制服を身にまとったガタイの良い男が、私が着いている監督席の机に缶ジュースを無造作に置いた。
「ほらよ」
「どーもどーも」
「えー、私の分はないんですかあ?」
「ねえよ。てめえには負けてねえからな」
隣で文句を言うライヒちゃん。対して大男、多田先輩は悪態をつきつつ近くのイスを引っ張り出して座った。
「おい、それ飲んだらデュエルするぞ」
「いいですよ」
プルタブを開けジュースを飲み、室内を見回す。熱心にデュエルする生徒が今日も沢山いた。たまにこちらを窺うかのようにチラ見してくる人もいる。
昨日。私は彼らとデュエルし、その全てに勝利した。格付けが済んだのである。だからこそ、多田先輩は文句も言わず私にジュースを買ってくれたのだ。頼んだのはライヒちゃんだけど。
「懲りませんねえ、先輩」
「うるせえ。勝てたデュエルなんだよ、昨日のはな」
「でも負けは負けですよね」
「それはわかってんだ。だからもう一回やってはっきりさせるんだよ。だからそれ早く飲め」
多田先輩はライヒちゃんと会話している中、突然指を差してきたが、気にせずゆっくり缶ジュースを持ち上げた。
「まあまあ、ちょっと待って」
ぶっきらぼうだけど飲み終わるまで待ってくれるあたり、意外と優しい人なのかもしれない。
「ちっ、いいけどよ」そう言って、
「何で俺たちを煽るようなマネをしたんだよ」
急ぐ気がないのを見越したのか、そう問うてきた。
「目立つ為、かな。強さをアピールして、全国大会の出場メンバーに選ばれて、その後プロになる。そういうプランが私たちにはあるんですよ」
「プロぉ?」
「プロ」
バカにされたのか何なのか判断できなかったけど、真顔でおうむ返しする。
「私は月乃っちのマネージャーですけどね」
「てめえには聞いてねえ。けど、プロな。無理だろ」
「む。すっと言いましたね。月乃っちならいけますよ。強ささえ月乃っちが証明してくれれば、他の障害は全部私が排除しますから」
「プロってそんな甘いもんじゃねえだろ」
淡々と多田先輩は言う。口だけだと思われたんだろう。私たちには何の実績もないから、それもわかるけど。
「でもテレビに出てる人たちを視た感じ、そんなに大したことなさそうですよ」
「そりゃあまあ、アイドルデュエリストとかはそうかもな。でも目指してんのはそこじゃあないんだろう?」
「いや、明確なビジョンがあるわけじゃないです。取り敢えずプロ、みたいな? どうなの、ライヒちゃん。どこまで行けばいい?」
「んー、それは決めてなかったね。行けるとこまでかな。まだ考えなくていいよ、そこは」
わかった。私としても、強さを突き詰めたい訳じゃないし、アイドルデュエリストみたいにチヤホヤされるのも楽しそうだし、何でもいいや。
取り敢えずは目の前のことに集中したいと思うタイプです、私。
「まあ、俺たち煽って目立ったお陰で、たった一日でそこの席に座ってるから、まあ、出だしとしては順調なんだろうな。それはいいがよ、一学校の中でトップ取れるようじゃなきゃ、プロもまた夢なんじゃねえか?」
ニヤリと挑発する笑みを浮かべる多田先輩。
「ここにいない奴らにも、同じように煽って挑んで行く気か?」
ライヒちゃんに向けられた言葉だった。咎めるような感じじゃなく、どこか面白がっているようだ。
「当然。さくっと月乃っちに勝ってもらいますよ」
「ほう、言ったな。だがま、大会の出場メンバーに選ばれるぐらいは行けるだろうな」
多田先輩は部室内を眺めながら続ける。
「スタメン七人、補欠五人で十二人いるが、その殆どは俺よりほんの少し強いぐらいだからな。たしかにお前なら勝てるだろう。だが、トップになれるかは話しが別だ」
「というと?」
「別格が三人いるんだよ」
指を三本立てて言う。
別格か。それはさぞ凄いんだろうな。負けず嫌いそうな多田先輩が、何の悔しさもみせないんだから。
「でも月乃っちなら行けるでしょ」
「さてな。奴ら今日中にはこっちに帰って、明日の部活には出てくるから、仕掛けるなら明日にしろよ」
明日?
「土曜日も部活やってるんですか?」
「いや、やるだろ」
「へえ、めんどくさ」
土日は休みたいな。デュエル自体はいいけど、学校に出るってのがめんどくさい。
「私、毎週土日は宗教上の理由で家に居なきゃダメなんですよねー」
「そんな宗教ねえよ」
「月乃っち、たしかに私もその宗教に加入してるけど、明日は別格の三人が帰ってくる日だから家に居なくてもいい日だよ。だから出よう」
「そんな限定的な宗教ねえよ」
「九条京華。多分別格の一人だよ」
九条京華、懐かしい名前だ。驚いた。同じ学校だったんだ。
中学の最後の大会で戦った人。彼女とのデュエルが、人生の中で一番楽しかった。そのくらい強く、攻略のしがいがあった。それだから燃え尽きたというのもあるけど。
とにかく、また戦えるのなら戦いたい。そうだ、プロになるのもいいと思ったのは、強く攻略のしがいがあるデュエルができると思ったからだ。そういう理由を度外視していた。
まあでも、今は先のことはいい。
「知ってたか。その通りだ」
「そうなんだ。じゃあ明日行くよ。また戦いたい」
燃えてきた。やる気が出てきた。笑えてくる。楽しみだ。
「お? デュエルしたことあんのか?」
「はい。中学の大会で」
「ほう、やっぱ負けたか?」
「ううん、勝ちましたよ。そりゃあもう余裕で」
「ん?」
「お、月乃っちテンション上がってるねえ。多田先輩、ファンなら覚えておいた方がいいですよ。月乃っちはテンションが上がると自信過剰の見栄っ張りになるって」
「ファンじゃねえし」
自信過剰にも見栄っ張りにもなってないし。見ようによっては余裕だったってだけで。
「でも勝ったには勝ったんだな⋯⋯。本当に強い奴って、何でか格下には絶対負けないんだよな。俺はあの三人が三人以外に負けるとこを見たことがねえ。それで行くと、お前は可能性があんのかもな」
「ほうほう。それって、月乃っちには絶対勝てないって認めたってことですか?」
「んなことねえよ。おい、そろそろやるぞ」
「ん、いいですよ。胸を貸してあげますよ」
「はっ、言ってろや!」
人生の目的、とまではいかないけど、やっぱりやりたいことがある状況があるのはいいことだと思う。ワクワクするし挑もうという気概が湧いてくる。休みを返上して部活に出てくる彼らの気持ちも今ならわかる気がした。
明日が楽しみだ。
次の日。朝九時。今、家にいる。目を覚ましたらこの時間だった。そう、部活。部活の開始時間も九時。
寝起きの頭を回転させる。⋯⋯⋯⋯ああ、寝坊だ。ふつうに寝過ごした。
スマホを見るとライヒちゃんから連絡が入っている。『でかい』何のことかわからないけど、一先ず返信しよう。『ごめん、今起きた。これから行く』と。
サボり自体に罪悪感はないけど、ライヒちゃんを待たせてるのは申し訳ない。
「よいしょっと」
ベッドから出て、軽く身体を反らす。カーテンと窓を開けると爽やかな風が入ってきた。休みの日に早起きするのも悪くない。早速身支度に取り掛かった。
手早く食事を済ませ食器を流し台に下げる。最後にもう一度身なりを鏡でチェックして家を出た。
学校までは徒歩で二十分ほど。特に代わり映えしない知り尽くした我が街を、足早に行く。ライヒちゃんのこともあるが、それよりは九条さんとの再会に対する期待でそうなっていた。
彼女は有り得ないほど強かった。だからこそ、私のスタイルが刺さった。それもクリティカルに。あの瞬間こそ、私のデュエルの存在意義が十全に示された時だったと思う。私じゃなきゃ勝てないだろう。また、プロの世界にはそんな人が何人も潜んでるのかもしれない。
道中、九条さんとのデュエルをシミュレートすることにした。具体的にはデュエル中の彼女の表情や仕草を思い出した。私にとって、一度対戦したことがある相手ならそれが良い予習になる。
あの瞬間の彼女を思い浮かべる。自信に満ちた顔だ。私のことなど眼中にないという態度。流れるようにカードをドローする白い指に、よく通り聞き惚れる声。そして私には無いふくよかな胸に高い身長。それらを彩る清楚な制服。
その情報一つ一つが無意識のうちに私を勝たせる。どんなプレイングをするのか、知らず知らずのうちに伝わっているのだ。後は集中力と感度。あの時ほど私のそれは高まっていない。それが不安だけど、何とかする、と頭を巡らす。
気がつくと、既に校門をくぐっていた。
校舎には寄らず直接クラブハウス棟に向かう。整然に並べられた大半の靴といくつかの散らばった靴がある小さめの裏玄関を通り、すぐ近くの階段を上った。するともう目の前にデュエル部部室はある。
何気なく戸を開ける。そこには死体の山があった。なんてことは当然なく、
「やっと来たわね、新宮月乃! ずっと、この時を待っていたわ」
あったのは、目の前に出でたのは肢体にそびえる山脈だった。でかいってそういうこと?