詐欺師さとりは騙したい   作:センゾー

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欺瞞し、裏切る、これ人間生来の心根なり。
     ソフォクレス ー『アイアス』よりー


第一話【地獄に垂らすは】

「面会の予定なんて今日はないわよ」

「そうでしょうね。だから、態々猫と話なんてせず、手っ取り早くここまで来たのだから」

 

 少女達の声が低く響いた。どうやらそれは互いに辟易したような感情から来ているらしかった。

 

「はぁ......貴方は割と常識のある方だと思っていたのだけれど」

 

 小さな体躯に見合わぬ書斎に見合わぬ態度で座った少女は、何度か咳をして「お燐、大丈夫かしら」と呟いた後、忌々しげに漏らした。

 

「ここにいる時点でそんな訳がないじゃない。地底に遁れた御老公、耄碌するには早いのでなくって?」

「紫を思い出すから老人扱いはやめて欲しいわね」

「若々しくあろうとしてから言いなさいな」

「そう見せる相手がいなければ甲斐がないじゃない。で、要件は何かしら?」

 

 二人は小さな、ありがちな書斎にいた。そして、そこは破壊の後の土ぼこりに包まれひどく汚い様にある。

 しかし、それを気にする様子もなく、会話は進行する。

 

 かたや、老人めいた雰囲気を纏う桃色の髪の少女。

 かたや、陰気に爪を噛む嫉妬深そうな少女。

 

 二人とも見るだけで只者でないことはわかるが、しかし、同時にそれしかわからないような女だった。

 未知数が人の皮を被ったみたいな不気味さがあった。

 そして、それは実際考えすぎなどではなく、きっと理性あるものの多くがどうにも忌避せざるを得ないものを二人が持っているからであった。

 

 嫉妬の女が憎々しげに言う。

 

「要件なんてわかってるんでしょうに。まるで自分の能力をないもののように扱うのね。図太いわ。後白河院だってもう少しマトモではないかしら。......妬ましい」

「私がそういうものだって知っているでしょう。このやり取りは23回目よ、パルスィ」

「嘘ね。27回目よ。当たり前のように嘘を吐くのね、さとりおばあちゃん」

「......忘れていただけよ。なんてったって、おばあちゃんですから」

 

 心底嫌そうな顔をして、さとりはマホガニーの机から一枚の書類を取り出した。

 21世紀頃の日本のように綺麗に印刷されたそれは明らかに異質であったが、当たり前のように置かれ、特に何事もなくパルスィの手に渡る。

 内容はどうやら警告文のようで、要するに何かしらの騒動を今すぐ辞めないと処罰を下すというものらしかった。

 

「......私の心を読んだのよね」

「えぇ。だから、それを渡したのよ」

「私は一緒に来て欲しいと思っているのだけど」

「御断りよ。その紙があれば十分。というか、勇儀がいるからそれすらいらないでしょう」

「勇儀ならいないわよ」

「......はぁ......」

 

 珍しく予想外だった言葉に、直ぐに新たな心を読み取る。

 そして、勇儀のいないという事情を知りさとりはため息を漏らした。それは苛立ちと諦観の混じった音を立てていた。

 

「あの人はなんでこういう時にいないのかしら」

 

 その人、鬼だが、星熊勇儀は地底の鬼の棟梁であった。

 

 かつて地の上に栄えた妖怪の山、その頂点にあった鬼の四天王の一人であり、そして、唯一さとりや紫に協力的な鬼である。

 唯一と言っても特別協力的なわけではなく、また、他が非協力的なわけではない。

 

 鬼の四天王は地に潜った際に離散していたのである。

 一人は完全に行方を眩まし、一人は何の道楽か仙人なぞになったと風の便りに聞こえてくる。

 伊吹萃香は勇儀と共に地底に潜ったが自由人であり、上も底もどこへでも、今でもどこにいるかなどわかりはしない。

 

 その点、星熊勇儀は頼りになった。

 基本的には地底を動かないから抑止が破綻することもなく、その強さが小細工じみた能力よりも単なる膂力に依ることから妖怪達が反感を抱くこともそうない。

 極めて優良な彼女はそうあるだけで、地底における抑止力として、実質的な維持を行なっていた。

 

 そして今、その彼女がいないのである。

 つまるところ、基本のいるではない、例外のいないだ。

 

「地上に行く際はせめて一声と耳にタコができるくらい言っているのに。馬耳東風とはこの事ね。馬の方がまだ聞き分けが良さそう。汗血馬も赤兎馬だってもう少しマシよ」

「苛立ったって仕方がないわ。元々、貴方の仕事なんだから観念して来なさいな」

「わかった。わかりました。行けばいいのでしょう」

「よろしい」

「じゃあ、準備をしてから出るから先に行っておいて。あと、ヤマメも呼んでおいて。私が出るんだから護衛をお願い」

「了解。では、お待ちしておりますわ。地底の支配者古明地さとり様?」

「はいはい」

 

 最後に嫌な笑みを浮かべて、パルスィは退室した。

 

 ホント、彼女は変わらないわね。

 さとりは皮肉に苦笑しながら立ち上がる。

 

 パルスィ。水橋パルスィは、旧友だ。私の数少ない友だ。

 

 嫉妬の妖怪橋姫である彼女は世界の全てに嫉妬する。そして、彼女のそれはあまりに純粋な感情だ。

 あまりに澄んでいて、あまりにも固執している。彼女の心の殆どがそこに処理を割いている。

 だから、彼女は心を読まれることに対する抵抗感が他より若干弱い。

 

 それで、地上にいる頃から親交を持ち、妖怪の山の騒乱の際には除け者同士、地底に遁れた。

 今となっては、皮肉と嫌味の応酬が当たり前となっている。

 はたから見れば結構に劣悪な関係で、これが良いんだか悪いんだかわからないが、まぁ、そんな関係も悪くはないと今では考えている。

 

 だから、そんな友人の願いは結局聞き届けてしまうのだ。

 

「さて、行きましょうか」

 

 少女は先程とは打って変わって軽快な足取りで部屋を出て、廊下を行きながら陽気にフィンガースナップを鳴らした。

 

「なんでございましょ」

「若干心配していたのだけれど......貴方、パルスィを通したのね」

「......怒ります?」

「まさか。そういう思考は私のやる事だし、何より貴方達の成長が感じられて嬉しいわ」

 

 廊下を歩きつつ、音に合わせて現れた猫耳少女の頭を撫でる。

 その表情には欺瞞はなく、明確に穏やかさと母性が滲んでいた。

 される方も彼女を信頼しているようで、少々恥ずかしい様子ではあるが、撫でられるのをひたすらに歓喜で享受していた。

 

「さて、お燐。街に出るわよ」

「なんかの騒ぎがあったんです?」

「また地底生活に嫌気のさした連中が暴れようとしているんですって。勇儀がいないみたいだから私が行かなきゃいけない。ヤマメとパルスィが守ってくれるけれど、数は多いほうがいいし、貴女の方が私をよく知っているでしょう?」

「えぇ、えぇ。知ってますとも。私の育ての親ですから!」

「じゃあ、お願いね。まぁ、ゴロツキ共が相手なら大した問題は起きないでしょうけどね」

「しかし、自分から地底に下っといて文句を言うとは太い野郎共ですね。一回どうにかした方がいいんじゃありません?」

「ダメよ。私は独裁者じゃないし、そもそも為政者でもない。ただの管理者が何かして、閻魔に目をつけられたら厄介極まりないわ」

 

 さとりには冷淡さが言葉の端々にうかがえた。しかし、明らかに何か企んでいるのに、それを追及させない風格があった。

 やがて二人はエントランスへ至る。

 来客の珍しいこの館には不必要に大きいそこを20秒ほどかけて通り抜け、玄関の扉は開かれた。

 

「早いわね、パルスィ」

「ヤマメが直ぐそこにいたもので」

「そう。それは運が良かったわね」

「えぇ、とっても」

 

 流れるような応酬が10秒で終わる。

 新たな当事者はすぐに呆れたように口を開いた。

 

「二人は相変わらずだねぇ。皮肉を構わず言い合うってのは、私はもたれそうで勘弁被るが見てる分には仲良さげで良い」

「皮肉なんて言わない方がいいわよ。貴女とキスメみたいに仲良く笑いあってる関係の方が素晴らしい」

「そうね。あれは妬ましい」

「さとりに褒められ、パルスィに妬まれるなんて、光栄な事。こりゃあ、吉兆に違いないね」

 

 喜ぶ土蜘蛛の少女ヤマメの笑顔に、パルスィは再び「妬ましい」と言う。

 一行はそのようなやりとりを繰り広げながら、市街区域へと向かう。

 パルスィとヤマメはさとりの両隣に、お燐は建物の屋根を伝って、何も言わずともそれぞれがさとりを護衛するように居た。

 

「それで? 問題の連中の情報は?」

「ホイホイ、私が調べといたよ。ヤバイのは大体西区の連中。あっちは勇儀のいる東区から離れてて、あと代表が萃香なのもあって治安はお世辞にも良いとは言えなかったけど、最近は余計に悪かったんだ」

「原因の目星は?」

「ついてる。というか、見りゃわかるよ。前からNo.2が実質代表だったけど、ほら、ここ最近萃香がいないもんだから調子に乗ったんだなあれは」

「自分でスティグマを刻んでおいて、それを忘れるような輩ならやりかねないわね」

「愚昧ここに極まれり、だね! そんな小物にさとり様が出る必要あるのかい?」

「そりゃあ、一時的な鎮圧なら私らでもできるさ」

「でも、それじゃあじきにまた暴れ出す。妬ましいけれど、さとりか勇儀がどうにかしないとだめね。ホント妬ましい事に」

「繰り返さなくていいわよ」

 

 そこで、不意にさとりの足が止まった。

 

 その表情は3秒間驚きに引かれて、その後気怠そうに苦笑した。その肩には既に力がなくだらしなくぶら下がるのみであった。

 

 完全に場違いな様だった。

 

 何故ならば、他三人は真面目不真面目と様子の差はあれど、臨戦態勢に入っていたからである。

 雰囲気に浮いたまま、さとりはヤマメに問う。

 

「ヤマメ、一応、聞いておくわね。今回、私が出るに当たって、会談の場所とかは設定していたの?」

「当然。いつも通り、中央の集会所」

「そう。あれ、西区の人達よね」

「うん、そうだね」

 

 中央区に至る前、あと5分は歩くかと思われた頃である。

 四人の前には、二、三十人ばかりの妖怪が立っていた。

 

「待ち兼ねたぞ。古明地さとり」

「あら、普段から私を避けている人の言葉じゃないわね。心変わりにエスコートでもしてくれるのかしら?」

「お前を口説く者も、慕って付き随う者もないだろう。ずっと陰で静かに生きているのがお似合いだったろうに」

「残念。紫のバラの人にお願いされてしまったの。この素晴らしき世界に尊い支援をってね」

「あのような女に心を拐かされたか。覚の程度も知れたものよ」

「拐かされた? 私が? ハハッ、面白い冗談」

「……何がおかしい?」

「いえ、何も。こちらの話。では、集会所まで行きましょうか」

 

 妙な強さがその言葉にはあった。

 

 名も語られぬNo.2は、本当はその場でさとりを始末してしまおうと思っていた。

 だから、彼らはここにいたのだし、ヤマメ達までもが殺気立っていたのだ。

 

 さとり以外の誰もが、その場で始まり終わるのだと思っていた。

 

 なのに、何故かその言葉を前にしては従う他なかった。

 

 どうしてこのような雑魚に。

 

 No.2の巡る思考は答えを導かず、一行はやはり彼女の言葉のままに集会所へと向かう。

 道中は沈黙に尽き、それが一層不気味に感じられた。

 

 それは荒くれ者達だけでなく、さとりの味方であっても感じていた事であった。

 密やかにヤマメはパルスィに話しかけた。

 

「こういう時のさとりはやっぱりちょっと不気味だねぇ」

「何考えているのかわからないものね。イマイチ方針や手段が定まらないから、八雲紫より厄介」

「本人がそうしてるんだから、今も私達の心読んでほくそ笑んでるだろうね」

「えぇ。ホント妬ましい心胆」

 

 灯が強くなった。それは繁華街に足を踏み入れた事を意味する。

 一行の行進に少し騒めきはあるが、それでも栄えた街といった様子はあり、ヤマメ達は落ち着いたように息を吐いた。

 

「さ、着きましたよ?」

「言われずともわかる。お前こそ、とっとと入るがいい」

「はいはい。そんなに急いでも仕方がないでしょうに」

 

 小さな靴を綺麗に揃えて、少女は畳敷の屋敷の奥へ進む。

 後ろにはパルスィとヤマメ、横にはお燐がいた。

 荒くれ者達は少し後ろを歩いていたが、その視線には少々の殺気が宿り、四人の背中を指していた。

 

 直ぐに戦闘になるかもしれない。

 そんな想定をして、ヤマメは糸の準備をする。

 

 ここは狭いから、糸を上手く使えば逃げられる。普通にやっても戦いに勝てない事はないだろうが、そうすると被害が大きい。

 

 街に馴染んだ彼女にとって、街の中心が破壊される事は避けたかった。

 

 パルスィとお燐に「先ずは逃げる算段でいこう」と耳打ちをする。

 さとりは心を読んでいるだろうから、言わずとも良かった。

 

 いくつもある部屋を過ぎて、さとりは廊下の突き当たりの引き戸の前に立つ。

 直ぐに、迷いなく、戸は開き、一行は部屋の中へと進んだ。

 

 長机をいくつも繋げてあるだけの会議場だったが、地底の人々にはそれで十分だった。

 

 さとりは奥へ奥へと進み、入口から最も遠い最奥に座った。

 

「さとり、もしかして私の声聞こえてなかったのか」

「知らないわよ。私だって、まさかこうするだなんて思ってなかったし。......でも」

「でも?」

「アイツは狡猾よ。私が知る誰よりもね。貴方の声が聞こえてなかったとしても、逃げる算段くらいする女。だから、奥に座った以上逃げる必要がない。きっとアイツには何かがあるんでしょう。私はそう信じる」

「何もなかったら?」

「貴方には悪いけど、ここで思い切り暴れる」

「マジか。さとりー......ホント頼むよー......」

 

 小声で祈りを漏らしながら、ヤマメはさとりに連なるように座った。パルスィも同じく。

 お燐だけはさとりの後ろに立っていたが、彼女はそういうものだと知っていたから、特別言及される事はなかった。

 

 皆が座り、話し合いの大体の準備ができたと見ると、さとりは一つ咳払いをして、待ち兼ねたように言葉を放った。

 

「貴方達の要求は知っているわ。地上に戻りたいのでしょう?」

「話が早いな。さぁ、どうする? お前としてはこんな要求呑むわけにはいくまい?」

 

 パルスィとヤマメは心の内でその言葉に同意した。

 

 そうだ。さとりは地底を任されている以上、この件をどうにか解決する必要がある。

 しかし、こいつらは勇儀にはノータイムで従うが、さとりの事はナメている。

 

 理由は単純。さとりに戦闘能力がないと思っているからだ。

 

 いや、実際どうなのかは誰も知らない。知っている者がいたとして、八雲紫やそれに類する連中くらいのものだろう。

 少なくとも、さとりは徹底して戦闘を避ける。

 弱いが為か、策謀の為か。何方にしても、そういう物事はわからない内は都合よく解釈されるものだ。

 

 さとりは弱いと思われている。だから、彼らは従わない。

 

 だから、さとりには勇儀なら必要ない数手がいる。

 

 今回のそれが何なのか。それが問題で––––––––––

 

「いや、別にいいですよ。地上に戻る事に関しては」

「......は?」

 

 え?

 

「いや、だから、別に戻ってもいいですよ。戻りたければ」

 

 えぇぇぇぇええええええ!?

 

 ヤマメの心は絶叫した。さとりは五月蝿そうにしながら髪をいじっていた。










作者より賢いキャラクターは描けないもので、どうやっても賢く描けないのですが頑張ります。

この作品を読んでいて良いと思う部分

  • シナリオ
  • キャラクター(性格など)
  • 台詞回し
  • 地の文
  • 表現
  • 考察できる点
  • 謎の多さ
  • キャラクターへの解釈
  • 世界観への解釈
  • シリアスな点
  • ギャグ要素

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