西行法師
「久しぶりですね、幽々子」
「あら、懐かしい顔。旧地獄の管理者様は、こんな所へどんな御用かしら?」
「あなたに少し用があって。それと、ついでにあの桜も見たくなって」
「ふぅん、訳アリという感じね。もしかしてお忍び?」
「理解の早いことですね。そうです、紫に聞かれるとまずい話」
少し風が吹いた。髪が揺れて、庭の大きな桜に、二人越しに花が咲いたように見えた。
次の瞬間にはそのようなことはなかったけれど、少なくとも半妖の従者には一瞬のそれがひどく恐ろしいことのように思えてならなかった。
「妖夢、さとりの案内をしてくれてありがとう。もう大丈夫よ、お茶も必要ないわ」
「本当に話が早くて助かります」
主人の言葉に逆らう理由はない。その客人が主人やその友から信用されている人物であることも理解していたし、これはただ友人が多少の頼みを抱えて訪ねてきただけのことのはずだった。
ただ、その従者は一人部屋を去り廊下を歩く時、仕事から目を逸らした後ろめたさのような、或いは無人の夜道を抜けた時の安堵のような、複雑で処理し難い感情を内に抱えている。それでも、それが多少珍しくはあっても前例がないことでなく、往々にして主人に害ある事であったことは大してないものであるから、強引に心の片隅、そのまた奥に押し込むのであった。
「さて、早速本題に入った方がいいですか?」
「うーん、一つくらい世間話から始めるのはどうかしら。私達、友達でしょう?」
「えぇ、まぁ。私達の関係を定義するなら友達になりますか。知人というには近く、同志というには関わり方が違いすぎ、たまに花見に興じる程度の仲ですから」
「うんうん、そうよね。じゃあ、そんなお友達に聞きたいことがあるのよ」
「ニマニマと笑って、嫌な予感」
「あなた、紫に告白されたんですって?」
「えっ」
思わぬ言葉。
さとりは思わず目を見開いて、視線を幽々子に向けた。その動作に、表情に、普段のさとりらしからぬ感情の機微が見えて、仮面の奥を垣間見た。それが少なからず面白くて、幽々子は小さく笑った。
「当たりね。フフフ、二人とも揃いも揃ってわかりやすい」
「……やられた」
「あなたが出し抜かれたのっていつぶり? 快挙と言っても差し支えないんじゃないかしら」
「快挙ですよ。ここまでちゃんとやられた最後を、私は覚えていませんから」
随分傲慢な言葉だったが、本人にそういった素振りはなかった。
それはただ事実を言っただけであり、そして、それを認めさせるだけの人であったから何も変わりはしなかった。
「やったわ。じゃあ、御褒美に聞かせてもらおうかしら。紫との話」
「その前に。紫も喋ったのですか?」
「あの紫が挙動不審になっていたからカマかけたらね。詳細はあなたから聞くようにって言われてるから、今日来てくれて嬉しかったのよ?」
「……わかりました。紫から聞いた通りです」
「受けたの?」
「いいえ」
「フったの?」
「いいえ」
「つまり、あなたが立ち止まるまで待つように言ったのね」
ゆらゆらと揺れていたさとりの動きがぴたりと止まる。
「あなたは、本当に本質に触れるのが上手ですね」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「死という生命の本質に触れるが故なのか、あなたはあまりにも察しがいい」
「でも、あなたのことはまだまだわからないわ。だから、こうして聞いているのよ」
「答えられる範囲で答えますよ」
「紫のことは好き?」
沈黙を語る。少し頬が赤く見えたのは、桜の色か、心の色か。
「好意的には見ています」
「そういう言い方をするのは、自分でもはっきりしないからかしら」
「かもしれません」
「ふーん、面白いわね。あなた達」
「面白がってくれて構いません。私と紫を出し抜くあなたにはそれが許される」
「えぇ、最後まで見守らせていただくわ。幻想郷の全てが終わる時か、死が二人を分つまで」
「どちらも同じですよ。幻想郷が終わる時私は死んでいるでしょうし、私と紫なら間違いなく私が先に死ぬでしょうから」
悲しげな表情ではあった。本心ではなさそうに見えたけれど。
「断言するのね」
「運命という言い方は嫌いですが、世の中にはそうできていると感じる物事があります」
「宿命論とは程遠い人だと思っていたわ」
「全てが決まっているわけではありません。ただ、生涯が作り上げた答えのようなものが、もう逃げようもなく私を縛りつけているだけなんです」
「運命とは自分が作り上げた道に他ならない?」
「跪いて、赦しを乞うこともできるでしょうね。ただ、それは全てを捨ててしまうこと」
「生涯を、これまでを忘れること?」
「全ての苦難を過去にして、平気な顔をして新しく生きるこの地獄のような楽園で、それができる人はいませんよ」
「あなたでさえも?」
「こればかりは、私であるからこそです」
「へぇ。そうなのね、あなたはいつまでも」
「えぇ、最初から変われはしなかった。あなたが知っている私から、何も変わりはしない」
幽々子は満足気な笑みを浮かべた。さとりはそれを見て苦笑した。珍しく、素直な感情である様に思われた。
「世間話はそろそろ終わりにしましょう。私の話を進めたい」
「えぇ、どうぞ。友達の頼みは聞いてあげるわよ」
「ありがとうございます」
幽々子は視界の端のさとりの姿に少し動揺した。
そこにあったのが、古明地さとりには似つかわしくない屈託のない笑顔だったからである。
それは恐ろしいほどに現実離れしていて、直視するのを思わず拒むほどだった。
「丁度先程の話に関わることですが、私が死んだ時、何があろうが私の魂を引き留めることなく映姫様のところへ引き渡してください。たとえ、紫の願いがあったとしても」
「……酷い話ね」
「あなたにしか頼めないことですから、こうして来ました。私は死んだ後も働く気はありません」
「理由は聞かない方がいいかしら」
「こんな頼みをするので、正直に話しますよ。私は死んだ後は腑抜けるだろうからです」
「あなたが?」
「私は終わりがあるから生きていられるんです。どんな形であれ、いつか終わりを迎えるとわかっているから、私は理性を保っていられる」
「随分弱気な言葉に聞こえるけれど」
「その通りです。これは私の弱み。紫に情けない姿を見せたくはないとか、古明地さとりでいられなくなった自分を見たくないとか、そういう私が普段見せたがらない人並みの感情です」
「私には見せてもいいと?」
「私はあなたのことをよく知っていますから、知られてもいいと思ったのです」
「また、よくわからないことを言うのね」
「わからないままでいてください。私としてもその方が嬉しいので」
「……まぁ、いいわ。友達の頼みを聞いてあげましょう」
「助かります」
「死体はどうしたらいいかしら。下手に残しておくと、何かの導線になりかねないわよ」
幽々子の視線が意味もなく正面の桜に向いた。
意味がなかったのだから、そこに続く言葉にも他意はなかった。
「桜の木の下に埋めてしまうとか?」
「……」
「さとり?」
気がつけば、さとりは俯いていた。影と髪に隠された表情は窺い知ることもできず、少し不気味に思えた。
「……桜の木の下はやめておきましょう。掘り返されたりしたら厄介ですから」
「そう? 名案だと思ったのだけど」
「私の死体は旧地獄の奥、灼熱地獄で灰にしてください。何も残らない様に」
「家族の近くだし、いいんじゃないかしら」
「死体に私はいませんから、関係ありませんよ。私は何も残したくないだけ」
「家族が長く悲しまないように?」
「そんな大層な話じゃありません。ただ」
「ただ?」
さとりは顔を上げた。視線の先には花弁の一つもつけやしない桜があった。
3秒黙って、幽々子の顔を見て、笑った。
「死体なんて残すものじゃないなと、そう思っただけです」
今日はエイプリルフールですね。
この作品を読んでいて良いと思う部分
-
シナリオ
-
キャラクター(性格など)
-
台詞回し
-
地の文
-
表現
-
考察できる点
-
謎の多さ
-
キャラクターへの解釈
-
世界観への解釈
-
シリアスな点
-
ギャグ要素