「あんた、弱くなったわね。理由は何となくわかるし、多分そうだろうなって予想はあったけど」
ブランク。そのせいで感性が鈍ってた。取り戻したら勝てるだろうか。
「はあ。ため息しか出ない」
「それがあの時私が味わった屈辱よ。悔しかったら努力することね。それじゃ」
「待って」
もう用済みだ、と言わんばかりに私から離れていこうとする九条さんを引き止める。足を止めたのを見計らって、私はテーブルを回り込み九条さんに近づいた。
そして、驚かせないくらいの速さで、且つ悟られず、逃げられないほどにさり気なく、その豊満な胸に手を押し付けた。
「な、なな、何してんのよ!?」
「たしかに。セクハラだよ、月乃っち」
咎められてしまった。当然か。
「いや、この悔しさを忘れないように印象づけておこうかなと」
「そんなの自分の中だけでやりなさいよっ」
「うーむ」
右手の指一本一本を、九条さんの胸に沈ませて敗北を噛みしめる。
私は勝ちたかった。あの有り得ない強さに勝ちたかった。そうするためのデッキを組んでるはずなのに負けちゃったのだ。悔しい。
「いい加減離しなさいよ!」
「そっちも忘れないでよ。私を負かしたから胸を揉まれてるんだって。たった一回勝ったからって無関心を決め込むなんて許さないから」
手を胸から離し、九条さんの喚きを跳ね返す。
「じゃ、もう行っていいよ」
「ふ、ふん! 知らないわ!」
頰を赤く染めて怒る九条さんは、捨て台詞を残して今度こそ離れていった。
「はあ。ごめん、ライヒちゃん。すんなりトントン拍子には行かなさそう」
傍らで見守るライヒちゃんに謝る。
「とりあえず今日のところは帰るよ。調子も落ちてきたしね」
「まあ、月乃っちの言う調子は、ただの気分だとかじゃないから仕方ないか。でも誰かのデュエルを見て行ったりはしないの?」
「んー、他の人とは初見で戦いたいからいいや」
大会に出るとなると初見が当然だし、そういう目を鍛えるいい機会になるしね。初めては取っておこう。
「そっか。やる気無くしちゃったわけじゃないんだね。だったらいい、私も帰るよ。どっか寄ってく?」
「デュエル喫茶」
「おっけー。じゃ、敗者は潔くこそこそと姿を消そうか」
「どろん」
みたいな。
さほど大きくなく、かと言って無人でもない、有人の改札が一つだけある隣街の駅。その斜向かいに目的のデュエル喫茶がある。
私たちは一度、それぞれの自宅に帰り私服に着替えてから駅で待ち合わせした。と言っても私とライヒちゃんの家はそこそこ近く、電車も三十分おきにしか来ないため、一旦別れた、という感覚はない。
ちょうど良いタイミングで来た電車に二人で乗り込み、疎らな二両編成の一隅で軽く雑談する。十分ほど電車に揺られ到着し、隣街に降り立った。
「ところで、無断で部活を抜け出してきたけど大丈夫かな」
ふと思い浮かんだ。罪悪感はそんなになかったけど、後から面倒ごとにならないだろうか。ちょっと心配。
「いいんじゃない? ほかに来てなかった先輩とかもいたし。そういうとこ緩いんじゃないかな」
「そっか」
駅前のちょっとした広場を抜け、信号を渡る。そうしてすぐ目の前にあるのがデュエルのできる喫茶店。
中を覗くと昼時というのもあり今日も盛況だった。と言っても賑わっているのはデュエルスペースの方で、飲食スペースはポツポツと空席が目立つ。私たちは誰に促されるでもなく二人がけのテーブル席に着き店員を待った。
「ご注文は?」
「いつもの」
「おまかせ」
私が先に言って、ライヒちゃんが後に続いた。はあい、と店員はスマイル付きで答え、デュエルして行く? とフレンドリーに問う。首肯で返すと割引券をテーブルに置いて厨房へ向かった。
「私たちもだいぶ常連になったよね」
「うん。デュエルしていくのは久しぶりだけど」
中学の頃からこの店にはよく来ていた。部活仲間と一緒にだったりたまに一人で来ることもあったけど、大会が終わってからはデュエルスペースを利用することはなくなっていった。デュエルが飽きたからである。ただ、ここの料理はなんだか美味しく沈んだ調子も回復するような感覚があったので、つい足を運んでしまうのだった。
「それにしても月乃っちが負けるなんてねー。私、何だかんだ勝つんだと思ってたよ。だからちょっと誤算だったかな」
ライヒちゃんは、責めるというよりは不思議そうに呟いた。
「まあ、九条さんは別格だからね。今の私じゃ勝つのは難しいかな、とは思ってたよ。それでも勝つ気でいたんだけどね」
ちょっと楽観が過ぎたみたい。
「反省はしないけど調子に乗ってた」
「ふふふん。今度やったら勝てそう?」
「勘を取り戻して、最高のコンディションなら勝てそう」
「ふうん。ま、どっちでもいいんだけどね。大会で目立てるなら」
私もそう思ってたけど、九条さんに負けっぱなしは嫌だな。勝って、また意識させてやりたい。
「なんにせよ、練習あるのみだけどね。デュエルじゃなく、人を見る目のね」
「目、ねえ。それ、ずっと前から疑問に思ってたけど、次のカードを見抜くとかってどうやってるの? 理屈がわかんないんだけど」
「いや、私も詳しい理屈とかはわからないよ。第六感を意図的に働かせてる、みたいな? これって私が勝手に考えてるだけだけど、人って知らないうちに外界からいろんな情報を脳にインプットしていて、無意識のうちに、それを計算に入れた思考とか行動してると思うんだよ。で、そういうのが第六感だと思うんだけど、それを無意識じゃなく意識的に引き起こせたらカードを見抜ける、と思う」
「んー、わからん」
あくまで私が思う理屈だからね。
「要は人の仕草とかカードの具合とかはたしかな情報だから、穴が空くほど見たら何かがわかるかもってこと」
「胡散臭い。でも実際そうなってるからなあ。すごいって言う他ない」
「ただね。それだけじゃ勝てないんだよ。デュエル的な実力がなきゃ勝てない、と私は思う」
「また思う? デュエル的な実力って何なの?」
「いやあ、完全に感覚の話しなんだけどね。テクニックとかじゃないよ。例えば要所で肝心なカードを引いてくる、とか。そういうのかデュエル的実力。それで行くと九条さんとか《テテュス》ターボがヤバイし、多分九条さんはそれを織り込んだデッキ構成してるんだと思うんだよね。デュエル的実力が高いとそういう無茶もできるんだよ」
と、思う。
「ああ、だから月乃っちのデッキってクソみたいな構成なんだね。始めて知った」
「クソとか言われると傷付く。ま、でも相性はあるけどね。私が九条さんのデッキを使っても事故るだけだし、九条さんが私のデッキを使っても当然事故るだろうし。自分に合うカードってのがたしかに存在するんだよ」
と、思う。
「と、思う。とか思ってそうな顔」
「なんでわかるの」
「伊達に長く付き合ってないし」
澄まし顔でワザとらしくフッと鼻を鳴らすライヒちゃん。小学生からの腐れ縁だしそんなものか。
「おまたせしましたあ。カレーライスでーす」
店員の一声。私の後方から来た店員が、二人分のカレーを乗せたトレイをテーブルに置く。そして「ごゆっくりー」と間延びした声で離れていった。
「来るの早いね」
「でも『おまかせ』のとき決まって一緒のものが出てくるんだけど。手抜きでは?」
いつもので私のカレー。おまかせでライヒちゃんのカレー。
「おまかせするのが悪い。今度は『おすすめ』って言ってみたら?」
「そうする」
ライヒちゃんも本気で文句を言っているわけじゃないようだ。実際ここのカレーは美味しいし。
シンプルな見た目、辛すぎず甘すぎない中辛。普通だけど美味い、普通だから美味い。ここのカレーの特徴だ。
「これ食べたらデュエルするから付き合ってよ」
「りょーかい」
二人で行儀良くいただきます、と唱えスプーンを手に取った。
「あ、カレー食べたら大変なことに気づいたかも」
「大変なこと?」
「私、さっき九条さんの胸を触ったよね。今頃九条さん訴えたりしてないかな? 家に帰ったらお母さんと警察の人が、沈んだ空気でお茶してたりして。ショックのあまり九条さんがデュエル辞めちゃったりしないかな? どうしよう、もしかして本気でやばいんじゃない? ライヒちゃんどうしたらいいと思う?」
「⋯⋯月乃っち、たまにどうでもいいことでネガティブになるよね。カレー食べたらいいんじゃない?」
「わかった食べる」