プラウダに勝利し、いよいよ決勝戦にまで駒を進めた大洗。
相手はあの強豪「黒森峰」。出来うることはやったとしても勝てる見込みはゼロに近い。
それでも戦わずに逃げることはしないし、廃校撤回のためにも負けられない。
普段の練習にも熱が入った。
だが、緊張の糸を張り詰めたままでは大事なところで切れてしまうかもしれない。
決勝の舞台、東富士演習場に行く前の最後の休みに連絡船へ乗り、関東の某港町へとやってきた。
一応はデートということになるので、船を降りるまでは出会わないようにしてきた。
「お、おまたせ」
「大丈夫、今来たところだから……同じ船に乗ってるのだから待つことないよね」
そう言って苦笑しあう葵とみほ。空色のワンピースに白のカーディガンとみほらしく可憐な衣装に心を和ませる。
自然に手を繋いで街へと繰り出していく。
あの試合の後、みほを呼ぶ際には愛称を付けると反応してくれず、他の皆がいるところでみほと呼ぶはめになった。
甘酸っぱい感じのする二人に、噂好きな女子校生である皆は分かりやすく食いついた。
「あの時の武部さん、本当に怖かった……」
「鬼気迫るものがあったよね」
他愛もない会話を続け、屈託なく笑ってくれるみほに葵も和む。
街中を腕を組んで歩いていると、ショーウィンドウに飾られている純白のドレスが目に映る。
「やっぱりみほも、こういう花嫁衣裳に興味はあるの?」
「それはあるよ。お母さんは神前式で和装だったってことを菊代さんから聞いたけど」
戦車道の本家な西住家なら、しきたりや来賓などで軽々しくは選ぶことも出来なかったかもしれない。
ただ、みほやまほの場合ならドレスも着物もどちらも似合いそうだとは思う。
そこへ式場係員の人が二人の傍へやってきた。
「もしかして、こういう衣装に興味がおありですか? よろしければ無料体験も行っていますから是非」
「えっ!? あの、私たちまだ学生で……早すぎるんじゃないかと」
「そんな重く考えなくて構いませんよ。興味を持ってもらうだけでもいいのですから」
「それじゃあ、せっかくだしちょっと試していこうか」
若干頬を赤く染めて、促されるままみほと葵は式場内へ案内された。
新郎新婦の衣装に着替えるため、別々の部屋へと別れて燕尾服に着替えた葵は、海の見えるチャペルでみほを待つ。
天気も良く遠くまで海原が見渡せる。学園艦なら見慣れた光景ではあるが、こういう特別な場所だとまた違う気がする。
スタッフに声を掛けられて後ろを振り向くと、扉から純白のドレスに身を包んだみほが。
大きく肩口が開いていて、胸元も見えている。ベールを被り、しっかりと顔を見ることは出来ないが照れているのは何となく察する。
「ど、どうかな……おかしくない?」
しばらく何も言えずに、みほを見続けてしまった葵は彼女の言葉に気を取り戻し、慌てながら口を開く。
「あっ、ご、ごめん……。あまりに、き、綺麗だったから」
「あうぅ……、余計恥ずかしくなってきた」
しずしずと葵の傍までやってくるとしっかりと見つめてくる。
ベールを捲ると自然に仕上げたメイクと艶やかなリップをしたみほに、うるさいほどに鼓動が高鳴るのを感じる。
このまま時が止まってしまったかのようにお互いどきどきしながら、固まっているとスタッフに声を掛けられる。
「二人とも凄くお似合いですわ。よろしければ、お写真を撮ってお渡しできますがいかが致します?」
「はっ、はい! お願いします!」
力強く返事を返し、途端に湯気を出しそうなほど真っ赤になったみほ。そんな彼女だからこそ、逆に落ち着くことができた。
ブーケを手渡されて、ぴったりと寄り添ってカメラへ視線を向ける。
その後、着替えを終えホールでお茶を飲みながら現像を待って、出来上がった写真を受け取る。
立派な冊子に映る二人は本当に今結婚したと思えるほど合っていて、優しく微笑みあう姿が見る人を和ませそうだ。
「この写真、広報とかに使ってもいいかって言われたけどいいよね?」
「俺は別に構わないかな」
余程のことでもない限り大丈夫だろう、そう考えて大事に写真をバッグにしまった。
その後、一緒に映画館へと向かう。
超大作や話題の新作はやってはいなかったが、とりあえず気になった作品を選んだら、思い切り笑えて、ちょっぴり泣ける、予想より十分楽しめたコメディ作品を堪能した。
途中のグッズ売り場には、さまざまなキャラクター商品が並べられて、鉄男等のアメコミヒーローからちょっとブサ可愛いといったものも取りそろえている。
その中でひっそりと影に隠れるように居たキャラを目ざとく見つける葵。
「みほ、ちょっと待ってて」
「うん、いいけど何か欲しいものあった?」
一つだけ売れ残るみたいにあったそれをレジに持っていき会計を済ませる。
そして、みほの前に今手に入れたキーホルダーを差し出す。
「これ、好きだったよね。プレゼント」
「わぁ……、ボコだぁ!」
包帯ぐるぐる巻きのクマのぬいぐるみを見て、きらきらと顔を輝かせるみほ。
小さい子向けなキャラクターだが如何せん内容がマニアックなので、他キャラに比べると人気は……。
それでもみほのようなディープなファンが居るので、完全には忘れ去られないといったキャラである。
「あ、これ私も持ってないシークレットのだ! ありがとう葵くん、大切にするね」
ぎゅっと手の中に握りしめて、微笑む彼女に見つけられてよかったと心底思う。
カフェへ行き、お互いの季節限定パフェを分けて味見したのはいいが、間接キスをしていることに気づいて、顔を赤らめて挙動不審になったりと、学園艦に帰るまで目一杯デートを楽しんだのだった。
後日、授業も終わりさぁ、戦車道の練習だという時に慌てて沙織がみほの傍へ駆けてきた。
バッグの中から雑誌を取り出して付箋の張ってあるページを即座に開く。
「みみみ、みぽりん! これ、どういうこと!?」
「た、武部さん落ち着いて、いったい何が……」
差し出された雑誌のページを見てみると、ついこの間二人で撮った式場での写真が大きく載せられていた。
式場のリニューアルオープンと銘打たれてはいるものの、まさかこんなでかでかと広報に使われるとは思わなかった。
添えられた文には、二人はまだ学生ではあるものの、新婚そのものと言っていい程のお似合い具合で、幸せそうな彼女の表情が新しい門出とリニューアルに相応しいから採用したとのこと。
「ま、まさか……が、学生結婚!? 早すぎるよみぽりん!」
「これはこの間、一緒に出掛けた時にお試しとして撮っただけの写真で、まだそこまでは……」
不意に携帯が震えて、何気なく差出人を見ると件の当事者の一人である葵からのメール。
そこにはただ一言。<<たすけt>>
何があったと驚いていると、すぐさま薫から追伸メールが来た。
『すみません。おそらく西住さんも巻き込まれてるかと思いますが、あの二人の写真がこちらでもバレまして。うちの外道……バカ騒ぎが好きな連中が葵を攫って尋問……話を聞きたいと言ってますので、今日はそちらへ向かうことが出来ないかと。五体満足で返しますのでそこは心配なく』
冷や汗を垂らしながら、沙織に連れられて校庭へ向かうみほ。
華も結構わくわくしているし、優花里は軽く混乱しているのが分かる程のぐるぐるな瞳状態。
おそらく自分の方も今日はまともな練習は出来ずに、質問責めだろうなと苦笑いをしてしまった。
しかも、見計らったかのように練習後、SNSで今まで試合をした各校の隊長たちからの怒涛の質問がみほの元へ。
驚いたのはどこで聞いたのか、まほからも通知があり『みほ、こういう大事なことはちゃんとお母様とお父様に知らせないといけないぞ』と、どこかとぼけて勘違いしている状態。誰よりも一番必死に誤解を解くのに苦労したのだった。
◆
『黒森峰、フラッグ車、行動不能! よって、大洗女子学園の勝利!!』
その放送が響き渡った一瞬の後に大歓声があがる。ついに、大洗が黒森峰を撃破し全国大会優勝を成しえたのだ。
今年発足したばかりの学校が名門の強豪校を打ち破るという歴史的快挙。湧かないなずもない。
お互いが全力を出し切って勝ち得たもの。今までずっと気を張り詰めていたみほは四号戦車から降りる際にふらついてしまう。
それをあんこうチームの皆が支えてくれ、チームメイトが涙目で迎えてくれた。
あの角谷会長ですら、涙を浮かべて抱擁してくれたのだ。感極まり桃など大泣き状態。
後、一時間もせずに表彰式が始まるだろう。
黒森峰の選手たちが離れた場所に居たので、そちらに歩み寄った。
「お姉ちゃん」
「みほ……。完敗だな」
差し出された姉の手を握り返す。
「西住流とは違う戦い方で、しっかりと勝ちを得たんだ。もっと胸を張れ」
「そうかな?」
「そうとも」
黒森峰では見ることが出来なかった姉の柔らかな笑顔。
みほの方も自然と頬が緩んで笑みを返すことが出来た。
「私、見つけたよ」
「うん?」
「私の戦車道!」
「ああ、そうだな」
「そして……大切な人も」
「それは知っている」
「えへへ……」
優勝旗を掲げ表彰台に立つ大洗の戦車道メンバー。観戦に来てくれた観客たちからの熱い拍手。
遠目にはしほの姿もあったようだ。
自動車部は今日中に戦車を完全に直すため徹夜するつもりだし、他の皆も熱気冷めやらずといった風でまだ騒ぎ足りないらしい。
だが、一番の功労者であるみほ自体が疲れてしまって休みたいというので、あんこうチームは先に宿泊施設に戻ってもいいと許可を貰えた。
もうすぐ地平へと太陽が沈み切りそうな黄昏時。影の功労者の元へやってきていたみほ。
「お疲れ様」
「葵くんも、今までありがとう。貴方が支えてくれたおかげでここまでこれたんだよ」
「俺がやったことなんて、ほんの小さな手助けだけだし、自分の戦車道を見つけて頑張ってきたみほが一番強い」
「それでも、私がもう一度戦車道に向き合えるきっかけを作ってくれたのは、あの時の葵くんだもの」
頬が赤く染まっているのは決して夕日だけが原因ではないだろう。
軽く深呼吸をして、高鳴る鼓動に声が震えてしまわないかちょっとだけ不安。
一騎打ちの時より遥かに緊張している自分に、苦笑してしまう。
「……葵くん、わたし、あなたのことが好きです。これからも、ずっと一緒にいてください」
「俺も、みほのこと大事に思ってる。どうか俺と付き合ってください」
受け入れられた嬉しさと極度の緊張で、みほはその場にぺたんと腰を落としてしまう。
急に力が抜けたように崩れ落ちる彼女に慌てて駆け寄るが、朗らかに頬を緩めている。
「だ、大丈夫!?」
「あ、あはは……ごめん、腰が抜けちゃったみたい。試合中ずっと踏ん張ってたのもあるけど」
何とか力を入れて立ち上がろうとするみほの前に、大きな背中が差し出された。
「無理しなくていいよ。背負ってあげるから。今日はもう休んでいいんでしょ?」
「え、あ、だ、大丈夫だよ! もう少ししたら立てるから!」
「……いや?」
ぶんぶんと首を振って、葵の背に負ぶさる。軽々と立ち上がる彼にやっぱりこういうところは男の子なんだなと。
温かな背中と仄かな男の匂いに、どきどきもするが心地のいい揺れるリズムに瞼が重くなる。
無意識に頬を擦り寄せて、くしくしとするだけで温かく心の奥底から満たされる。
安心しきってしまったみほは葵に背負われたまま、安らかな寝息を立て始めた。
宿のあんこうチームの部屋の前まで来ると、熟睡しきっているみほを揺すって目を覚まさせる。
「部屋、着いたよ」
「うぅん……、あ、ごめん。私寝ちゃってたんだ。いろいろ話したかったのに」
「結構初めの頃から生返事だったけどね。話しかけても「うん」って眠そうな返事ばかりだったし」
「あう……」
みほは自分の部屋へと戻ろうとする葵の袖を、無意識に摘まんで離さない。
困ったように顔を見返すと、どうしても行っちゃうの? と子犬のように寂しげな顔をしている。
「俺の部屋、来る?」
「……っ、うん!」
そして今、葵の部屋の前で沙織と優花里がまごまごとしている。
「ど、どうしよう!? みぽりんと鹿島くん、先に戻ってるって聞いたけど二人とも一緒の部屋にいて帰ってこないし!」
「お、落ち着いてください武部殿」
「ままま、まさか大人の階段昇ってるとか!? そんな場面に出くわしたとか気まずいなんてもんじゃないよ!」
恋愛脳が暴走してぶんぶんと頭を振る沙織と落ち着かせるために苦労している優花里に、華と麻子も合流する。
やれやれと溜息をついた麻子は、あっさりとドアノブに手をかけた。
「こんなところでおおっぴらにやるほど馬鹿じゃないだろう。お邪魔するぞ」
開いたドアの先には、布団が敷かれてして二人の頭が並んで横になっている。
一瞬本当に求愛行為を……? と戦慄したが、服を脱ぎ散らかしているわけでもなく、仲良く一緒の布団で安らかに眠っている姿を見て安心する。
胸元へ顔を寄せ幸せそうに眠っているみほと、彼女を抱いて同じく寝息を立てている葵。
ほんわかしたムードについ和んでしまう沙織たち。
「ああ、もうみぽりんったらジャケットも脱がないで……」
「でもこのままにしておいてあげたい気持ちもあるのです」
「なら、私たちが部屋を移ってここで過ごせばよろしいのでは?」
「ちょうど人数分の布団は押し入れに用意されているぞ」
全員シャワーを浴びて、パジャマに着替えて葵の部屋へ貴重品だけ持って再集合。
起こさないように声を小さくして、あんこうチームの女子会が静かに始まった。
「表彰台に鹿島殿を呼べなかったのは残念であります」
「彼はただのマネージャーみたいな裏方職ですから、仕方ないというのもありますが」
「それでも葵には結構助けられたな。私も登校中にお世話になったことがある」
「麻子、それって……」
何回か、ふらふらと通学路を寝ぼけたままで危なげに歩いている麻子を、急いで校門まで送り届けたことがあるらしい。
それ以外にもちらほらと話していくうちに気づく、地味に活躍している縁の下の力持ち的な存在。
「うちは女子校だから、出会いってあんまりないじゃん? もしかしたらラブロマンスとかあったらいいなーと思ったんだけど」
「ずーっとみほさん一筋でしたものね」
「でも、何か応援したくなってしまうお二人なんですよね」
そこに「みほ……」「葵くん……」とお互いの名を寝言で呼んで再び寄り添い合う二人に微笑んでしまう。
疲れも限界に達してきたのか、夜更かしな麻子もうつらうつらし始めている。
電気を消し、各々が眠りの園へと旅立っていった。
次の日、大洗に戻って来た皆だが、一人だけ顔を両手で抑えて耳まで真っ赤にして湯気を噴く者がいた。
「み、みぽりん。ほら元気出して?」
「かーしまー。西住ちゃんどうしたの?」
「その、昨日鹿島のやつと同衾して朝まで寝てしまったようで……。いや、如何わしいことはしてないと同部屋に居たあんこうチームの証言は得てます!」
年頃の女の子が、シャワーも浴びず試合後の格好のまま恋人と一緒に寝てしまったのだ。
目が覚めて、初めは葵の寝顔を見れて嬉しいとぽややんな感想を抱いていたが、覚醒していくにつれ自分の状況に気づき慌てだす。
起こさないように抜け出そうとしたら、葵に抱き留められて首筋に顔を埋められた。
「みほの匂いがする……」
「ぴっ!?」
そう嬉しそうに言われて嬉しさと恥ずかしさが入り混じった感情が爆発して、再起動まで時間がかかった。
何とか抜け出しシャワーと一応制服を着替え直しはしたが、あーやうーと言った言葉にならない言語しか出てこない。
起きだした沙織たちに助けを借りて、部屋を綺麗にして自室に戻りはしたが葵とは恥ずかしくて顔を合わせられていない。
「まー、やっちゃったものはしょうがないね。そうだ、凱旋終わったら今度はみんなで女子会するから」
「えっ!?」
「ふっふー。昨日のことも含め、まだまだ西住ちゃんと鹿島くんのこといろいろ知りたいからね」
この笑顔の時の会長の誘いは断れない。それでも、葵と一緒ならそれでもいいかと思えるようになった。
「なら、葵くんも一緒じゃないと嫌です」
「おや、言うようになったね」
「はいっ! 戦車道と同じくらい、私の大事な人ですから!」
これからも、ずっと、お互い支え合い、時には喧嘩もして、すれ違いもするだろう。
だとしても、自分の傍にいて欲しいとそう思える人。
戦車道に向き合えるきっかけとなった――いちばん、わたしの大好きなあなた。