春。やや冷たい風と暖かい陽光が混ざり、心地よい温度の今日この頃。真新しい制服に身を包み、期待と不安を抱いて初めて校門をくぐったのは、一週間前になる。
入学式、オリエンテーション、実力テスト、身体検査、そして部活動紹介を終え、明日からはいよいよ授業が開始する。
若干の憂鬱を感じつつ、放課後、私は一人とりのこされ、教室の席に着いていた。
「月乃っちー」
いきなり声がしたかと思ったら、急に後頭部を抱きすくめられた。優しい香りと感触に包まれたのでそこに頭を軽く預ける。
「帰ろ? 月乃っち」
「ライヒちゃん。うん、うーん。悩んでるんだよね、これ」
机の上にある一枚の紙に触れる。ライヒちゃんは前の空席に座り覗き込んだ。
「入部届け?」
「うん。何部に入ろっかなって。バスケとか面白いそうかなって思ってるんだけど、テニスも良さそうなんだよね」
「嘘でしょ!?」
驚きで返される。そんなに変かな。
「まあ、たしかに高校から始めるのは、周りに着いて行けなくなるかもかあ」
「いや、そうじゃなくて、デュエル部でしょ。その為にここに入学したんじゃないの?」
「うーん、熱が冷めたというか、何というか。⋯⋯そう、メンツが違うんだよ。私はライヒちゃんたちと一緒だったから楽しかったんだよね」
中学の頃。デュエル部に所属していた私は、地区大会を勝ち抜き全国大会に出場したものの、一回戦で敗退した。負けた瞬間は悔しかったけど、振り返ってみれば、皆と一緒にデュエルしたという、楽しい思い出が残っていた。私にしてみれば、それで十分。別にデュエルにこだわることもないのだ。
「⋯⋯だめだよ。月乃っちはデュエル部に入らなきゃだめ」
「なんで?」
真摯に見つめられ、思わず疑問が口に出る。
「だってそれだと、美少女デュエリスト新宮月乃が誕生しないから!」
何、それ? またいつもの妄言?
「月乃っちは高校で全国に出て、メディアに注目されて、ゆくゆくはプロになるの! そして私が月乃っちのマネージメントをするの! その為に月乃っちには大いに目立ってもらわなきゃ!」
ぐいっと詰め寄られる。その分後ろに下がる。
「月乃っち、将来の夢はある!?」
「⋯⋯ないけど」
「じゃあ一緒に私の夢を叶えよう! 大丈夫! 健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くせば、いずれ立派なプロになれるしそのマネージャーになれるから!」
何、これ? もしかしてプロポーズされてる?
「だからデュエル部に入って!?」
「いや、まあ、うん。そんなに熱意があるなら、入るだけ入るよ」
「入るだけじゃなく、全国に出て目立ってね」
「⋯⋯善処する」
ライヒちゃんにそんな夢があるなんて知らなかった。でも友人に熱意を向けられて悪い気はしない。
「じゃ、その入部届け、ぱぱっと書いて出しに行こ?」
「うん」
「⋯⋯、よし、書いたね。行こう!」
ライヒちゃんに手を引かれて立ち上がる。かなり生き生きしてるようだった。
「ところで、ライヒちゃんは部活、どこにきめたの?」
横に並び広い廊下を歩きながら聞く。
「デュエル部だよ。もうとっくに入部届けはだしてるんだから」
「ふうん。あれ、じゃあ自分でプロを目指すのもありなんじゃない?」
「私が? 無理だよ。強くないし」
「そうかな。視た感じ、今のライヒちゃんでギリギリプロでやっていける実力だと思うけど。あ、私なら十分やっていける強さだけどね」
胸をそらして言う。
「出た。月乃っちのよくわからない実力判断。絶対テキトーに言ってるでしょ」
「いやいや、私の目には視えるんだって。その人の実力ってヤツがね。ふふん」
「絶対節穴だよ。プロってもっと凄いよ? たぶん」
「少なくとも、テレビでよく見るプロは大したことないよ。たぶんね」
その人たちより、もっと凄い人を私は知ってる。彼女の方がたぶん実力は上だろう。
「ほー。そこまで言うなら、月乃っちには実力派美少女デュエリストとして頑張ってもらわないとね」
「あははは」
全然想像できないな。でも、ライヒちゃんと一緒なら楽しそう。ああ、そういう未来もいいかもしれない。友達といつまでも一緒にいるってのもありなんじゃないかな?
「なんか、ちょっとだけやる気が出てきたかも。プロになるかは別として、取り敢えず全国で三回ぐらい優勝しとこっか」
「うわー、大言壮語はなはだしー。けど月乃っちらしくはある。プロになったら私に楽させてね(ハート)」
「はいはい」
なんか、私におんぶに抱っこ宣言されたような気がしたけど、聞かなかったことにしよう。
そうこうしているうちに、校舎から離れ、クラブハウス棟へと移動した。そしてある一室の前に二人で来ていた。
「ここがデュエル部の部室?」
「そうだよ」
実のところ私はデュエル部の所在を知らなかった。
教室二つ分のぶち抜きの部室。スライド式のガラス窓からは、整然に並べられたテーブルで、熱心に励む部員の姿が余すところなく見える。学校側がデュエル部に力を入れてるのがありありと伝わってきた。
「名門なのにはちゃんとした理由があるってことだね」
「そうだね。今は春の大会があって、主要メンバーはここにはいないけど、それでも強い人達だらけだよ」
そう言ってライヒちゃんは戸を開ける。
今の時期にも大会があるのか。主要メンバーはいないそうだけど、それでも人数が多い。視た感じ、ここにいる人たちもそこそこまあまあ実力がありそうだし、デュエルしたら普通に負けも視える。
漠然とはわかっていたけど、全国大会で目立つってのは結構難しそうだ。
「⋯⋯ライヒちゃん?」
戸を開けたまま立ち止まってしまったライヒを見やる。どうしたんだろうか。
すると、すうっと、息を吸うのが聞こえた。
「やあやあ雑魚ども!! ここに、天才実力派美少女デュエリスト、新宮月乃が来てやったぞ!!! この中で一番強いヤツ! うちの月乃っちと一勝負して、語り継いでいけ!!!!」
その怒号は一瞬のうちに注目を集めた。ざわざわと部室内が騒めき立つ。
狂ってしまったか、とライヒちゃんの顔を窺うが、張り詰めているだけで至極真剣だった。
その顔を見て私は、ああそうか、と理解する。ライヒちゃんは、本気で私をプロにしようとしているのだ。