詐欺師さとりは騙したい   作:センゾー

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美しい肉体のためには快楽があるが、
美しい魂のためには苦痛がある。
        オスカー・ワイルドー『獄中記』よりー


第二十四話【空が落ちてくるような気がしても】

「またいらっしゃったのですか。私共のことなど気になさる必要はありませんのに」

「私は君たちにお礼をしたいだけなんだよ、さとり殿。何か力仕事などあれば言って欲しい」

「隠しても仕事を見つけ出してしまわれるでしょうから正直に申し上げますが、薪の用意が足りておりません。ここには大人もいませんから、枝葉を集めるばかりなのです」

「うん、ならば集めてこよう。なに、坊主だなんだと言っても私は意外とこういうのは得意なんだ」

 

 命蓮は呵呵大笑といった具合で瞬く間に外へと走り去る。それをさとりは微笑みと共に見送った。

 しかし、彼の姿が消え、周りに誰もいなくなった時の彼女の表情がどうであったかというと、実に陰気臭いものであった。

 

「あれも、あなたの気まぐれかしら」

「……厄介な人に付き纏われているだけですよ。それで、いったい何の用です、ゆかり」

「今日も今日とて泣き落としよ。あなた、幻想郷を飛び出してから帰ってこないんだもの」

「今の幻想郷に私は必要ありませんから」

「今の、ね」

「意図はありませんよ」

 

 スキマより顔を覗かせてクスクスと笑うゆかりを前にさとりは気怠げに足を崩した。

 

「今のあなたはいずれ来る役割を待っているように見えるけれど」

「任ぜられれば全うすることもあるでしょうが、実際そうなるかは私の知るところではありませんよ」

「それは役割を用意しろという意味かしら」

「アハハハハ、本当に言葉の裏を読み過ぎですよ。私は、えぇ、可能であればこのように暢気に暮らしていたいものですね」

 

 暢気に、という言葉が相応しくない身なりであくび混じりに宣う姿はいかにもさとりらしかった。

 それが本当にさとりらしかったのか、或いはこの時のゆかりの印象における話なのかは今を知る者ですらはっきりと答えられたものではなかったが。

 少なくとも、彼女は理性と知性の奥に並々ならぬ激情を抱える人であり、ゆかりにはさとりがそんな風に隠居することがおかしく見えたし、そんな気などないようにも思えていた。

 

「しばらくはこうして子供達と暮らしていますよ。用があれば、誰もいない時に声をかけてください」

「……この暮らしは、親無き子達を慈しんだから始めたのかしら」

「さぁ、どうでしょう」

「それとも、あの男を知っていて、全てこうなるように仕組んだのかしら」

「さぁ、どうでしょう」

「何が目的なの? あなたは、いつも誰にも見えないどこかへ歩き続けている」

 

 ゆかりの問いにようやく顔を上げて、さとりは微笑んだ。

 

「私はただの覚ですよ。私はどこまでいってもただの覚妖怪で、だから私を全うするのです」

「恐ろしい人。どうか、私の味方でいてちょうだいね」

「それはあなた次第ですよ、ゆかり。そして、彼との事はあなたを害なすものではありません」

「これ以上踏み入るなということね」

「察していただけたようで何よりです」

 

 さとりはおもむろに立ち上がる。その視線は遠く消えた命蓮の方へ向けられていた。

 

「終わったら、幻想郷に戻ってもいいかもしれません」

「なら、それまで待っているわよ」

「えぇ、待っていてください。私が帰ってきたなら、大丈夫ですから」

「なにがなぜ大丈夫なのか知らないけれど」

「ゆかりも、私も、幻想郷も、向こう千年くらいは全てちゃんと進む気がするというだけのことです」

「また、何かを知っているような言葉」

 

 微笑み、ゆかりを見下ろすさとりの瞳の奥に大きな炎が揺らめいたような気がした。

 

「私は、私達を、幻想郷を信じているだけですよ」

 

 

「昔からあなたって、決して一人で暮らしはしないわよね」

「そうでしょうね、意図してそういう風にしているので」

「なんでも一人でこなすのに、不思議なことね」

 

 マヨヒガの縁側で茶を啜る二人の姿があった。

 

「誰かといないと私はどんどん心を理解できない怪物に成り果てるような気がするので人と接して生きていようとしている、とか」

「あなたが?」

「そうですよ」

「冗談」

「冗談ではありませんよ。心を読めることと感じることは違います」

 

 さとりの幾分真面目な表情に、紫は戸惑いを隠せなかった。

 

「そして、あなたが冗談と言うような事を加えるならば」

「……ならば」

「私はひとりぼっちが嫌なんです」

 

 衝撃の告白であった。

 紫の顔に隠せぬ驚愕が表れた。「まさか」と言ってしまいたくなった。

 だが、どうにも真実味があって、どこか嘘じゃない予感がして、開きかけた口を結んだ。

 さとりはそれを見て小さく微笑んだ。

 嘲笑なのか、安堵なのか、或いは心情の伴わないただの表情なのか。相手がさとりだというだけで、紫ですらなに一つわかりはしなかった。

 ただ、その微笑みを綺麗だと思ったのは、いつものことだった。

 

「こればかりは嘘ではありませんよ。私が一人でいることに耐えられない弱虫なのは本当のことです」

「今になって、そんな話を聞けるとは思わなかったわ」

「そろそろ、私の話をしておこうかと思いまして」

「珍しい、何か理由があるのかしら」

「気まぐれというか、私の周りの整理をしておこうと思っただけです」

「なによそれ、まるで」

「いなくなるみたいとか言わないでくださいよ。そんなわけないんですから」

 

 困惑し青ざめる紫を、さとりは軽く睨みつけた。

 

「ただ、私も随分長生きしましたから、そろそろ一度整えたいと思っただけです。もし私が突然消えたとして、誰にも心を知られていなかっただなんて皮肉が過ぎるでしょう」

「随分と急に老いたわね」

「とっくの昔に老いてますよ。あなたや皆のようにいつまでも若くいられる気性ではないんです」

「見た目は少しも変わらないのに」

「見た目以外何もかも変わったんです。私は、大妖怪の類ではありませんから」

「これほどの大物がね」

「ハハ、小物ですよ、私は。小物だから、こんなに苦労しているんです」

「ずっと私についてきてくれていることに感謝ね」

「本当に」

 

 さとりは後ろに倒れ込み、両の手を広げて、寝転んだ。

 

「聖白蓮のところへ行くのも私の整理の為です。聖命蓮との縁をそろそろ終わらせる為に」

「疎ましき因縁、ね」

「私はもうあれをどう思っているのかわからなくなってきています。少なくとも、忘れようもない、数少ない感情の記憶であることだけが確かで」

「理性だけでは捉えられないというわけね」

「……私が見透かされたのは、長い長い今生にあって、あの一人だけでした」

「さとりが? 本当に?」

「えぇ、恐ろしいことに。唯一見透かされた人であり、唯一私が考えずとも見透かした人です」

「同族嫌悪というやつかしら……今日は驚きの連続ね」

「同族だったのか。それとも似た道を行くだけだったのか。少なくとも、私とあれは逆だったような気がします」

「あなたが最も嫌がりそうなこと。そんな因縁が幻想郷に来ることに恐れはないのかしら」

 

 多少の逡巡。

 その後、微笑み、紫を見上げるさとりの瞳の奥に小さな炎が揺らめいたような気がした。

 

「私は、私達を、幻想郷を信じているだけですよ」








お久しぶりです。生きています。

この作品を読んでいて良いと思う部分

  • シナリオ
  • キャラクター(性格など)
  • 台詞回し
  • 地の文
  • 表現
  • 考察できる点
  • 謎の多さ
  • キャラクターへの解釈
  • 世界観への解釈
  • シリアスな点
  • ギャグ要素
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