「え?」
思わず呆けた声が出た。さとりはそれまでとは打って変わって普段とそう大きくは変わらない面持ちで永琳を見つめていた。
「この騒動は、要は月の頭脳とも言えるあなたを出し抜く事を目的とします。あなたには理解できない思考で、あなたを騙す事ができる妖怪がいると、紫はそう思わせて妖怪への恐怖という義務を果たすよう仕組んだ」
「……その言い方だと、あなたはそれを良しとしないのかしら」
「えぇ、だからあなたを救いに来た」
「それが、八雲紫への敵対行為だとしても?」
「私は迷いなく行動します。紫が守るものが幻想郷ならば、それを守る為に紫を敵としましょう。紫の味方で、八雲藍と私が違うのはそこですから」
断定の言葉と共に、さとりは懐から煙草を一つ取り出したかと思うと、徐に火をつけて煙をくゆらせた。
二人は彼女が喫煙者であるとは知らなかったと意外そうにそれを眺めていたが、どうやらそうではなかったらしく、少し吸うと咳き込んで、渋い顔をして小さく息を吐いた。
「これは魔除けです。紫は今はこちらに構う余裕がありませんから大丈夫でしょうが、他の誰が見ているとも分かりませんから」
「用心深いのね」
「何かと気苦労の多い身でして。まぁ、それはいいのです。話を戻しましょう」
「咳き込むのには気をつけて」
「えぇ。……紫のやろうとしている事はルールの完全なる適用です。例外を認めるわけにはいかないと、彼女はそう思っている。幻想郷を守る為に」
「例外というのはいつだって厄介なものだものね。そうおかしい事ではないわ」
「これは幻想郷の原則に従う行動ですが、決して幻想郷の為になる行動ではありません」
「その心は?」
「この世界は不完全であるし、そうでなければならないという事です」
「自分達で作った世界なのに、随分辛辣なのね」
横からひょっこり顔を出した輝夜が、面白そうに笑った。
「元々、世界の解明に追われた魑魅魍魎の最果てです。不完全だからここにいる」
「あなたも?」
「私も、です」
一つ咳払いをして、続ける。
「八意永琳、あなた程の例外を認めないという事は全ての例外を認めないに等しい。つまり、あらゆる存在がこの世界のルールに束縛されることになります」
「それは良い事なのではない?」
「ルールが単純であるが故に、これは問題になる。不完全な世界で、完全なルールがあればどうやったって浮くものです。種も仕掛けも割れるのです。このルールは曖昧でなければならない。なんとなくそういうものであると思われてなければならない。完全に理解された時、人は再び我々への恐怖を忘れるでしょう。そうなれば、全てが終わる」
「厳密にすれば実質的に、不文律でなく明文化されたようなものになると。だから、私をそうするのはいけないと」
「あなたには例外でいてもらわないといけません。綺麗事では世界は救えない」
輝夜はさとりらしい言葉だと思った。同時に、さとりらしくない言葉だとも思った。
きっと、その言葉はさとりのやり方の一部を正確に伝えているのだろう。だが、さとりはここまでそれを具体的に言いはしないし、感情的にも言わない。さとりという人物の少しだけ深いところを垣間見た気がした。
「さて、経緯を理解してもらったところで、ここからが本題です」
「……? 私が事の次第を理解した以上、もう問題ないのではないかしら?」
「相手は八雲紫です。どのような手を講じてくるかわかりません。あなたと違って狡い事も予想できないような事もします。だから、私が来たのです。あちらが毒を盛るならば、こちらも毒を盛りましょう」
さとりが酷く意地の悪そうな笑顔で、二本目の煙草に火をつけた。
「さぁ、悪巧みの話を致しましょう」
迷走中。
どこへ向かえば良いのかわからなくなってきています。
ここ好き機能とか使っていただけるとどういう台詞がいいのかわかるので余裕があるとお願いします。
この作品を読んでいて良いと思う部分
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シナリオ
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キャラクター(性格など)
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台詞回し
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地の文
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表現
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考察できる点
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謎の多さ
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キャラクターへの解釈
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世界観への解釈
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シリアスな点
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ギャグ要素