詐欺師さとりは騙したい   作:センゾー

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真実味のある言葉は美しくなく、
美しい言葉には真実味がない。
          ―老子―


閑話【神神の苦笑】

 懐かしい夢を見た。

 昔々のそのまた昔、地獄が旧地獄となり、地底と呼ばれるようになったころ、私が今の仕事を始めた頃の夢を見た。

 嫌な顔を思い出した。

 幻想郷の運営にかかわるメンバー達とマヨヒガで話し合ったときだから、あまり思い出したくない顔を見た。

 こういう時は、決まって予兆なのだ。

 だって、ほら、意識は覚醒しているけど、私は今ベッドの横の気配に気づきたくなくて瞼を閉じている。

 

「ほら、さとり、起きているんだろう? 神様を無視しちゃいけないよ」

「……」

 

 沈黙。少女は瞼を閉じて、寝返りを打った。

 

「狸寝入りとかする性格じゃないくせに強情ねぇ」

「…………なんで」

「ん?」

「なんでここにいるんですか」

 

 瞳を閉じたままに表情に嫌悪を浮かべる。

 

「お前の顔が見たくなっただけだよ。普段は陰気そのものといった具合だけど、やはり顔は可愛いんだね。寝顔は愛らしかったよ」

「……それはどうも。それで、何の用です、隠岐奈」

「いや、今回は本当にあなたに会いに来ただけよ」

「では、もう満足でしょう。お帰り願いたいのですが」

「うーん、ものすごい拒否。あなたじゃなかったらぶん殴ってるわね」

 

 さとりは瞼を開けると、おもむろに起き上がって眼鏡をかけた。

 すると隠岐奈は顔を輝かせて、ケラケラと笑いながら目元を指さした。

 

「あなた眼鏡とかかけるのね。というか似合いすぎじゃない!」

「妙に収まりがいいもので」

 

 愛想のない返答と共に、さとりが二度手を鳴らした。

 間も無くノック音が聞こえ、「失礼します」という声の後、お燐がさとりの衣類を持って入室する。

 

「さとり様、今日はいつもより少しだけお早いんですね、って侵入者⁉︎」

「お客様よ。私の知己だから、丁重にもてなして差し上げて」

「か、かしこまりました!」

「じゃあ、そういう事だから、お燐について行ってください」

「パジャマからパジャマみたいな服に着替えるの?」

「早く、行って、ください。今すぐに。速やかに」

 

 あまりにも感情のこもった催促であった。

 お燐も長い時をさとりと過ごしてきたが、これほど明らかに苛立ち嫌がっているのは、両の手で数えられるほどしかない。

 この相手は誰なのか。さとり様にとってなんなのか。そういった問いが思考をめぐり、お燐は緊張に体を硬直させた。

 

「フフフ、はいはい行きますよ」

「あぁ、それと」

 

 衣類を受け取った後、部屋の奥で、さとりが振り返った。その瞳は相変わらず静かで、しかし僅かながら熱を灯していた。

 

「ん?」

「お燐に何かしたら本当にただじゃおきませんから」

「……フフ、わかってるわよ」

 

 お燐はさとりの言葉にさらに緊張する。

 なんでこうなっているのかわからない。なんか、私が危ないみたいな感じになっている。

 具合が悪くなってきた彼女は、猫らしからぬふらついた足取りで案内を始めるのであった。

 そんなお燐の様子に不安を覚えつつ、隠岐奈はさとりを見た。

 家族思いなのはいつになっても変わらないのね。

 そう言おうと思ったけれど、珍しく反応に困るのだろうから言わないでおこう。

 そんな笑みが、さとりには第三の瞳でなくとも透けて見えた。

 苛立ちを隠さず、視線をさえぎるように扉を閉める。

 そして、いつも通りの面倒くさそうなため息をついて、ベッドに座り込んだ。

 

「面倒くさい……」

 

 珍しく、本当に面倒で嫌だと、感情をあらわにした言葉であった。

 摩多羅隠岐奈。神である。幻想郷の賢者の一人で、ようは紫と同類の神。

 それだけならば、いい。同僚でしかない。

 問題なのは、穏健派であり不干渉の姿勢をとる紫に対し、隠岐奈は干渉をしてでも幻想郷のために動く過激派であるということだ。

 この対立は当然にあり、そして、私は最初から今までずっと紫の側に立ち続けてきた。

 だから、私は彼女と会いたくない。

 折り合いが悪く感じられるし、そもそも気質が合わない気もする。

 しかし、それで一切話さずに済むなどということもなく、私は今日も結局彼女をもてなすほかないのだ。秘された神を知らないようにしながら、それでも会えば増える知識を蓄積しなければならないのである。

 嫌だ嫌だと思いながら着替えて、重い足取りで客間へと向かう。着けば当然に笑顔で待つ隠岐奈の姿があった。

 わざとらしくため息をついて、向かいに座って目を合わせた。

 

「用件はないのなら、何を話すのです」

「じゃあ、いつも通りに誘おうか。さとり、お前はこちらの方が向いているよ」

「嫌です。私はそんな干渉する気はありませんから」

「ハハハ、いつも通りの反応、ご苦労様。そうよね、貴方は紫の味方だものね」

「紫の味方でもありませんよ。私は私の味方です」

「強情ね。なんだっけ、確か、私は貴女を裏切りはしない。多くの嘘をついてきましたが、これは本当です、だっけ?」

 

 ニヤニヤした隠岐奈の顔にどうしようもなく苛立ちを覚える。

 なんというか、神として扱ってほしいくせに、神らしくある気はあるのだろうか。

 さとりは額に手を当てて、ここ一ヵ月で一番のため息をついた。

 

「…………はぁ、本当にもう…………」

「在原業平が和歌でも詠みそうな雰囲気だったわね。覚物語とかって歌物語にでもする?」

「……………………はぁ」

 

 ため息の一番は、更新の15秒後に早くも更新されることとなった。

 

「まぁ、それはいいわ。だけど、あなたこの前も結構な干渉を加えたじゃない。内ではなく外にだけど」

「あれに怒っているなら私を殺せばいいでしょう」

「いや、不敬と言えば不敬だけど、私は関係ないし。あと、結局影響は少ないから別に怒ってないよ。大麻とか昔にちょっとやって飽きた」

「そうですか。まぁ、あれは取り敢えず幻想郷の安定のために利用しただけのことです。普段の私は、干渉なんてあまりしないでしょう」

「あなたは基本はしないけど、する時はなんだってするじゃない。そういうのが、幻想郷には必要なのよ」

「だとしても、私は紫のやり方を肯定します。その上で、裏でやるのが私の役目ですから」

「始まりからいるのに賢者でないのは、だからなのかしら」

「私はあなた達ほど賢くはありませんし、大した存在でもありません。私は陰にいるだけでいいのです」

「よく言う。こんなに秘されたただの妖怪があってなるものですか」

「ただの覚妖怪である他に、私になにがあるでしょうか」

 

 その問いに返す言葉はなく、さとりをしばらく見つめた後、隠岐奈は厳かに話し始めた。

 

「博麗の巫女が、今地底に下ってきている」

「……お空ですか」

「察しはついているようだ。そう、地上の神とかかわった霊烏路空は太陽の力を得た。今、地上ではここが異変の原因として認識されている」

「そうでしょうね。ここもついに舞台となるだけのことです」

「その通り。と、言いたいところだが、そうでもないんだなこれが」

「何か?」

「この異変の後も、霊烏路空は力を失わないだろう」

「そうですね」

「地底は、地霊殿は、古明地さとりは大きな力を得ることになる。太陽の力、幻想郷を崩壊させるには十分な力だ。ねぇ、さとり、あなたはその力を持った時、どうするの?」

 

 隠岐奈の瞳は先ほどまでの笑みを宿さず、ただまっすぐにさとりを見ていた。

 それに対し、さとりは纏う空気を一切変えることなく、ただいつもの調子で返した。

 

「私は、今までもこれからも、外れ者の集まる地底を管理する覚妖怪です。何も変わらない。何も変えない。ただ、ここが舞台の一部となり、それが私のペットに起因するだけのこと。何か企んでいる? 笑わせないでください。私は自分を変えない。自分に嘘をつかない。私は幻想郷のために策をこしらえるだけの者。八雲紫の協力者です」

 

 淡々とした言葉に圧倒されたかのように、隠岐奈は10秒ほど黙ったかと思うと弾けたように笑い出した。

 

「いや、悪いね。念のためだ。そうだな、何も変わらない。私も紫もいくらか変わったが、幻想郷が始まったときからお前は何も変わらないものな。これは信頼するほかない」

「私も変わりましたよ。見えないようにしているだけで」

「見せないのなら何も変わらないさ。いや、邪魔をした。巫女もそのうち来るだろうし、私は帰るとするよ」

 

 おもむろに立ち上がると、隠岐奈は窓の外を見た。

 空も何も映らない、ただ地底の街並みと遠くの岩肌が見えるだけで、形ばかりの窓であった。

 

「私は、しばらくしたら舞台に上がるわ。最近の異変は幻想郷を壊しそうなものではないから何かする必要もないもの」

「あなたが関わると面倒になるのでそうしてください。秘された神なのだから」

「そうね。じゃあ、さようなら」

 

 笑顔で別れを告げて、隠岐奈は部屋を出ようとする。

 さとりはそれを見送ることもなく、椅子に座ったままでいた。

 しかし、最後に「大丈夫ですよ」と言い、隠岐奈はそれに振り向いた。さとりは言葉を続ける。

 

「ここは幻想郷、全てを受け入れる場所。神も妖怪も何もなく、舞台に上がればただの住人。誰もそれから逃れられない。だから、ここは素晴らしいのです」

 

 隠岐奈はただ今日一番の笑顔で返して、どこかへ消えていく。

 さとりは立ち上がると、窓のそばに立った。先ほどまで見えなかった弾幕の光が遠くに見えた。

 

「そう、誰も彼も負けて、ここはやっと舞台になる」

 

 そして、待ちわびたように、泣きそうで嬉しそうな表情を浮かべた。

 さとりが誰かに見せるはずもない、誰も知らない少女の顔であった。

 

「あの子が帰ってくるのよ」

 

 光は、少しずつこちらへ来ていた。

この作品を読んでいて良いと思う部分

  • シナリオ
  • キャラクター(性格など)
  • 台詞回し
  • 地の文
  • 表現
  • 考察できる点
  • 謎の多さ
  • キャラクターへの解釈
  • 世界観への解釈
  • シリアスな点
  • ギャグ要素
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