ー大田南畝ー
幻想郷は冥界が奥、西行寺家白玉楼の桜の木の下には眠る者がいる。
端的に言えば、死体が眠っている。
それは「死を操る程度の能力」がまだ「死を誘う能力」であった頃、死人の能力が生者の能力であった時に、生命を手繰り寄せた西行妖を自害の果てに封印した際に輪廻を逃れんとして留めたからである。
白玉楼の主人は、その不可思議な桜の下に眠る者が自分であることは知らない。
知っているのは生前から彼女と関係を持っていた者、深い関係者、或いは幻想郷の根幹に関わる人物だけ。
誰も死体を掘り起こしはしない。
美しい少女の真っ白な姿を見ようとはしない。
本人も少し前に試みたが阻まれ、取り敢えずはその気はない。
何も起きなければ、もう100年は安泰と言えるだろう。
いつまでもどこまでも、桜の下で生命を振り解いた屍が笑うばかりである。
嗚呼、違う。今は語るべきはこれではない。
西行寺幽々子の御話に関しては、またいつか、語る日が来るだろう。
その時は、きっと騙る少女も共に。
この話は『桜の下』ではなく『藪の下』なのだ。
ここで桜の話をしたのは、幻想郷はその手の話に事欠かない事を示すためである。幻想郷という倒錯した小世界では、どこに何があるかわからない。どこの下に、どこの中に、どこの上に、どこの前に、どこの後ろに、何があるかわからないということなのである。
特に、古い者、立場のある者は大抵裏に隠しているものである。
そして、それは古明地家も例外ではない。
古明地さとりは、幻想郷の成立に賢者としてではなくただの助力として関わった妖怪である。よって、彼女の持つ情報は賢者達も把握し切れたものではない。
さとりならば、あの始まりの時に何かをやっている。確信めいた思考を誰もが抱いた。
だが、さとりならば、大してマズい事はしていないだろう。推測に満ちた安堵がすぐさま疑念を打ち砕いた。
今回の御話は、それにまつわる御話。
知っているのは、古明地さとりと■■■■■■、そして、当事者だけの秘された過去。
この件についてさとりに何かを問うたとしても、きっと彼女は唇の前に人差し指を立てて、「しぃー」と息を滑らせるばかりであろう。
決して彼女のいつもの欺瞞に鼻歌混じりで塗れさせた話であるからでなく、彼女がどうしようもなく欺瞞に塗れさせるしかなかった話だからで、きっとこの話は古明地さとりだけの話ではない。
彼女は、ただ一人ならば話さないのではなく、本当の闇に隠してしまうだろうから。
※
町奉行にて問われたる小作人の言葉
左様で御座います。あの藪の中で死体を見つけたのは私に違いません。
あれは忘れる筈もない、やけに冷える雨の日のことでした。田畑の仕事も終わりましたので暇を持て余しまして、ここいらには娯楽もそう多くはありませんから、散策などしておりました。あんなに冷える雨ですから、何かあるのではないかと。叶うならば、あの時の気楽な私を引き止めてやりたいところで御座います。
嗚呼、申し訳御座いません。どうにも未だに胸が苦しいままで、要らぬことまで口から出てきます。
兎にも角にも、散策をしていた私は、なんとなくあの藪を通ったのです。そうです、『あの』藪です。不知八幡森とも称される、あそこの近くを通ったのです。勿論、入ろうなどという気は御座いません。最早いつから禁足地であるかも分からないあそこは、ここいらでは爺様婆様から話されてを繰り返して、もう血気盛んな若者でも肝試しをやろうなどとは思わない場所です。ですが、あくまで入ってはいけない場所ですので、そうである限り、何も起こりはしません。私などは、神聖な場所なのではないかと思っておりました。それで、近くを通ったのです。
今にして思えば、妙な事でした。ガサガサと音が聞こえたのです。はい、あの日は雨でした。不知八幡森は、そう広くはないとは言え森ですし、雨もそう弱いものでは御座いませんので、晴れの日に比べれば五月蝿いものです。なのに、中から音が聞こえたのです。青ざめました。誰ぞ入ったのかと。あそこは誰も入らない禁足地ですから、入ったらどうなるかわかりません。駆け寄って、古い柵越しに、中を見たのです。
ひどく雑でした。不知八幡森の真ん中で、上半身だけが埋まった死体があったのです。下半身だけがまるで穴を覗き込んでいるかのように出ていて、滑稽にすら思えたほどです。はい、誰かが死体を埋めたのです。私はその発見者に御座います。禁足地に誰かが足を踏み入れ、斯様に悍ましいことをしてみせたことに震えております。この地に何が起きようと、もう不思議では御座いません。
※
町奉行にて問われたる盗っ人の言葉
そうだ。俺がここいらを数年に渡り荒らしまわった盗賊である。
貴様らが聞きたいのは、あの藪の話であろう。いいだろう、捕まってしまった今、最早この身は死を待つばかり。不思議を明かす手伝いをするも一興。語ってやる。
あれは、雨の日のことであった。俺はいつも通りに盗みを働き、逃げおおせていた。そのまま川辺に腰を下ろして奪った飯など喰らっていたところ、女が声をかけた。追手かと思い、小刀を構えたが、どうやら違うらしい。いわく、自分を殺して欲しいということだ。今生が恨めしいが、自死の勇気などなく、どうにかして死にたいと。
俺は盗人だが人殺しではない。必要に駆られて命を奪うことはあっても、理由もなしに奪うほど野蛮ではない。よって、頼みを断った。他所をあたるか、或いはなんとかして自死を遂げろとな。女は奇妙な桃色の髪を揺らして、どこかへと去っていった。その時はそれまでだった。
数刻の後、俺は女とまた会った。藪の前で、だ。女は柵を越えようとしていた。勿論、止めたとも。いかに俺が不信心なる悪党であろうとも、あそこは立ち入らないべきだとわかっている。無理矢理引き留めた。だが、俺の手には破れた布切れが残り、奴の足は藪へついた。そのまま駆けて、藪の真ん中まで行くと、女は座り込んだ。藪の中では、何も起きはしなかった。その時、俺が千切った袖から、視線を感じた。見ると大きな瞳が覗いている。
俺は理解した。この女は妖で、俺を惑わしているのだと。藪というのも神仏に関係なく、怪物のものでしかなかったのだと。そうとわかれば、俺の行動は早かった。柵を越え、ゆっくりと近づいて首元を一切り。それで終いだ。死体は掘って埋めようと思った。そうしていると、誰かにそれを見られた。すぐさま逃げ出したものの、俺はこうして捕まった。
俺は妖を殺したぞ。俺はあの藪を明かしたぞ。もう死なぞ恐ろしくもない。我が今生はこの為にあったのだ。
※
町奉行にて問われたる少女の話
はい、そうです。あの人を殺したのは私です。
奇怪な髪同士? あぁ、そうですね。親戚でしたから、遠い昔にどこかで妙な血が混ざったのでしょうか。
動機は親族間の揉め事です。よくある事です。ここらでもそんな事件は絶えない。それで、ここからいつも喚き声が聞こえる。喚き声を上げることなど少ない? そうでしたか。まぁ、動機など大した意味は御座いません。肝要なのは、私があの人を殺した事。そして、あの藪に埋めてしまった事では御座いませんか? さっさと悪党は殺すに限るでしょう。
……その盗賊は嘘を吐いていますよ。どうせ捕まり死ぬのなら名声と共に死ぬなんて、馬鹿な考えです。なぜわかるのか、ですか。私も悪党だからです。幼い少女が何を言うかと言われても、あなた方は私の事なんて何もご存知ないでしょう。
私は藪の中に入った彼女を追って、彼女を殺して、彼女を埋めようとした。それを見られて、逃げた。何かおかしいところがありますか? 盗賊に嘘をつく理由はありますが、私にはないと思いませんか。盗賊はあらゆる罪で捕まって、藪の件を仄めかしてわざとらしく語った。私はこの事件の犯人だと言ってここに来た。信じられるのはどちらでしょう。
数多の事件を裁いてきた奉行様の、技量の見せ所で御座います。
語るは証言ばかりではなく、事件の外で語る言葉はまだあるもの。
まだ、この事件は終わらない。
お久しぶりです。前編。ガチガチに考える必要は全くないです。
この作品を読んでいて良いと思う部分
-
シナリオ
-
キャラクター(性格など)
-
台詞回し
-
地の文
-
表現
-
考察できる点
-
謎の多さ
-
キャラクターへの解釈
-
世界観への解釈
-
シリアスな点
-
ギャグ要素