西住姉妹の幼馴染   作:テクニクティクス

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第2話

大洗戦車道部が発足して初めての練習試合。全国の強豪校のひとつ、聖グロリアーナに胸を貸してもらえることになった。

みほ以外は戦車に乗ることすら初めてなメンバー。歯牙にも掛けられず撃破されて、最後のみほ達の奮戦であと一歩というところでチャーチルと相打ち、四号のフラッグが上がり大洗の負けが決まった。

それなりに奮闘はしたが負けは負け。親善試合で負けた場合のペナルティとしてあんこう踊りをすることに。

 

「あー、うん。ごめん、目の毒としか言えない」

「うぅうぅぅー……、知ってる人に見られるのが一番恥ずかしいよぉ」

「に、西住殿。あんまり押さないでください。わ、私も恥ずかしいんですから」

 

麗しい女子校生たち、しかもその中の一人は幼馴染で体のラインがくっきりと浮き出るピンク色のタイツを着ているのだ。

否が応でも胸や腰に視線がちらちらと向かい、先ほどまで落ち着いていたみほも優花里の背後に隠れようとして、彼女も胸を腕で隠して照れている。

 

「こらー! こういう時は席を外すのか紳士なんだよ、あっち行った行った」

 

沙織に追われて葵はその場から離れ、試合を見に来た観客たちと一緒にあんこう踊りを見る。

ぐるぐる目で必死に踊るみほと一瞬視線が交差すると、今度は茹蛸みたいに真っ赤になってしまった姿に笑顔を返した。

 

 

 

場面は変わって、小さなテーブルにダージリン、オレンジペコ、アッサムが席に着きアフタヌーンティーを楽しんでいる。

聖グロリアーナでは普段の日常だが、唯一違うのは給仕を葵が承っていることだろう。

急なお願いにも関わらず親善試合を快く引き受けてくれた彼女たちをそのまま返すわけにはと、お茶に誘ったのがきっかけ。

最初はナンパの類かと警戒していたペコとアッサムだが、せっかくの好意を無にするのは淑女にあるまじき行為とダージリンが言うのでついていったのだ。

しかし、そこら辺のカフェではなく野外に小じんまりとしつつ正統なイングリッシュティータイムを演出している机を見せられて、流石のダージリンも驚いた模様。

お茶請けのスコーンからクッキー、サンドイッチ、紅茶まで全て葵が作って給仕しているのは言うまでもない。

 

「ふふっ、最初はちょっとしたカフェで親睦を深めるつもりだと思っていたのですが、これはなかなかなサプライズですわね」

「紅茶に関してもきちんと正しい手順をなぞって淹れてありますし、このスコーン……凄く口に合います」

「グロリアーナでもここまできちんと出来る人はなかなか居ません。素晴らしいです」

「お褒めの言葉、恐悦至極にございます」

 

ダージリンのカップに新しく淹れた紅茶を注ぐと、優し気な笑みを返してくれた。

 

「本日はお忙しい中、ありがとうございます。まだまだ弱輩なチームですが、また一緒に戦えることを期待しています」

「ひとつ、聞かせてほしいのだけれど、あなたがこういうことを行うのには……隊長さんが関係あるのかしら?」

「ええ、まぁ。俺も、試合中は全力でぶつかり合ったとしても、終わってしまえば健闘を称えあえる。そういう関係が望ましいと、そんな道も在っていいと思っています」

「そう。いいお話を聞かせてもらえて嬉しかったわ。これ、西住さんに渡して置いてもらえるかしら? それと鹿島さん、貴方にはこちらを」

 

綺麗に包装された箱を二つダージリンから手渡され、葵は自分たちの学園艦へ帰っていく彼女たちを見送った。

 

 

 

出港ギリギリに戻ってきたみほたちにダージリンからの贈り物を手渡す。

その中身はティーカップと手紙が入っていて『今回の試合はとても楽しかったわ、今度は公式戦で雌雄を決しましょう』と書かれていた。

 

「凄いです! 聖グロリアーナは好敵手と認めた相手にしか紅茶を送らないとか!」

「そうなんだ」

「……ん? これが西住殿宛てだとしたら、そちらの箱はいったい?」

「ちょっと開けてみるから待って」

 

一回り大きな箱を開けてみると、そこには真っ白で澄んだ色をしたティーポットに銀の茶さじと手紙が収まっている。

『今回のお茶会はとても有意義なものでした。またご一緒したいと存じます。その際には鹿島さんにペコの淹れたお茶を振舞いますわ』と書かれた手紙を読むと、慎重な手つきで茶器を取り出す。

 

「うわぁ……これ、ボーンチャイナだ。相当な高級品なんだけど。大切に使わせてもらおう」

「ねぇ、葵くん? なんでダージリンさんから別口でものを貰ってるの?」

「ん? 試合後にちょっと彼女たちを労っていただけなんだけど……み、みほちゃん? お、怒ってる?」

「おこってないよー、葵くんの勘違いだよー、うふふ」

 

言葉とは裏腹に笑みを浮かべているのに、目の奥が笑っていない。

 

「西住殿、意外と怖いところがありますね。試合中、取り乱したりとかしないのでこういうことでも動じない人かと思ってたのでありますが」

「戦車から降りれば、普通の女子校生ってことだ」

 

妙な重圧オーラを出しながら、ぴったりと葵の傍にいるみほにそんな感想を漏らす優花里と麻子だった。

 

 

 

 

公式戦の抽選会にやってきたみほたち。一回戦で当たるサンダース大学付属高校も強豪と名高いところで苦戦は免れそうにない。それでも、当たる以上は全力で戦おうと意気込みを見せる。

抽選会の帰りに優花里の要望に付き合って、戦車喫茶に寄ってケーキを食べることにする。

呼び鈴が戦車の砲撃音だったり、土嚢が床に積まれていたり、注文品がミニドラゴンワゴンでテーブルにやってくるなどとマニアには垂涎ものらしい。

可愛らしく戦車の形に作られたケーキを口に運ぶのだが、みんなの表情が若干鈍い。

 

「うん……これはこれで美味しいんだけど、鹿島くんのを食べなれてると何か物足りなく感じちゃう」

「私たちの舌も順調に調教されているということだな」

「なんか人聞きの悪いことを冷泉さんに言われている気がする……」

 

 

 

「――副隊長?」

 

そんな中急に響いた固い声。視線を向けると黒森峰の制服を着た二人の姿が。

そのうちの一人は葵もよく知る人物だった。

 

「ああ――元でしたね」

 

侮蔑の意思を全く隠さずに話しかける長い銀髪の少女、逸見 エリカと鉄面皮でみほを見る彼女の姉、まほ。

 

「まだ、戦車道をやっているとは思わなかった」

 

冷たい言葉に身をすくませるみほ。彼女を庇うように勢いよく優花里は立ち上がる。

 

「あの、お言葉ですが! あの試合でのみほさんの判断は、間違っていませんでした!」

「部外者は口を出さないでほしいわね」

 

冷たく切り返され、項垂れる優花里。まほに促されてエリカはその場を後にするが振り返りながら更なる当て擦りを言い放つ。

 

「一回戦はサンダース付属と当たるんでしょう? 無様な戦い方をして、西住流の名を汚さない事ね」

「何よ、その言い方!」

「あまりにも失礼じゃ……!」

「……ちょっといいですか?」

 

かなり攻撃的な台詞に沙織と華も立ち上がるが、それよりも先に葵がエリカの前に進み出ていた。

 

「なによ、アンタ」

「大洗女子学園付属校の交流生としてここの戦車道部の補佐をさせてもらっている鹿島 葵と言います」

「で? 部外者は引っ込んでいてと言ったはずだけど」

「戦車道に関しては素人もいいところで、確かに部外者です。ですが、みほの友人として言わせてもらうのなら明らかにやりすぎかと。みほはずっと苦しんでいました。

 勝利のために多少の犠牲を強いるのはいい。

 だが、敗北の原因となった人間をいつまでも虐げ続けるのも許されると?

 それがあなたの戦車道なら――そんなもの、その辺の狗にでも喰わせてしまえ」

「――ッ!」

「葵くんっ!」

 

激昂し、胸倉をつかみ上げて殺気の籠った目で睨みつけるエリカに対し、一歩も引く気はないと冷徹な視線を返す葵。

一触即発な状況で緊迫した空気が流れるなか、静かな声が響いた。

 

「そこまでにしておけ、エリカ」

「た、隊長……」

「悪いが、先に船の方へ戻っておいてくれないか」

 

ゆっくりと掴んだ手を放し、葵へ恨みがましい視線を送った後エリカは外へと出て行った。

そして彼と向き合ったまほは、幾分か険の取れた声色で口を開いた。

 

「久しぶりだな。元気していたか」

「そうですね、まほ……さん」

「ああ。みほ、少し彼と話をしたいんだが、借りていってもいいか?」

「え、あ、うん……」

 

心配そうな視線を送る沙織たちに心配いらないと、手を振り返して葵はまほの後についていった。

 

 

 

先ほどの場所からしばらく離れた場所にある公園。二つ缶コーヒーを手に戻ってきたまほは一つを葵に渡してベンチに並んで座る。

 

「本当に懐かしいな。急にいなくなってしまったから驚いたぞ」

「連絡も出来ずにすみませんでした、まほさん」

「……お姉ちゃんだ」

「あの……」

「お姉ちゃんなんだが」

 

どうにもこの呼び方が気に入らないようで、何かを求めるような表情でこちらを見てくる。

気恥ずかしさがあるが、話が進まなくてはどうにもならない。仕方ないと軽く息を吐いて口を開く。

 

「……まほねぇ」

「うん、はやり葵にはそう呼んでもらわないとすっきりしない」

「結構恥ずかしいんだけど、この呼び方さ」

「何を言う、小さい頃は私のことをまほねぇ、まほねぇと呼んでくっついてきたじゃないか。

 まほねぇ、またみほがいじめたーと半べそかいて抱きついてきたのは誰だった?」

「ごめんなさい、許してください」

 

軽く口元を緩めているが、彼女とも長い付き合いだ。内心ではかなり喜んでいるのが分かる。

缶コーヒーの中身を飲み、一息ついてからまほが話し出した。

 

「私としては、みほの行動は悪いものだとは言えない。だが、西住流としては許されないことだった」

 

幼い頃から仲のいい姉妹のことは葵もよく知っている。だからこそ、まほの苦しみも分かってしまう。

西住流の次代当主として期待され、現に黒森峰戦車道の隊長を任されている彼女が個人的な理由で妹を庇うことは無理だった。

身を切るような思いで、みほへ非情な態度をとった結果が今の状況を生んだとも言える。

 

「もし、お前が居なくならずにずっと傍にいてくれたなら、みほも思い詰めることもなかっただろうな」

「いや、少なからずこういうことにはなっていたと思うよ。みほには黒森峰に居るだけで、ずっと針の筵に座らされてるような状態で、家にも外にも味方は居なかったんじゃあ、最悪……壊れちゃってたよ」

「だから、今のみほが笑顔を見せてくれたことは素直に嬉しい。戦車道を再び始めるとは思わなかったが」

 

その道に関しては先ほど言った通りに素人、流派の重みやお家騒動とか言われても遠い世界のことにしか思えない。何より国内外に多数の門下生がいる西住流本家の娘が出奔して、別の学園で戦車道をするなどへたすれば、勘当すらありえる。

 

「流派とか家元などのそちら関係は俺の方が何も出来ないから、まほねぇに頼るしかないんだけど……親子間断絶、永久追放みたいなのだけは避けてほしいよ」

「私なりにお母様へ譲歩や陳情等は頑張ってみるつもりだ。……あまり暗い話ばかりも何だな、そちらでのみほの様子はどうだ? 葵も転校後何をしてたのかも知りたい。それに何故みほをちゃん付けで呼んでいる? 昔みたいにみほと呼んでやればいいではないか」

「う……、な、何か気恥ずかしくてつい」

「もうちゃん付け呼びする歳でもあるまい。その辺りも聞かせてもらおう」

 

それからは、離れていた期間を埋めていくように話が弾み、みほのことや葵のことを聞き喜んだり驚いたり(葵やみほじゃないと気付かないが)ころころ表情を変え楽しそうに話を続けた。

しかしこれ以上は連絡船の出港時間に間に合わなくなってしまう。名残惜し気に二人は席を立った。

 

「みほに伝えておいてくれないか? 再び戦車道の道を行くのならば、全力を持って立ち塞がり叩き潰す。だが、みほのことはずっと心配をしていた。お前の味方になってやることができなくてすまなかった……と」

「分かった、伝えておく。……俺の方も、さっきの人へ伝言お願いできるかな? ついこちらもかっとなって言い返してしまいました、申し訳ありません。冷静に対処すべきだったのに、みほが苦しんでいるのにそれを気にもしない態度に我を忘れてしまって。お互い水に流すことは出来ないでしょうか? ……と」

 

伝言をお互いに託し別れる……となる前にまほは再び葵の元へ戻ってきて、おもむろに彼を抱きしめた。

 

「ま、まほねぇ!?」

「いかんいかん、忘れるところだった」

 

幼い頃からの愛情表現なのか、よく彼女は弟扱いしていた葵を抱きしめることがあった。

身長の小さい頃はまほの胸に顔を埋められ、発育が早くて柔らかで豊満な双房に甘い女の子の匂いがするので気持ちよくもあり恥ずかしくもあった。

しかも嫌がって逃げると傍目に見てもかなり落ち込むので仕方なしに受け入れ、理性を総動員して耐えていた。

 

「……随分大きくなったな」

「まだこれやるんだ」

「当然だ、お姉ちゃんの特権だからな」

 

今は身長も伸び、抱きしめているまほは葵の肩口に顔を寄せている状態だ。

あれから更にたわわに実った胸が押し付けられると、下の方に血が巡り始めてかなり気まずいが、義理のお姉ちゃんはまったく気にしていない。

 

「……ふぅ、久しぶりに元気をたっぷり貰えた気がする」

 

十分に堪能したのか、密着した身体を離すと妙につやつやとしている。

弟成分を目一杯補給したまほは、これからは連絡先も知ったことだから気遣うことなく連絡をくれと言い残して去っていった。

 

 

 

学園艦に戻る連絡船の甲板に葵とみほは並んで海原を見つめていた。

先ほどのまほとの会話内容を彼女に伝えていく。

 

「熊本にある実家に、みほちゃんの部屋そのままに残してあるって」

「そっか……、教えてくれてありがとうね」

 

幾分かほっとしたような表情をして、はにかんだみほ。

西住という名が大きく重く私生活にも影響し、尚且つ母子、姉妹共に不器用過ぎて上手くコミュニケーションが取れてないとつくづく実感する。

肉親ですらこんな状況、自分の母親である夏も、同級生時代はしほと周囲の関係構築に相当苦労したんじゃないかと。

物思いにふけっていると不意に小さくて柔らかな手が、自分の手のひらに重ねられ優しく繋がれる。

頬を桜色に染めて、少しずつ傍に近づいていく。

肩を寄せ合い、言葉なく波をかき分ける音だけが響くのも何だか悪くない。

が、もっと近づこうとしたみほが軽く鼻を引くつかせると、じっと葵の目を見つめ始めた。

 

「ねぇ、葵くん。どうしてお姉ちゃんの匂いがするの?」

「えっ!? それはずっとまほねぇと会ってたから……って、まほねぇ香水とかつけてなかったけど何で分かるの?」

「分かるよぉ、お姉ちゃんの匂いくらい。でも、ただ話してただけじゃこんな強く残らない……まさか」

 

車長やっているときより数段切れのある洞察力に、恋慕道の西住流コワイ! と慄いていると背中に手を回したみほがぎゅっと抱きしめてくる。

 

「うん、やっぱり……お姉ちゃん、まだあれ葵くんにするんだ」

 

少し前のまほが抱き着いたのと寸分違わぬ精度で、ぴったりと身を寄せてくるみほ。

結構似ている姉妹でも、差異は必ずある。

まほの方が肉付きもよく包容感は強いが、みほの姉より少し華奢っぽい体つきもこれはこれで悪くなく、そして胸部装甲は甲乙つけられない。

異性に対するところだけ西住流じゃなくてもいいと思うのに。

そこへ生徒会メンバーの杏たちと優花里が現れて、手を上げて何かを言いかけるが気まずそうに口を閉じた。

 

「あー……、西住ちゃんに発破かけようと思ってたんだけど、恐らく聞き流されるねこりゃ。ごゆっくり~」

「し、失礼するであります……」

 

助けてと目で訴えても、我関せずと杏と桃は踵を返すし、柚子と優花里も申し訳なさそうに彼女らの後に続く。残されたのは、RPGなら回復音が鳴り続いてそうなみほと、抱き枕状態の葵。

 

「ふわぁ……、これボコのおっきなぬいぐるみと同じくらい癒される……はふぅ」

「ねぇ、もうそろそろ離れてもいいんじゃないかな?」

「まだー。お姉ちゃん、ずっとこの良さ知ってたのずるいなぁ……」

 

恍惚な表情を浮かべてすりすりされると、気持ちいい反面男子にとって拷問に近く、みほの香りが強く感じられるのも辛い。

結局、学園艦に到着するまでみほが離してくれることはなかった。




ちょっぴり病みっぽいところもあるみほ、ありだと思います

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