詐欺師さとりは騙したい   作:センゾー

21 / 37
我々は中傷・偽善・裏切りを憤る。
というのは、それらが真実でないからではなく、
我々を傷つけるからである。
         ジョン・ラスキン–『建築の七灯』より–


第十六話【満月抄】

「あなたになら、私を駒のように扱っていただいても構わなかったんです」

 

 月光を背に語る声。

 

「卓上で、最高効率に願望へ向けて支配されるただの駒。都合の良い人形のように」

 

 竹林の奥へ語る声。

 

「私は形ばかりは人形のようでしょう? どうでしょう。この指に、腕に、脚に、糸をつけてみますか?」

 

 賢者の前で語る声。

 

「声と脳が残っているのなら、私に糸をつけても意味なんてありませんが」

 

 愚者の喉が語る声。

 

「それとも、こんな事をする奴なら首に巻くのがお好みですか?」

 

 罪科の処を語る声。

 

 ここで、ようやく賢者が声を発した。酷く歪で、言い表せようもない感情の混ざった声だった。

 

「あなたが、それを選択するとは思わなかった」

 

 拍子抜けしたような顔した。呆れたようにため息を吐いて。

 

「そうでしょうね、私は八雲紫の味方であってあなたの味方ではないのですから。八雲紫の為ならば、こうして敵にもなります。ずっと私はそうだったでしょう? 私を忘れましたか、紫」

「忘れたつもりはなかった。ただ、あなたを無条件に信じるようになっていた」

 

 告白のような言葉だった。それは或いは愛よりも重い何かだったのかもしれない。

 だが、その焦燥の声に、普通の顔で奇妙なほど明るく返された。

 

「それはいけない。私はずっと疑わないとダメですよ。信用しても信頼しても、私に対してやめてはならないのは疑うことです」

「心はそう簡単に御せるものではないわ。あなたを私はただ味方だと」

「私は幽々子とも隠岐奈とも違う。私は私として幻想郷に携わります。八雲紫が抱いた幻想郷の理念と理想の為に、そして私の目的の為に。古明地さとりがそういう人だと、あなたが知らないはずもないでしょうに」

 

 知っていても、あなたの心に同じような親しみがあると思っていたから。

 そんな言葉が賢者の脳裏を過ったが、言っても何にもならず、ただそれすら理性で箱の中へ綺麗に押し込んでおける彼女には、理解ができても共感ができても賛同してもらえるはずもない事を考えるとあまりにも無意味だった。

 少なくとも彼女には心があり、感情があり、一般的な感性があり、常人の域を逸する事はない。ただ、その全てが誰よりも堅牢な理性のもとにあるから、どうしようもなく彼女は古明地さとりだった。

 

「異変が終わった後、私をどうするかはお任せします」

「今、私を見下ろしているのはあなたなのに」

「見下ろす事に意味などありませんよ、紫。この手の争いに勝ち負けは無いのです。目的を達したかどうか、得るものがあったかどうか。それだけの話」

 

 勝利というものへの渇望が全く感じられない言葉だった。心底興味がないという表情だった。

 

「私は八雲紫の理念の下にあなたの謀略を妨げた。これは嘆願でも讒言でもありません。ただ、あなたのいる場所を知らせただけ。私はあなたの過去からあなたを見ているんです。だから、殺されたとして恨みはありませんし、私を排斥しても特に気にはしません」

 

 あまりにも信じられない言葉の筈だが、さとりが言っているというだけでそれが真実で本心である事は確かだった。

 彼女は虚偽を口にし、欺瞞を施す人であったが、少なくともこれまでの関係の全てが彼女の言葉を肯定する。いつだって彼女は自分の命を簡単に賭け金にし、幻想郷の為に行動していた。そして、あらゆる理不尽にイカサマで応ずる。そのイカサマが、その生き方が楽なものでなくとも、立ち止まる事なくやってきたのだから、疑いようもなく彼女は八雲紫の味方だった。

 

「どうですか、紫。そこは心地がいいですか。私はここが気持ち悪いです」

 

 静かな言葉。微かな嫌悪の顔。

 

「心は簡単に御せないものと言いましたか。えぇ、そうでしょう。私も、こんなに感情を抑えながら動くのは久しぶりです。これほど怒るのはしばらく無かった」

「とても怒っているようには見えないけれど」

「怒っていますよ。ただ、それでも、感情的になるのではなく理性で動く。あなたを叱るのではなく、あなたが理念に背きつつある事を知らせる。私はどこまでいっても幻想郷の賢者でなく、ただ共にあった一妖怪に過ぎない。怒り、欺き、知らせました。それでも、選択はあなたに委ねます。あなたを欺き、立ちはだかり、気持ち悪い思いをしても、それでも私は選択者ではない」

「酷い事を、するのね」

「酷い事をなどした覚えはありません。寧ろ、こっちの方がされたと言いたいくらい。勝手に気持ち良くなって理想に溺れないでください」

「なんて感情的な言葉かしら。ハハ、片手で数えるくらいしかあなたのそんな姿、見たことないわ」

「頭に血が上りました。忘れてください。そして、答えはやがて返してください。それまで僅かばかりの暇をいただきます」

 

 見せたくないものを隠すように、その顔半分を手で覆った。そして、そのまま徐にさとりは歩き出す。

 紫の方へではない。暗闇の竹林の奥へではない。紫のいない方へ。それまで背に受けていた月光の方へ。彼女は歩き出した。そして、そのまま振り返る事はなかった。代わりに少しの言葉が残された。

 

「さようなら、紫。今のあなたは心を読むまでもありませんでした」

 

 

「さぁ、悪巧みの話を致しましょう」

 

 少女は、幼い体躯に似合わない煙草をふわりと揺らせ、意地の悪い笑顔で言った。

 

「策は練ってあるという事ね。いいわ、あなたに任せましょう」

「あら、永琳が口を挟みもしないなんて、さとり、あなた相当信頼されてるわよ」

「月の賢者の信頼とは光栄ですね」

「適材適所というやつよ。ただ合理的に頭を使うだけの話なら私の方が上手くできるけれど、こういう騙し合いならさとりの方が圧倒的に優れている」

 

 当然のように自身の優位を示し、不服そうな様子など一切なく相手の優位を彼女は語る。

 その様子はまさしく彼女が月の賢者であり、頭の良い人、天才であるだけの人でない事をわかりやすく示していた。できる事とできない事、優れている点と優れていない点。その全てを事実として飲み込む胆力もまた、彼女の素晴らしさであった。

 そういうかえって嫌味のない言い方に、さとりもまた苦笑いするまでもなく肯定するかのように会話を継続するのである。

 輝夜はそういう二人を見るのが好きだった。

 

「それで、どうするかという話ですが、とても簡単な話です。たとえば、紫が自身を囮にしたとしてあなたは容易に捕えてみせるでしょう。その後、スキマで逃げないように拘束するのではありませんか」

「当然ね。あれで逃げられると厄介な事この上ないもの」

「拘束しないでください」

「……逃げられるけれど、いいのかしら」

「えぇ。だって、紫は結局月に行く気なんてない。逃げた所でできる事なんてないのです。拘束されて、侵入を阻止したと思わせる事が目的なんですから」

「その先にまた策を弄してくる可能性は?」

「当然、あります。ですが、そもそも拘束されない事が彼女にとっては予想外です。拘束しない理由があなた達には無いはずなのにされない。彼女は考える事でしょう。そして、一つの可能性に辿り着く」

「内通者の存在、ね」

「えぇ。そして、ここで大事なのがただ逃すという事です。内通者がいたとして、あなた達は紫の侵入を阻止したならきっと企みを看破してみせるでしょう。でも、それすらしないのです」

「それに何の意味が?」

「内通者が私であると仄めかす事ができます。それこそ適材適所という事。ただ見通して、目的に必要なことだけするのは私のやり方です。内通者の正体は古明地さとりだったのです」

「あえて明かすなら、その目的は?」

「勿論、紫の心を折る事ですよ」

 

 流れるように吐き出された言葉は、その軽さに対して酷く重い意味を持っていた。

 それでも、同朋を正気に戻すかのような口ぶりで、その相手を苦しめる事を、ドン底に突き落とす事を画策する姿は、優しさなどという言葉とは程遠いものだったが、或いは何より真摯だったのかもしれない。

 

「あなた達の行動に私の影を見せる事で紫は私を疑うでしょう。でも、彼女は私を疑いたくない。これは私への信用だけが理由ではありません」

「あなたが古明地さとりだから」

 

 永琳の答えに、さとりは頷いてみせた。

 

「恐らくその言葉の意図は正解でしょう。はい、紫はこと幻想郷に関しては私の選択は正しいと思っています。賢者に属さず、賢者達の対立にも関与せず、始まりの理念を残す唯一の者として、私の判断を尊重します。ですから、私が否定する事は彼女にとって迷いになる。あとはもう簡単です。私が彼女の前に現れて、裏切り者は私だったと敵対を断言する。彼女は動揺するでしょうね。私が裏切るとは思ってなかったと宣うでしょう」

「かなり酷い毒を盛るものね」

「えぇ。私にとっては、今の彼女の行いが幻想郷に対する毒ですから。あぁ、それと、この毒を飲んでもまだ前に進む意思を見せたなら、私はそれ以上敵対しないつもりです」

「あら、あなたにしては諦めが早いじゃない」

 

 意外そうに首を傾げる輝夜を一瞥して、煙草の灰を落とした。

 

「理念が時代と共に変化するなら、そういうものなのでしょう。過去を認めた上で変化を望むなら私はそれ以上何もしません。地霊殿で隠居して、のんびり過ごす事にします」

 

 それは淡々とした言葉であったが、それまでの微かに苛立ちなどを内包しているように思えた言葉とは違って、どこか穏やかな気配を持っていた。自分が排斥される事すらも、大した事ではないと最初から納得していたかのような様子だった。

 輝夜と永琳は、こういうさとりの感情の機微を好ましく思っていた。どこまでも冷徹で、残酷で、無感情に見える彼女にも当たり前の心があり、稀にそれが顔を覗かせるのである。これがかえって普通の人より人らしく感じられて、輝夜の言う一色の美しさと相まって月人の二人には美しいものに思えていた。

 だから、二人は永琳に関してさとりに協力してもらうのではなく、これから運命の分岐点を迎えるさとりの策謀に協力する事を内心決意していた。

 

「あなた達らしくない行動をする。私がしそうな行動をする。それだけです。疑われずに人を殺すのに密室のような大仰なものが必要でも、毒を盛るのはそう難しい事ではない。毒の作用が強ければ、少しの違和感という投与で効果は出るでしょう」

「まるで人を殺した事も毒を盛った事もあるかのような言い方ね」

「密室殺人の経験も、毒を盛った経験もありませんよ。私は口先でしか物事を解決できませんから」

「口先だけで全て解決してしまえるの間違いでしょうに。まぁ、いいわ。私も永琳もあなたの案に従う。八雲紫の狼狽する姿は見てみたいし」

 

 煙草の火が灰皿にこぼれた灰と共に消えた。勝手に落ちたのではなく、さとりがほんの少し強く灰皿に叩いたからであった。

 

「あら、見られてしまうかもしれないわよ」

「外に妹紅を待たせてあります。私は今日、あなたと妹紅の殺し合いが酷いことを恐れた、私よりタチの悪い兎から仲介を頼まれた。それだけのことなのです」

「……成る程ね」

「彼女は大事にした方がいいですよ。随分長生きで、老獪で、私より頭が回る。正直な所、もし私があなた達を罠にかけようとしたなら、間違いなく最大の障害になります」

「ふふ、古明地さとりに褒めてもらえるなんて光栄な事ね」

「そう思ってくれる人はほとんどいませんがね。では、私はもう行きます。お邪魔しました。これからの連絡は妹紅を経由しますのでよろしくお願いします」

「あら! 妹紅が手伝うのね」

「随分不機嫌な返答でしたが、あなたの頼みならと言ってくれました。数少ない、私の友です」

「良い関係ね」

「えぇ、とても」

 

 立ち上がり、時計を見た。間もなく丑三つ時を迎えようとしていた。

 今の時間にさしたる意味などなかった。ただ、時計が気になったから見た。それはもしかすると輝夜の能力の行使を気にかけたものだったのかもしれないが、一瞬を掻き集めたその能力が時計などでわかるはずもなかった。

 だからといって、さとりが何かをしたり問う事はなかった。

 そのまま二人に見送られて、待ちくたびれた妹紅と共に竹林に消え行く際、さとりは一度振り返って言葉を残した。

 

「さようなら、輝夜。あなたを信用はしませんが賢人だと認めているので、その心は読みません。ですから、どうか良き関係をお願いします」










またスランプに。頑張ります。

この作品を読んでいて良いと思う部分

  • シナリオ
  • キャラクター(性格など)
  • 台詞回し
  • 地の文
  • 表現
  • 考察できる点
  • 謎の多さ
  • キャラクターへの解釈
  • 世界観への解釈
  • シリアスな点
  • ギャグ要素
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。