神が人間のしくじりにすぎないのか。
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ ー『曙光』よりー
奇譚ノ一【スワコ様】
君と私は友達じゃない。
メリーと君も友達じゃない。
友達の友達ですら、君と私は有り得ない。
赤の他人の君に、こんにちは。
君とは誰か。勿論、君だよ。私達を読んでる君だよ。
ベタついたスマートフォンに指を滑らせる君であり、汚れの付いたキーボードとマウスを忙しく往復する手の君のことを私は言っている。
メタ視点を謳う気はないよ。そんな君が触ってるものみたいに手垢に塗れた事は、これ程沢山の言葉を必要とはしないだろう。
そもそも、私は君を認識できていない。
これはただの独り言だ。
では、なぜこのように語りかけているのか。
パスカルの言葉を借りるならば、「人は考える葦である」からだ。
誰もが考えたことがあるだろう。
「もしかすると、この世界は誰かの物語の中で、私はその中の登場人物、或いはエキストラに過ぎないのかもしれない」
世界の空虚さに、己の存在理由に、或いは素晴らしき誰かの所為で、そんな空想じみた不安は脳裏を過る。だが、それは直ぐに消え去るものでもある。直ぐに忘れるのは、実際にはそんな事はないと思っているからだ。痛い程にその生涯が現実を証明しているからだ。どれだけ逃げても終わりはないからだ。
今、私はそんな弱さとは対極の所でこの壁を見る。
この世界が現実か物語かは、この際どうでもいいのだ。
思うに、どちらにしても『読者』は存在する。
これを読む、或いは聞く君はそこにいる。
まるで私がネット小説を読むかのように、手軽に私達を知る君がそこにいる。
私はそこまで世界として認めよう。世界の全てを考える事で人であろう。
そもそも、私には君の存在を認める根拠が存在する。
俗に「第四の壁」と呼ばれるようなものが私と君の間に存在するとしたならば、それは世界の境界に他ならない。
私は境界を知っている。
不思議なこの世界と、更に不思議なあの世界を隔てる境界が存在することを知っている。
ならば、ここに境界があったとしてなにが不思議であろうか。
私には境界が見えない。見えるのは私の友人であるマエリベリー・ハーンだけ。それも、彼女に見えるのはとある世界との境だけ。
見えない私にとって、あらゆる境界は平等だ。
既に知り始めている世界も、全く知らない世界も、何も変わらない、同類に過ぎない。
ここまでややこしい話をした上で、改めて、見知らぬ知人の君にこんにちは。
そちらはどんな世界だろう。文明はどこまで発達しているだろうか。
月へは行った?
火星は?
太陽系のどこまで知っている?
銀河系やクエーサー群、或いはグレートウォールはどうだろうか。
そもそも、宇宙という概念があるのだろうか。
なかったなら申し訳ない。
私には星を見る眼があるものだから。なにかと星のことを考えてしまう。
今回も私はいつも通りで、これから君にかける言葉は、宇宙と地球、私達の人類史を前提として送るものだ。
ようこそ、この世界へ。ようこそ、秘封倶楽部へ。
平凡なる世界の、不可思議な事象を探る御話が聞きたいならば、ここは最適解に近いかもしれない。
これから君達が知る話は、恐らくは境界の向こう側に起因する世にも奇妙な怪奇譚であり、そして、私達が初めて対話を果たした、酷く人間らしく人間というには外と内の不一致が見える、幻想の住人との冒険譚だ。
※
「スワコ様?」
相棒との冒険の始まりは、いつだって聴き慣れない単語から始まった。
今日は大学のカフェテリアで紅茶と共にシフォンケーキをいただく私の下へ。彼女がモンブランとコーヒーを持ってきた時から既に表情が浮ついていて、きっとまた碌でもない話題が持ち寄られるのだと感じていた。
「そう、スワコ様。最近、長野の方で連続行方不明事件が起きてるでしょ?」
「どこかへ人が消えてしまったけど、誘拐の痕跡が一切残されていないっていう、ワイドショーを騒がせてるアレ?」
「そう、それ。あの事件は神隠しなんじゃないかって。それで、諏訪の神様だからスワコ様」
「女性である根拠は?」
直感的な疑問であった。相棒は三度舌を鳴らしながら指を四度振った。
「コを子と断定して女性扱いは気が早いわよ。ヒルコとか色々いるでしょう」
「じゃあ、女性じゃないのかしら」
「まぁ、今回はそれで正しいのだけど」
「なら、さっきの分かってないなって素振りは何だったのかしら。……まぁ、いいわ。理由、ちゃんとあるのね」
「目撃証言がある。神隠しの前には、決まって緑色の髪に蛇と蛙の飾りをつけた女の子がいる」
「それが、神様?」
「さぁ? でも、あの地で蛙と蛇っていうのは、普通じゃない。今までみたいなただの怪奇現象じゃないかもしれない」
「行くの?」
「勿論」
「境界絡みとは限らないわよ。もしかすると禁忌の類かも」
「それでも行くのよ。だって、私達は」
「秘封倶楽部なのだから」
「そ」
結果、この事件は境界絡みだった。
私達の探求は進展を見せ、境を越える日が存外に近く見えた。
ただ、同時に最も死に近づいた事件でもある。つまり、これまでと比べものにならないくらいに危険で、人間が踏み入るべきでない領域だった。私が最初に言った通り、禁忌の類だった。
それでも私達が生きて進めているのは、幸運のためであり、知見の為であり、そして、一人の少女のお陰である。
※
「スワコ様。洩矢諏訪子ではなく?」
「はい、スワコ様という都市伝説、怪奇現象、いえ、本当の神隠しが向こう側で確認されました」
「なぜ私より先に知ったかは詮索しないでおくわ」
「助かります。それで、スワコ様の特徴は緑の髪、蛙と蛇の髪飾り、背格好は女学生を思わせる。東風谷早苗と一致します」
「守矢が何かやったのかしら」
「その線は薄いでしょうね。それなら、度々私に招待状を送ったりしないでしょう。これは恐らく偶発的なものです。幻想郷という機能の抱えた欠陥の類」
「行くの?」
「行きます。このまま放ってはおけませんから」
「どう考えても危険なのに?」
「危険だから私が行くんでしょう。死んでも幻想郷に影響がなく、向こうでの情報収集も容易な私が適任です。なに、私の仕事など誰でもできる事。少しばかりそれが得意だからやってきただけです」
「時々、あなたがわからない」
「私の心は誰にも読めませんから」
そういう意味ではないと言いかけて、やっぱりやめて話を戻す。
「……あなたが行ってなんとかできるの?」
「なんとかします。できなければ、そうですね。あなたに泣きつくことにしましょう。私が助けを求めた時は、来てくれる事を願います」
「あなたの涙なんて見たくもない。そうならない事を祈るわ」
「えぇ、どうか祈ってください。神様を相手取る私には、祈る先もありませんので」
少女は、さとりは、いつもと変わらず微笑んだ。
彼女は、きっといつだって神に祈りはしないのだろうけど。
この作品を読んでいて良いと思う部分
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シナリオ
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キャラクター(性格など)
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台詞回し
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地の文
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表現
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考察できる点
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謎の多さ
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キャラクターへの解釈
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世界観への解釈
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シリアスな点
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ギャグ要素