エリステイン魔法王国は世界三大国家とされるが、それは世界一魔術が栄えているからである。識字率は高く、また国民の8割くらいが基礎魔術を最低限扱えることは驚きの一言である。
産業とは密接に結びついており、国全体が豊かである。
首都から離れた場所、いわゆる辺境にある町がここアズパイア。
「まあまあ、いつも助かるわー」
「いえ、いいトレーニングになっています。」
小麦の詰まった麻袋の配達をここ何日も受け持っていた。
ぎっくり腰でダウンしている店主の代わりである。
「休まなくていいのー?」
「ええ、ようやく体が温まってきたくらいです。」
「まあ、頼もしい。」
再び、麻袋2つを担いで走り始めた。
まず、俺は身体強化のためには魔力を使っていない。土属性の適正がないのだから、筋力をつけることは冒険者として必ず役立つ。そして、目的地に向かいながら身体の魔力のコントロール練習を並行している。ミューラのような剣術と魔術を複合とまではいかないが、固定砲台という止まった的にはなりたくはない。
最低ランクであるFランク冒険者からは一応ランクアップしているが、EランクになってもFランクの仕事を続けていた。冒険者は便利屋といったイメージが強く、魔物討伐を主に生業しているのは、2割ほどのCランク以上の冒険者だけである。
すでにFランクの依頼を数十件はこなしている。
別に、急いでランクを上げるものでもない。
「おおっ、今日もありがとうのぅ。」
「料金、多くないですか?」
「ほほっ、そのお金で女子でも連れてかふぇにでも行きなさい。」
「それはまあ、ご親切に。」
かふぇする女子の候補にまず美少女魔術剣士が浮かんだが、今はレミーアさんのところだろうし、なんだか最近避けられている。
ともかく、Fランク冒険者は駆けだしの若者が多く、何かと町では親切にしてもらえる。もちろん落ちぶれた冒険者に対しては不満に思っている人は多い。昼からギルドに併設された酒場で酒に呑まれている。
「ちゃんと、鍛えただろうにな……」
小さく呟いた。
魔術を使えることは冒険者としては必須であり、身体も鍛えているメンバーが多いので、力仕事を頼まれることが多い。他にも受注条件として、特定の属性の魔術が使えるかどうかが求められることもある。
依頼を完遂したことを受付嬢に報告して報酬を受け取る。
そしてまた、昼の掲示板に残った依頼を探しに行く。
「おっ、運が良いな。」
「うん……討伐依頼が残ってる。めずらしい。」
背丈の小さい魔術師、筋肉質の大男、スタイルのいい青年。知り合いである。
「こんにちは。メヒリャさん、バラダーさん、ラケルタさん。」
「おおっ、イッキか。依頼をやってきたのか?」
「はい。荷物運びをしていました。」
それを聞いて特にバラダーさんが懐かしそうに、顎を撫でていた。
3人とも冒険者ランクはBという実力者である。
この辺境ではトップクラスのパーティーだ。
「Eランクの依頼は受けないのかい?」
「ええ、まあ、そんなに焦らなくてもいいかと。」
「おいおい。そんなんじゃ、男が廃るってもんよ。」
頭を雑に撫でられ、バラダーさんは1枚の依頼を掲示板から剥がした。
「ちっと先輩が面倒見てやるよ。」
「……お願いします。」
***
コボルトという魔物がこの世界には存在する。ヒューマンの子どもくらいのサイズだが、土属性の魔術で無意識に身体強化を行っているため、一般的なヒューマンより力が強い。それなりの知能を持っていて同族とは意思疎通が可能で、集団で住処を作り、棍棒という武器を持っていることも特徴的である。よく似たゴブリンと違うのは見た目であり、黄土色の肌で顔は犬っぽい、らしい。
甘く見ていたEランク冒険者が何人も命を落としたという話はギルドの受付嬢から聞かされた。それでも、その繫殖力からか数が多いため討伐依頼は尽きない。コボルトやゴブリンは様々な村に出没しては、食料を略奪していく。
「ふぅ」
心と魔力は関係している。
少しでも落ち着こうと深呼吸を繰り返す。
ジャケットに似た紺色の上着に腕を通し、急所である心臓を守るように鉄の胸当てをする。近接武器の扱い方など学んでいないので、短剣を付けた腰のベルトを巻く。そして麻袋を持てば準備完了である。
1つの洞窟にコボルトは巣食んでいるのだ。
「おっ、準備できたか。」
「まあ、はい。」
「そう気負うな。こう言ってはなんだが、慣れろとしかいえない。もちろん俺たちもフォローする。」
「……はい、わかりました。」
「じゃあ、いくよ……」
洞窟の中に向かって、メヒリャさんが炎の魔術を撃ち込んだ。
騒音と煙に慌てふためき、コボルトが出てくる。そしてバラダーさんの土魔法によって昨晩のうちに仕掛けておいた落とし穴に嵌まっていった。命のやり取りだからこそ真正面から戦わないことを選ぶ方法もある。
茂みにいる弓使いのラケルタさんは風を纏った弓で、コボルト1体を撃ち貫く。
鮮血が飛び散り、痙攣。
やがて1つの命が息絶える。
「……ふぅ」
「よく耐えたな。」
静かに頷き、魔力を両手に。
そして、右拳を左手に添えて安定化させる。
「アイスメイク、ランス!!」
十分に殺傷力のある氷槍が落とし穴を超えてやってきたコボルトを岩に縫い付ける。威力・命中精度は申し分ない。俺自身の手によって、1つの命を奪ったことは確かだ。再び、深呼吸を行って心を落ち着かせる。
「ひゅー、速いな。」
「うん、綺麗な魔法。」
「メヒリャが褒めるとは、珍しいねぇ。」
この気分を変えてくれようとしている、2人に感謝は尽きない。
「おっと、大群のお出ましだ。メヒリャ、俺も出るぞ。後ろは任せた。」
「わかった。」
意気揚々と向かっていく背中はとても大きかった。
身体強化で鍛えられた身体能力はずっと強く。
大剣を軽々と振るって、次々と討伐する。
そして彼の背中を守るように、弓と火の魔術が援護する。
「これが、冒険者か……」
何よりも『経験』が俺とは決定的に違う。
「うん……でも、焦ることはないよ。」
「はい。少しずつやってみます。」
安定化させるための構えは、今の俺には必須である。
使い慣れない近接武器を頭の中で思い描く。
「アイスメイク、ソード」
「もう1回やってみて……」
造形した剣に殺傷力はない。
心のどこかで、殺すことを躊躇っているのだろう。
「……ふぅー」
自分より年下の女の子がちゃんと現実と向き合おうとしているのだ。対人戦という依頼を先日初めて経験して、一晩中俺に縋って泣いた。『金の剣士』として恥じない立ち振る舞いの魔術剣士は、その時は普通の女の子だった。
恩人が何かに迷っているのなら、俺はその手を取って前に進むだけだ。そのために俺はもっとつよくなる。
より鋭く
より残酷に
より美しく
「アイスメイク、ソード!!」
冷気を発する直剣を、両手で構えた。
敵はちゃんと見えている。
「イッキ、1匹そっちに行ったからな!」
「了解、バラダー!」
腰を低くして、待つ。
小さな身体の胸へ剣を突き刺した。
返り血を顔に浴び、込みあげてきたのは不快感。
「はぁはぁ……」
唇を噛みしめて、目を閉じないように。
氷の剣からは、透明と赤の水滴が地面に落ちている。
一体、どれだけの時間そうしていただろう。
寄りかかるような重さは感じたはずだ。
「お疲れ様。」
その声を聞いて、ようやく手から剣を放す。
力強く握りすぎていて、手のひらは冷たい。
震える、赤い両手をまた強く握りこんだ。
身体が重い。
呼吸は荒い。
心臓はバクバクと音を立てる。
魔力がいつになっても安定化しない。
「ははっ、今日は酒を奢ってやるよ。」
「はい。いつか、出世して返します……」
頭を乱暴に撫でられる。
俺はまだまだ大人にはなれていなかった。