詐欺師さとりは騙したい   作:センゾー

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古之聴訟者、悪其意、不悪其人
             孔子ー『孔叢子』よりー


繧オ繝ウ繝峨Μ繝ィ繝ウ【繧オ繝ウ繝峨Μ繝ィ繝ウ】

 深い霧に包まれた、川とも沼とも知れぬ水の上で、一隻の舟が静かに進んでいた。

 罪人のように座る少女に船頭が場違いな朗らかさで話しかけた。

 

「あんたも何度も何度も呼び出されて大変だね。しかも移動は昔の地獄から今の地獄ときたもんだ」

「仕方ありませんよ。仮にも旧地獄の管理者は私で、映姫様は私の事を信用してはいませんから」

「私はあんたほど信用できる奴もいないと思うけどね」

「意外な感想ですね。あなたも聡い人で、私の事は常に疑っているものかと」

 

 その皮肉は少女にしては珍しく、多少直接的に思われた。

 しかし、船頭は気にする様子もなく、会話を続けようとする。少し笑ったところを見ると、気づいていないわけではないらしかった。

 

「あんたはなんだってやるんだろうけど、きっと越えてはいけないところを越えはしないし、変に移ろいもしない。かえって安心さ」

「私の事を買っていただいているようで光栄ですね。これはこの川を本当に渡る時、幾らか忖度していただけるので?」

「ハハハ、普通でも絶対ないけどあんたの場合特にないね。映姫様に目をつけられてるんじゃ手出しなんてできないよ。それに、あんたはきっとそんなもんを求めやしないんだろう」

「さぁ、どうでしょう。私は俗人ですから、苦しいのは嫌ですよ」

「死に近い人生を歩んでいる奴に説得力はないね」

「……あぁ、あなたはわかるんでしたか」

 

 やけに静かな納得の声。

 

「最初に会った時から、ずっと死に近い奴の気配を感じてるよ。でも、あんたの死期はそんなすぐじゃなかった。なのに、まだ気配はある。死なないあんたはずっと死の隣人であり続けてる」

「不気味ですか?」

 

 問う声は微かな微笑みをたたえた。

 それははなから答えがわかっているかのような明瞭さで、或いは答えを気にしないかのような不明瞭さで。

 

「最初はね。今はそうでもない。そういう奴がいない訳じゃないんだ。こういうのは決まって、自分の存在を賭けて何かを為そうとしてる奴か、死ぬほど苦しい思いをして生きている奴か、単に生き急いでいる奴だ」

「私はどれでしょうか」

「さぁね。どれか一つなのか、どれか二つなのか、どれでもないのか、それとも」

「全てなのか」

 

 10秒間の沈黙。

 まるでタブーに触れたかのようにすら思える文脈であったが、存外に雰囲気は何も変わらず両者の表情は装いなき平静だった。

 

「まぁ、どれでもいいさ。私があんたを買ってるのは、こういう奴はなんだかんだでそのうち死ぬのに生き続けている事だ。死は恐ろしいものだが、悪いものじゃない。ここに逃げるのは理性ある者の正しい選択の一つだ。でも、あんたは決してそれを悩みすらしない」

「死ぬよりは生きる方がいいものですから」

「普通はね。あんたは生きてる方がしんどいだろうに。私はあんたの寿命を知っている。その上で断言しよう。それは生き長らえる運命にあるとか、悪運が強いとか、その類のものではなくあんたがその理性で生きることを誰よりも鮮烈に選び続けるからだ。流石は八雲紫をして理性の鬼と言わせしめるだけの事はある」

「今日は随分と口がまわりますね。船賃が欲しいなら払いますが」

 

 懐の銭が小さく鳴った。

 

「いやいや、そんなの貰ったら映姫様に怒られるよ。あぁ、そうさな、私がこれほど饒舌になるのは一種の慈悲なのかもしれない」

「おや、あなたに慈悲を賜る日が来ようとは」

「私とあんたはこうして時折川を渡るだけの仲だけど、役職もあってあんたの事はそれなりに理解しているつもりだ。古明地さとりの理解者は少ない。だから、少しばかりでもこの理解があんたの安楽に繋がればと思ってるよ。きっと、こんなものがなくたって、その歩みは止まらないんだろうけど」

「どうでしょう。あなたには私が強い人に見えているようですが、私はそんな人物ではありませんから。私は臆病で陰湿で、八雲紫の為に必死になって策を練る名だけの脇役の、古明地さとり。慈悲を賜る資格などありませんよ」

「知ってたけど、あんたはそういう事を言うんだね。まぁ、いいさ、着いたよ」

 

 舟が止まった。そこには陸があり、桟橋がある。

 しかし、その全てがただただ奇妙に冷たく感じられるものであった。

 

「ようこそ彼岸へ。お帰りの際にも私小野塚小町を御贔屓に」

「商売でもないのに。まぁ、ありがとうございます。帰りもよろしくお願いしますね。三途の川に帰りがあるのもおかしな話ですが」

「映姫様によろしく。あと、小町は仕事してたって」

「あなたの事に言及する気はありませんが、またいつも通り幾らかの問答をするだけでしょう。私は黒に決まっているのですからそう気にする必要もないでしょうに」

 

 呆れたような言葉に対し、茶化すこともなく存外に船頭の反応は落ち着いたものだった。

 

「映姫様もあんたのことが心配なのさ」

「……私が?」

「映姫様は白黒ハッキリつけるけど、あんたは最初から黒であろうとするだろう。地獄よりも苦しい中で自分を一切の白のない黒と断定する。そんな生き方はあの方の目にはあまりにも辛すぎるものに映るのさ。だから、あんまり嫌わないで差し上げて欲しいね。あんたを疑ってるのも事実だけど、9割はあんたを心配する老婆心だろうからさ」

「……わかりました。別に嫌ってもいませんが、少し映姫様の心情を慮る事にします」

「よろしく。じゃあ、数刻の後に」

 

 舟を降りた少女は歩み出す。霧深き彼岸の向こうへ。地獄の閻魔のおわす間に。

 少し船酔いにふらついた足取りと同じように、彷徨うような声で小さく漏らす。

 

「罪人に御慈悲などを授けようものなら、その裁きの公平性を誰が認めるのでしょう」

 

 これは今より少し前。

 古明地さとりが今より少しはっきりと悪らしく動いていた頃の話。

 今ほど曖昧な言葉で人を惑わす事をしなかった頃の話。

 

「白黒ハッキリつけるのがダメならば、灰色になりましょう」





誰の助けがなくとも灰被りは裸足で。






遅れて申し訳ありません。エイプリルフール番外編です。

この作品を読んでいて良いと思う部分

  • シナリオ
  • キャラクター(性格など)
  • 台詞回し
  • 地の文
  • 表現
  • 考察できる点
  • 謎の多さ
  • キャラクターへの解釈
  • 世界観への解釈
  • シリアスな点
  • ギャグ要素
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