「やっぱり同じ学校だったんだ」
腰に手を当て大いに主張してくる胸を逸らし、偉そうに佇む女子生徒が目の前にいた。
ロープ編みハーフアップのセミロングが気品あって良い。目鼻立ちがはっきりしていてつり目なのが、意思の強さを感じさせる。そして私より頭一つ分身長が高く、スタイルの良い身体。
そうだ、この人が九条京華だ。
「ふ、ふ、うふふふふふふ⋯⋯」
九条さんは何やら怪しく微笑んでいる。
「ようやく⋯⋯。ようやくこの時が来たわ!」
「え? ちょっ」
ガシッと両肩を掴まれた。
痛い。痛いし近い。離れようと後ろに下がるが、同じように肩を掴んだまま詰め寄ってくる。
「なんで逃げるのよ⋯⋯!」
そっちこそ、何をそんなに興奮してるんだ。
「あの、怖いんですけど」
「怖がる必要はないわ。すぐだからっ、すぐだから!」
わけもわからず後ろに下がる。と言うより九条さんに押されていた。
そのまま廊下の反対側まで後ずさるとすとん、と背中が壁に着く。追い詰められてしまった。壁ドンてヤツだけど、全然嬉しくない。恐怖しかない。こいつは何がしたいんだ。
「あの」
「中学の時、私は優勝したけど全然嬉しくなかったわ。むしろ悔しさしか無かったのよ。たった一敗、でもどうにもし難い一敗だった⋯⋯。あんたが初めてだったの。勝負をして負けたのはあんたが初めてだった。⋯⋯ずっと、あの時から、心の中にあんたが残り続けてんのよ」
抵抗の言葉を発しようとしたが遮られ、九条さんは聞いてもないのに唐突に心境を打ち明けてくる。
私は壁と腕の牢で捕えられ、じっと見つめられていた。深い執着がある蛇のような目で、私は目をそらすことさえできない。
「調べたのよ、あんたのこと。中学三年間の地区予選の戦績に始まり、歩き方、話し方、構え方、勝ち方。趣味、交友関係、住所、進路⋯⋯。何から何まで全部あんたに勝つためよ」
「は、はあ」
「嘘じゃないわよ。ちゃんと私は努力してたんだから!」
「い、いや、疑ったわけじゃない、です」
凄まじい熱量だ。から回ってるけどだいぶ私に固執しているようだ。というかストーカー⋯⋯。
「と、とにかく、私とデュエルしたいってことでしょ? じゃあこうしてないでちゃちゃっとしようよ」
「そんな雰囲気がないこと言わないでよ!」
うわ、めんどくさい。
「わかった、わかった。とりあえず手を離そう。話しはそれから」
「いやよ! こうしていたいの!」
何だこの女は。正直気持ち悪いぞ。どうしよう、どうしようもない。抜け出そうにも力が強すぎて抜けられない。というか、近づいてきてる。じっくり観察されてるっ。髪の匂い嗅がれてる! うわ、う、うわ。やばい。だ、誰か⋯⋯!
「はいはい。うちの月乃っちはお触りNGだから離れてねー」
「きゃあっ」
鶴の一声が聞こえた。そうかと思ったら、軽い悲鳴をあげて九条さんが離れた。
「おはよー、月乃っち」
「う、うん。おはよう、ライヒちゃん」
どうやらライヒちゃんが無理やり引き剥がしてくれたらしい。おお、救世主よ。助かった。ホント助かった。
「⋯⋯何してくれてんのよ」
よろめき、倒れた九条さんがフラフラと立ち上がる。
「それはこっちのセリフだね。うちのプレイヤーはファンが気軽に触れていいほど、安くないんだから」
「誰がファンよ! 勘違いしないでよね! 私は、新宮月乃のライバルよ!」
ババン、と後方で爆発が起きたかのような大胆な宣言だ。そして、そういうのもアリか、みたいな顔のライヒちゃんにはよく考えて欲しい。
「もう帰ろうかな」
「そこに親愛も友愛もないのよ。あるのは、勝ちたいという気持ちのみ! ということでデュエルするわよ、新宮月乃!」
無視するなよー。
「ていうか今更だけど、月乃っち遅刻ー」
「ああ、うん。来たからいいじゃん。来なきゃよかったけど。ま、デュエルしますか」
正直やりたくないけど。
二人と一緒に部室に向かう。九条さんが自然を装って肩に腕を回してきたが、似合ってない仕草だしなんか妙に興奮していた。げんなりしつつ、拒否したらもっとエスカレートした何かをされる予感があったのでスルーする。
ようやく部屋内に入れると、昨日はいなかった三年生がちらほらといた。特に話しかけも話しかけられもなく、デュエルテーブルに着く。
向かい合う形。それぞれデッキを定位置に置いた。
「じゃ、やろうか。シャッフルしてくれる?」
「ふふ、いいわ」
互いに互いのデッキを受け取る。その感触を確かめた。そうした後、今度は自分のデッキを自分で切る。
「五回」
「え?」
「あんた、自分のデッキシャッフルは決まって五回よね。意味があるんでしょう」
「⋯⋯よく知ってるね」
何で知ってるのか。ああ、そういえば地区大会の戦績を見たとか言ってたっけ。
「当然でしょ? 敵の情報集めを怠る私ではないわ」
特に表情を変えない九条さん。さっきまでの浮かれた感じはなく、その風貌に似合ったキリッとした気構えでいるのが伝わってくる。
デュエルになるとスイッチが入るタイプだ。
「公平性を保つためかな。私——特に自分のカードなら——裏側でもどんなカードかわかるんだよ」
カードの種類やデュエル状況によって、そのカードに入る力加減というのが変わってくる。するとカードの劣化具合もそれぞれ違ってくるのだ。その違いを私はなんとなく把握できる。ま、集中力が高まってたら、だけど。
「やっぱりね。そういう『何か』があんたにはあると思っていた。見てきたからわかるわ」
「⋯⋯」
「さて、始めましょうか。デュエル開始。先攻後攻は選んでいいわよ」
九条京華LP4000
新宮月乃LP4000
「⋯⋯先攻で。ドロー」
一度負けてるくせに余裕だな。でも実際私の負け濃厚。相変わらず勝ち目が薄い。
「じゃあ《閃光の追放者》を召喚。カードを2枚セットしてターンエンド」
新宮月乃LP4000 手札3枚
《閃光の追放者》攻撃力1600
セットカード2枚
「そいつか。やはりというか相変わらずというか、姑息なカードを入れてんのね」
「⋯⋯これ1枚で機能が止まるデッキは多いからね。強いカードだよ」
このモンスターがいる限り、墓地に送られるカードは全て除外されることになる。つまり、墓地という場所を通して発動する効果は軒並み封じたということだ。
「些細なことね、ドロー。《神の居城—ヴァルハラ—》を発動、そしてその効果で手札から《光神テテュス》を特殊召喚するわ!」
《光神テテュス》攻撃力2400
出てきた。テテュス。アレがいる限り、ドローしたカードが天使族モンスターだったら追加ドローできるカード。
「《強欲な壺》発動。2枚ドローする。《テテュス》の効果により今ドローしたこのカードを見せて追加ドロー、更に見せてドロー、追加でドロー、ドロー、ドロー、ドロー——」
うーん、始まった。なんの感慨もなさそうにカードを引く九条さん。彼女にとっては慣れきった動作なんだろう。
ともあれドローされていくカードはどれも厄介なカードだ。《宣告者》各種3枚ずつ、とか。
「——ドロー、終わりね。じゃ《失楽の魔女》を召喚するわ」
《失楽の魔女》攻撃力100
「召喚時効果でデッキから《禁じられた聖杯》をサーチ、発動までいい?」
「ん、それにチェーンしてセットカード《威嚇する咆哮》を発動しておくよ」
「そ。なら《無限の手札》を発動、何もなければカードを1枚セットしてターンエンドよ」
九条京華LP4000 手札25枚
《光神テテュス》攻撃力2400
《失楽の魔女》攻撃力100
《無限の手札》永続魔法
セットカード1枚
相変わらず手札の数が凄い。しかも手札誘発も多いときた。以前見てるとはいえ、実際にこの盤面を作られると目が眩む。
「私のターン、ドロー」
で、引いてきたのはこれか。
「相手のメインフェイズ時《失楽の魔女》の効果を発動するわ。このモンスターをリリースして《ゾルガ》をデッキから特殊召喚よ」
《ゾルガ》攻撃力1700
「続けて?」
「うん」
といってもできることは少ない。
彼女の手札には《宣告者》がいる。それは、そのモンスターと天使族モンスターを手札から墓地に送ることで、モンスター、魔法、罠の効果を無効にするというもの。《宣告者》には三種類あって、モンスター、魔法、罠それぞれに対応している。
つまり起動効果は軒並み無効化されるということだけど、今私のフィールドには《閃光の追放者》がいる。コレによって墓地に行くカードは除外されるようになっているため、《宣告者》のモンスター効果は発動できないようになっている。《宣告者》は『墓地に送る』ことで効果を発動できるからだ。
だから《閃光の追放者》が効いている限りは自由に動けるということ。何だけど、やっぱりあの手札枚数は怖い。
でもま、使ってみようか、このフィニッシュカード。
「魔法カード《革命》発動。相手の手札枚数かける200のダメージを相手に与える。何かある?」
《テテュス》でドローしたカードの中には対応できるものはなかった。《宣告者》も封じている。⋯⋯いける?
「ふふふ、ふはははははっ!! そう! そのカードであの時は負けたのよね! また同じ状況になるなんて!」
あの時はこのカードを使って勝った。何の積み重ねもなく、何の行程を踏むことなく。ただ使ったら勝った、そんなあっけなささえあった。いや、手札誘発効果を封じた、という行程はあったけど。
「ようやく乗り越えることができるわ! 手札から《ハネワタ》の効果を発動! このモンスターを捨てることで、このターン受ける効果ダメージをゼロにするわ!」
「はい」
《ハネワタ》は手札から『捨てて』効果を発動するモンスター。捨てる先は墓地じゃなくても発動できる。無表情で返答したけど、ちょっと驚いた。
《テテュス》でドローしてきた中には《ハネワタ》はなかった。ということは最初から《ハネワタ》は手札にあったってことだ。キーカードを始めから握る⋯⋯、運命力ってヤツか。
「こんなカード、前の時はデッキに入れてなかったわ。《宣告者》で全て対応できると驕っていたのね。だから見事にその隙を突かれた。でもこれでやっとあの時の私を払拭できたわ。——もうあんた、用済みよ」
酷く冷めた目だ。まるで私に興味を示していない。私に執着していたのは、過去の自分を振り切るためだったってわけだ。
なんて身勝手なんだ。さっきはあんなにベタベタしてきたくせに。
「なんか、もう勝った気でいない? それこそ驕りだと思うけど」
「ふん、今のあんたのデュエルに興味はないわ」
「⋯⋯は」
さっきとは完全に正反対の態度が、正直言ってショックだ。
完全に格下扱いだけど、実際その通りだから反論はできない。けど私にも意地ってものがある。何とかして勝ちを掠め取ってやる。
「続きよ。《ハネワタ》の効果にチェーンしてセットカード《ブレイクスルー・スキル》を発動。《閃光の追放者》の効果をこのターンだけ無効にするわ。続けてどうぞ? 何かできればだけど」
「⋯⋯」
墓地の封印が解かれ同時に《宣告者》も効くようになった。これで何かを発動しようにも各種三回まで無効にされる。
これ、どうにかできる? んー無理。いくつか抜け道があるのはわかるけど、今の私の手札にそれはない。でも次のターン、チャンスが一回だけある。狙い目はそこしかないか。
「モンスターをセット、カードを2枚セットしてターンエンド」
新宮月乃LP4000 手札0枚
《閃光の追放者》攻撃力1600
セットモンスター1枚
セットカード3枚
「がっかり、というほどでもないわね」
よく通り自信がある声と共に、デッキからカードをドローする九条さん。おそらくそのカードは魔法か罠。何となく、モンスターかそうでないカードはわかる。そして今の九条さんのデッキトップはモンスターだ。
「墓地の《ブレイクスルー・スキル》の効果発動。このカードを除外して《閃光の追放者》の効果を無効にするわ」
ここだ。このタイミングならまだ《宣告者》は働けない。
「私はそれにチェーンしてセットカード《徴兵令》発動する! そのデッキトップのモンスターを私のフィールドに特殊召喚するよ!」
多分あれは上級モンスター。《クリスティア》辺りが理想だけど、
「悪あがきね。⋯⋯でも褒めてあげるわ、良いカードよ」
《大天使クリスティア》攻撃力2800
うん、良く視えている。だいぶ視えるようになってきた。
ドローのし過ぎで視えにくい九条さんのデッキでもちゃんとわかる。
「《クリスティア》がいる限りお互いに特殊召喚はできないよ。知ってるだろうけどね」
「そうね。そして特殊召喚なしで打点2800を超えるのには、一手間かける必要があるわね。でもね、もう終わってるのよ。魔法カード《最終戦争》手札を5枚捨てることで、フィールドの全てのカードを破壊するわ」
静かに告げる声。でも、
「カウンター罠《大革命》返し! 2枚以上のカードが破壊する効果のカードの発動を無効にする!」
罠に対応した《宣告者》は、スペルスピードの関係上カウンター罠は無効にできない。私の生命線は《クリスティア》だ。なんとしても守らないと。
「終わりにはさせないよ」
「そう。じゃあ2枚目の《最終戦争》を発動するわ。また手札を5枚捨てて全破壊」
「に」
2枚目⋯⋯っ。2枚もデッキに入れるとか、大雑把過ぎる。いくら手札が多いからって。
「ふん、スッキリしたわね。では、墓地にモンスターが10体以上いるとき、手札からこのモンスターを特殊召喚」
《究極時械神セフィロン》攻撃力4000
「攻撃まで」
防ぐ手段はない。私の負けだ。