ミューラにとって、森は慣れ親しんだものである。
彼女のおかげで魔物に会うことはなかった。
「着いたわよ。」
木でできた一軒家は森に囲まれている。
世俗から離れて魔術研究をしているレミーアさんの家である。
ミューラは、ふと何かを思い出したような顔をしている。
「どうした?」
「……あーうん、ちょっと待ってて。」
まあ、レミーアという師匠に先に話をつけるということだろう。
ミューラのように、迷い人を受け入れてくれる確証もない。手持ち無沙汰な俺は周囲を見渡す。この周辺で、魔術や剣術の鍛錬を行ってきたのだろう。焼け焦げた岩、木にいくつも刻まれた斬撃の痕、同じ足跡の多い地面、それらがミューラの強さの秘訣であることは一目瞭然だった。
俺は弱いな、と実感した。
『ミューラ。帰ったのか?』
『やっぱり、その恰好ですか!?』
『私の家だ。別にどんな格好でもいいだろう?』
『でも迷い人を連れてきたんですよ、男ですよ。』
『ほう、ミューラが男を連れてくるとは。』
『そうですけど!そうじゃないです!』
早く着替えてください!!という怒鳴り声は森に響く。
小鳥たちは羽ばたいていった。
「ふぅ……、お待たせ」
「……お気遣いありがとう。」
「ええ、気づいてよかったわ。」
胸をさらに強調するかのように腕を組んでいる、黒髪の女性が家の中で待っていた。肌領域の多い魔術師のローブであって、凄まじい露出を誇る。目のやり場に困るが、本人は全く恥ずかしがる様子がないから質が悪い。
ミューラはそっと自分の胸に手を当てて、小さく溜息をついた。
「ミューラ、安心しろ。」
「はて、何のことでしょうか?」
微笑みながら惚ける。
ミューラは、誤魔化し方が下手であることがわかった。
「そして、君がミューラの男か。」
「「違います。」」
「息ぴったりだな。」
レミーアさんは肩を竦める。
ミューラの気苦労が数分で伝わってきた。
「それにしても、よくできた氷だな。」
治してやろう、と言いながら青い魔力を籠めた手を俺の肩に当てると一瞬にして痛みが引いた。火傷の痕などすっかり消えている。この世界トップクラスの魔術師の力は伊達じゃないということだろう。
「ありがとうございます。俺はイッキって言います。」
「レミーアだ。よろしく、迷い人。」
「迷い人に会ったことがあるので?」
「いや、書物で読んだだけだ。この世界に順応できた迷い人は、そう少なくないとだけ言っておこう。」
「でも、多くもないんですね。」
レミーアさんは肩を竦めるだけで、その質問に言葉では答えてはくれなかった。
「そ、それでね。レミーアさん、魔術のことをイッキにも教えてほしいの。これからどうするにしても、イッキも戦えた方がいいでしょう?」
「俺は……、レミーアさんに判断を委ねます。」
「ふむ、なかなか思慮深い。別に私も暇ではないからな。」
ミューラは俺とレミーアさんを交互に見て、成り行きを見守るしかないようだ。世界トップクラスのレミーアさんに弟子入りするのは、そう都合よくはいかないだろう。凄まじい数の魔術師が求めるポジションを俺は手に入れようとしているのだ。
「対価にできるものは、『異世界の知識』くらいですかね。」
「なかなかおもしろい提案だ、迷い人。」
「じゃあ!!」
この場でミューラが一番嬉しそうなのが、なんだかむず痒い。
「魔術の腕を磨け。弟子のオリジナル魔術を見せてもらおう。」
「了解しました、師匠。」
「ははっ、なかなか自信家な弟子2号だな。」
ほれ、と木の板を放り投げてくる。
「レミーアさん、危ないでしょう?」
キャッチして、優しく手渡してくれた。
師匠がよくすることなのだろう。
「ありがとう。」
「どういたしまして。それはね、魔力値と魔力強度を測るものなの。レミーアさんが開発したけれど、国のトップ機関くらいしか使っていない超高度な魔術よ。」
素材は木だが、何かしらの魔術をかけているのだろう。
「これは大事なものでは?」
「別に、それ単体ではどうにもならんがな。」
「どっちかと言えば、高難度の魔術を使える人が重要なの。」
「そういうことだ。まずは魔力値と魔力強度について簡単に説明しよう。一度しか言わんからよく聞いておけ。」
「……善処します。」
紙とペンが、無性にほしくなった。
鞄についてはもうどこにあるかわからない。
「魔力値とは魔力容量、そして魔力強度は魔力の強さだ。分かりやすく言えば魔術をどれだけたくさん使えるか、どれだけ強い魔術を使えるかの目安だ。」
「なるほど。特に魔力量を知っていれば、自分の限界がわかりますね。」
「その通りだ。決して魔力量は無限なわけではない。扱えきれない魔術を使って、魔物の前で倒れる魔術師がなんと多いことか。」
「……ミューラがいなければそうなっていましたね。」
レミーアの魔力値は43000、魔力強度は6000であり、全力全開の魔法は7回放てることになる。もちろん、常に全力全開で発動するわけではない。100のうち、彼女は10の力で十分強敵とも戦えるらしい。魔力量10000以上、魔力強度2000以上あれば、宮廷魔術師レベルはあるとのこと。
ミューラの魔力量は30000、魔力強度は3200であり、魔術適正の高いエルフ族としての才能を十分に持っている。それでいて剣術も磨いているのだから、経験差はともかく宮廷魔術師よりも十分に強いだろう。
「ハーフエルフである私より、ミューラは才能の点で上ということだ。」
「まだまだ敵いませんけどね。」
また、鍛錬や成長次第でその値は上昇するらしい。
「早速測定してみようか。『その者の力を示し給え』」
無色透明に光り、木の板に浮かび上がる文字。
「魔力量8000に対して魔力強度2000、か。」
精巧な魔術による結果なのだから、受け入れるしかない。
魔術が使えるだけでも元日本人としては珍しいのではないか。
「レミーアさん、これって……」
「ああ。まさかユニークマジシャンだとは。」
聞き慣れない言葉には首を傾げるしかない。
「えっとね―――」
赤なら火、緑なら風、黄なら土、青なら水。
適正属性によって、その色が発光するらしい。
ミューラが板を持てば、赤色と黄色の輝きを見せた。
つまり、火属性と土属性に適正があるということ。
「雷や毒も4大属性に起因する。私も扱うことのできる氷の魔術は『水』から生まれた。だからこそ、青色の光を見せなければおかしい。」
「それもそうですけど……」
「ここでなぜ属性が、人によって適正が分かれるかを説明しよう。それはこの世界に存在する精霊が絡んでおる。」
4種類の精霊のうちどれかが適正を生まれた時に与えてくれる。
1つの属性を持っていることが一般的なもの。
ミューラの2属性や、師匠の3属性は珍しいこと。
「私の80年の経験を持ってして推測すれば、お前はどの精霊にも気に入られていない。それでも、魔術を使えるのは非常識だ。」
手のひらに魔力を籠めれば、氷の結晶ができる。
作った本人から見ても、綺麗な造形である。
「じゃあ、イッキの魔法ってもしかして!?」
「ああ。光、闇、時空属性と同じ古代魔術だろう。古代魔術には精霊は関係しない、なぜならその属性の精霊が存在しないからな。私の知る限り、魔力消費の少ない氷魔術を扱えるのはこの世界でお前1人ということだ。」
「まあ、俺が珍動物っていうことはわかりましたよ。」
4大属性と違って、古代魔術を扱える者は重宝されるのだろう。
数人集まれば再現できる、複数属性持ちより貴重である。
「ほう?」
窓から鍛錬の跡を、俺は自然と見た。
たぶんこの光景を見ていなければ、迷ったままだった。
「異世界人の俺からすれば、魔術が使えるだけで人外ですから。……加えて、火の魔術が扱える人でも初めから強い人はいないでしょう。どんな属性を持っていても、結局は本人次第だと思います。だから俺にも魔力があって、1つでも属性が扱えるならそれでいいかなって。」
火と土、そして剣術。
ミューラは3つの鍛錬を並行して行っているのだ。
「ていうか、1つの属性を極める方が俺にはあってそうです。」
「ふっ、そうか。お堅いミューラが気に入ることも頷ける。」
「「……。」」
気まずさを隠すように顔を背ける。
「だがミューラもまだまだ発展途上。そしてお前には最大の問題点がある。魔力の扱いが下手だ。」
「ええ、まあ。」
氷の盾1つで疲れ切っていたのは、魔力を無駄に消費していたからだろう。
「だが安心しろ。お前の師匠は世界で最も魔力運用に長けている。それだけの鍛錬はしてきたつもりだ。」
「……すごい師匠の弟子になれたんだな、俺。」
その実力も、その満ち溢れた自信も。