「あはぁ、目が覚めたんだねぇ。よかったよかったぁ」
濃紺の髪を長く伸ばした長身は、スバルを見て嬉しげにそうこぼした。
背の高い人物だ。身長はラインハルトを上回り、百八十センチの半ばほどまで届くだろう。肉体は力仕事とは無縁そうな細身であり、しなやかというよりは純粋に痩せぎすといった印象が強い。
瞳の色は左右が黄色と青のオッドアイであり、病人のように青白い肌と合わせて儚げな親和性を保っている。
一般的な感性であれば十分に美形、そう断じていい容姿の持ち主だ。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁ!!??」
卓を全力でたたき立ち上がる。
それもそのはず、その男の顔はピエロのメイクで塗りつぶされており、カッコいい容姿が全て台無しだ。
「ロズワール様、お怪我はありませんでしたか?」
「ロズワール様、病などにかかってはおりませんか?」
「ぜぇんぜん大丈夫だよぉ。心配しないでぇ」
「それに加えて何だよその喋り方!あんたがホントにこの屋敷の当主なのか!?」
全くもって当主と思えないその雰囲気に、スバルは自分の足が数歩後ろに下がるのを感じた。
「お帰りなさい。大事はなかった?」
「平気平気。あはぁ、嬉しいねぇ。君の方から私に声をかけてくれるなんて、四日とんで三時間と十九分ぶりぐらいだよぉ。日記に書かなきゃ」
手をわきわきと動かす長身に、左右からペンとノートが差し出される。恭しく頭を下げるのは、桃と青の双子のメイドだ。彼女たちから渡された紙とペンを使って、ロズワールは猛然と文章を書き始め、
「タンムズの月、十五日。――エミリア様が自分から私に話しかけてくれたよ。ロズワール、嬉ぴー。この調子で仲良くなっちゃうぞぉ、おー。……と」
それに加えて、かなりの変態だ。
見るとそのノートは、後半の最後の方にまで差し掛かっており、見たところ文字もぎっしりと書かれていた。
それら全てが同じ内容だとしたら、と想像するだけで吐き気と絶望感がこみ上げてくる。
「いやマジちょっと……シャレにならんわ。これ」
先ほどの想像をしてしまい、口に手を押さえていると、
「ドン引きだな……」
と士の方からも聞こえてくる。
「ドン引き! いーぃ言葉だねぇ! 初めて聞いたけど気に入ったよぉ! んふー、人と違う感性を理解されない気持ちよさ……ああ、すばらしい」
「俺とお前を一緒にするな。吐き気を通り越して、死にそうになる」
「その言葉に激しく同意」
「失礼いたしますわ、お客様。食事の配膳をいたします」
「失礼するわ、お客様。食器とお茶の配膳を済ませるわ」
レムがサラダやパンといった、オーソドックスな朝食メニューの載った台車を押し、ラムが皿やフォークなど食器の乗った台車を押している。
二人はテーブルを挟んで左右に別れると、テキパキとそれらの配膳を開始。一糸乱れぬ連携で食卓が彩られ、温かな香りに思わずスバルの腹が鳴る。
「おほーいいねいいね。何か異世界って言ったらもっとやばそうなもんが出てくんじゃないかと思ったけどよかったよかった。普通で」
もし虫など出ようものなら、スバルはこの場から一目散に逃げだすこととなっていただろう。
「はーやーくーもー我慢の限界!メーシ! メーシ!」
そういいながらフォークとナイフをカンカンさせていると、
「あはぁ、元気なもんだねぇ。いーぃことだよ、いーぃこと」
嬉しそうな顔で変態が顔を出していた。
その装いは外出着から着替えており、先ほどまでの礼服のような服装から一新。襟がやたらカラフルででかい、悪趣味なものへチェンジしている。いかにも道化じみた姿に、変わらぬ変わり者の態度。
――なるほど、まごうことなく変態である。
ロズワールはスバルを楽しげに見たあと、ふと金髪の少女の方を見て眉を上げる。
「おややぁ、ベアトリスがいるなんて珍しい。久々に私と食卓を囲む気ぃになってくれたのかなん?」
「冗談はその性癖だけにするかしら。私がここへ来たのはこいつに用があるからなのよ」
勢いよく指を士の方へと向ける。
「どうした?俺に何か用か?」
「……こいつの正体は……ディケイドよ。ロズワール」
「んん?それはどぉういうこぉとだい?」
そう尋ねたロズワールの顔は、先ほどの雰囲気を残しつつも、一瞬で士を警戒する顔つきになった。
「でぃけぇいどは、ピンクのいろぉをした子じゃなかぁったけ?」
活舌が悪いのが気になるが、そんな茶々を入れる勇気は今のスバルにはなかった。
「そうだぞ、ベアロリス。俺のどこにピンク要素があるんだ?」
「なっ……さっき自分でディケイドって……」
「あんなもん偽名に決まってんだろ?丁度そこにいるエミリアだって俺達と最初に会った時サテラ、って言ってたんだから。それに俺が仮にディケイドだとしてそんな馬鹿正直に言うと思うか?」
冷静ぶった口調で話してはいるが、内心は細心の注意を払って言葉を続けている。
こいつらと戦ってもいいのだがそれだと周りの奴らが死ぬ危険性があるからだ。
俺の死に場所探しに他人をできるだけ巻き込みたくはないからな……。
『偽善者ぶるなよ。ディケイド』
「!?」
「……確かに普通に考えてそうね……。早とちりしたわ」
「なぁんだはやとちりかぁ。それならよかぁったよ。客人をいきなり殺しちゃうのはさすがぁに気分がぁ悪いからねぇ」
「今サラッと恐ろしいこと言わなかった!?」
……何だ?今の声は……。
「……というかスバル。そんな事よりもその席って……」
今までの会話をそんな事、で済ませエミリアがスバルの方を指さす。
「ああ! そう、椅子も冷たいと心まで冷え込んじゃう、みたいなことってよくあるじゃん? そんな隙間風吹き込む心を癒す、君の毛布になりたいキャンペーンを実施中。なわけで、俺が自ら席を温めておいたよ! 別に間接シットダウン狙いとかじゃないよ!」
「いやそうじゃなくて……そこロズワールの席なんだけど」
「オーマイガー!!!!!!!」
言い訳をさらりと受け流された上で、絶望を告げられて膝が折れる。
崩れ落ちながらスバルは己の失策に気付き、歯を食いしばっていた。
考えてみれば、一番の上座に家主が座るのは当たり前の話だ。目先の結果に目がくらんだ挙句、判断を誤るとはなんたる未熟。
「だ、だが俺は屈しない!!そ、そう明日、明日に賭ける!!」
「それと、別に私の席はやらなくていいから。ちょっとヤだから」
「俺の神が死んだぁぁぁぁぁぁ!!」
ついには地面を涙ながらに叩き出すスバル。
もはや世界に希望はない、未来はない、と打ちひしがれる。
と、そんな肩をふいに優しく誰かが叩いた。掌から伝わる温もりに、スバルは安堵と安らぎを与えられて顔を上げる。そこに輝く希望が――、
「君の温もり、しぃっかり堪能させてもらうよ」
それを聞くや否や、スバルはためらうことなく先ほどまで座っていた席に唾をかけた。
「おやぁ、そんな事しちゃうのぉ」
「俺の尻が汚されるのだけはゴメンなんだよ!!」
「そっかぁ。でもホイ」
ロズワールが痛快そうに笑ったあと、軽く指を立てて椅子を示す。吐かれた唾に視線がいき、それを確かめたあとで彼は立てた指を鳴らし、
――直後、見ている眼前で唾が消失したのをスバルは見た。
「おお!?」
消えたのが信じられず、スバルは思わず座席に手を伸ばす。
触れた先には液体の残滓すら感じ取れず、ただわずかに高熱を帯びた椅子が残っているばかりだ。
「蒸発、した?」
触れた椅子の熱と、唾が消えた因果関係からそう推察するしかない。
そんなスバルの結論に、ロズワールは感嘆するように口笛を吹いて、
「あはぁ、よくわかったねぇ。今のは極々小規模の火のマナに干渉して、その部分だけ瞬間温度を上昇させたんだよ」
「なんじゃその離れ業っぽいの。もしかしてあんたただの凄い変態ってわけじゃないのか?」
「一応これでもルグニカ王国の筆頭宮廷魔術師よ」
訛りが出るスバルに対し、返答したのは隣のエミリアだ。
「…………アアナルホド。ワカッタワ」
「凄い片言だけど……」
「まーさーかー、信じましたって。はい! 今信じた! 俺信じたよ!」
「私が食い下がるようなことじゃないから別にいいんだけどね」
早々に説得を諦めた。
この短時間のスバルとの付き合いで、彼の意味わからん勢いを削ぐには相手をしないことと学んだらしい。
「あはぁーぁ。それじゃあご飯がさめなぁい内にぃ食べちゃぁおうか」
その言葉で、エミリアや金髪少女などが座り、控えていたラムとレムが配膳を再開した。
「では、食事にしよう。――木よ、風よ、星よ、母なる大地よ」
手を組み、目をつむってロズワールは何事か呟き始める。それにならうエミリアと双子。金髪少女は目をつむっているだけだが、それが食前の祈りだと気付くと慌ててスバルも所作を真似る。
「……おい士。お前もやれよ」
「俺は神を信じない」
「はいはい」
スバルの言葉を切り捨て、士は祈りをささげる代わりに足を組む。
……これはスバルでもどうかと思うほどひどいと感じた。
「それじゃ、スバルくん。いただいてみたまえ。こう見えて、レムの料理はちょっとしたものだよ?」
「おっ、そうなのか?それじゃあ……」
ロズワールに勧められ、食事に加わる。メニューはおそらくサラダと、パンのような食材にハム的なものの乗ったトースト風の感じ。かなり曖昧な表現だが、一般的な洋食での朝食メニューといった風情に思える。
近くで見ても異変を感じず、とりあえずスバルは安堵。人知を超えた食材が出なかったことに感謝しつつ、トースト的なものを口にして、
「む……普通以上にうめぇ」
「確かにうまいな」
腹が減っているからなのか、その料理は予想以上に美味しく、スバルと士の皿からはあっという間にすべての料理が消滅していた。
「そーういえばぁスバル君はともかくぅ君の名前はきいてなかったぁね」
「俺の名前は門矢士だ。好きによべ」
「それではツカサ君と呼ばせていただこう。とぉってもいい名前じゃない」
鳥肌立った。マジもんの変態かよ。スバルの発言くらい鳥肌立つ。
「にしても天性の才能と知識と技術を持って宮廷筆頭魔術師の名を欲しいままにしたロズワール・L・ メイザースがこんな変人とは」
「おやぁ?君は結構私のことに詳しいねぇ」
「気にすんな」
さっきサテラのついでに本棚で一応調べておいてよかった。
……よかったのか?
調べたせいでガッカリ度が増したような気もするが……。
「ふぅーむ。初対面の人にここまで賛辞をいただけるなんてねぇ」
「そりゃどーも。変態さん」
そっけなく返答をすると、
「仕方ないわね。ロズワールは国公認の変態だもの」
「あーららエミリア様も手厳しいねぇ」
「……なぁ一ついいか?どうしてお前エミリアたんのこと様付けすんの?」
確かにそれには士も疑問を覚えていた。
明らかにエミリアよりかはロズワールの方が立場に置いても格上に見えるからだ。
「本当に不思議だぁね、君達は。ルグニカ王国のロズワール・L・メイザースの邸宅まできていて、事情を知らないってぇいうんだから。よく、王国の入国審査を通ってこれたもんだね?」
事情か。そういえばサテラやらなんやらにかまけて、ここルグニカ王国については何にも調べてない。
「まぁ今からでも調べればいいだけだ」
「え?士この世界の文字読めんのか?」
「ああ、完璧にな」
「ええ……」
何故か引かれた目で見られている。
「コホン。本題に入ってもいいかな?」
「いつでも」
「え、ちょっとま「こいつはほっといて速く話せ」
昨日のように涙目になっているが、それを憐れむのは、エミリアだけだった。
切り悪くてすみません(二度目)
こっから先書くとこれ以上に長くなっちゃうんです許してください。
かなーり説明回に時間を割いたため、王選候補者一人ずつの自己紹介はダイジェストみたいな感じでよろしいでしょうか?
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YES
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NO