西住姉妹の幼馴染   作:テクニクティクス

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第1話

海原に浮かぶ大洗学園艦。そこで新しい日常を送ろうとする少女。

焼きたてのパンの匂いに笑顔を見せ地元では見かけなかったコンビニに気を取られて、電柱にぶつかって痛みでうずくまる。そこへ声が掛けられる。

 

「あの……大丈夫ですか?」

「あ、その、大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」

「それは良かった……。あれ、もしかして君、みほちゃんじゃないのか?」

「え……?」

 

自分の名を呼ばれて思わず顔を上げて相手の顔を見る。

学生服を着た男子がみほのことを見ているが、どこか見覚えがあるような印象を感じる。

朧気ながら幼い頃近所に住んでいた仲のいい男の子のことを思い出し、おずおずと口に出す。

 

「あの、もしかして貴方、鹿島 葵くんですか?」

「うん、そう! 中学二年の春までは近所にずっと住んでてよく遊んでたね」

「わぁ……! 葵くん急に転校しちゃったから、連絡先も教えてもらえなくてちょっと寂しかったんだよ? 今はここの学校に通ってるの?」

「女子学園付属校の共学科にね。……っと、これ以上話してると遅刻しちゃうか。とりあえず連絡先と住所教えるから後で家に来てよ。いろいろ話したいこともあるし」

「うん。お邪魔させてもらうね」

 

二人は通学路を並んで歩んでいき、先に校舎に着いた葵はみほを見送り、まったく知り合いのいないところに意外な人との再会で少し気持ちが明るくなったみほだった。

 

 

 

 

「えっと……ここでいいんだよね」

 

放課後教えられた住所にやってくると落ち着いた雰囲気のある建物があり、店の看板として「青雷亭」という文字が掲げられている。

外窓から中を伺うと、どうやらカフェのようだがこの印象だと喫茶店といった方が合うかもしれない。

眺めていても仕方がないとドアを開けて中に入ると、備え付けのドアベルが鳴りカウンターでカップを拭いている葵がこちらを見た。

 

「いらっしゃい。来てくれたんだみほちゃん」

「うん。ここ、葵くんの家なんだよね? 熊本に居た頃は普通の家だったから驚いちゃった」

「父さん母さんの夢だったらしくてね、喫茶兼洋食屋をするのが。ここでいい物件見つけたから移住したんだって。さて、みほちゃんはコーヒー派? それとも紅茶派?」

 

カウンター席に座ったみほが紅茶を頼むと、葵は慣れた手つきで茶葉をティーポットに入れて、熱湯を注ぐ。

十分に葉が開いたのを見計らいカップに赤銅色をした香しい紅茶を淹れる。

 

「お待たせしました。どうぞ」

「いただきます」

 

角砂糖を入れて、スプーンでかき混ぜてゆっくりと口に運ぶ。いい香りに優しい渋みが心を和ませる。

半分くらいお茶を残して、ソーサーの上にカップを戻し、一息ついたところに葵が声をかける。

 

「みほちゃんが大洗に転校してきたのは……あの試合が原因だよね」

 

全国大会決勝戦、尚且つ名門校黒森峰が十連覇するかどうかの偉業に挑む最中に事は起こる。

みほの乗るフラッグ車の前の車両が、敵の砲撃により足場を崩されて天候の悪化で濁流と化した川の中へ沈んでいった。

それを見た彼女はなりふり構わず落ちた戦車の搭乗員を助けようとして……結果フラッグ車を撃破されてしまい黒森峰は敗北した。

その後の学園内での彼女への対応は予想はつく。

俯いてカップの水面を覗き込んでいるみほに葵は口を開いた。

 

「俺もあの時の試合は見てたんだ。それで、ひとつ言いたいことがある」

「…………っ」

「落ちた戦車に乗ってた人達が心配だからって、救命胴衣とかも付けずに飛び込んだりしちゃだめだよ! 俺、みほちゃんが流されて死んじゃうんじゃないかと凄く心配したんだからね!」

 

散々投げかけられた侮蔑の言葉。それとは違うものに思わず顔を上げると本気でみほのことを心配してる少年の顔があった。

 

「え、だってわたしの勝手な行動で、十連覇の偉業を無くしちゃって、みんなわたしを責めて……」

「そりゃあ、大事な試合だったかもしれないけど戦車道だって相手と戦争してるわけじゃないでしょ。人命を優先するのは問題じゃないよ。ただ、運営委員とか審判員に連絡して一時中断とかして救助活動する手段もあったはずだから、もうちょっと落ち着いて行動してほしかったな。……でも無事で本当によかった」

 

幼馴染の無事な姿にほっとした表情を見せ、葵の柔らかな笑顔を見たみほの頬へ涙が伝う。

 

「え……な、なんでだろ、今になって……ご、ごめん、涙、止まらない……」

 

ぽろぽろと涙を流すみほへ、そっとハンカチが差し出されそれを受け取って顔を覆う。

二人きりの喫茶店の中で時折みほのしゃくりあげる声が響き、落ち着くまで穏やかに葵は待ち続けた。

 

「……ごめんなさい、ハンカチ汚しちゃったね。後で洗って返すね」

「いいよ、そんな気にしなくても」

「だめ。私の方が気にするの」

 

目元を赤くしたみほが朗らかに笑う。

完全にわだかまりが消えたわけではないが、折り合いはついたのか素の屈託のない笑顔を見せてくれる。

 

「葵、お客さん来ているの? ……あら、みほちゃんじゃない!」

「こんにちは、夏さん。お邪魔してます」

「あらあら、久しぶりね。しほさんは元気している?」

 

調理場から姿を現したのは葵の母親である鹿島 夏だ。

みほの母でもあるしほも十分若く見えるが、夏は知らない人が見たら女子大生と見間違うほどに若い風貌をしている。

そして二人とも同級生で黒森峰で戦車道を嗜む戦友だった。

ただ私生活でも西住流なしほと、戦車を降りればあらあらうふふと優しいお姉さんと化す夏。

デコボコな二人だが気の合うとこも多く、夏のおかけで周囲と上手く潤滑して「鬼の西住、菩薩の鹿島」と揶揄されることもあった。

大学は別の道に進み、戦車道からも遠ざかってしまった夏だが、しほとは時折SNS等で連絡を取っていて友人関係は続いている。

 

「そう、大洗女子学園に転校してきたのね。葵も近くに通っているからまた仲良くしてあげてね」

 

そう言ってまた調理場へ戻る夏と入れ替わりに、カウンターへ戻ってきた葵はみほの前へケーキが乗った皿を置く。

 

「あの、葵くん、これは……?」

「おごり。まだ母さんの腕には及ばないけど、俺の手作りだから気にしないで食べて」

 

綺麗にきつね色に焼きあがったベイクドチーズケーキをフォークで切り取り口へ運ぶ。

濃厚なチーズの味が口内へ広がり、思わず頬が緩んでしまう。

 

「まぁ、いろいろ大変だろうけど子供の頃みたいにまたよろしく頼むね、みほちゃん」

「こちらこそよろしくね、葵くん」

 

ここしばらくは、心からの笑顔を浮かべることを忘れてしまっていたみほだが、懐かしい幼馴染との再会に元気を貰っていた。

 

 

 

 

昼休み、校内放送で呼び出しを受けた葵は会議室の一室で大洗女子学園の生徒会役員の杏たちと対面していた。

話の内容として、復活させた戦車道の補佐を受け持ってほしいと。

 

「部活動ではなく選択科目として履修するものだから、ちゃんと単位は取得できる。付属校の方はまだ選択されていないだろう? 昨今の少子化に伴い交流も少なくなった両校の親睦を深めることにも繋がるのだから悪い話ではないはずだ」

「そういうわけだから、よろしく頼むよ鹿島くん?」

 

冷静に話を進める河嶋と静かに会長の傍で直立する小山、そして一番軽い印象を受ける杏。

だが、この昼行燈に見える会長こそ何より切れると感じ取っていた。

 

「……俺を勧誘したからといって彼女が戦車道を選ぶとは限りませんよ」

「んー? 誰のことを言ってるのかな?」

 

細められた目の奥に仄暗い光を見て、へたにごねると誰かに迷惑がかかる予感がする。

溜息をついてしぶしぶといった体で誘いを受ける。

 

「分かりました。こちらもまったくの素人ですのでろくな補佐は出来ないと思いますがよろしくお願いいたします」

「あんがとね。ああ、それと西住ちゃんはもう戦車道履修選んでるから安心して」

 

ある意味はめられた感は拭えないが、仕方がないと受け入れ自分の出来ることはやっていこうと気を引き締めた。

 

後日、戦車道発足含め使用車両を見つける際に、顔合わせとして全員の前に立った。

女子校の中に一人の男子、黒一点ということで初めは驚かれたが、付属校の生徒で交流の足掛けとして来ていると知られてからはそこまで気負う子は居なくなる。

ただ、普段のノリとして見つけた車両の錆び、汚れ落としとして洗車を行うのに、体操着を濡らして下着が透けているのにも気にしないのが思春期男子にはつらい。

ツッコミの鬼の副会長もこんな気持ちだったのかなー、鈍感王なワンサマーや青春ブタ野郎なら気にもしないんだろうなーと雑念入り混じりつつ車体を必死にこすり続けた。

そして遠目から彼に熱い視線を送る武部沙織。タオルを鉢巻きにして上半身裸になって額に汗する姿にときめいている。

 

「ねぇねぇ、みぽりん! 彼、結構格好よくない!? どうしよう、付き合ってる人とかいるか聞いてみようかな!」

「あはは……」

 

 

 

その帰り、武部と五十鈴、新しい友人として秋山を連れ、みほは彼の家、青雷亭を訪れていた。

 

「ここが、葵くんの家なんだよ」

「はぁぁ……、ここだったのでありますか……」

「秋山さんは知ってたの?」

「知っているというか、隠れた名店という感じでありまして、昼の喫茶店、夜間の洋食もかなり美味しいらしくリピーターと口コミが凄いであります。私も憧れはありましたが一度も入ったことはなくて」

 

ドアを開けると心地よいベルの音が響き、エプロン姿の葵が皆を出迎える。

 

「いらっしゃい。今は空いているから好きなテーブル席に座って」

「ありがとうね。今日遊びに誘おうかと思ったら早めに帰っちゃってたけど、家の手伝いのためだったんだ」

「手伝いというか、バイトのシフトのようなものかな。小遣いの上乗せにもなるし、俺も好きでやってるから」

 

席に座り、メニューとお冷を受け取りおすすめのケーキセットを注文する。

しばらくして、コーヒーと紅茶、スフレケーキが全員の前へ配膳される。

紅茶も美味しかったが、コーヒーも苦みと酸味が程よく調和してケーキとの相性もいい。

ふわふわのスフレケーキはフォークを当てるとすんなり切ることができ、口の中で容易く蕩けて芳醇な甘みが広がる。

みほも優花里も全員幸せな顔をして、ケーキを楽しんでいると、ことりとテーブルに新しいケーキが置かれる。

 

「え? あの、これ注文していないんだけど……」

「ああ、これは自作のケーキでお客様には出せなくて。ただ、感想を貰いたくて友達なら遠慮なく食べてもらえるでしょ?」

 

小さく切り分けられたティラミスケーキを各自口に運ぶ。コーヒーシロップが程よく染みたスポンジに丹念に練りこまれたマスカルポーネチーズの相性はいい。

手作りと知らなければ市販品と言われても信じてしまいそう。

 

「うわぁ……! 凄く美味しい! 言われなければ普通にシェフが作ったとか思うよ」

「これは、素晴らしいですわ。お代わりを頂きたいくらいですわ」

「うん、美味しいよ。でも、いつも奢ってもらってばかりだと悪いよ、何かお返しするけど」

 

沙織や華の称賛を貰って喜びつつ、みほの申し訳なさそうな言葉に葵は理由を話す。

 

「実はさ、腕を磨く一連としていろんな料理やデザートを作ってるんだけど、せっかくの料理も一人で食べきるのは大変でさ。感想貰いたいってのも嘘じゃないんだけど、調理は楽しいし、いずれはここで跡を継げるようになりたくて頑張ってるんだ」

 

付属校を卒業したら、専門に進み調理師免許を得て父の伝手を頼りしばらく腕を鍛え、青雷亭の跡を継ぐのが夢と語る。

調理場の方へ戻っていく葵に対して、沙織は眩しいものを見るような視線を向けていた。

 

「もう進路とかしっかり決めてるんだね、鹿島くん。なんか憧れちゃうなぁ」

「そのための努力も怠らないとはなかなかな人柄ですな、鹿島殿は」

「ところで、みほさんは彼とは幼馴染と仰ってましたが、いつからの付き合いなのでしょうか?」

「なら丁度いいものがあるから、皆さんでご覧になってちょうだいな」

「うわぁ!? な、夏さん!?」

 

急に姿を現した夏に驚きつつ、差し出された小さなアルバムをみほは受け取り、みんなに見えるようにテーブルの上で開く。

そこには、幼稚園年長くらいの歳だろうか、今より小さいみほと葵が揃って写っていた。

昔はかなりヤンチャだったというが、この写真では仲良く手を繋ぎカメラに向かって二人とも笑顔を見せている。

 

「やだ! みぽりん可愛い!」

「まぁ、お二人ともこんな小さい頃からのお友達なのですね」

「西住殿も可愛らしいですが、小っちゃい鹿島殿もギャップがあって可愛いです!」

「な、なんか照れちゃうな……」

 

沢山の写真には仲良さげに遊んでいる二人に、若かりししほの姿と、今と全然変わらない夏の姿も写っている。

その中の一枚にビニールプールで遊ぶみほと葵の傍に、水鉄砲を持ったみほにそっくりな少女が居た。

 

「西住殿、このどこか瓜二つな子はどなたですか?」

「あ、これはね、私のお姉ちゃん」

 

袂を分かってしまったとはいえ、前ほどの苦手意識や辛さは若干薄れた。

戦車道を続けていけば出会うことは必然だが、その時にはちゃんと話ができるといいなと思う。

話し込んでしまったせいで少しずつ客層が増えてきた。

夕飯もどうだと誘われたがそろそろご迷惑になるから帰ると、みほたちは青雷亭を後にする。

 

「はぁ~、みぽりんが恋愛強者だったとは思わなかったな~」

「さ、沙織さん、私と葵くんはそんな関係じゃ……」

「でも、私から見て十分心を許している印象がありましたわ」

「自分も結構お似合いだと思いますけど」

「だ、だからぁ……、もうこの話はお終い!」

 

 

 

発掘した戦車に組み分けをして、模擬戦を行い新たな操縦士として沙織の友人、冷泉麻子を加えたみほの四号戦車が勝利を収める。

みほは沙織たちとチームとしてやっていくことになった。

練習終了後、大きなバスケットを持った葵が現れて大洗戦車道チームを労う。

 

「お疲れ様。みんな頑張ってちょっと小腹が空いてるかと思って、サンドイッチ作ってきてあるから食べてほしいな」

 

渡されたサンドイッチは新鮮なレタスとフライドチキンが厚切りのバゲットに挟まれている。

かぶりつけば、しゃきしゃきな触感にジューシーな鶏肉のうま味が溢れ、ピリッとした香辛料がよく効いていて脂っこさを抑えてくれる。

程よい酸味が口の中をさっぱりとさせてくれる冷たいレモネードも、疲れた体に活力を入れてくれる。

皆にこにこと笑顔を浮かべ、流行に敏い一年生たちは有名店の手作りと聞いて更に喜びを表して、友達に自慢しようとも言っている。

 

「鹿島殿も自然に受け入れられてよかったでありますね」

「うん、そうだね」

「おーい、鹿島ー。サンドイッチのお代わりってないのか?」

「もー、麻子ったらあんまり食べ過ぎると太るよ」

「麻子さん。鹿島さんからお代わり頂いてきましたからこれをどうぞ」

 

補佐というより戦車道メンバーの兵站係といったポジションに収まった葵。

そんなこんなで大洗戦車道部は発足した。


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