詐欺師さとりは騙したい   作:センゾー

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闇深ければ 光もまた強し
                坂村真民


第二十話【その花束は何の花か】

 心を読む、という能力に関しての解釈を多少ここに記す。

 それは音で心の声が聞こえる。それは言葉で心が文字となって読める。それは意識で心が情報となって伝わる。多様な解釈が可能で、少なくとも私はこの記録においてそれをどれと断定する気はない。これを記すのは、彼女の心を読めたという事実の重要性の明示の為であり、それ以上の情報を開示する必要はない為である。

 心を読むということは、言うなれば覗き見である。覗くからには隙間があり、文字通り垣間見えるわけである。彼女を前提に例えるならば、夜闇では覗き見ようとも何も見えない。光があることが前提になる。その意味で、彼女の心は決して見えないのである。夜闇どころではなく本当に真っ黒な世界なのだから、何一つ見えない。これは彼女の本質に由来するものであるから、策を弄したところで解決する類のものではない。

 人が人であって妖怪でないように、妖怪が妖怪であって人でないように、神がただ神であるように、或いは私が私であって他の誰でもないように、これは一種の固定された変動しようのない性質である。

 彼女の心が読めるという事は、闇が薄れているという事。闇そのものである彼女から闇が薄れるというのは、私が覚妖怪でなくなるようなもの。つまり、存在の変質であり、幻想郷が望まない新たな生への決定的な変化である。

 だから、私は関係者の中で最も理性的な私をそのまま監視役に選んだ。この事案に対し、自身も手を伸ばすことなく、ただ記録し、必要あれば介入し、なければ見届ける役割として、古明地さとりは適任であるとした。この理性しか私の中に役立つものはないのだから、私がやるのである。

 誰にも耐え難い誘惑ですら戯言と冷徹の目を向けられるのは、私でしかないのである。

 

 

 心の解読範囲が広がっている。常人と比べれば小さな穴であるが、少なくとも見える範囲は広がっている。

 対照的に彼女の表情は朗らかになっていく。やつれた頬がえくぼに見える程度に。

 発言には生命活動への解釈の著しい乖離が見られる。

 また、彼女の来訪が著しく多い。前回から一週間程度しか経過していない。私に対して何らかの意図を持つようであるが、現在の解読範囲では詳細はわからない。引き続き監視を行う。

 

 

「気分はどうですか」

「とってもいいわ。調子はすごく悪いんだけれど、心地よさが苦しみを凌駕しているの」

「不健康なことで。痛覚を失っていってるようなものなのに、自覚が全くないのですね」

「あるわよ。ある上で、私はこれが幸福だと選択した」

「したのか、或いはせざるを得なかったのか」

「今日のあなたは不機嫌なのね」

「そうですか。私はいつも通りですが」

「いつも通りのあなたはそんな事言わないと思うけれど。ほら、渋い顔をした」

「私を苛立たせて楽しいですか」

「苛立つ理由は特にないと思うけれど」

「人が傷ついていく様を見せられれば不快にもなりますよ」

「そういうものなのね」

「そういうものなのです。人も妖も関係なく、少なくとも、狂うか歪でない限りは」

「あなたは酷く歪だけれど」

「……」

「図星?」

「それ以上私に踏み入ることはオススメしませんよ。あなたには触れる理由もないでしょう」

「好奇心だと言ったら?」

「Cat has nine lives」

「Curiosity killed the cat」

「ほら、答えが出ましたよ」

「でも、私の命はそんな少量じゃないわ。散々喰い散らかしただけあって数はそれなりよ」

「幾つあろうと変わりませんよ。私の内というのは、ヒンノムの谷より忌むべきものです。何を持とうと持たざろうと、有象無象の区別なく、私はそれを許さないのですから」

「じゃあ、諦めるわよ」

「おや、存外に素直で」

「誰に許されなくても知らないけれど、あなたが明確に敵となるのは嫌ね。強いかどうか、恐ろしいかどうかではなく、あなたなら何かをしてしまいそうだから。そんなか弱い体で、どうしてかしら」

「できるかどうかは知りませんが、私が試みるのはいつだって生きる為であり、進める為ですよ」

「進む為とは言わないのね」

「そういうのは、私の役割じゃありませんから」

「そう」

「あなたは」

「ん?」

「あなたがその毒に身を浸すのは、何の為ですか」

「生きる為よ。幸せである事って、生きてるって感じがするから」

「……そうですか」

 

 

 前回から三日後の訪問。解読範囲の広がりは誤差の範囲。

 訪問の意図ははっきりした。この監視の適任者は私であった。私にしかできない監視であり、私以外では恐らく監視する状況にすらいたらなかった。

 詳細は毒になり得る為省くが、闇というのは不可解で、やはり知性の敵であるらしかった。

 

 

「どうして」

「え?」

「どうしてここに来るのですか。楽しい場所ではないし、私は楽しい人ではありませんが」

「怖い?」

「えぇ、闇のあなたが光に狂うのに私は何の関係もないのに、頻繁に顔を出されては怖いに決まっているでしょう」

「無表情なのに」

「強がりですよ」

「普通、強がれもしないのだけれど」

「冷静である事と恐怖を感じない事は違いますよ」

「じゃあ、その勇気に免じて教えてあげる。それはね、あなたが誰よりも夜目がきくからよ」

「何を言っているのか理解できませんね」

「ねぇ、今、私の心は薄暗いくらいなのかしら」

「……」

「知ってるかしら、どんな悪い人もどんなに絶望した人も、何も見えない闇からは目を逸らすものなのよ。なのに、ねぇ、あなたは昔から真っ暗なはずの私の心を覗く試みを繰り返しているわよね。それも、義務感や好奇心じゃない何か別の感情から」

「不快ですか?」

「不快ならここにいないわよ。闇と向かい合える人なんて稀少だから、数少ない友人だと思っているわ」

「それはどうも」

「でもね、数少ない友人の中でもあなたのところに来ているのはね、あなたが見え始めても目を逸らさないからなのよ」

「さっきの口振りからすれば、見えるようになる事は普通良い事なのでは?」

「あなたらしい言葉。話を進めるのに適した問いをわざとらしく投げるのね」

「望んだのはあなたでしょう」

「……夜でもなく、特異点のように闇があったら、そこには「何かがある」と思うのが当たり前なの。そして、その闇が異常であればあるほどその中にあるものも異常だと思うもの。私を見たら、私の中の何かが怖くて見たくなくなるの。それはどんな賢者でも強者でもね」

「だから、見ようとする私は異常だと?」

「そう。そして、私は今、その異常なあなたがあなたが持つ固有の力でしか見ることのできない私をあなたを介して見ている。あなたは嘘を吐くけど、真実から目を逸らさないからね」

「私はあなたに加担するつもりはありませんよ」

「しなくていいのよ。心は読めないけど、人の心の闇を感じる事くらいはできるから、そこから何となく解釈するわ」

「私はそれをただ受け入れろと?」

「あなたも、私が今どこかへ消えると困るでしょう?」

「えぇ、とても」

「じゃあ、最後までよろしく」

「はい、最後まで」

 

 

 前回から一週間後の訪問。解読範囲が前回までと比にならない速度で拡大。

 会話はほぼ無し。異常事態と認識する。私に何かを伝えようとしたが、少し迷ってやめたようであった。断片的に得られた心の情報から察するに、恐らくは、毒になり得る言葉であったようだ。彼女は存在が変質し始めている。このまま観察を続行、問題が生じれば処理する。

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 私は仕事をします。それ以上もそれ以下も、この件に関してはありません。

 

 

「おしゃべりなあなたが、今日は何も言わないのですね」

「えぇ、もう、読めてきているのでしょう」

「はい」

「……」

「……」

「今日は帰るわね」

「はい、どうぞ。引き止める理由もありませんから」

「あぁ、忘れていた。これをあなたに預けておくわ」

「花」

「えぇ、きっと時がくればどうするべきかわかるでしょう」

「そうですか」

「うん、じゃあ、さようなら」

「さようなら」

 

 

「あの方、おかえりになったんですね」

「えぇ」

「あれ、花ですか。いただいたもので?」

「預けておくと言われたわ」

「花を預けるなんてロマンチックでいいですね。恋仲ではないですけど。ところで、その花はなんていう花で?」

「あぁ、花の名前。お燐は見たことがないかもしれないわ」

「まぁ、ここらに花なんて生えませんからね」

 

 少女は花に口付けをした。

 

「この花の名は、カレンデュラよ」










お久しぶりです。繁忙期でした。今も繁忙期です。
中編になりました。次回で終わりです。よろしくお願いします。

この作品を読んでいて良いと思う部分

  • シナリオ
  • キャラクター(性格など)
  • 台詞回し
  • 地の文
  • 表現
  • 考察できる点
  • 謎の多さ
  • キャラクターへの解釈
  • 世界観への解釈
  • シリアスな点
  • ギャグ要素

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