ずいぶんと歩き慣れた森を抜け、開けた場所に出る。
焼け焦げた岩、地面には爆発の痕跡、斬り刻まれた木片がありのままに残されている。俺の氷はすでに溶けていて、ぬかるんだ土もすでに乾ききっている。ともかく、タイチとリンが魔術の鍛錬場であることを理解するのは容易なことだろう。
「……待てよ。」
いつも通り玄関の扉を開けようとして、俺は動きを止めた。ミューラも癇癪を起こすものの、同性だからかなんだかんだいって、見ても問題はない。そして俺については、師匠の脱ぎ癖にはもう諦めの境地に至っていて、無意識のうちに目を逸らすことができる。
リンはともかく、タイチが見るのはなかなか『男子的に』危険なことではないだろうか。
「イッキ! 帰ってきたのね!」
「ふごっ!?」
「あ、あら…‥?」
外開きの扉が勢いよく開け放たれたことで、俺の顔に鈍痛が走る。それほどやわな体ではないが、痛いものは痛い。応急処置として手のひらの冷気を当てれば、少しは痛みがマシになる。
「ご、ごめんね?」
「いや、もう大丈夫。……ただいま。」
「うん、おかえり。」
静寂の時間が心地いい。
お互い、頬を赤く染めていたが、我に返った。
感嘆の声を出しているのは、リンやタイチ。
ミューラの容姿には、幻想的な美しさがあるのだ。
「この2人は……?」
「俺と同じ、迷い人だ。運よく、帰り道で見つけられた。タイチと、リンだ。」
「そう。運がよかったわね、2人とも。あたしはミューラよ、よろしく。」
「「ど、どうも……」」
「レミーアさんは?」
「また書斎に籠っているわよ。さっき見たら、机に突っ伏して寝ていたわ。」
いつものことである。
研究に没頭して、やがて力尽きたのだろう。
「師匠は寝ているようだから、俺たちが代わりに対応する。まあ、レミーアさんなら2人とも受け入れてくれるだろう。」
「さ、遠慮せず入って。」
「「あ、はい!」」
キョロキョロと家の中を見ている。
魔術師の家といっても、魔術師らしいのは書斎だけだ。
2人からすれば、森のおしゃれなログハウスだろう。
「座ってていいぞ。」
「「は、はい……」」
「えっと、クーフェは飲めるの?」
「全員分、甘めで頼む。」
「わかったわ。」
炊事場でコーヒーの準備を始めたミューラの手つきは慣れたものである。火の魔術を適切にコントロールしてお湯を沸かしながら、コーヒー豆と砂糖や牛乳を準備していく。料理が趣味であるレミーアさんに教えてもらっている姿を最近よく見かける。
「やっぱり、耳が気になるのか?」
「え、ええ。まあ……」
日本人からすれば、見慣れない容姿だろう。
ただしこの世界では、俺たち二ホン人の方が珍しい。
「2人が考えている通り、ミューラはエルフ族だし、師匠であるレミーアさんはハーフエルフだ。まあ、言葉は通じるのだから、一緒に生活していても種族の違いなんて別にあまり感じたことはないけどな。」
むしろ、俺たちがこの世界の異物である。
「はい、お待たせ。作り置きだけど、お菓子も用意したわ。」
「サンキュ。」
手作りの、ドーナツにかぶりついた。
2人もこの世界でもお菓子にありつけたことに感動している。
やはり、二ホン人は携帯食料では満足できないのである。
「この世界のこと、そして魔術についてはある程度話したつもりではある。これから1ヶ月くらいはここで魔力の扱い方を学んで、その後見習い冒険者になるって予定で、いいか?」
「「はい。」」
俺がたき火で淹れたより、何倍も美味しいクーフェだな。
「まあ、別に冒険者になったからと言って、すぐに魔物と戦うわけじゃないから安心してくれ。荷物運び、猫の捜索、売り子といった仕事はいくらでもある。冒険者は便利屋だ。リンは子どもの御守りで引く手あまただろうな。」
「なんでですか?」
「まず若いし、そしてかわいいからだろう。」
「そ、そんなことないですよ。ミューラさんの方が綺麗ですし。」
手を顔の前で振って謙遜しているが、高校では何人もの男子から告白されたことだろう。
「ミューラが綺麗なことはこの世界でも周知の事実、それ相応の苦労も経験済みだ。」
むっとしていた、ミューラの表情が綻ぶ。
ミューラはすぐに男から声をかけられる。だから、俺の前はずいぶんと柔らかくなったけれど、町では近寄りがたい雰囲気はかつてのままだ。タイチもうかうかしていると、町でナンパ野郎にかっさられることを脅威に思ってほしい。
「話が逸れたな。前提として、冒険者になるからには十分な魔術資質が必要だ。これから2人、それぞれどこを伸ばすべきかを知る必要がある。」
「まずはそのために、魔力と適正属性の計測からするわね。」
リンは首を傾げているが、タイチは目を輝かせている。
「適正属性を見られるのは、この世界では当然のことだ。しかしレミーアさんの魔道具は特別性で、魔力量と魔力強度を数値で計測できる。どうだ。すごいだろ、桁数に制限はあるが、正確な数値で魔力量を算出できるなんて、普通ではあり得ないことだ。」
「えっと……?」
「それはすごいことですね!!」
理系適正はリンにあるようだ。
「厳密には100未満の値は切り捨てになる。だから俺は、最近いい素材がないか探している途中で……」「はいはい。さっさと始めるわよ。2人とも、この板を持って。」
「「木……?」」
「よくわかんないけど、とても珍しい木らしいわ。『その者の力を示し給え』」
「文字が浮かんできましたよ!」
「すっげー!」
魔術に触れて、楽しそうだ。
この世界では魔術は戦うためのもの意識が強い。
しかし、魅せるための魔術もあるのだ。
―――まあ、現実逃避から戻ってきて
「フォースマジシャンと、ユニークマジシャンだなんて……」
リンは4属性持ち、そしてタイチは固有魔術持ち。
「数値も、ヤバいの一言だ。」
なんとなくだが、2人の魔力の強さはわかる。
だから、冒険者としての資質は十分だと思っていた。
4属性を扱えるリンは魔力量37000、魔力強度5000、固有魔術を使えるタイチに至っては魔力量120000、魔力強度40000なのだ。魔力量32000、魔力強度5200という、以前より上昇した強さを持つミューラをも悠に超えている。
意 味 不 明な数値である。
俺のようなバグではなく、正規チートの魔術師。
同じ異世界転移者であるのにな。
これが、才能の差である。
机の下で、強く握っているミューラの手を包み込む。タコができるほど剣を握って、それでもレミーアさんの回復魔術のおかげで綺麗なままの、数年間がんばってきた女の子の手だ。ちゃんと彼女の強さはわかっている。
俺もミューラも、経験と成長の証をちゃんと持っている。
「結論だけ述べれば。リンもタイチも、この世界で最高峰の力がある。」
「そんなに、ですか……?」
「俺やミューラ、そしてレミーアさんですら、魔術に関してなら半年もあれば確実に追い越してしまうだろうな。それほどの才能。」
「「えっと……?」」
「実感は湧かないみたいね。」
「追々伝えるつもりだ。ところで、魔術については魔力の運用次第で、その数値の差を覆すことはあるんだ。」
氷の造形魔術も、使い方次第で強さが顕著に変化する。
「ありふれた魔術師の指導を受けることになっていたら、2人は自分自身の魔力に数年間は振り回されること……、になっていただろうな。」
「「なっていた……?」」
「俺たちは魔力運用が世界トップレベルの師匠の1番弟子と2番弟子だ。2人の後輩を、世界最高峰の魔術師にする手伝いくらいしてやる。もちろん、二ホンに還る手助けだってする。毎日飽きもせず、鍛錬に明け暮れていることだけのことはあるぞ。」
そして。
『どうしたい?』とミューラが質問を投げかける。
その才能を正しく導くことはできる。
しかし今ならまだその才能を隠し続ける選択肢がある。
「戦うことから、まだ身を引くことができるわよ。」
「これは、2人がちゃんと考えて選ぶべきことだ。」
顔を見合わせた2人は、とっくに覚悟ができていたようだ。
「「はい!よろしくお願いします!!」」