詐欺師さとりは騙したい   作:センゾー

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真の悲しみは、苦しみの支え杖なり。
       アイスキュロス


第二十五話【唯一人の理解者であるが故に】

「どうかされましたか、お坊様。もう夜も更けて、人の声も闇に吸われてしまいます。野盗や妖に襲われることも御座いましょう」

「そうかもしれない。ただ、眠れなくてね。子供しかいないここは心配だし、折角だから様子を見に来たのだ」

「それで、来てみれば私が起きていたと」

 

 縁側に座る少女は男の顔を仰ぎ見た。その顔は、はっきりとは見えないが少なくとも穏やかなものではあるらしかった。

 

「月明かりがあるならば、少しくらいは話せよう」

「私などがお坊様とお話をして何になりましょうか。知恵も何もありはせず、食うことばかり考えているのに」

「子供達を生かしているのだ。それはとても尊いことで、私はそれだけでさとり殿の内に並々ならぬ善性を見出すよ」

「また、そのような畏まった呼び方をされる。私のことはたださとりと呼んでくださいと言っているのに」

「すまない。これは私がそうしたいだけなんだ」

 

 男は一瞬大きく笑ったが、子供達のことを思い、慌てて口を覆った。

 幸いにして起きた子供はおらず、その心配をした少女が目を見開いたことだけが被害に済んだ。

 

「すまない」

「いえ、誰も起きていないようですから」

 

 そう言った後、念の為に中を覗き込んだ少女が姿勢を戻すと、男は背にしていた月を見上げていた。

 何の警戒心もない背中。少女はその本性と知識から、男の善性に多くの呆れと少しばかりの憧れを抱いていた。

 

「月が綺麗ですね」

「あぁ、月がこんなにも綺麗だ」

「ところで」

「あぁ」

「本題に移った方がよろしいのではないでしょうか」

 

 少しの沈黙。夜風がすすきを薙ぐ音が嫌に大きく聞こえた。

 

「そうさなぁ。私は別段今のままでも良いと思うんだが」

「それでは、皆が寝た後に来た意味がないではありませんか」

「うむ、さとり殿。では言ってしまおう。あなたは妖の類と見た」

「はい、私は覚。疑う余地もなく、妖怪です」

 

 それは男にとっては躊躇いであったが、少女にとっては確認に過ぎなかった。

 

「それで、私を退治しますか」

「あなたならそう言うと思ったから言い出さなかったんだ。私にその意思はないよ」

「どうして? 子供の身が危ないのですよ?」

「危なくないさ。さとり殿は心底今を心地良く思っているし、血縁など関係なく子供達を家族だと思っている。それを誤魔化す為に、まるで手段のようにしてしまう程に」

 

 少女の頬を汗が伝った。

 

「善人ではないが善く、正しくないが過たず、逸脱しているようでただの人と変わらない。さとり殿は信用できるよ。修行の足りぬ身ではあるが、私は、聖命蓮はそう思う」

「それは全て、お坊様の見解に過ぎません。それが子らを危ぶむことをおわかりですか?」

「あぁ、私はあなたを信じている。それはある種、同じような心を持つからかもしれない」

「私とお坊様が同じだと?」

「似て非なるものだろうが、近しいものはあるよ。そして、今心苦しいのは、あなたが妖であるが故にこの心から逃れ難いことだ」

「……」

 

 少女の顔は青ざめる。汗が伝うことすらなく、ただただ呼吸だけがあった。

 それは雑音、それは妄言、それは幻聴。そう言い聞かせることすらできず、その理性で抑えつけることもできず、ただ聞き入るばかり。

 

「私とあなたが行くのは痛みという炎を踏む道。涙を流すことはできず、頼るものは己の足しかなく、誰からも共感され得ず、奈落の底まで続く宿業だ」

「……」

「誰も私たちを許しはしないだろう。誰も私たちに罪を見出しはしないのだから。だから、私は今日ここに来たのだ」

「なぜ?」

「あなたを許す為に」

 

 少女は何も応えなかった。最早、風の音すらも聞こえはしなかった。

 

 

「お久しぶりです、聖白蓮」

「……はい、久方ぶりですね。さとりさん」

「実は今はただのさとりではないんです。古明地さとり、といいます」

 

 日差しも穏やかな昼過ぎのこと。

 幻想郷に現れた新たな勢力、そしてその本拠地である命蓮寺の片隅で二人は向かい合っていた。

 

「今日はどのようなご用件で?」

「そんなに慌てなくてもいいではありませんか。中々本題に移ろうとしない命蓮とは対照的ですね」

「あなたは、まだ命蓮のことを覚えているのですね」

「えぇ。あれは、忘れようのない経験でしたから。大丈夫ですか、顔が少々引き攣っているように見えますよ」

 

 さとりが微笑んだ。それはあまりにも穏やかに過ぎて、彼女を知る者であれば誤魔化しではなく意図したものであるとすぐにわかる、言ってみればさとりとの会話における危険のサインであった。

 

「妖怪でも私のような者は受け入れられませんか」

「そのようなことはありません。御仏を信じる心があるならば、我々はあなたを受け入れるでしょう」

「それは素晴らしいことで。とても貴いお方になられたのですね」

「含みのある言い方をされるのですね」

「実は、どこか安心している私がいるのです」

 

 わざとらしく安堵の息を漏らす。

 微かな苛立ちを白蓮は覚えたが、同時にすぐに掻き消した。そうすべきだと思ったから。

 

「あなたは命蓮とは同じではなかった。我々のような異常者が増えることはなかった」

「命蓮が異常者だと?」

「私と命蓮は残念ながら同類です。向く先も、善悪も、多くのことが異なりながらも、本質は限りなく近いところにあった。だから、私はあれの苦しみを理解し、そして理解された」

「あなたの方が命蓮に近いとでも?」

「いいえ、そうではないのです。我々は遠いようで近く、近いようで遠い。ただ、私に言えることは我々と同類であることは不幸であるということです」

 

 白蓮は絶句した。それは聖命蓮の生涯を不幸と断ずること。あまりにも傲慢で、ひどく無思慮で、どうしようもなく無理解であるはずの言葉。

 けれども、彼女には反論の言葉を発することができなかった。それが、さとりの言葉を認めているようで悔しかったが、目を逸らすことはできなかったから、ただ黙って聞いていることを選んだ。

 

「我々が行くのは痛みという炎を踏む道。涙を流すことはできず、頼るものは己の足しかなく、誰からも共感され得ず、奈落の底まで続く宿業です」

「……」

「誰も私たちを救えはしないでしょう。誰も私たちの苦難を知りはしないのですから。だから、私は今日ここに来たのです」

「なぜですか」

「聖命蓮を許さない為に」

 

 さとりは小さく笑った。二人には、妖怪達の騒ぎ声がやけに大きく聞こえていた。

この作品を読んでいて良いと思う部分

  • シナリオ
  • キャラクター(性格など)
  • 台詞回し
  • 地の文
  • 表現
  • 考察できる点
  • 謎の多さ
  • キャラクターへの解釈
  • 世界観への解釈
  • シリアスな点
  • ギャグ要素
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