彼らは決して欺かれはしないが、人をも欺くこともできない。
ラ・ブリュイエール ―『人さまざま』より―
「どういうことだ、地上に出てもいいだと!?」
「そう繰り返す必要もないでしょう。というか、どうして動揺しているのかしら。あなた方の要望が通るのだから笑えばいいのではなくて?」
「貴様……何を企んでいる」
「企んでいるのはそちらの方でしょう」
「その疎ましい瞳で何を見通しているのだ!」
「くどい」
刹那に空気が張り詰めた。その部屋の誰もが、端にいる少女を真っ直ぐに見た。
たった三文字の言葉には、それほどの力があった。勇儀や萃香のような暴力ではなく、地底の誰も持たない力であった。
言うなれば、意志の力がそこには宿っていた。
No.2も思わず言葉を詰まらせて、息を飲んだり唾を飲んだりするばかり。
一分間にもわたる沈黙。そして、その原因たるさとりは、呼吸以外の動作を見せず、目を閉じて座すのみであった。
長い沈黙を破ったのは、ヤマメであった。
「ちょいと待ちなよ、さとり。いくらなんでも訳がわからない。そりゃあ、アンタと親しいつもりの私らでも知らないことだ」
パルスィも同意を以ってうなずいた。
その同意は、その場にいる全員に情報の不明瞭さを伝えている。
パルスィは地上で疎まれ、地上を疎み、地底に逃れた妖怪である。
かつては嫌われ者の一人であったが、嫌われ者の集まった地底においてはその感情にある種の純粋さを持つ実力者として多大なる信頼を得ていた。
皆、さとりとの関係は知っている。知っていてなお、水橋パルスィという人物がいかに嫉妬深く、それ故に真摯な人物であるかを知っているからこそ、彼女を肯定する。
視線はすぐさまさとりに移った。
パルスィでさえ知らないのならば、それはさとりの個人的動機による発言ではない。何かしらの総意として、先ほどの発言は飛び出したのである。
であれば、誰が知っている。さとりは知っている。では、勇儀は? 萃香は? 或いは、地底にはいない者たちは? そう、たとえば、博麗の巫女とか。
どこまで誰がかかわっている。さとりは何を知っている。
少なくとも、断言したということは話す準備があるということ。ならば、求めよう。
心を覗くまでもなくすべてを察し、ため息一つ。億劫そうにさとりは言葉を綴り始める。
「まず、勘違いされてるようだから訂正しておきます」
「勘違い?」
「私は地底の管理を頼まれはしましたが、治安維持などは請け負っていません。理由はお分かりの通り、私が強くないからです」
お分かりの通りって、あなたの強さなんて誰も知らないじゃない。
皮肉を漏らしそうになり、パルスィは思わず口を手で塞ぐ。
だが、直ぐに周りの視線に気づいた。他の者達も、同様の意見を持っているらしかった。
「私が戦った姿を見たことはない。ですか」
「あなた自然と心を読んで話を進めるわね」
「その方が早いでしょう。それで、私が強いかどうかですが、この地底においてそれは大した意味を持ちません」
「……なぜだ?」
「決まっているでしょう。私が多少強かったとて、地底の妖は鬼を中心とした妖怪の山の者達。鬼の四天王までいるのでは、覚にどうこうできる程度ではないからです。覚に鬼が従うとかないでしょう。実際、今、そういうことになっているのですし。あと、まぁ、私は嫌われてますから味方がいなくて多勢に無勢ですね」
「なら、何故そんなお前が任ぜられた?」
「仕方なく。そもそも、私がここに適しているから任ぜられたという考えが間違いです。八雲紫がこの役割を任せようとしたのは、元々私ではなかった」
「なら誰が」
「心当たりがあるのではなくて? 鬼の四天王に適任がいたでしょう。どこぞへ遁れた矢鱈と鬼らしくないことをする鬼が」
騒めきが波立った。唱えた口は一様に一つの言葉を示す。
「……茨木童子殿か!」
「そもそもは彼女に任せるつもりの仕事だった。しかし、彼女は拒否し、姿を消した。だから、私です」
「力の足りぬお前にか」
「管理者というのは残念ながら人手不足なようで。それに、完全に指示に従うことはないとはいえ、勇儀が統治面を多少引き受けた」
「勇儀殿がか」
「幻滅する必要はありませんよ。妖怪の山残存組の安全と、あと沢山の珍しい酒を条件としてでしたから」
「あの酒はそういうことだったのかい!?」
驚愕の新事実にヤマメが固まる。実は、彼女は当時その酒の幾らかをくすねていたのである。
遠い昔の話とはいえ、やっちまったと怯え始める。
そんな彼女に、さとりは「勇儀はあれに執着はないから大丈夫よ」と囁くと、本題に戻る。
「私はただの管理者。だから、私に貴方を止める必要はないのです。私はここに居る者達の為にいるのであって、去る者を追えなどと言われていないのですから」
「そんな不安定を、八雲紫は許容したと?」
「人手不足ですし、地底に行く者はそもそも八雲紫を認めていないのが大半ですから。勇儀はなんだかんだ義に篤い人ですし。今回のような件がなかったのは、勇儀がそうしていたことと、萃香が友誼でそれに協力していたから。勇儀だけに。忘れてください。ですが、まぁ、不運が重なればこうなる。私にはどうすることもできない。ただ、一つ言えることがあるとすれば、勿論、間違いなくあの狡猾な女は対策を講じていますとも」
「狡猾とか人のこと言えないんじゃないかしら」
パルスィの言葉を無視して、さとりは続ける。
「例えば、地底の出口付近に結界を展開。通った瞬間に博麗の巫女がそれを感知する」
「博麗の巫女など、大勢で行けば関係がない」
「多くが犠牲になろうとも?」
「犠牲になどなるものか。人など喰ろうてやるわ」
「嘘。貴方は、他の人たちを犠牲にしていこうとしている」
「その目で俺を見たとでも」
「心を読むまでもなく。初歩的なことですよ。だって、貴方は西区の者、もしかしてもしかしての話ですが、もしかすると、聞いているのではありませんか?」
「……なにをだ」
「伊吹萃香は博麗の巫女に負けた、とか」
「虚言だ。人の心を読めるからと嘘ばかり述べ立てる」
「伊吹萃香は博麗の巫女や地上の連中に首ったけ。地底にいて地上に顔を出すはずが、気が付けば地上にいて地底に顔を出す変わりっぷり。最早、萃香は地上にいるという我儘を通して、帰ってしまった」
「黙れ」
「萃香でさえ負けたのならば、勇儀でさえもどうなるかわからない。萃香がいなくなった分も大きい。これまで幻想郷の爆薬庫としてあった地底の威信は地に落ちる。そうなれば、自分もどうなるかはわからない」
「黙れといっている」
「そうだ! 地上に出て人を片端から喰らってしまえ。無数に食えば強くなれると聞く。あぁ、そういえば、かつて不老不死の薬の話なども聞いた。飲んでしまえば無敵よ。何があろうとも少なくとも少なくとも、倦んだ地底にいるよりは余程良い考えに違いない。一人でも生き残ってやろう」
「貴様ぁ!!!」
激昂した鬼が立ち上がった。
それが真実を射止められたことに対する動揺か、或いは謀に対する憤怒か、どちらかはわからないが、結果としてさとりに対して明確な殺意を持っていることは確かであった。
しかし、彼女は動じない。座ったまま、第三の瞳も伏せたまま、二つの眼のみで鬼の見上げている。
お燐やパルスィ、ヤマメが戦闘態勢に入ろうかというとき、さとりは底意地の悪い顔で笑った。
「あら、私を殺そうとしていいのですか? あちらにおわすはどちらの方でございましょう」
さとり以外のすべての視線が、部屋の入口へと向いた。閉じていたはずの襖が、少しだけ開いている。そして、その先には背の高い誰かの姿。頭の上には天を突くような角がちらりとのぞく。
さとりが言うまでもなく、皆がその名を心で唱えた。
さとりが呼ぶまでもなく、誰かは姿を現した。
「遅かったですね、勇儀」
「あぁ、うん。まぁ、何も言うまいさ」
「勇儀殿、なぜここに……!?」
「そりゃあ、まぁ、紫に頼まれたからなぁ。強奪略奪奪うのみが鬼の華とはいっても、私はこういうのもアリなんでね。仕事はするさ」
「八雲紫などに従属するとでもいうのですか!?」
「口を慎めよ、なんの我儘も通す気も無いやつが。私とアイツは少なくとも対等だ。やることやって、私はアイツを認めた。だから、交渉に乗った。それだけの話だよ」
「まぁ、その話はその辺で終わりとして」
二人の間に言葉を滑り込ませた。それは、会話を間違いなく断ち切り、意識をさとりに呼び戻した。
「では、交渉は終わりとしましょう。私が地底から出ることを問題としないことは分かったでしょう? あとは、勇儀達が決めること。お好きにどうぞ」
「貴様、勇儀殿を、この話を」
「さて、なんのことでしょうか。私はここに来る前に勇儀に連絡を取りはしました。襲われてはほんの一握りで私の小さな体躯は壊れてしまう。どうか帰ってきてほしい、と。そこから先は、私の存じ上げることではございません」
「貴様っ」
「おい、三下。こっちの話は終わっちゃいないぞ」
鬼の後ろに立った勇儀が、厳粛に告げる。
「ここのやり方はわかってるな。大抵の揉め事は適当に済ませる。殴り合った。壊してしまった。そんなのは大したことじゃない。全部、酒と夢で消えるささやかな忘れ物だ。だが、この話はそういうもんじゃない。ここのそういう混沌とした秩序を壊そうとするやつが出た場合、私らは合議制をとる」
「まさか、俺を殺そうってのか」
「だから、それを今から決めるのさ。皆が正しいとしたなら、まぁ、この先問題はそう起きはしない。だが、皆が危ないと感じたなら、それはそういうことなのさ。地底の連中は私込みで馬鹿だが何もわからぬわけじゃない。どういうやつかを見る力はある。そいつらが駄目ってんなら、そうなっちまう」
「端的に言えば、死刑というわけですね」
「まぁ、そうなるね。幻想郷で最も野蛮な秩序だっていう自覚はあるよ。でも、ここじゃあ妖怪の山みたいにはいかないからなぁ」
「まっ、待ってくれ! 全部さとり妖怪の憶測だ。俺はあんなこと考えちゃいないし、それにこれはあんたらに逆らうんじゃなく、地上に逆らったんだ。勇儀殿の仕事も知らなかったんだから仕方ないだろう⁉」
「なるほど。前者はともかく後者は筋が通ってる。が、それに関しては嘘だな」
「なぜ⁉」
「萃香が言ってたよ。私がいなくても、勇儀のことは多少伝えておいたから地上に行っても西区に関しては問題ないだろうって。なのに、その期待を裏切っちまいやんの」
「だ、だが」
「それ以外の言葉は不要だよ」
有無を言わさず言葉をさえぎって、勇儀は一歩前に出た。
「それじゃあ、この場に集まりました西区の皆様方、決着の時に御座います。此度の騒動に関与したこの者の処遇、どう致すか。手前が見届けます故、挙手をお願い致す。ではまず、擁護を主張する者!」
勇儀の声に、誰の手も上がらない。
鬼はうろたえながら周りを見る。
「なっ、なぜだ⁉ 俺は悪くないだろう⁉ 何もしていないじゃないか! 全部さとり妖怪の謀に」
「では! この者を悪と断じる者!」
皆の手があがった。上がらなかったのは、皮肉にもさとりの手だけであった。
「それでは以上を持ちまして、此度の合議を終わりと致す」
すべては呆気なく終わった。皆、それぞれ思うところがあったのだろう。鬼の悪性に関して心当たりをささやきあった。
茫然とする鬼に、さとりが近寄って、静かに語りかける。
「蜘蛛の糸という話をご存知ですか?」
「蜘蛛の、糸?」
「地獄にとある悪人がおりまして、天の上の仏様が彼の唯一の善行を思い出しになった。それで助けようと蜘蛛の糸をおろし、悪人はこれ幸いと登り始める。しかし、他の亡者も登り始めてしまう。これでは糸がちぎれると、亡者達に降りろと喚くと糸はちぎれて真っ逆さま。悪人の浅ましさを見た仏様はどこかへといってしまった、というお話です」
「それがどうした。皮肉のつもりか?」
「いえいえ、そんなつもりはありません」
さとりの肩を勇儀が引っ張って、鬼から引き離した。
「どきな、さとり。なすべきことをなさなきゃならない」
「えぇ、はい。どうぞ」
「では、見届け人、四天王星熊勇儀の名のもとに、なすべきことをなす」
鬼はもう諦めていた。勇儀にかなうはずなどない。ましてや、ここにはほかの実力者もそろっている。もう今生を諦めるしかないのである。
しかし、先程のさとりの言葉がやけに気になっていた。
皮肉か、嫌みか。奴ならばやりかねないことではある。しかし、どこか引っかかる。
勇儀が拳を握り、振りかぶった。その時、後ろのさとりが小さく何かを言った。
誰にも聞こえない声である。だが、殺される寸前、スローモーションの世界の中で、さとりの口の動きを鬼は理解できてしまった。誰も知らない声を聞いてしまった。
そうか、貴様が。全て、最初から全て。なんて極悪! なんたる最悪! 許すまじ、さとり妖怪! 来世では必ずその首を掻き切――――
「誰が糸を垂らしたのでしょう」
語ったことは、何が真実なのか。
※話の真相を一応確認しておきたい方は活動報告に掲載しておりますのでお読みください。なお、本筋についてしか触れておりません。些細な嘘、あるいは真実はわかりませんのでそちらに関しては申し訳ありませんがわからないままでお願い致します。
この作品を読んでいて良いと思う部分
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シナリオ
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キャラクター(性格など)
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台詞回し
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地の文
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表現
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考察できる点
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謎の多さ
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キャラクターへの解釈
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世界観への解釈
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シリアスな点
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ギャグ要素