詐欺師さとりは騙したい   作:センゾー

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色即是空
空即是色
          『般若心経』より


第二十二話【浄土変】

 それは、恐らくは罪を匿う夜闇の様なもの。

 吐息も足音も、何かが終わる音も、真実に至る為のものを全て覆い隠してしまう至聖所なのだろう。

 その人の救済というのは、人の身には余るほど平等で、それ故に罪深いのだろう。幸いだったのは、彼が信じたのは神でなかったという事だろうか。

 

 それは、恐らくは罰を逃れた先の碧落の様なもの。

 謀略も暗躍も、何かを終えた後も、事実だけを残し真実は惑い最早祈るしかなくなる教会なのだろう。

 その人の孤高というのは、妖の身にも余るほど欺瞞で、それ故に罰など必要ないのだろう。幸いだったのは、彼女が孤高であるのは孤独故ではなかったことだろうか。

 

 二人は交わるべきではなかった。

 

 救いは人に。人に罪あり。罪には罰を。罰は悟りへ。悟りは救いに。

 罪深く敬虔で清い彼を、躊躇なく彼女は拒むだろう。それは正しさを、彼の善行と生涯を否定する事。価値観に肯定され価値観に否定されたはずの彼を、ただ論理で否定する事。時代ではなく個人で聖人を貶める罰。

 罰無く欺瞞で満つ彼女を、躊躇なく彼は救うだろう。それは怪しさを、彼女の咎と生涯を否定する事。価値観を否定し価値観に肯定されたはずの彼女を、ただ慈悲で救済する事。勝手に赦されてしまう自ら選んだ罪。

 

 これは1000年前の邂逅。

 物事を忘れはしないが情報に変えていく彼女が、記憶として残し続ける、否、変えることができないでいる出来事。

 思い出せば苦虫を噛み潰したような顔をする。

 思い返せばポーカーフェイスの彼女が、ほんの少しだけ純粋な感情を顔に出す。

 

 神が来た。大地は揺れた。地の底より水が溢れた。

 ならば、次には船が来る。船の行く先に、彼女の因縁がある。

 

 

「近々、幻想郷に厄介な問題が訪れます、と言ったら驚きますか?」

「その事実には驚くけれど、あなたがそれを知っていることは全く不思議に思わないわ」

「なんだ、つまらない」

 

 さとりは頬杖をついて、窓の外を見た。彼方の岩肌だけが目について、その行動の意味などあるはずもなかった。

 紫はそれを面白がってクスクスと笑い、さとりの横髪に撫でるように触れた。

 

「話を聞こうかしら、かわいいあなた?」

「仏教が来ます」

「……詳しく聞きましょうか」

 

 髪をくぐる指が降りて、少女の顔は賢者となった。

 

「今、上で宝船の噂が出ているでしょう?」

「よくご存知で。存在は確認済み。近々、霊夢が見に行くでしょうね」

「あれの目的は聖白蓮という僧侶の封印を解くことです。人間と妖怪の平等関係を掲げる魔法使いの僧侶をね」

「危険人物なのかしら」

「許容はできます。ただ、影響に関しては注意が必要です。少なくとも、あの男よりは随分マシですが」

「あの男?」

「彼女の弟です。故人ですが、もしもまた会う事があればその時は一度殴るかもしれません」

「あら、私怨に染む言葉。余程の事があったのね」

「余程の事がありました。本当に、あれは、筆舌に尽くし難い」

 

 怒気をはらむ声。眉間の皺がいつもより鋭く見えた。

 

「聖白蓮の封印が解ける事があれば、私が出向きます」

「許容できるのに?」

「保険ですよ。宗教の流入が危うさを秘めていることは事実です。それに、私用でもあります」

「積もる話もある?」

「ありはしませんよ。彼女は私を嫌悪と共に迎えるでしょうし、私は辟易と共に招かれざる客となるでしょう」

「誰かつけた方がいいかしら」

「いいえ。私一人でいいです」

「あなた一人で十分だから? それとも、誰にも聞かれたくないから?」

「どちらでしょうね。あの男が相手なら、間違いなく後者だったでしょうけれど」

 

 不意にさとりが見上げた。視線の先を追うも何もない。

 10秒にも満たぬ沈黙の後、小さく「まさかね」と呟いて話を続けた。

 

「聖白蓮ならば、人妖怪問わず受け入れる寺程度で済むでしょう。影響はあるでしょうが、大勢を変えるものではありません。これから宗教が増える可能性を考慮すれば、均衡は保てるでしょうね」

「あなたの言うあの男なら?」

「即刻消してしまうべきです。あれは幻想郷にいるべきではない」

「あなたがそこで言うなんて珍しい。何があったのか聞いてもいいのかしら」

「仔細を語ることはないと思ってください。ただ、あれは私にとって敵ではありませんでしたが、私ではどうしようもなかったものです」

 

 怒りとは違う、何か良くない感情を含んだ表情。

 

「お互い、決して変わることのない自身の本質に薪を焚べ続けた。消えぬ炎が交わることなどあり得なかった」

 

 彼女との再会まで、あと7日。








プロローグです。

この作品を読んでいて良いと思う部分

  • シナリオ
  • キャラクター(性格など)
  • 台詞回し
  • 地の文
  • 表現
  • 考察できる点
  • 謎の多さ
  • キャラクターへの解釈
  • 世界観への解釈
  • シリアスな点
  • ギャグ要素

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